最終章 中3の3学期&エピローグ
第77話 不穏な3学期スタート
昭和61年1月8日(水)、3学期が始まったの。
中学校生活最後の学期…。
年末年始の冬休み、母からは上井くんと何処かに行くの?と聞かれたけど、その聞き方が暗に
(冬休みはデートはダメ)
というニュアンスが含まれてる、って感じたから、どこにも行かない、って答えたけど…。
(本当は初詣くらい、一緒に行きたかったな…)
上井くんはアタシとの交際をご両親には秘密にしてるみたいだから、尚更冬休みの間に2人で出掛けようなんて、誘ってくれるわけないし。
年賀状は上井くんからのはちゃんと元日に届いたし、アタシも元日に届くように投函はしたの。
『今年もよろしくね!一緒に西廿日高校に行けますように』
上井くんの年賀状にはそう書いてあった。
アタシが出した年賀状も同じようなことを書いたけど、1年経つと書く内容も全然違う…って感じたわ。
1年前は上井くんが吹奏楽部の部長になった直後で、まだ部活では戸惑ってるのがよく分かったし、励ましてあげようと思って、去年の干支、牛を大きくプリントして、色々なコメントをこれでもか!ってくらいに書き込んだの。
今年はそれが彼氏と彼女って関係になったから、あまり派手な年賀状も逆にちょっとどうかな…と思って、シンプルにしたんだ。
(どんな風に受け取ってくれるかな…)
そんな心配もあった3学期の初日、アタシはなんと寝坊しちゃったの。
なかなかアタシが部屋から降りてこないから、母が心配して起こしに来てくれて、やっと目が覚めたんだけど、もう8時近かったの。
「えーっ、お母さーん!なんでもっと早く起こしてくれなかったの?」
「いや、チカは上井くんと一緒に登校すると思うとったけぇ、いつもの6時半には起きてくるじゃろ、って思っとったんよ?そしたらその内、チカよりも久美子や健太の方に気が回ってね。ゴメンね、ウッカリしちゃって。上井くんには謝っといてね」
「あっ…。う、うん…」
母には、3学期は上井くんと待ち合わせて一緒に登校しないってことを告げてなかった。
アタシの寝坊も、ひょっとしたら上井くんが7時半に何時もの信号で待ってないって気持ちによる、緩みなのかも…。
とりあえず急いで着替えて、ご飯も最小限だけ食べて、家を出た。
教室に着くと、もうほとんどのみんなが着ていて、話に花を咲かせていた。
上井くんは…勿論先に登校してたけど、なんか怖くて、顔を見れなかった。
「おはよー、チカちゃん。珍しいね、こんなギリギリなんて」
ユンちゃんが声を掛けてくれた。ちょっとホッとした。
「うん、お母さんに起こされなかったら、危なかったわ」
「お母さん?」
ユンちゃんは怪訝な顔をしてから小声で、
「上井くんと待ち合わせとらんの?」
と囁くように聞いてきた。その上井くんは本橋くんと何か話してた。
「あっ…、うん。3学期は、待ち合わせないことにしたの」
アタシも小声で答えた。上井くんに聞こえないように…。
「え?そうなん?なんで?」
ユンちゃんの質問攻めが始まった。小声だから周りには殆ど聞こえてないけど…。
「一応、上井くんにも説明して理解はしてもらってるんじゃけど…。受験に専念するために、って」
「…受験に専念…ねぇ…。それで一緒の登校をやめる…かぁ…うーん…」
ユンちゃんの芳しくない反応に不安を覚えたアタシは、更に聞いてみた。
「ま、まさか、良くなかったかな、この選択は」
「うーん…。それで上井くんと、いつ喋ったりするの?」
「え?休憩時間とか…」
「上井くんって、照れ屋で恥ずかしがり屋なのは変わっとらんじゃろ?」
「…うん、多分」
「じゃ、上井くんからチカちゃんに話し掛けてくることは期待出来ないよね」
「そ、そんなことない…」
「いや、今までだって休憩時間とかは、チカちゃんやアタシがチョッカイ出してから、2人は会話しとったじゃん。上井くんから声を掛けてくれたことって、よっぽどの時の何回かだけじゃなかったっけ。3学期、チョッカイ出せるかな?」
「それは分かんないけど、休憩時間とかお昼休みに話せないことはないと思う…」
「チカちゃん、脇が甘いよ。今の班は文化祭の後に出来た班じゃない?あの竹吉先生が、卒業まで今の班のままで通すと思う?」
「あっ……」
「大体3年1組って、2ヶ月毎に班替えしてきたじゃない?今は同じ班で、上井くんがすぐそこにいるから、休憩時間にチョッカイも出せたし、話し掛けられた。アタシの勘だと、先生は3学期ってことで今日あたり班替えしそう。もし班替えをして、別々の班になって距離も離れたら、ただでさえチカちゃんに話し掛けるのに一苦労してる上井くんと、会話なんて出来なくなるよ」
「班替え…。そうだね…。2ヶ月毎にしてきたもんね、大体」
そこまで話した所で予鈴が鳴り、竹吉先生が登場した。
「明けましておめでとう!みんな、冬休みは無事に過ごしたか?俺は餅ばっかり食うとったけぇ、5キロ太ってしもうた」
教室内を軽い笑いが包む。
「さて3学期ということで、いよいよ本番が迫ってきたな。ということで、体育館での始業式の後、ホームルームで我が1組最後の班替えをやろうと思うとるんじゃが、どうかのぉ?」
