第83話 サヨナラ模様
上井くんと別れてからアタシは、同じ班の真崎くんと話すことが増えた。
真崎くんはアタシと上井くんの仲が拗れたんじゃないか?って心配してくれてるんだけど、アタシは別れたことは言わずに、心配要らないよ!って答えるだけにしてる。
ただ実際は上井くんと別れたアタシの中では、急速に真崎くんの存在が大きくなっていた。
強面だけど優しくて、頼りがいがある存在。
アタシなんかのことを気にしてくれて、いつもアタシが落ち込んでる時に、さり気なく声を掛けてくれる。それは上井くんと付き合ってた時も、今も。
上井くんは照れ屋で恥ずかしがり屋で、アタシがどんな状況でも、上井くんが気にしてくれているのは分かったけど、声を掛けてくれることは滅多に無かった。
付き合ってる当時は、逆にそれが上井くんの魅力の一つでもあって、優しく感じたりもしたけど、彼氏じゃなくなった後は、優柔不断なだけに思えてしまう。
前の彼氏をそんな風に見てしまうアタシを、アタシ自身がビックリしている。
そして別れてしばらく経っても、上井くんは元気がなくて、溜息ばかりついてる。
アタシは悪いことをしちゃったな、受験が終わるまでは耐えて我慢した方が良かったかな…と、毎日落ち込んでる上井くんの顔を見る度に思わないでもなかった。
上井くんと同じ班の谷村くんや、元吹奏楽部の川野さん、吉岡さん、国本さんがどうしたん?まさか神戸さんと別れたん?って上井くんに声を掛けて、元気がないことを心配している。特に川野さんは上井くんが隣に住んでるからか、本当に心配してるみたい。
上井くんは何でもないよ、神戸さんとも何もない…と言いながら、でも休み時間は自分の席から動こうともせず、ボーッとしてるか、本を読んでる。前なら他のクラスへ出掛けて行ったり、クラスで仲の良い友達と笑い話をしていたんだけど。
でも上井くんもアタシも、何かあったの?と聞かれては、2人とも何もないって、示し合わせた訳でもないのに同じ答えを返してるし、聞いてきた友達はそれ以上は突っ込んで来ない。
表面上は凪の状態。
…でも、時は戻せない。
アタシは上井くんに別れを告げ、上井くんからはやり直したいという言葉も返って来ないまま、2月に入り、2月14日の高見高校の入試は明後日に迫っている。
もし仮に上井くんが、やり直したいとアタシに言ってきていたらどうしただろう…。
いや、アタシの勝手な想像だけど、上井くんはそんなことが出来る性格じゃない。
だからもうアタシと上井くんは、恋人関係ではなくなった。
アタシは手紙に、友達に戻りたいと書いたけど、上井くんの性格を考えたら無理なことを書いてる…という自覚はあったんだ。
友達関係に戻りたいのは本心には違いないんだけど…。
それに、もうアタシの心には真崎くんが入り込んで来ている。
今日も他愛のない話をしては、班のみんなを笑わせていた。
上井くんにはない魅力を沢山持っている真崎くん。
今、彼女はいないって言ってたよね。
どうしよう…。
今更、上井くんとは別の男の子に好意をもつなんて。
でも真崎くんとは卒業したら別々の高校になることは、もう決まっている。
同じ空間で過ごせるのは、残り1ヶ月ほど。
(流石に告白なんていうのはちょっと…。卒業式で真崎くんに思いを伝えて、終わりにしようかな)
そんな風に2月12日の放課後、すぐ帰る気がしなくてクラスで漠然と考えていたアタシに、新出さんが話し掛けてきた。
「明後日のバレンタインの日は高見の入試の日じゃろ?神戸さんは上井くんにいつチョコ上げるん?明日?それとも土曜日?」
「えっ…?」
そうか、明後日の金曜日は高見高校の入試もあるけど、バレンタインデーなんだ。
上井くんと別れたアタシには関係なくなったと思って、頭の中からバレンタインなんて言葉は消していたわ。でもクラスのみんなには公表してないから、まだアタシ達は付き合ってると思われてる。
「あ、あの、まだ決めてないんだ…」
アタシは冷や汗をかきながら、そう答えた。
「そうなの?まあ確かに最近は受験のせいか、あんまり2人が喋っとるのを見んけぇ、決まってなくても仕方ないかもね」
「そ、そうね。休み時間も上井くんは参考書でも読んでるのか、ずっと席から離れんし」
「上井くんは勉強熱心じゃね~。でもチョコを上げる相手がいる神戸さんは羨ましいな」
「新出さんは?チョコ、誰かに上げないの?」
「アタシ?アタシは…おるけど、おらんのよね」
不思議な回答だった。まるで去年の今頃のアタシみたい。
「それって…」
「好きな男の子はおるんよね。でも、他の子の彼氏じゃけぇ…」
「そ、そうなんだ。ゴメンね、突っ込んだ事を聞いて」
