第78話 誕生日

『Dear 上井くん

 元気ですか?

 毎日教室に来てるのは分かってるけど… … 』


(あー、ダメだわ、どうしてもこの先の続きが書けない…)


 3学期が始まってもう2週間ほど経ったけど、アタシは上井くんと話すことが出来ないままだった。

 ユンちゃんが予想した通りになっちゃった。


 上井くんがアタシと話したそうにしてるのは、態度で分かった。

 でもタイミングが悪くて、上井くんがきっと勇気を振り絞って休憩時間にアタシの方へ足を運ぼうとしてくれても、そんな時に限ってアタシに友達が話し掛けたりして、それを見た上井くんはそのまま自席に戻る、そんなことが数回あった。


 同じ班だった時はアタシから上井くんを弄ったりして、休憩時間にコミュニケーションを取ってたけど、教室の端と端に席が離れた今はそんなことも出来なくて、アタシからも声を掛けにくくなってるの。


 このままじゃ、いけない。


 今までも話せないって時期はあったけど、付き合い始めたばかりの時にアタシが余計なことをして失敗したのと、上井くんが悩みを抱えすぎて落ち込みまくってた時。


 でもその時は話せなかったけど、別れるとかは考えなかったし、そんな危機感も無かった。

 いつか話せるでしょ?っていう楽観した気持ちもあったの。部活もまだ引退してなかったし。


 だけど今回は、アタシには非常ベルが鳴ってるように思える。

 もう部活では話すことが出来ないし。

 このままだと、本当に危ない…。


 だからこんな時の最後の手段、手紙を書いて、上井くんの机にソッと入れてから帰ろうとして、みんなが帰った後の教室で、何度も何度も手紙を書き直してたの。


 そこに人がやって来た気配を感じたから、慌ててアタシは手紙セットを隠して、残って受験勉強してるように装った。


(誰か来たのかな…。先生が、忘れ物とかのチェックに来たのかな…)


「アレ?神戸さんか?まだ帰っとらんかったんか?」


 やって来たのは真崎くんだった。


「あっ、うん…。ちょっと分からない所があってね。先生に質問してたから、遅くなっちゃった」


「偉いのぉ。もう神戸さんなんか、受験勉強せんでも、志望校は間違いなく通るじゃろ!どこが志望校か知らんけど」


「そうよね…。みんながどこを受けるかとか、知らないもんね。真崎くんは?志望校、決めたんじゃろ?」


「ああ、俺なんて、公立なら何処でもええけぇ、頭が悪うても大丈夫な、大野工業」


「頭が、なんて言わないでよ。大野工業かぁ…」


 ふとアタシは、元吹奏楽部の北村先輩が大野工業に進学してたのを思い出した。

 でもアタシにはいい思い出がない人だから、どうでもいいんだけど。


「神戸さんはどこ?無難に廿日高校か、五日高校じゃろ」


「アタシ?アタシは…西廿日高校なの」


「ああ、新しいとこじゃね。でも五日や廿日よりは少し楽なんじゃないん?西なら神戸さんなら楽勝じゃろ。でも何でまた西にしたん?」


「あ、あのね…」


「はいはい、聞いた俺がアホじゃった。上井と一緒に確実に行けるから、じゃろ?」


「う、うん…」


「高校でも付き合えりゃ、ええよな。でもそう言えば最近、神戸さん、上井とあんまり喋っとらんよのぉ。班が離れたけぇか?上井よりも、俺と話しとる方が多いよな。本当は上井と話したいじゃろ、悪いね」


