第79話 フレンズ

『Dear 神戸さん


 誕生日おめでとう!

 最近、全然話せなくてごめんね。

 だからプレゼントも、最近話せてないし、今までプレゼントを上げすぎだから今回は止めようかと思ったけど、誕生日だからやっぱり上げるね。


 ではまたね


 From 上井 』


 …上井くんがくれた、アタシの誕生日プレゼントと手紙。

 大事な手紙だと思って、丁寧に開封して読んでみた。


(…何、この手紙…)


 アタシは愕然とした。


 プレゼントはオルゴールが入ってて、ネジを回したらくるみ割り人形のメロディーが流れてきた。

 多分、この前の日曜日に、上井くんは上井くんなりにこのオルゴールを探してくれたんだろうね。


 でも、この手紙、何なの?


『最近話せてないし』

『今までプレゼント上げすぎ』

『誕生日だからやっぱり上げる』


 こんなこと、なんでわざわざ書くの?

 オルゴールもらったけど、全然嬉しくない。


 これなら手紙なんか無しで、オルゴールだけもらえたら、アタシは今夜、上井くんと仲直りのキッカケを掴めた!って嬉しい気持ちになれたと思うの。


 でもこんな、アタシの気持ちを無視した手紙なんか付けられたら、嬉しい気持ちなんて全然起きない。


 しばらく制服のまま机に向かって、オルゴールと手紙をボーッと眺めてたけど、自然と涙が溢れてきた。


(上井くん…。プレゼントはありがとう…。でも、もう限界かも…)


 アタシの中で上井くんに対する恋心がスーッと冷めていくのが分かった。


 それでも最初に上井くんと出会って、気になる存在になって、少しずつ好きになっていったこととか、いつも照れながら後輩を使ってアタシに話をしてくれたこととか、2学期最後の登校デートとかを思い出して、上井くんに対する気持ちを再確認するようにした。


(アタシが、北村先輩から苛められた時にアタシを助けてくれて…。その時から上井くんは単なる男子の知り合いじゃなくなった。ケイちゃんと鞘当てしながら、3年生になって同じクラスになって…。林間学校の準備、本番、反省会、あの時からアタシは上井くんのことが本当に好きになったんだよ。夏のコンクール、みんなのお陰でバスで隣の席に座ったよね。体育祭、上井くんの放送が面白くて、競技よりも楽しかったよ…。文化祭、泣いた顔を見られたくないって言ってたね…。引退式の時は後輩が凄く引退を寂しがってたよね…。寒くなってから毎朝一緒に登校して色々お話したよね…)


 一つ一つがアタシの中で思い出として残ってる。そう言えば体育祭の後、1年生の女子が上井くんにアナウンスのお礼に来ただけなのを、嫉妬しちゃったこともあったな。

 上井くんが部活の運営に行き詰って悩みに悩んでた時も、力になって上げられなくてゴメンね、って思ってた。

 クラスマッチの打ち上げで、お互いに照れて顔を真っ赤にしながら腕を組んで、先生に写真撮ってもらったね。


 …思い出せば出すほど、流れる涙の量が増えていく。


(…でも、そんな優しかった上井くんが、アタシの気持ちを無視したこんな手紙書くなんて、思えないよ…)


 でも手紙の筆跡は間違いなく上井くんの字。

 他の誰かが書いた訳じゃない。

 上井くん、変わっちゃった…。どうして?

 いつもアタシの気持ちに寄り添ってくれてた優しい上井くんは、2学期で消えちゃったの?