うわっ、ユンちゃんの予想通りだわ…。教室内がざわめいてる。
右斜め前にいる上井くんは、アタシの方を見ることは無かったけど、複雑な表情をしているのは分かった。
「先生、俺らが嫌じゃ!言うてもやるんじゃろ?」
谷村くんが冗談混じりにそう聞いてたけど、先生はクジの入った箱を密かに用意してて、その箱を見せた。
「谷村、よう分かったの。その通りじゃ。まあ今の班のままがええ、という生徒もおるじゃろうし、替わりたいという生徒もおるじゃろう。俺もちょっと悩んだが、前に班替えしたのが文化祭の頃じゃったな。2ヶ月経つし、これから君らがこの教室に来るのも、残り2ヶ月じゃけぇ、タイミングもええじゃろうし」
先生の、この教室に来るのも残り2ヶ月ってセリフにみんなが反応して、もうそんな時期なんじゃ!とか、寂しい〜とか、色んな声が飛び交っていた。
アタシも心がザワザワしてたけど、上井くんは…。
頭を抱えてた。
(班替え、したくないんだよね?アタシもだよ、上井くん…)
でも時間は容赦なく過ぎて、体育館での始業式もあっという間に終わって、ホームルームの時間になった。
先生が黒板に、1から6までの数字を書いて、くじを引いた生徒は黒板の数字の下に名前を書くこと、という決め方になった。
1班からくじ引きが始まって、アタシと上井くんは2班だから、すぐに順番が回ってきた。
「じゃ、2班のみんな、くじを引いてくれるか?」
上井くんが班長だから無言で俯きながら一番目に、教壇にある箱に手を突っ込んでた。
竹吉先生が、その上井くんの雰囲気をじっと眺めていたのが、アタシには印象的だった。
「…6、です」
「じゃ、6の下に名前書いてくれ。2班のみんな、どんどん来てくれよ」
上井くんが自分の席に戻る時、アタシとすれ違ったんだけど、何だかもう一杯一杯みたいで、目も合わなかったし、声も掛けられなかった。
女子ではアタシが初めにくじを引いたの。「6」になりますようにって願いながら。でもそこには…
「…アタシは、1です」
1班になっちゃった…。
アタシも席に戻ったけど、落胆した上井くんの顔を見ることが出来なかった。
その後もみんなのくじ引きは続いて、クラス全員の新しい班が決まった。
黒板に書かれている各班の名前は、ホントにバラバラ。
「さて、みんな新しい班が決まったな?…なんか元気がないのぉ。あまりみんなが期待したような結果にならんかったか?でも決まった以上、残り2ヶ月、卒業まで、同じ班のみんなと仲良く過ごして、無事に卒業式を迎えてくれよ。班の場所は、やっぱり1班が後列ってのはやりにくいけぇ、前に戻そう。1班は前側の廊下側、2班は前側の中央、3班は前側の廊下側。後ろは、廊下側から4、5、6班の順に座ってくれ。じゃあ移動開始!」
アタシが1班、上井くんが6班だから、一番距離が遠いパターンになっちゃった…。
机を動かす時も上井くんは元気がなくて、声を掛けられなかった。
(上井くん…。今、どんなこと、思ってる?上井くん…お話ししたいよ…)
と思っても、今まで3年1組になってから、こんなに物理的にも上井くんと遠くなったのは初めてだから、アタシから声を掛けるのも本当に難しくなっちゃった。
因みに同じ1班には、男子は真崎くんがいた。後の2人は中本くんと若林くんだけど、ほとんど話したことがない…。
真崎くんだけは何度か話したことがあって、いつもアタシと上井くんの仲を心配してくれてた。
女子も、新出さん、中川さん、吉村さんという、これまでアタシがほとんど話したことがないメンバー。
(悪いけど…仲良く出来るかな、このメンバーで…)
まだ残ってた黒板の板書を見たら、上井くんの6班は、男子は上井くんの他に松田くん…林間学校で一緒だったね…そして何と谷村くん。
女子は…元吹奏楽部員ばかりだわ。
国本さんに吉岡さん、芝田さん、川野さん。吉岡さんと川野さんは上井くんと続けて同じ班だな、いいなぁ…。
だからか、早速女子軍団には、神戸さんと別の班になって寂しいね〜なんてからかわれてる。
でも、いつもなら面白い返しをするはずの上井くんが元気がなくて、まあ、仕方ないよ…としか返してなかった。
谷村くんは元気出せや!って励ましてたけど…。
「各班、落ち着いたか?落ち着いたら、班長決めて教えてくれや」
アタシの1班は、文句なく真崎くん。上井くんの6班は、これも文句なしで谷村くん。
上井くん、班長の座も降りたんだね。林間学校の時の班以来ずっと班長だったから、最後は単なる班員になって、プレッシャーから解放されたかな?
「じゃあ残り2ヶ月!この班で頑張ろうな!今日はこれで解散じゃけど、帰る前に一応明日からの予定とか書いたプリント配るけぇ、確認しとけよ」
アタシはとにかく上井くんのことが気になったから、帰りに下駄箱で掴まえて話せないかな…と思ったけど、色々ショックが重なったからか、アタシのことなんか顧みずに、俯きながらすぐに帰っちゃった。
(あっ、上井くん…)
アタシ達、どうなるの?お付き合い、続けていけるの?
<次回へ続く>
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