第84話 Broken Sunset

「真崎くん!ちょっと、いい?」


「え?ど、どしたんね、神戸さん」


 アタシは2月13日の朝、早目に登校して、真崎くんの登校を待っていた。真崎くんが登校してくるのを見付けたら、すぐ声を掛けて渡り廊下へ移った。


(よくここで上井くんと真剣な話とか、他愛のない話とこ、したな…)


 でも今はそんな思い出は断ち切らなくちゃ…。




 昨日の夕方、母は仕方なく…という感じで、アタシに500円を貸してくれ、アタシは急いで近くのスーパーへチョコを買いに行った。

 丁度バレンタイン用にラッピングされたチョコが何種類か並んでいたので、少し迷ってしまうくらいだったけど、高そうに見えるチョコは真崎くんに逆に怪しまれるかも、と思って、ほどほどのを選んだつもり。


 ウキウキした顔で帰宅したからか、母は少しアタシのことを苦々しい顔で見ていた…。


「ねえお母さん、そんなにアタシが明日、真崎くんにチョコを上げるの、嫌なの?」


 母は軽く溜息をついた後、


「お母さんはさっきも言った通り、貴女が上井くんと別れたことを、納得してないのよ。何であんな真面目で優しい男の子を嫌いになったの?」


「き、嫌いにはなってないよ、上井くんのことは…。ただ、もうアタシの気持ちを分かってくれなくなったから、彼氏と彼女って関係は終わりにした…」


「まあ2人の間で何があったのかは分からないし、貴女が決めたことだから、上井くんとやり直してほしい、っていうお母さんの気持ちを押し付けることはしないけど、もう一つ納得してないことがある…」


「分かってる!分かってるわよ、アタシだって。上井くんと別れてすぐに次の男の子へ思いを寄せるのはなんなの?良くないんじゃない?ってことでしょ!?」


「分かってるじゃない。じゃ、なんで良くないって分かってることをやろうとしてるの?」


「…お母さんには分からないよ、アタシの気持ちなんて!」


 アタシはつい大声を出してしまった。ファミコンで遊んでいた久美子と健太が、何事?みたいな顔して、アタシと母を見たので、母は何でもない、大丈夫よ、と言い聞かせてから、アタシにゆっくりと話した。


「…じゃあ、貴女がやりたいようにやりなさい。でもいつか、自分がやったことっていうのは、必ず自分に返ってくる。これだけは覚えておきなさい」


「……はい」


 そんな母とのやり取りを経ての今朝だったから、逆にアタシは覚悟して真崎くんにチョコと一緒に思いを伝えなくちゃいけない。

 母には色々言われたけど、ちゃんと順番は守ってるもん。何かアタシに返ってくるとは思わない。

 アタシは真崎くんに話し始めた。


「今日の放課後、真崎くん、時間ある?」


「今日の放課後?まあ、俺は明日の高見高校組じゃないけぇ、余裕はあるけど?何かあったんか?」


「う、うん。ちょっと真崎くんに相談したいことがあるの」


「なんで俺に?俺なんかに相談するより、上井に相談すりゃあええのに。アイツの方が俺より頭はええんじゃけぇ。あ、それとも上井との関係のことか?」


「まっ、まあ、近い、かな…」


「上井との関係なら、上井には相談出来んよな。よっしゃ、ワシが相談に乗っちゃる」


「ありがとう!じゃ、あまり他のみんなには聞かれたくないけぇ、6時間目が終わった30分後くらい…みんなが帰った後でもいい?」


「へ?ま、まあ俺は構わんけど。神戸さんは明日、高見は受けんの?」


「アタシも真崎くんと同じで高見は受けないから、明日は休みなの」


「ほうか。どっちにしても30分も待たんと、放課後すぐでもええけど…」


「ううん、やっぱりみんなに聞かれたくないから…。アタシは吹奏楽部でも覗くか、図書室とかで時間潰してから教室に戻ってくるわ」


「じゃあ俺も、どっかで時間潰してから来るよ。4時過ぎくらいかのぉ?」


「ほうじゃね。じゃ、詳しくはその時に…」


「あ、ああ、分かった」


 真崎くんとの約束を取り付けたアタシは、気持ちが高揚していくのを感じた。


 とはいえ上井くんに対する罪悪感もゼロではないので、心の中で上井くんにゴメンね、と思いつつ上井くんの席の方を見たら、窓の外を眺めてジッとしていた。


(ホントなら今日、アタシからチョコをもらえたのに…って思ってるのかな…)


