第85話 DESIRE
高見高校の入試の次の日、3年生のフロアはどのクラスも昨日の入試の話で盛り上がっていた。
アタシの1組も例外じゃなく、あの問題は変じゃないか?とか、嫌がらせみたいな問題があったとか、アレコレみんなが話している。
アタシは高見高校は受けてないから、その話題には入れず、同じく高見高校を受けてない真崎くんと、一昨日カップルになったことがバレないように、適当な会話をしていた。
「神戸さんは私立高校はどこ受けるん?」
「アタシは三洋女子。真崎くんは?」
「俺は電大付属。ちょっと遠いけど、俺の頭じゃそこしか受かりそうもねーから」
「またそんなこと言って…」
アタシは真崎くんと会話している途中、登校してきた上井くんに気付いたんだけど、見ないようにした。
だけど、なんか物凄い睨まれているような気がして、フッと上井くんの方を見たら、目を逸らして自分の席へと向かっていった。
(えっ…。もしかしたら上井くん、アタシのこと、見てた?しかも、物凄い怒った顔で…。でもまさか、一昨日の真崎くんへの告白シーンを見られた訳じゃないよね?上井くんとはニアミスしたけど、アタシには気付かずに、プリントを持って教室を出て行ったし…)
気になって席に着いた上井くんをチラチラと見てたら、一昨日までとは表情が違っていた。
覇気が抜け落ちたような雰囲気で、フッたアタシが心配になるくらいだったのに、今朝は唇をかみしめて物凄く顔に力が入ってる…というか、やっぱり怒りを堪えてる感じ。
(まさか、アタシが真崎くんに告白したシーン、見られたのかな。いや、確かに下駄箱へ向かう上井くんを、アタシは2組からコッソリ覗いて確認したもん。…そうだ、きっと昨日の高見の入試で失敗したんだわ)
高見高校は3年生の半分以上が受ける、滑り止めの名門みたいな高校。試験問題もそんなに難しくない、って聞いてるし…。
その高見の入試で失敗したから、苛々してるのよ、きっと。
すると真崎くんから、ノートを1枚破ったメモがそっとアタシに渡された。
《さっき、上井は、すごい怖い顔して、俺と神戸さんをにらみ付けとった。見られたかも?》
えっ…。
そうか、アタシの席の位置と真崎くんの席の位置はズレてて、話をする時は真崎くんが前側だから、アタシの方を見るには後ろ向きになる。大体みんな登校してきたら、後ろのドアから教室に入るから、真崎くんは上井くんの表情が分かったんだ。ということは…
アタシももらったメモに返事を書いて、何事もないように真崎くんに渡した。
《でも、見られた可能性ってあるのかな?もしかしたら2人で帰ってるところかも?》
それに対して真崎くんは
《その可能性大きい》
と書いて返してくれた。
そこで時間切れ、予鈴が鳴って、竹吉先生が朝のホームルームのために教室に来られた。
「はい、みんな、おはよーさん。昨日、高見の入試だったもんは、お疲れ様じゃったの。まあ我がクラスから高見を受けて落ちる奴はおらんと思うとるけぇ、ワシはなんの心配もしとらんけどな」
少しクラスに笑いが起きた。
「高見以外が本命の生徒諸君は、これからが本番じゃけぇ、気を緩めずに勉強を頑張ってくれや。頼むぞ。それじゃ今日の予定と配り物を…」
そしてホームルームが終わって、竹吉先生が一旦職員室に戻られる時に、何故かアタシを手招きして、廊下に呼び出した。
(なんだろ?)
先生は教室から少し歩きながら、階段の辺りで立ち止まると…
「悪いな、神戸。朝から」
「いえ、先生。ところでなんでしょうか?」
「…神戸、上井と別れて、真崎と付き合うことにしたんか?」
「えっ…、えぇっ!?」
アタシは心底ビックリした。なんで先生がもう知ってるの?
「その反応だと、イエス!みたいじゃな」
「……」
「驚いたか?俺が突然こんなことを言って」
「はっ、はい…。でも先生、なんでもう知ってるんですか?」
「ほうじゃのう…。まず、上井とお前が先月末に別れたのはすぐ分かったんじゃ。前の日まで元気にはしゃいどった上井が、次の日には突然死んだようになって、まるで別人のようになってしもうとったけぇのぉ」
1月30日にお別れの手紙が上井くんに渡されたから、次の日、1月31日は確かに上井くんは別人のようだった。
顔が浮腫んで寝不足の表情、そしてまるで何もやる気が出なくなったような休憩時間の態度…。
アタシは上井くんに悪いことをした、とは思ったけど、だからと言ってやり直す選択肢はなかったし。もうアタシの気持ちは真崎くんに移ってたし。
「あの…。確かにアタシは上井くんに恋人関係は解消して友達関係に戻ろうって手紙を渡してます。それで上井くんが元気がなくなってしまったのもアタシは分かってますし、上井くんには悪いことをしたな、とは思ってますけど…。でも先生、アタシだって我慢を重ねて出した結果なんです」
「そうか。まあ上井とお前の間で何があったのかまでは流石に分からんけぇ、別れたことをとやかく言うつもりはないんじゃ。イチ教師が生徒間の恋愛を掻き回すようなことはやっちゃいかんしな」
「あ…、はい…」
「ただ真崎ともう付き合うんか?って驚きだけは、本人に確認したかったんじゃ。じゃけぇ、1時間目が始まる直前で悪いけど、神戸に聞いとこうと思ってな」
驚いたのはアタシだってそうよ…。なんで竹吉先生が、もうアタシと真崎くんが付き合ってることを知ってるのよ?
