第82話 My Revolution

 上井くんに手紙が渡ったのが、1月30日木曜日。

 渡すまでちょっと手間取っちゃったけど、次の日、31日の金曜日は、アタシはまだ緊張していた。


(もしかしたら朝イチで、俺はこんな手紙は認めない!別れない!って言ってくる可能性もあるよね…)


 上井くんにしてみたら、先週アタシに誕生日プレゼントを上げたのに、なんで翌週こんな別れの手紙をもらうことになるんだ?って心境だろうから、納得してないと思うの。

 逆の立場だと考えたら、なんて身勝手なとか、プレゼント返せとか、そう思っちゃうなぁ…。


「あれ?上井くん、おはよー。いつの間に来とったん?」


 上井くんの班の女子、元吹奏楽部の川野さんがそう言ってるのが聞こえた。


(え?上井くん、いつの間にか登校してたの?)


 上井くんはいつも、おはよーさんです!って言いながら教室に入ってくるんだけど、今朝はそんなセリフは聞こえなかったから、いつ来るんだろう、来たら何か言われるかな…と緊張してたのに。


「あ、川野さん、おはよう」


「ん?なんか、元気がないみたいだけど大丈夫?」


「大丈夫…。寝不足なだけ」


「そう?寝付きでも悪かったんじゃろー。でももし体調悪いなら、無理しないでね」


「うん…。ありがとうね」


 アタシはソッと上井くんの方を見た。


(わ…。明らかに寝不足…。顔が浮腫んでる…。目の下のクマも凄い…。アタシよね、アタシの手紙のせいよね)


 昨日、上井くんはホームルームが終わると速攻で帰宅していた。きっとアタシの手紙を読むために…。

 そして上井くんはアタシの手紙を読んで…。



 多分、泣いたんだ…。



 そして悩んで悩んで、アタシからの別れよう、友達に戻ろうって手紙を受け入れてくれた。


 でも受け入れたからって、それで上井くんがすぐにスッキリする訳もないよね…。


 谷村くんが、ボーッとしている上井くんに、彼女とケンカでもしたんか?って笑いながら突っ込んでたけど、いつもなら絶妙に突っ込み返す上井くんが、まあそんなものかも…と元気のない声で答えていた。


(手紙を渡して緊張してたけど、上井くんからは特に何も言われなかった。半年間の上井くんとのお付き合いは終わったんだ。終わらせた以上、アタシは前向きに過ごさなくちゃ…)


 半年前、林間学校の後に上井くんはアタシのことを好きなはず!って決め付けて、好きな女の子は誰なの?って何度も聞いて、照れ屋な上井くんから強引に告白を引き出したのが、ついこの前の出来事のように感じる。


 付き合い始めた次の日に体育があって、小学生の時から体育の時には当たり前に穿いてた体操服のブルマ姿を、上井くんに見られてしまうのが突然恥ずかしくなって、ユンちゃんに呆れられたなぁ。


 夏休みは本当はもっと楽しくなるはずだったのに、アタシの不慣れ、不手際で上井くんと話せなくなっちゃって、コンクールに行くバスの中で仲直りしたね。ケイちゃんや後輩男子くん達のお陰で…。


 上井くんは照れ屋で、いつもアタシに話したいことがある時は、後輩男子を使者に立てて、アタシを呼び出してたね…。


 ダメだ、アタシまで上井くんと付き合ってた時の思い出が、走馬灯のように頭の中を支配してる。


 上井くんも元気がなくて、周りのみんなに心配されてるけど、アタシも上井くんとの交際を終了させたからって、元気が出る訳じゃないんだね…。


 次はアタシが周りから心配される番になっちゃった。

 この班になってから色々話すようになって仲良くなった、中川さんが声を掛けてくれたの。


「おはよ、神戸さん。何だか、元気がなさそうじゃけど…上井くんとケンカでもしたん?」


「あ、おはよう。まあ、ちょっと、ね」


「そっか〜。この時期の夫婦喧嘩は、ちょっとキツイよね。進路とかで揉めちゃったとか?」


「進路…。うーん、それも含めて、ちょっとね。まあ、大したことじゃないけぇ。ありがとうね」


「うん、同じクラスじゃけぇ付き合いにくい部分もあると思うけど、早目に仲直りして、元気になってね。じゃないと、2週間後には高見高校の受験が迫っとるし」


「そうだよね」


 高見高校は、広島県じゃなくて山口県の岩国市にある私立高校で、何故だか毎年、ウチの中学からも3年生の半分以上が受ける私立高校なの。だからその日は3年生は休みになるほど。高見高校を受験しない3年生はラッキーな日。ある意味、滑り止め受験の名門みたいな高校…?