 でも今の上井くんの気持ちが確認出来た。

 もう、アタシのことは恋愛対象じゃないんだね。

 決めた。

 アタシも上井くんのことは、綺麗な思い出として過去の話にさせてもらおう…。


 カップルになる前、下らない話をしてた頃の方が、楽しかったな…。

 カップルになった時は嬉しかったけど、悩みが多かった。


 きっと上井くんもそうだったんだと思うし。


 上井くんとの今後、もうアタシは結論は決めたわ。

 でも今日この手紙をもらって、すぐに…ってのもどうかな…。


 アタシも上井くんに、心を白紙の状態にして、改めて手紙を書いてみようっと。


 そう決めて、やっと制服から着替えて、夕飯のリビングへと降りた。


「お姉ちゃん、なんか寂しそうじゃけど、大丈夫?」


 先に食べていた妹の久美子が、アタシの顔を見て、聞いてきた。

 久美子はもうすぐ中学生…。

 アタシと入れ替わる形で、緒方中学校に入学予定なの。

 だからか最近急に大人びてきて、アタシに対する言葉も、まだ幼く感じてた半年前より、全然違ってきた。


「え?そっ、そんなことないよ。高校受験の勉強してたから、疲れてたのかも」


「でもお姉ちゃん、今日は誕生日でしょ?おめでとー!お母さんがケーキ用意してたよ」


「クミちゃん、それは秘密って言ってたのにな〜」


「あっ、そうじゃった!ごめーん、お母さん!」


 いつもの我が家の光景だった。弟の健太は先にサッサと食べてファミコンしてるし、お父さんはもう少ししないと帰ってこない。


 そんな中で、アタシ1人が憂鬱な気分になってる。


 でもそんなことはお母さんにはすぐバレちゃう。


「はい、クミがバラしちゃったから、ケーキももう出すわ。誕生日おめでとう。ケーキ食べて、元気を出しなさい」


「あっ、ありがとう、お母さん…。アタシ、元気ない?」


「一目瞭然よ。階段降りる音から違うとるもん」


「え…」


 お母さん、流石というか、鋭すぎるというか…。


「どうしたんね、誕生日なんに。上井くんと喧嘩でもしたん?」


「えっ、お姉ちゃん、上井くんとケンカしたの?」


 久美子まで参加してきた。


「6年生の中でも、お姉ちゃんと上井くんは有名なんじゃけぇ、ケンカなんかしちゃダメじゃん」


「な、なんでよ?」


「クミのお姉ちゃん、優しそうな彼氏さんと一緒におるとこ、見たよ!ってアタシが色んな子から言われよるんじゃけぇね!」


「そうなんだ…。優しそう、か…」


 そこで言葉に詰まったアタシを見て、久美子は不思議そうな顔をしていたけど、母は違った。


「やっぱり上井くんと何かあったんだね。お母さんに言えること?」


 アタシはちょっと迷ったけど


「…ごめん、今は、言えない。ちょっと待っててね。いつか言える日が来るから」


「じゃあお母さんもあまり追及はしないわ。クミちゃんもお姉ちゃんのこと、あまり突っ込まないようにね」


「はーい」


 アタシは合掌してからご飯を食べ始めた。

 でもいつもよりペースが遅くなっちゃう。考え事しながら食べてるからだわ。


 久美子は先に食べ終わると、健太の所へ行って、一緒にファミコンをやり始めた。

 食卓はアタシと母の2人になった。


「チカ、あまり追及しない、ってお母さんも言ったし、貴女もあまり言いたくないんだろうけど、一つだけ聞かせて。…今日、上井くんと何かあったんだよね?…上井くんと別れるつもりなの?」


 お母さん、一つだけって言う割に、聞いてくる内容が真正面過ぎるわよ…。


「…どう言えばいいか分かんない。だけど、前みたいに仲良くなることは、もうないと思う…」


「そう…。残念ね」


 母は少し寂しげにそれだけ言うと、再びキッチンに立ち、今度は多分父の夕飯を作り始めた。


(上井くんとアタシの関係って、クミの6年生にまで知られてるなんてビックリだわ。お母さんもあんなに残念な顔するなんて…。上井くんのこと、お母さんも気に入ってたからかなぁ)


 アタシはご馳走さまと言って食器をキッチンに運んだけど、母は何も言わなかった。

 アタシは罪悪感が残ったまま、自分の部屋へ戻った。


(なんかアタシが悪いことしたみたいな空気になっちゃってる。でも、でも、上井くんのあの手紙さえなければ…)


 部屋に戻っても、アタシは勉強に手が付かなかった。

 もう公立高校の願書は先生に提出済みで、聞いている予定だと、明日の土曜日の放課後、先生方で手分けして、各公立高校へ願書を直接届けに行くらしい。


(上井くんと一緒に西廿日高校に、って頑張ってきたけど…。今更願書は変えられないし…。どうしよう)


 無理に願書を変えたいとか言ったら、まず先生に何があった?って聞かれるし、上井くんと同じ高校に行きたくなくなったからなんて、理由として成り立ってない…。

 上井くんはアタシに誕生日プレゼントをくれたことで、関係は少し戻ったと思ってる筈だし、別れるなんて微塵も感じてないと思う。


(西廿日高校のまま、公立高校を受けないといけないよね…。上井くんが合格したら気まずいけど、絶対にアタシも上井くんも2人とも合格するって保証されてる訳じゃないし)


 机に向かってモヤモヤしてたら、久美子の部屋からカセットテープの音楽が聴こえてきた。

 いつもは気にならないのに、今日は気持ちがモヤモヤしてて、勉強に取り組めてないから、聴こえてきたんだと思う。


 しばらく流れてくるカセットの音を聴いていたら、どうやら昨日のザ・ベストテンを録音したものみたい。


 その中で、第6位に入ってたレベッカのフレンズって曲の歌詞が、妙にアタシに刺さった。


『 〽 どこで 壊れたの オー、フレンズ 』


 アタシが好きな安全地帯は、歌詞もよく読むけど、レベッカの曲の歌詞がこんなに今のアタシに刺さるなんて。

 気付いたら、また涙が溢れてきた。


『 〽 二度と 戻れない オー、フレンズ 

   他人よりも 遠く見えて 』


 久美子はご機嫌よくハミングしているみたい。

 歌詞の意味も、まだよく分からない…よね、多分。


 上井くんからの一通の手紙で、アタシはこれまでの思いが崩れ去った。


 そんなアタシに、フレンズの歌詞はそのもの過ぎた。残酷な歌詞だった。

 …口づけは交わしてないけど…


(…上井くん、今までありがとう。もう、彼氏、彼女っていう関係、終わりにしよう…。苦しいだけなんだもん)


 アタシは上井くんと恋人じゃなく、友達として接したかった。

 付き合う前の状態に戻りたかった。


(手紙には手紙で…。上井くんに手紙、書こう。いつ渡せるか分かんないけど…)


 アタシは通学カバンから、前は上井くんへやり直そう、と書きかけてた手紙セットを取り出した。


『Dear 上井くん

 

 元気ですか?

 毎日教室に来てるのは分かってるけど… … 』


 違うわ、こんな始まり方じゃない…。彼氏、彼女って関係を終わりにしようって手紙なんだから…

 

『Dear 上井くん


 …… 』


 アタシは泣きながら、何枚も書き直した。


<次回へ続く>

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