「そんなこと、ないよ…」


 アタシは、懸命にアタシを慰めてくれる真崎くんの様子に、いつものちょっと悪っぽいイメージが見えなくて、思わず勝手に涙が一筋、頬を流れた。


「おっ、ごめん、ごめん。女の子を泣かしてしもうたら、またオヤジに怒られる」


 真崎くんはそう言って、ハンカチを取り出そうとしていたけど、ハンカチが無かったみたいで、叉もアタシに謝ってくれた。


「ハンカチ、ちゃんとポケットに入れたつもりじゃったのにのぉ…。ま、代わりの慰めになるかどうか分からんけど」


 そう言うと真崎くんはアタシの頭をポンポンと撫でてくれた。


「これで元気でた?」


 真崎くん…。

 普段はちょっと怖そうな一面もあるけど、本当は優しいんだね。


「うん、元気でたよ、ありがとう」


「なら良かった」


「あ、そう言えば真崎くん、何か用事で教室に来たんじゃないん?」


「おお!そうじゃった。通学カバンを取りに来たんよ」


「カバン?えっ、カバン忘れて帰ってたの?」


「アホじゃろぉ?家に帰ってからカバンを忘れとることに気付くって。どこまでアホか、情けなくなるよ。アハハッ」


 アタシも釣られて笑っちゃった。真崎くんはカバンを手にすると、


「じゃ、ワシは先に帰るけど、神戸さんも気ぃ付けて帰りんさいや。日が落ちるんが早いけぇね」


「うん、ありがとう、本当に」


「じゃあな〜」


「バイバーイ」


 先に教室を出た真崎くんを見送ると、アタシは手紙セットも慌てて出した文房具も、カバンに戻した。

 真崎くんと話してたら、上井くんと話せない悩みなんて大したことじゃない、って思っちゃったから。


 それに…今日は1月22日だけど、明後日の24日は、アタシの誕生日なんだ。

 上井くんが知ってるかどうか心配だったけど、確かまだ付き合う前に、上井くんが先に誕生日を迎えてて、アタシのことを…


『俺はもう15歳なんじゃけぇ、映画とか、15歳にならんと観れないのも観れるもんね!神戸さんは誕生日1月じゃろ?残念やね、まだ大人の映画が観れんくて』


 ってからかってたのよね。

 だからアタシの誕生日、上井くんは分かってると思うの。


 3学期に入ってから、全然話せてないけど、まだ別れた訳じゃないし、彼女の誕生日には頑張って話し掛けてくれないかな、って期待があるの。

 プレゼントなんか要らないから、上井くんと久しぶりにゆっくりお話ししたい。それが今のアタシへの、プレゼントになるから…。




 そんな願いを最後の希望に託して、いざ24日を迎えたの。

 アタシも15才になったよ。


 アタシの誕生日を知ってくれてる友達は、おめでとう〜って言ってくれたりして、嬉しかったよ。

 山神のケイちゃんも昼休みに久々に1組へ来てくれて、誕生日だよね?って言ってくれて、何か入った小さな箱をプレゼントしてくれたの。


「わ、ケイちゃん、ありがとう!覚えててくれたのね」


「そりゃあチカちゃんとは、幼稚園からの友達ですから。…ところで上井くんとは上手くいってる…よね?」


「…あっ、えっと、うん…」


「そっか、上手くいってないのかぁ」


「もー、なんで分かるの?」


「もー、何年チカちゃんの友達やってると思ってるの?」


 ケイちゃんはアタシと上井くんの関係が悪化してるのを察知して、敢えて明るくそう話してくれた。


「その様子だと、上井くんとは話せとらんのじゃね?」


「うん…」


「せっかくアタシが身を引いたのにぃ。なんてね」


「ケイちゃん…」


「冗談よ、冗談」


 でもケイちゃんは上井くんのことを好きだった時期があるのは間違いないから、身を引いたって言われたらドキッとしちゃう。


「3学期になってから話せてないの?もっと前から?」


「3学期になってから、だよ」


「うーん…、何でなの?あっ、朝の一緒の登校デート、止めとるじゃろ?そのせい?」


「よく分かるね、ケイちゃん。それも一因」


「一因?他にも理由があるの?」