 今年はその高見高校の受験日が、2月14日のバレンタインデーなんだよね。

 最初は前日に上井くんにチョコあげようって思ってたけど、上げる相手がいなくなっちゃったな…。


 多分高見高校は、試験が簡単なのもあるけど、広島県の私学は全部男子校か女子校で共学じゃない(注1)から、私学で受けられる唯一の共学高校ってのも、受験する生徒が多い理由の一つだと思うの。

 アタシは、いくら共学でも、高見高校は県外ってのがどうも引っ掛かって、私学は広島県内だけにしか受けないって決めたんだけど。


 上井くんと付き合ってた時、上井くんは高見高校受けるの?って聞いたら、勿論受ける!って言ってて、笑っちゃったことがあったなぁ。


『だって、人生で16歳から18歳って、メッチャ貴重な青春時代じゃん?そんな高校3年間、男子しかおらん環境で過ごすなんて、耐えられんよ』


 …その時は、アタシという彼女がいるのに?って思ったけど、今は上井くんの決断はある意味、正しいのかもと思わざるを得なかった。


 中川さんと話してたら竹吉先生がやって来て、朝のホームルームが始まったわ。


 いつもと変わらない朝のホームルームなんだけど、アタシは先生からも何か言われるかも…って、緊張していた。


 実際は先生が、アタシと上井くんが別れたことなんて知る由もないのに。

 ただ、なんとなく先生の視線が、上井くんの方を向いているような気がした。

 気のせいかもしれないけど。


 その日1日は、上井くんの様子が気になって、時々上井くんの方を見てたけど、休み時間はずっと席から動かず、机に顔を突っ伏して目を瞑っていたみたい。


 谷村くんがあまりの上井くんの元気のなさに、俺が彼女と仲直りさせてやろうか?とか言ってるのが聞こえたけど、上井くんはその時だけは顔を起こして、そんなこと絶対にせんようにして、と言っていた…。

 谷村くんも不思議そうな顔をするだけで、アタシに何かあったん?とか聞きに来ないでくれたのは、助かった。


 アタシはアタシで、なるべく普通に振る舞っていたつもりだけど、元吹奏楽部の女子が何人かが、上井くんとケンカしたの?と聞きに来てくれた。


「まあ、ちょっとね…」


 アタシは誰に対しても同じ言葉で返したけど、流石に帰り道でユンちゃんに掴まった時は、同じ言葉で返すのは無理だった。


「チカちゃん!」


「あっ、ユンちゃん…」


 アタシの表情が一変したのを、ユンちゃんは見逃さなかった。


「ね、チカちゃん。単刀直入に聞くわ。上井くんと別れたん?」


 流石ユンちゃん…。林間学校からずっと、クラスでのアタシと上井くんを見てきたユンちゃんには、今日1日のアタシ達の様子は見過ごせなかったみたい。


「なっ、なんで?どうしてそう思ったの?」


「アタシの目は誤魔化せないわよ。あんなに元気のない上井くん、初めて見たもん。谷村くんにはチカちゃんとケンカした、っぽいことを言ってたけど、アタシはそうは思わなかった。チカちゃん、上井くんをフッたんでしょ?」


「……」


「黙秘権かしら?ということは、認めたも同じね?」


「ユンちゃんには敵わない。白状するわ。昨日、上井くん宛に、もう別れて、友達関係に戻ろうって手紙を、村山くん経由で渡してもらったの」


「えっ?直接じゃなくて、他人経由で?お別れの手紙を?」


「うっ、うん…」


「えーっ、それって…。受け取った上井くんも直接言われた方がまだマシって思うんじゃないかな…」


「…そうかな」


 アタシは、考えに考えた結果、村山くん経由で上井くんに手紙を渡すことに決めたんだけど、ユンちゃんはそんな方法は良くなかったと言う。


「これから付き合うとかなら話は別じゃけど、もう終わりにしようって話に、上井くんの友達を挟んだのは、その友達にも影響が出ちゃうじゃん。俺の親友はフラレてしもうたんか、って」


「……」


 アタシは返す言葉が無かった。確かにそうかもしれない。いくら方法に迷ったからって、上井くんの親友経由で、別れの手紙を渡すのは良くなかったかもしれない。今更だけど…。


