第73話 上井くんのルーツ

 12月16日の月曜日から三者懇談が3日間続くんだけど、その前の週、12月12日と13日に、クラスマッチがあったの。


「嫌だな~、今日と明日のクラスマッチ」


 朝一緒に登校してた時、上井くんがそう言った。


「うーん、上井くんは体育が苦手って言ってたもんね…。クラスマッチも嫌?」


 前にクラスマッチがあったのは1学期の6月。その時はまだアタシ達は付き合ってなかった。

 アタシは、上井くんのことを、気になる異性として見ていたけど、告白にはまだ早い、というようなレベルだった時期かな…。

 上井くんは多分、アタシのことを好きになってくれていた時期だと思うの。

 だからそのクラスマッチの直後にあった、林間学校用の班替えで上井くんは班長に立候補して、アタシを同じ班にしてくれたと思ってるんだけど…。


 いつからアタシのことを好きだったの?なんて、今更聞いてもいいのかな…。

 でも上井くんのことだから、照れてしまって、曖昧な答えしかしてくれなさそう。

 アタシは林間学校の日!ってちゃんと言えるんだけど。


「クラスマッチも嫌だよ~。前に6月頃あったじゃん?その時はソフトボールじゃったけど、あの…」


 上井くんはそこで言葉を濁した。なんだろ?


「ん?上井くん、あの…の続きは聞いてもいいのかな?」


「…そうじゃね。今更隠しても無意味じゃもんね。体育嫌いってのはもう神戸さんにバレとるし。その1学期のクラスマッチのソフトボールも嫌で…。特に嫌だったのは…。あの、その頃はもう神戸さんのことを好きになっとった時期なんよ。じゃけぇ、神戸さんに俺の情けない姿を見られたくないって気持ちが大きくって…」


 上井くんは必死に絞り出すように、アタシにそう言った。

 あっ、でも上井くんは6月の段階では、もうアタシのことを好きでいてくれたんだ…。


「そんな…。上井くん、ソフトボールの時も、一生懸命やってたじゃない?アタシ、そんなことで上井くんを見下すようなことはしないよ」


「ホントに?」


「うん。誰だって苦手な科目ってあるよ。それが上井くんは偶々、体育ってだけでしょ?アタシは社会が苦手だもん」


「体育と社会…。比べていいのかな…」


 上井くんが悩み始めたけど、そこでアタシ達は教室に着いた。今日はクラスマッチの日だからか、笹木さんは朝の自己学習にはまだ来てなくて、でももしかしたら元バレー部ってことで何かに借り出されてるのかもしれない。


「フフッ、上井くん、体育のコンプレックスが強いんだね」


「小学校の時の体育のせいかなぁ。みんなが出来たことを自分だけ出来なくて、何回もみんなの前でやらされて、結局出来なかったんだ」


「へぇ…。それはなんだったの?」


「あの、ウンテイってやつ」


「あー、鉄棒を渡っていくやつだっけ?そっか、それが出来なくて、みんなの前で恥ずかしい思いをしたんだね」


「そう。それで体育が嫌いになってね。でも放課後に友達と遊びに行く時とかは、結構アクティブだったんだよ。田んぼに入ってザリガニ掴まえたり、崖上りしようとして草に掴まったら、サーッと指が切れて大出血したり」


「わっ、カヤっていう野草じゃないかな、それ」


「そうかも?母さんもそんなこと言ってて、またやらかしたの?とか言いながら、絆創膏貼ってくれたよ」


「そうなんだね。アタシの知らない上井くんの少年時代…。でも上井くんって、昔から大竹におったんじゃない?って思っちゃう。ホントに横浜にいたの?」


「おったよ~。面影はないじゃろうけど」


「うん…。広島弁も完璧じゃけぇ、ずっと大竹市民だ!って言っても、みんな信じちゃうよ」


「そう?でもコッチに引っ越してきて思ったのは、広島弁って馴染みやすいってことじゃね」


「馴染みやすかった?」


「うん。横浜から引っ越してきて、中学に通うようになって、1ヶ月経った頃にはもう広島弁がスムーズに出てきよったし」


「へぇ…。アタシはそれこそずっと大竹市民じゃけぇ、引っ越しもしたことないし、話し言葉が変わるってのも体験してないんよね。ちょっと上井くんが羨ましいかも。でも転校って、嫌じゃったんじゃない?」