 相変わらず上井くんは休み時間も自席から離れず、今みたいに窓の外を眺めたり、腕を組んで目を瞑ってたりして、ほとんど動かない。

 アタシの手紙が村山くんを通して上井くんに渡された次の日から、それはずっと続いているので、最初は周りのみんなは上井くんのことを心配して声を掛けていたけど、返事はいつも同じで


「何もない」


 だから、みんなも上井くんには声を掛けなくなっていた。急速に上井くんは存在感を消していってしまったような感じだった。

 谷村くんだけは何か察知したのか、元気だせよ、って上井くんに話し掛けてるけど…。


 そしてその日の授業も終わり、放課後を迎えた。


 真崎くんはアタシに目配せしてから、何処かへ時間潰しに行った。

 野球部にでも行ったのかもしれない。


 アタシも最初は音楽室に行こうと思ったけど、バレンタイン前日に音楽室に顔を出したら、吹奏楽部の後輩のみんなは、上井先輩にチョコ上げたんですか?って聞いてくる…と思って、図書室で時間を潰すことにした。


 図書室の入口まで来たら、半年前のことを思い出した。


 夏休み、上井くんはアタシに話をするために、なかなか自分からはアタシに声を掛けられなくて、後輩男子くんを使者に立ててアタシを図書室の前に呼び出してたんだよね。

 そして照れながらアタシに、一生懸命話しかけてくれた…。

 そのことを思い出したら、ふと目頭が熱くなったけど、もう過去の事と割り切らなくちゃ。


 何となく本を読んでる内に4時になったので、アタシは教室に戻ることにした。

 カバンは怪しまれるといけないから、一緒に持って来ていた。

 この中に、真崎くんに上げるチョコが入っている…。


 3年生の大半が明日の高見高校の入試のために早く帰宅したようで、3年生のフロアは静まり返っていた。

 アタシは内心ホッとしながら、3年1組に向かった。


 だけど…人影が教室に見えた。


(誰かまだ残ってる?あっ!なんで?上井くんだ!)


 アタシは慌てて隣の2組に隠れた。


(なんで上井くんがいるのよ…。確かさっき、さっさと帰ってたのに)


 でも上井くんは、何か忘れ物を取りに戻ってたみたいで、なにかのプリントを手にすると、すぐに教室から出て行った。


(上井くん…帰ったよね?)


 しばらくアタシはドキドキしながら2組で呼吸を整えてから、そっと1組へと移動した。


(誰もいないよね。あとは真崎くんが早く来てくれるのを待つしかない…)