「ううん。ま、アタシは高校で新しい彼氏候補を探すことにするよ。そうそう、アタシも西廿日高校を受けるんよ」
「えっ!そうなの?」
アタシは驚いた。確かにこの緒方中から西廿日高校を受けるのが、アタシと上井くんの2人だけなはずはないから、他にも受ける生徒がいてもおかしくないんだけど…。
「うん。噂で上井くんと神戸さんは一緒に西廿日高校を受けるって聞いてね、アタシも2人と同じ高校なら、心強いな、って思って」
「えーっ、上井くん……はともかく、アタシなんて心強くも何ともないよ?」
「いやいや、知っとる女子がおるだけで、心強いんよ」
「ま、まあ、そうかもしれないよね」
「じゃけぇ、もしアタシも西廿日高校に受かったら、よろしくね!あ、上井くんにもよろしく言っといてね」
じゃあね、と言って新出さんは帰って行った。
(そっか、西廿日高校を受けるのは、アタシと上井くんだけじゃないのは当たり前…。他に誰が受けるのかなんて分かんないけど、結構おるんかな…)
緒方中から受けられる公立高校は、第2学区ということで5校。その内、ケイちゃんが本命にしてる廿日高校は、五日高校との総合選抜で、廿日高校に行きたくても五日高校に行かされる危険がある。
私学専願の子以外は公立高校をみんな受けるとしたら、アタシ達の学年からは約150人位になるのかな。
単純に5で割っても一校あたり30人になる…。
でもその5校には、真崎くんが受けると言っていた大野工業もあるから、大野工業を30人受験するとは思えない。
だから他の普通科のある公立高校を受ける同級生は、もっと多そう…。
(西廿日高校も、30〜40人位は受けるのかも)
あまり、アタシや上井くんとは関わりがない同級生が、西廿日高校を受けてほしいな…って我儘過ぎるかぁ。
あと新出さんにバレンタインのことを聞かれて、急速にアタシは胸がドキドキしてきた。
上井くんに上げる必要がなくなったから何の準備もしてないけど。
思い切って真崎くんに上げちゃおうかな…。
真崎くんにも、アタシが上井くんと別れたことは言ってないから、ビックリするだろうな。
今日、チョコを買いに行って、明日真崎くんに放課後残って、って言えば…。
間に合う!
そう決めたアタシは、すぐに帰る準備をして、一旦家に帰った。
「ただいま!お母さん、お金、貸してくれないかな」
「おかえり、チカ。いきなりどうしたんね、お金がほしいじゃなんて」
「急に必要になったの!500円…貸して?」
「月末のお小遣いの日まで待てんの?」
「うん、今日の分は、今月のお小遣い無しにして、返すから」
「そこまで言うなら…はい、500円。何に使うんね?」
「あっ、あのね…」
アタシは勝手に顔が赤くなった。元カレのせいかしら。
「あ、バレンタインのチョコでも買いに行くの?だったら仕方ないね。チョコを上げて、上井くんと仲直りするの?」
お母さんはそう言った。
「……ち、違うよ」
それまでスラスラ言葉が出てきていたアタシは、急に言い淀んだ。
「なんね、上井くんにチョコ上げるためじゃないんやね。じゃ、チョコじゃなくて何か個人的なものを買いたいん?」
「そ、そうかな〜。そんな感じ」
アタシは嫌な汗をかき始めた。
「チカ、別に500円がどうこう言わんし、必要なら上げるけど、何かお母さんに隠してるんじゃない?急にシドロモドロになったりして。なにも隠し事はない?我が家のルール、隠し事はしない、を守れてる?」
アタシは俯き、母からの言葉を受け、已む無く真崎くんにチョコを上げるため、ということを答えた。
「真崎くん?はあ?貴女、上井くんのことをフッてどれだけ経ったの?ついこの前でしょう?」
「で、でも!上井くんと別れる前から、アタシの気持ちは真崎くんに」
「そんな上井くんを更に傷付けることして、貴女は良心が痛まないの?」
「う、上井くんにはバレないようにする…」
「そんな上手いこといくわけないわ。必ずバレるのよ、そんな企みは。それより、こんな高校受験一本に絞らなきゃいけないような時期に、上井くんをフッて真崎くんに乗り換えるなんて、貴女は何をしているの?そんなことしてて大丈夫なの?」
「こ、高校受験は、絶対に結果を出す!約束する!」
「言い切ったわね、チカ。500円は出してあげるけど、物凄く重たいお金だ、ってことを忘れないようにしてね。お母さんはチカと上井くんが別れたことに、今でも納得してないんだからね」
「…分かった」
アタシは秘密裡にことを運ぼうとしたけど、結局母に見抜かれた。
そして母の上井くん評が高い理由…それは後々に分かることになる…
<次回へ続く>
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