第76話 2学期終了
三者懇談が1週間続いて、3年生が緊張しながら過ごした週も終わって、今日は2学期の修了式を待つだけの、2学期最後の日。そしてクリスマスイブ。
アタシは三者懇談の一番目で、結局上井くんと同じ高校に進めることを願って、西廿日高校を第一希望に確定させたよ。
竹吉先生もお母さんの前で、一緒に進学したいクラスメイトがいるんだよなとか、微妙なことを言うから、アタシもお母さんも照れるハメになったけど。
でもお母さんも、それは上井くんのことだって分かったみたい。
その日、お母さんと一緒に帰る時、お母さんの方から「竹吉先生にも上井くんとお付き合いしてること、知られてるの?」
って言われちゃったから。
上井くんはアタシの次の火曜日に、お母さんと三者懇談を受けて、西廿日高校にはあまり乗り気じゃなかったお母さんを、先生が説得するような感じで認めさせたって言ってたよ。
水曜日の朝に一緒に登校する時に聞いたんだけど、上井くんはやっと重石が取れた、って言ってた。
「これで神戸さんと同じ高校を、堂々と目指せるよ」
「うん…。頑張ろうね」
アタシはそう言われて、ここ最近のモヤモヤが少し晴れたけど、一度でも上井くんのことを話が噛み合わないなんて思っちゃったから、会話が少しぎこちなくなってた。上井くんがそれに気付いてるかどうかは分かんないけど…。
「先生が、新しい高校ということでお母様も不安に感じておられるでしょうけど、って前置きした後に、色々な魅力、利点を説明してくれてね。最後には一緒に行きたい相手もおるしな、なんて言われたよ。母親はキョトンとしとったけど」
先生、上井くんにもアタシと同じような事を言ったんだね。でも上井くんは、アタシと付き合ってることを、お母様には言ってないんだ…。
勿論、一緒に西廿日高校に合格しようっていう、上井くんとアタシの約束は守りたい!
でも、ここ最近のお互いが見ている方向がすれ違ってるような感覚が抜けなくて、上井くんが本当にアタシのことを好きなのか、本当に一緒に西廿日高校に行きたいのか、少し斜めに構えて見るようになってしまってた。
そして今日、2学期が終わるから、3学期のことも決めておかなくちゃいけないと思ったし、ちょっとお付き合いにモヤモヤが漂ってるのもあったから、もしかしたら上井くんはまた落ち込むかもしれない…と思いつつ、朝の登校時にこう切り出したの。
「上井くん、あのね…」
「え?何?」
上井くんは唐突にアタシが話し始めたから、ちょっと警戒したような表情になっていた。
「今までね、朝だけだけど、一緒に登校してきて、色々お話出来て、アタシは嬉しかった。だけど3学期は、高校受験も控えてるし、朝一緒に待ち合わせて登校するのは、お休みしたいな、と思ってるの…」
今までこういう場合だと、上井くんは不本意ながらアタシの提案を受け入れて、その後無言になっちゃうはず…と思って、どんな反応が上井くんから返ってくるか少しビクビクしながら返事を待った。
上井くんはしばらく考えてから、答えた。でもその表情はそんなに深刻じゃない…ように見えた。
「…そうだよね。仕方ないよね。うん、分かったよ」
「え?いいの?」
アタシは、てっきり上井くんは反対すると思ってたから、逆に拍子抜けしちゃった。
「…うん。まあ、仕方ないと思うよ。もう受験も本番が迫っとるし、勉強に集中せんといかんじゃろうし…。そうなると、朝7時半に待ち合わせるには、前の夜早う寝んといけんけど、もしかしたらそれが受験勉強に差し支えになるかもしれないし」
「上井くん…。ごめんね、アタシが言い出したことなのに、受け止めてくれて」
「いや、本音はまあ、続けたいけどさ。でも受験を優先しないとね。それにさ…」
「ん?それに?」
「もう俺と神戸さんの間で、何か起きても、なんとかなるさ!って安心感?うーん、安心感というよりは信頼かな…」
「信頼?アタシのことを、信頼してくれてるってこと?」
「うん。今まで色々あったけど、神戸さんのことを…その…好きって気持ちは変わらなかったよ。それが、多少何か言われても信頼してるって気持ちに繋がってるかな」
上井くんは頭を掻きながら、少し照れつつそう言ってくれた。
(アタシ、上井くんが信頼してくれてるなんて、考えたことなかった…。逆にアタシは上井くんを信頼してたかな?最近は疑ってばかりだったような気がする…。アタシをちゃんと見てくれてないとか、話を受け止めてくれないとか、不満ばっかり溜めてたかも)
「だから、受験シーズンが終わるまでは、少しお付き合いは控え目に、っていう神戸さんの気持ちを信頼してる。別れる訳じゃないよね?お互いに合格したらさ、それまで我慢した気持ちを春休みに一緒に発散しよう!」
アタシは、上井くんの気持ちに感謝した。きっと無理してそう言ってくれてるんだと思うし。