「あの…。バレちゃったんなら、諦めて正直に言います。一昨日、アタシが放課後に真崎くんにチョコを上げて、付き合い始めました。でもでも!先生がなんでもう知ってるんですか?」
「なんでか?それは、真崎と神戸が仲良さそうに2人で帰っとるのを、帰りの車の中から目撃したからじゃ。一昨日の夕方にな」
「……」
アタシは絶句した。
真崎くんと、この次一緒に帰るのは卒業式までお預けにして、付き合ってることは秘密にしようと言ったのに、その2人で帰ってるところを先生に見られてたなんて。
「やっぱり正解だったか…。悪かったな、朝から」
「あ…いえ…」
「ただ吹奏楽部の1年、2年の女子には気付かれんようにしとけや。上井のことを好きな女子がまだおるけぇの。彼女らにしてみたら、神戸先輩が彼女だから、上井への思いを我慢しとったのに、なんでこの時期に別れるんですか!って暴動が起きるぞ」
先生は重たい話だからか、暴動とか言って少し和ませるような言い方をしてくれたけど。確かに吹奏楽部の引退式で後輩のみんなからは、これからも上井先輩と別れたりせずに仲良くして下さいとか、上井先輩と別れたら許しませんとか、何人かの女の子からは言われたよね…。
「はい…。本当は真崎くんとも話ししてて、卒業式までクラスのみんなとかにバレないようにしよう、って言ってたんです」
「そうか。でも上井があんな状態じゃけぇ、みんなお前と上井が別れたことには気付いとるんじゃないんか?直接言われんだけで」
「…多分…」
「じゃ、これ以上クラスで卒業間際で男女で揉めるのも嫌じゃけぇ、真崎と付き合い始めたのは、なんとかして隠せや。まあここだけの話じゃが、お前と上井の2人は、羨ましがられとった2人じゃけぇなぁ。俺もちょっと寂しいけどな」
「羨ましい?なんですか、それは」
「要するに、お似合いの2人だ、ってことよ。彼氏が欲しい女子、彼女が欲しい男子には、お前と上井の組み合わせは、クラスメイトから見ても理想的な関係だった、ってことじゃ」
「でっ、でもアタシ、上井くんとは2学期後半から噛み合わなくなって…」
「クラスマッチの次の日に2人で写真撮られるのを嫌がったのは、もう上井に飽きとったからか?」
「えっ…?いや、まだその時は…別れようとまでは…」
そんなこともあったよね…。
「そうか…。昔のヒット曲じゃないが、難しいなぁ、青春時代の真ん中って。とにかく俺は、みんな笑顔で、来月卒業してほしい。それだけじゃ。その辺り上手く立ち回って、上井には気付かれんようにせえや。じゃ、悪かったな、朝から」
先生も職員室に戻ろうとして、1時間目が始まる予鈴も鳴ったけど、アタシは先生にこれだけは言っておきたかったから、慌てて話した。
「あの!先生!」
「ん?」
先生は階段の途中で足を止めてくれた。
「もしかしたら上井くんにも、もうバレてるかもしれないんです」
「は?なに?ホンマか?」
「はい…。なので、ちょっとアタシの頭の中は…」
「分かった。俺から上井に聞いておく。どっかのタイミングで。とりあえず1時間目が始まるけぇ、神戸、教室に戻れや」
「はい、すいません」
先生は少し早足で階段を降りて行った。入れ替わりに金曜日の1時間目、英語の村田先生が授業道具を持って、3年1組にやって来られた。
「あれ、神戸さん?何かありました?私を待っていたとか?」
「あっ…。いえ、ちょっと前まで竹吉先生と話をしていたもので…」
「そうですか。確かに竹吉先生と、ついさっき、すれ違いましたよ。急いでおられたんで、声も掛けられなかったですけどね。じゃ、教室に入って下さい」
「はい、すいません…」
アタシは本当に頭の中が混乱してしまって、落ち着かなくちゃいけないのに、なかなか英語の授業を受ける体勢にならなかった。
真崎くんは何度かアタシの方を見てくれて、心配そうな顔をしていたけど、アタシは今は逆に真崎くんと目を合わせちゃダメだと思って、俯いていた。
色々なことが頭の中を駆け巡っている。
真崎くんのことを好きになって、上手くいったと思ったのに、もうこんな混乱した状況になるなんて。
これがお母さんが言ってた、自分がやったことは自分に返ってくる、ってことなのかな…。
<次回へ続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます