第75話 三者懇談前の不穏な空気
2学期も残り少なくなって、いよいよ三者懇談の週になったの。
最初の月曜日、いつものように上井くんと信号機の場所で待ち合わせて、学校へ向かう時…
「神戸さん…」
「ん?どうしたの?」
「あの、土曜日…。ありがとうね」
上井くんは照れながらそう言うと、顔を赤くした。
「土曜日?えっと…。あっ、腕、組んだこと…かな?」
「そっ、そう…」
「それなら、あの…。アタシも、ありがとう…」
アタシまで顔が赤くなっちゃって、言葉が出なくなっちゃった。
しばらく無言で歩いてたけど、お互いにどうにかしなくちゃ、って思って口を開いたら、アタシと上井くんが同時に昨日はね、って話し始めたから、今度は顔を見合わせて笑っちゃったよ。
「じゃ、レディファーストで神戸さんから」
「アタシから?うーんとね…。昨日、広島市内に行って来たんよ」
「へぇ」
…ん?それだけ?上井くん、反応が薄いなぁ…。市内の何処へ行ったのとか、何しに行ったのとか、1人で行ったのとか、聞いてくれないのかな…。
「…それでね、アタシ1人で行ったんじゃけどね、紙屋町のそごうに寄ったら、人が多過ぎて、迷子になりそうになったよ」
「そうなんだ」
…アタシの中に、ちょっと上井くんへの不満が渦巻く。返す言葉って、それだけ?今度一緒に行こうとか、何を買いに行ったのとか、上井くんが聞きやすいようにアタシから話した割に、返ってくる言葉が少なすぎない?
「…帰りもね、広電に乗り間違っちゃって、西広島駅に行こうとしたのに、反対の広島駅に行っちゃって、国鉄の電車代が高くなっちゃった」
「西広島より、広島の方が切符が高くなるもんね」
…モヤモヤする。この話は、少しドジなアタシを、何してんの〜って突っ込んでほしくて披露したのに。
色々喋ったのに、上井くん、返事が薄いよ…。
日曜日に彼女が1人で広島市内に出掛けた、って聞いたら、男の子ってもう少し色々反応してくれるもんじゃないのかな。
何となく少しイラッとしたけど、上井くんが何を話そうとしたのか聞こうと思って、アタシは話し掛けた。
「…昨日は上井くんは何してたの?」
「昨日はね、岩国にレコードを買いに行ったんよ」
「そうなの?誰のレコード?」
「やっとレコードプレーヤーを買ってもらえたけぇ、チェッカーズと、杉山清貴とオメガトライブのシングルレコードを買ってきたんよ〜」
「そ、そうなんだね…」
上井くんは嬉しそうに言った。
多分、アタシと話そうとしたタイミングが重なった時も、同じことを話そうとしてくれたんだとは思うけど…。
ゴメンね、上井くん…。
何だか話が噛み合わないわ…。
もし、アタシじゃなくて上井くんが先にその話をしてたとしたら、アタシは一緒に広島市内にレコードを買いに行っても良かったねとか、話を続けたと思うけど。
なんか…いつも上手く話を繋げたり、広げてくれる上井くんの返事が、なんで?ってくらい薄かったから、ギクシャクしちゃって、上手い返事が思い浮かばなかった。
またしばらく無言になっちゃったから、マズいと思ったのか、上井くんが聞いてきた。
「あの…。今日だったよね、神戸さんの三者懇談」
「あ、そうだよ」
「…俺は…言ったっけ?いつだったか」
「えーっと…。そう言えば聞いてなかったかも。上井くんはいつなの?」
「俺は明日…。4時からなんじゃけど、三者懇談って、3時半から始まるよね?」
「うん…」
「明日の3番目くらいなのかな。一組に30分も掛けないよね?」
「た、多分…」
「あー、明日緊張するなぁ。神戸さん、今日、頑張ってね。明日の朝、またどうだったか、教えてね」
「うん…」
そんな感じでクラスに着いちゃった。
なんなの、このモヤモヤ。
上井くんは別に落ち込んでるとか、何時もと特別に変わったような様子はなかった。
最初も土曜日の出来事…腕を組んだことに触れて、その事から話が広がるのかな、と思ってたんだけど。
なんか、今朝の上井くんの会話の感じって、自分勝手な感じだった。
アタシの話すことなんかどうでも良くて、自分は岩国にレコードを買いに行った、それだけを言いたかったのかな、と思っちゃう。
三者懇談の話だって、アタシが今日トップバッターなのに、あまり気にしてくれなくて…というか、明日の上井くん自身の三者懇談をどうすればいいかだけが気になってるみたいな感じで…。
無理やり前向きに考えると、上井くん自身、志望校についてお母様との間で揉めてるから、三者懇談を前に気が滅入ってるのかもだけど…。
アタシだって、今日は凄い緊張してるんだよ?
希望進路を確定させるための三者懇談なんだから。
上井くんと同じ高校に進学希望、って決める大事な懇談なんだから。
なのに、アタシがどうなったか、明日の朝教えて…、ってそれだけなの?