「あの…班替えしたのね、3学期になって。それで上井くんと別々の班になったんじゃけど、クラスの端っこと端っこっていう両極端に離れちゃって…」


「それで話しにくくなったんだね」


「うん…」


 他にも要因はあるけど、それはケイちゃんには言わないようにした。

 …真崎くんと毎日のように喋るようになって、少し真崎くんに心が惹かれ始めてる…なんてケイちゃんに言ったら、激怒されるから。


「でも、チカちゃんの誕生日、上井くんは知っとるでしょ?」


「うん、多分知ってるはず」


「今日、まだ誕生日おめでとうって言葉とか、プレゼントとか、上井くんからもらってないの?」


「…今のところは、まだ」


「そっかぁ。アタシ、上井くんに言って上げようか?彼女が誕生日だよ!って」


「いっ、いいよ、そんなことしなくて。一応まだ放課後まで時間はあるし」


「放課後まで上井くんからのアクション、待ってみる?」


「うん、一応…」


「じゃあ、チカちゃんの気持ちを尊重しようか…。でも、放課後まで待って、今日何も無かったら、明日、アタシに教えてね。上井くんに聞いてあげるから」


「うっ、うん。その時は…お願いね」


 久々に話すケイちゃんの迫力に押され気味のアタシは、そう答えるしかなかったし、現実もそうだった。



 そして5時間目、6時間目が過ぎ、帰りのホームルームが終わった。


 上井くんの席を見たら、もう帰ったみたいでいなくなってた。


(ウソ…。上井くん、アタシの誕生日が今日だって、忘れてるの?知らないの?知ってるけど先に帰ったの?そんなの、ないよ…)


 アタシは15才の誕生日をこんな寂しい気持ちで過ごすなんて…と、泣きそうになりながら下駄箱に向かった。


 でも下駄箱には、上井くんがいた。


「あっ…」


「あ、神戸さん…」


 周りに誰もいないのもあって、しばらく無言で見つめ合っちゃった。

 でも上井くんは震える声で話しかけてくれた。


「あの、神戸さん、誕生日、おめでとう」


 そう言うと上井くんは手紙とラッピングされた小さな箱をくれた。


「アタシの誕生日、知ってたの?ありがとう」


 アタシは複雑な感情になってたから、素直に喜びを表せなくて、喜んでくれると思ってたんじゃないかなと思ってた上井くんを、傷付けちゃったかもしれない。


「中身は家に帰ってからゆっくり見てね。じゃ、じゃあまた…」


「あ、上井くん…」


 逃げるように上井くんは先に帰って行った。


(せっかく久しぶりに会話出来たのに…。一緒に帰っても良かったのに…)


 でも上井くんはアタシの誕生日を覚えててくれた。それだけで、心の隙間に真崎くんが入り込もうとしてたけど、上井くんへと気持ちが戻った。


(箱の中身はなんだろう?クリスマスプレゼントは砂時計だったな♪手紙をもらうのも久しぶりね。何が書いてあるのかな)


 アタシは昨日までよりは少し楽な気持ちで、家に帰れた。


「ただいま〜」


「あ、お帰りなさい、チカ。今日はもっと遅くなるかと思ってたわ」


「え?どうして?」


「今日は貴女の誕生日でしょ?上井くんがお祝いしてくれるんじゃないかな?って」


「な、何それ!お祝いで遅くなるって、そんなことないわよ」


「あら、そう?お母さんは上井くんなら、チカと…ま、まあ、いいわ。またお話聞かせてね」


「お母さんってば!何を想像してるのよ!」


 お母さんは言い淀んだけど、アタシと上井くんがキスするとでも思ったのかしら?

 確かにお付き合いして半年で、まだデートもしてないし、手を繋ぐだけで精一杯の上井くんだから、キスは意識はしてるだろうけど、まだ先だろうなと思ってる。

 アタシとしては卒業式が目安…かな?


 あっ、上井くんからのプレゼントと手紙!

 大切に開封して、読ませてもらわなくちゃ…。


<次回へ続く>

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