 そんなに待つことなく、真崎くんも1組に戻って来てくれた。


「お、神戸さん、待った?」


「ううん、大丈夫」


「じゃ、相談内容とかを教えてや。俺がアドバイス出来るかどうか分からんけど」


「あのね…。相談内容はね…」


 アタシはカバンからチョコを取り出して、真崎くんに差し出した。


「え?なにこれ。チョコ?バレンタイン…じゃけぇか?上井には?チョコは上井に上げんでもええん?なんで俺に?」


「上井くんと喋れなくて悩んでた時に、真崎くんが、アタシに味方してくれたお返し…。でも、義理じゃないよ。本命だよ」


「本命って…上井とは別れたんか?」


「うん。少し前に。ちょっとアタシには許せないことを言われて…。でも、上井君とちゃんと別れる前から、真崎くんにアタシの心は移ってたの」


「だから最近、上井は全然元気が無いんか…」


「アタシもちょっと罪悪感はあるの。でも女の子の気持ちを分かってくれない上井くんとは、もう無理って思ったの。そこに真崎くんがスーッと現れたんだよ」


「本命チョコなんて、もらってもええんかのぉ。上井に悪いなぁ」


「アタシと真崎くん、二人だけの秘密にしとけば大丈夫よ。アタシの気持ち、受け取って…」


「じゃ、受け取る。どうする?こんな時期だけど、俺達、付き合う?」


「真崎くんさえ良ければ…」


「じゃあ上井には悪いけど、俺が神戸さんの本命チョコを受け取ったってことで、付き合おうか」


「本当?良かった、嬉しい!」


「とりあえず、一緒に帰ろうか」


「うん。帰ろう、真崎くん」


 アタシは断られても仕方ないと半分思ってたから、トントン拍子に話が進んだことに、逆に嬉しい意味で内心、ビックリしていた。

 下駄箱で靴に履き替え、真崎くんと2人で並んで家路についた。


「まさか神戸さんと付き合うとはな。しかも卒業1ヶ月前から」


「アタシも告白しといてナンだけど…。驚いてる」


「でも、本当に上井と別れたんか?確かに最近、上井は元気がなかったけど」


「うん」


 アタシは言い切った。過去の、上井くんに恋していた自分にサヨナラするために。


「いつの間に別れたん?」


「1月の終わり頃」


「え?ついこの前?」


「ま、まあね…」


「俺のことを好きになってくれたんはメッチャ嬉しいけど、上井と俺じゃ、正反対みたいなもんじゃろ。女子って、そんな早く気持ちが切り替わるんか?」


「うーん、アタシだけかもしれんけど、上井くんと3学期に入って上手く付き合えなくなって悩んでた時、真崎くんは上井くんじゃなくてアタシを励ましてくれたじゃない?」


「ああ、何回か…」


「それが嬉しかったの」


「でもそれだけで好きだとかナンだとか、そこまでの気持ちが変わるもんか?」


「真崎くんがアタシを、1回だけ励ましてくれたとかなら、気持ちは変わらなかったかもしれない。でも何回も励ましてくれて、何時だったかな、アタシの頭をポンポンってしてくれたでしょ?」


「あ、まあ…」


「あの時、アタシはもう上井くんから真崎くんに気持ちが移った」


「…そっかぁ。上井に悪かったかな。いや、どう言えばええんじゃろ?」


「とりあえず上井くんとのことは過去の事だから、アタシは前を向いて頑張りたいんだ」


「凄いな、女子って。神戸さんからそんなセリフ聞くとはのぉ」


「だって…。アタシの今の彼氏は、真崎くんだよ?よろしくね、真崎くん!」


「お、おお…」


 明らかに真崎くんは、アタシの告白を受け入れてくれたものの、まだスッキリしてないみたいだった。


「でね、アタシから告白しといてアレだけど、クラスのみんなには秘密にしときたいの」


「そりゃあそうじゃろ。特に上井には…」


「じゃけぇね、クラスでは今まで通り、一緒に帰るのも、今日だけに…ダメ?」


「いや、その方がワシも安心じゃ。上井もじゃけど、他のクラスのみんな…谷さんとか、ましてや先生にバレたら、ちょっと…なぁ」


「良かった。じゃ、卒業式までは秘密にしとこうね。卒業式ではもう最後になるけぇ、堂々としようよ」


「ああ、分かった」


 そこまで話した所で、真崎くんと別れる場所に着いた。

 上井くんとは国道の信号機までだったけど、真崎くんとはもう少し長く一緒に歩けるの。

 だけどそれも、卒業式の後までお預け。とにかく秘密にしなくちゃ。

 ただでさえアタシと別れて落ち込んでる上井くんをこれ以上傷付けたくないし…。

 恋人としては無理だったけど、友達みたいに喋れればって、今すぐは無理だと思うけど、いつかは、って願ってるし。


 だけどアタシ、高見の受験で休みになった次の日、予想もしない状況に追い込まれるなんて…。


 この時は全然思いもよらなかった。


<次回へ続く>

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