「まあでも、覆水盆に返らずって言うしね。上井くんは今日、あんな様子じゃったけぇ、チカちゃんと別れることを受け入れたんじゃろ?」


「…だと思うの。不服?があれば、何か言ってくると思うし」


「もし何かあっても、上井くんはそんなこと出来る性格じゃないでしょ」


「…そうね」


「あーあ、せっかく応援してたのに、別れちゃうなんてな〜」


「ごめんね、ユンちゃんにも助けてもらったのに」


「ホントよ〜。林間学校の後に机の位置を交換して?って言われた時は、ビックリしたもん」


「そんなこと、したよね。アタシ、林間学校の後は上井くんが好きってスイッチが入っちゃって…」


「それでアタシのほのかな上井くんへの片思いスイッチは、強制終了になったんだからね」


「ごめん、ごめんね」


「いいのよ。もう半年も前の話だもん」


 アタシ達はゆっくり歩きながら、色々話した。


「結局、原因はなんなの?チカちゃんからフッたんなら、上井くんが何かやらかしたってこと?まさか上井くんが他の女の子を好きになってとか…」


「違うよ…あのね、先週アタシ、誕生日だったでしょ?」


「うんうん」


 ユンちゃんからも、お祝いの言葉はもらっていた。


「上井くんも覚えててくれて、プレゼントと手紙をもらったの」


「おお、まだ先週は順調だったのね」


「うん…。プレゼントと手紙をもらうまでは、ね」


「ん?気になる言い方ね。なんだかプレゼントと手紙のせいで、チカちゃんが上井くんと別れる決意を固めたみたいな…」


「実際、そうなんだ」


「えっ、ホントに?上井くん、どんな地雷踏んだのよ…」


「手紙の内容。上井くんに失礼だから、中身は秘密だけど…。上井くんってこんなに女の子の気持ちを無視するんだ、アタシの気持ちには気付いてないんだ…って思ったの」


「余計気になるじゃん。まあ、とにかく手紙に何か許せないような言葉が書いてあって、上井くんと別れようと決めた…と。うーん、でも本当に手紙だけで決めたの?」


 ケイちゃんといい、ユンちゃんといい、アタシの親友は突っ込みが厳しい。

 最も2人とも、上井くんに対して恋心を抱いたことがあるからかもしれないけど。


「…どう言えば…良いかな…」


「喋りたくなければ無理に喋らないでいいよ」


「簡単に言えば、2学期終わり頃から、上井くんとは合わないな、って思うことが増えてて、でも耐えられるレベルだったんだけど、誕生日プレゼントに付いてた手紙で溜まってた我慢が爆発した、そんな感じ」


 ユンちゃんはしばらく考え込んでから言った。


「結局2人の、コミュニケーション不足よね」


「えっ…」


「3学期に入って班替えする時、アタシ、指摘したの覚えてる?」


「あっ…」


 ユンちゃんはアタシと上井くんが別々の班になると、今まで以上に喋れなくなる、だから気を付けて、と諭してくれていたのを思い出した、


「結局3学期になってから、全然2人は会話もしなかったでしょ?」


「…うん」


 否定出来なかった。喋れないと思っている内に、どんどんと気まずくなっていったのも事実。


「で、お互い不安になったり、疑心暗鬼になったりして」


「……」


「悪い方、悪い方へと進んじゃった、そんな感じみたいだね」


「うん…ねぇユンちゃん…」


「ん?」


「アタシ、これからどうすれば良いかな。クラスでの振る舞いとか…」


「それは…チカちゃん次第でしょ」


「アタシ次第?」


「そうよ。上井くんと別れた、それで上井くんは落ち込んでるから、アタシも一緒に落ち込もう…でもいいし、別れたんだからもう上井くんに遠慮なく、次の恋を探してもいいし。でも流石に受験シーズンだし、上井くんをフッてすぐ次の男の子っていうのも…ちょっとどうかとは思うけど」


「そうね…。アタシ次第…」


「とりあえずチカちゃんが望んでた方向に進んだんじゃけぇ、アタシとしては複雑な気持ちだけど、チカちゃんは自由にすればいいよ」


「…うん、ありがと」


 アタシは上井くんとは別れた。いつまでも上井くんのことを考えてても仕方ない。前を向く為に別れたんだから、アタシはアタシの方法でこれから頑張らなくちゃ。


 よし、次のステップに進もうっと。


<次回へ続く>


(注1)

 少なくとも筆者が高校受験生だった年を含めた前後数十年は、広島県内の私立高校は極一部の例外を除いて、男子校か女子校でした。筆者が通える範囲内にあった私学も、全て男子校。心ならずも残念ながら公立高校の門を潜れなかった同級生は、公立に落ちて私学に通うことより、これから3年間、男子だけの世界になることに非常に落胆しておりました。

 現在は多少、共学化が進んでいるらしいですが、流石に広島を離れて30年経ちますので、詳細不明です😅

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