「…うん!アタシも勉強頑張るよ。2人共、西廿日高校に、合格しようね」
「だよね!神戸さんは大丈夫じゃろうけど、俺が落ちたら目も当てられん…。俺も頑張るよ」
下駄箱まで着いたら、アタシも少し前向きな気持ちになった。
そして教室に入ったら、アタシはビニール袋を取り出した。
「ね、上井くん?これ、なーんだ?」
「えっ?うーん…。あっ!もしかして、クリスマスプレゼント?」
「う、うん…」
ズバリ当てられると照れちゃうね。
「じゃあ俺も…」
「え?上井くんも?」
上井くんはカバンから、ラッピングされた箱を取り出した。
「これ…。神戸さんの袋に比べちゃ小さいけど、気持ちは籠めたつもり。選ぶのにショッピングセンターの中をウロウロしたよ〜」
「うわ、ありがとう〜」
実は上井くんからクリスマスプレゼントがもらえるなんて、予想外だったの。だから余計に嬉しかったよ。
「中身はな〜に?」
「えー、言ったら面白くないじゃん。家に帰ってから開けてみて?」
「うーん…。でも、それもいいかもね。楽しみはとっておこうかな。ありがと、大事にするね。アタシのは、分かるかな…?」
上井くんはビニール袋を触って、想像してた
「あの…。もしかしたらマフラー?」
わ、当ててくれた♪
「すごーい!正解よ!実はね、期末が終わった後から、上井くんの為に編んでたの。手編みのマフラーなんだ。大切に使ってね」
「えっ、マジで?わあ〜、勿体無さすぎるよ!」
「えへへっ。でも、使ってくれたら嬉しいな」
「うん、使うよ!ありがとう!わー、今日は今まで生きてきた中で最高の日だよ!」
「そんな…。でも、ありがとう、喜んでくれて」
なんか、2学期最後の日に、これまで上井くんに抱いてたモヤモヤが吹っ飛んだ気がしたよ。
うん、3学期はちょっと距離を置くけど、受験が終わったら、今度こそ叶えられてない夢を実現しようね♪
そして体育館での修了式も終わり、クラスでホームルーム。
竹吉先生が冬休みの注意事項を一通り説明して、解散になったの。
みんなは帰って行くけど、アタシはクラスで保健委員をやってたの。
保健委員は、みんなが帰った後に机と椅子をずらして、教室の床にワックスがけしなくちゃいけないんだ。
上井くんには、ちょっと用事があるから先に帰っててね、って朝言ったけど、不思議そうな顔をしてた。
でもアタシの仕事を言っちゃったら、一緒に残ってやって上げるよ、とか言いそうな気がして…。ちょっとボカしちゃった。
各クラスから、机と椅子を動かす音が聞こえてきたわ。
さ、アタシの1組もやらなくちゃ…。
「…ふぅ、でもアタシ1人じゃ、机と椅子を動かすだけで大変だなぁ…。保健委員、2人にしてくれればいいのに」
ちなみに上井くんは学習委員で、もう一人女子の藤田淑子さんとペアを組んでいた。
だけど藤田さんが何でも完璧にこなすから、俺のやることがない…って言ってたな〜。
…やっぱり上井くんにそれとなく手伝ってもらえるように、朝、話してみればよかったな…。
そう思いながら机を一旦全部後ろに動かしたから、前側の床にワックスを掛けることにした。
その時、なんか人気を感じたの。
(えっ、誰か覗いてた?嫌だぁ、やっぱり1人なんて)
早目に終わらせようと、一生懸命に仕事を始めたら、今度は声がしたの。
「神戸さん!」
「えっ!あ、あれ?上井くん?」
アタシは素直に驚いた。何で隠してたのに、アタシの様子を見に来てくれたの?
「大変だと思うけど、頑張ってね」
「うっ、うん。でも、なんでアタシがワックスがけしてるの、知ってたの?」
「いやぁ、恥ずかしながら、下駄箱でね。他の女子から神戸さんは残って仕事しとるんよ!って言われてさぁ。そりゃ、一応彼氏じゃもん、どんな様子か知りたくなるよ」
「そうだったのね」
誰かクラスの女の子が、下駄箱で上井くんを掴まえてくれたのね。誰だろう?
「大変じゃろ?手伝おうか…」
「ううん。気持ちは嬉しいけど、保健委員の仕事じゃけぇ、上井くんにやらせる訳にはいけんのよ」
「でも大変じゃろ?机やら椅子を動かしたり…」
「大丈夫!さっきも前から一気に後ろへ下げたし」
ちょっとアタシは見栄を張っちゃった。
「ホントに、何もせんでええん?気になるよ」
「本当に大丈夫じゃけぇ。ありがとー!上井くんも気を付けて帰ってね」
「うん、お互いにね」
「じゃあ、バイバイ」
「うん、バイバイ」
と上井くんと手を振って、別れた。何となく未練があるような上井くんの背中だったけど…。
…でもこれが、アタシと上井くんの最後の、カップルらしい会話らしき会話になるなんて、この時には全然思わなかった…
<次回へ続く>
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