教室に入って、席に着いても、アタシはなんか元気が出なくて、早く来ていた男子のクラスメイトに、土曜日にアタシと腕をくんだ事で冷やかされている上井くんを、少し覚めた目で眺めることしか出来なかった。
「チカちゃん、おはよ!」
「あ、ユンちゃん、おはよう。早いね」
ユンちゃんが声を掛けてくれた。
「どしたん、元気ないよ?いつもなら上井くんに元気がない…って心配するパターンが多いけど、彼は元気そうね。珍しくチカちゃんが1人、元気がない。もしかして今日トップバッターで三者懇談じゃけぇ、もう緊張しとるん?」
「ま、まぁ…。それもゼロじゃないけど」
「微妙な言い方じゃね。上井くんと揉める…いや、上井くんとチカちゃんがトラブれば、上井くんの方が落ち込むタイプじゃけぇ、そうじゃないね?」
「うーん…。トラブってはないけど…。上井くんが上井くんじゃなかったの」
「は?」
アタシは今朝の、噛み合わない会話について、ユンちゃんについ愚痴を言うように…上井くんには聞こえないように小声で、話した。
「…ふーん。そっかぁ。それじゃチカちゃんとしても、元気は出んよね。じゃあ、今日の上井くんの感じから、彼の心境なんかを読めるようなら、読んであげるよ」
「え、大丈夫?」
「まあ素人じゃけぇ、どこまで男子の心に迫れるかは分からんけど…」
「前、結構ユンちゃんは上井くんの心中を推理してくれたじゃん?」
「あー、あれは状況証拠もあったしね。周りの感じとか。今回は材料が少ないけぇ、まあ期待せんと待っとって」
「うん。そう言ってもらえるだけでも…助かるよ」
そんな感じで月曜日が始まったから、日中は殆ど上井くんと話すことはなかった。
上井くんもアタシとの会話がないことに、そんなに気が付いてないのか、あまりアタシのことを意識してないみたいで、それがアタシには余計なイライラに繋がっちゃう。
(今日の三者懇談で、何か先生にアドバイスもらいたいな…)
アテもないのにアタシはそう思っちゃった。
そして放課後。
帰りのホームルームの後、一旦先生は職員室へ戻って、アタシはそのまま教室に残った。
上井くんは…。
アタシに何も声を掛けてくれず、そのまま帰っちゃった。
(なんで?バイバイでも、なんでもいいから、一声掛けてよ…。寂しいよ…)
帰っていく上井くんの背中を眺めながら、アタシはつい2日前の土曜日に、みんなの前で腕を組まされて、照れながら絆を確認した筈の上井くんが、とても遠い存在に思えてしまった。
そこへ、朝方アタシに声を掛けてくれた松下のユンちゃんが、ちょっとちょっと…と手招きしてくれて、アタシを渡り廊下へと呼び出した。
「チカちゃん、ゴメンね、もうすぐ三者懇談なのに。それまでには終わらせるけぇね」
「いや、ユンちゃんこそ、バタバタしてる時にアタシの悩みを察知してくれて…ありがとう」
「ま、アタシの三者懇談は木曜日じゃけぇ、まだ余裕があるんよね。今日はチカちゃんの為に、上井くんの心の動きを1日様子を見ながら、読んでみたよ」
「うん…。どう?」
「そうね、上井くんはね…」
アタシは固唾を呑んで、ユンちゃんの言葉を聞いたよ。
「多分じゃけど、チカちゃんを落ち込ませたとは、思ってない」
「え?」
今朝、あんなに話が噛み合わなかったのに。
「上井くんはね、チカちゃんと同じ高校…西廿日高校だよね?に行きたくて、でもその話が家族でタブーになってることに、苛立ってるみたい」
「…そのことはアタシもたまに教えてもらってるけど…」
「なるほどね。じゃ、上井くん一家の様子はなんとなく分かる感じ?」
「まあ。お母様のことはたまに聞くけぇね。お父様のことは殆ど聞かんけど」
「…上井くんは一人っ子じゃろ?親との間で波風立てたくないと思う反面、チカちゃんと一緒の高校を受けたい、その気持ちで一杯なのよ」
「う、うん…」
「上井くんは上井くんなりに、チカちゃんを心配させたくない、って思ってて、でも頭の中は志望校と三者懇談のことで一杯じゃけぇ、そのせいでチカちゃんに対する態度がチグハグになっとる、これが今日アタシが上井くんを見てて感じた、上井くんの心の中になるかな」
「そうなんだ…。ありがとう、ユンちゃんに余計なことさせちゃったね」
「まあこれぐらいなら、様子を見て推理するだけじゃけぇ、大丈夫よ」
ユンちゃんはそう言ってくれ、じゃ三者懇談頑張ってね!と言って、帰って行った。
(上井くんは…。要は、心の中が乱れちゃってる感じなのかな。でもアタシを心配させたくない、じゃけぇ変な会話になってるけど、気付いてない…)
一応アタシが出した結論はそうだった。
(上井くんの三者懇談が終わるまでは、あまりグイグイと行かない方がいいかもしれないね)
そう結論を出して、三者懇談開始を待つためにクラスに戻ると、三者懇談でアタシの次の順番になってた、真崎くんがいて、話し掛けてきた。
「神戸さん、三者懇談、一番目じゃったよな?緊張しとる?」
「あ、真崎くん。真崎くんは2番目だよね?」
「ああ。でも俺なんか、行く所は限られとるけぇ、母ちゃんなんか呼ばんでもええんじゃけどのぉ」
「そんなこと、言っちゃだめだよ」
「神戸さんはアレじゃろ、上井と同じ高校、狙ぉとるんじゃろ?何処かは知らんけど」
「う…ん。一応…ね」
「なんや、変な間があるのぉ」
「あ、ごめん、もうすぐだから、ドキドキしちゃって」
「そうだよな。俺は今更大して先生にも母ちゃんにも話すことはないけど、神戸さんは色々とありそうじゃもんな」
アタシの心は少し動揺していた。
<次回へ続く>
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