 アタシは転校することで、それまでの友達との関係が切れるのが、嫌。だからこの先、もし転校とかいうことがあったら、抵抗するか、1人ででも大竹に住むとか言いそう…。


「いや…。俺は小学生時代、女の子からは凄い嫌われとったんよ。理由は知らんけど。じゃけぇ、中学に上がる時に広島へ転校するって、親が申し訳なさそうに切り出した時は、逆にラッキー!って思ったよ」


「えっ、本当に?色んな意味でじゃけど。まずね、女の子に嫌われてたって…想像が付かんのじゃけど?」


「うーん、俺も原因が分かるものなら知りたいよ。何かイタズラとかしたわけでもないし…。本能的に嫌われたのかな?」


「本能的?それなら…。この中学校に入ったとしても…。変な意味に捉えないでね?この中学でも、女子に嫌われちゃう…かもしれないじゃない?でも上井くん、1年の時から結構男女問わず人気者だったような記憶があるよ?」


 そう、上井くんが新入生として緒方中学校に入ってきた時、横浜から転校生が来る!って騒ぎになってたの。それで実際に入学して来たら、普通の男の子だね、ってことで落ち着いたけど…。でもみんなから割と好かれてたから、小学生の時に女の子から嫌われてたっていうのが、アタシには信じられなかった。

 もしかしたらその時のトラウマが残ってて、時々ネガティブな面が顔を出すのかな…。


「いや、さすがに人気者っていうのはオーバーな表現だよ。だけど、見も知りもしない男を好意的に受け入れてもらえたのは、今でも感謝してるよ。中学から根暗な性格を変えることが出来た、って思うとるしね。大竹に引っ越してきてよかったって思っとるし」


「そこで一番初めに出来た友達が、村山くん、って訳なんだね」


「うん。アイツが俺の自己紹介を聞いて、同じ趣味じゃん、って声掛けてくれたんよ。それが大きかったね~」


「もしかしたらその趣味って…鉄道関係?」


「お、ご名答!」


「やっぱり!村山くんも小学生の時、寝台特急を見ては、アレにいつか乗るんじゃ!って口癖のように言ってたから」


「へぇ~。やっぱり友達って大事だよね…」


 アタシは心からそう思った。親しくしてくれている友人は大事にしなくちゃ。


 その内みんな登校してきて、朝のホームルームも始まったけど、竹吉先生は最初からジャージ姿で現れた。


「はい、おはようさん!今日と明日はクラスマッチってことで、みんなにとっては最後の楽しめる学校行事になるんかな?あ、卒業式前の予餞会もあるけどな。とりあえず男女とも優勝目指して頑張ろうぜ!」


 朝から元気な先生の言葉を聞いて、クラスのみんなもテンションが上がってた。

 その一方で上井くんは、あまり気乗りしてなかったけど…。

 大丈夫!上井くんが試合でミスしても、アタシは上井くんのこと、嫌いになったりしないからね。


 競技は男子も女子もバレーボールなんだけど、着替える時にクラスのリーダー谷村くんが、


「男子は気合を入れる為に、ジャージ禁止でいこうぜ!」


 って叫んでた。

 何故かそんな言葉にもみんなはオーッて盛り上がってたけど、上井くんはボソッと


「…タニさん、何言うんよ…寒いよ…」


 って呟いてた。それがアタシにはおかしかったけど、その谷村くんの提案に呼応したのか、女子も笹木さんが、


「じゃあ女子も試合の時はジャージ脱いで、ブルマで気合入っとるところ、見せようよ!」


 って言って、何故か女子のみんなも頑張ろー!って呼応してた。

 アタシはエーッて思ったから、隣のユンちゃんに


「ブルマ、寒いよね…。恥ずかしいし…」


 ってこっそりと話し掛けたけど、ユンちゃんは元バスケ部で体育系だから


「チカちゃん、何言うとるん?上井くんに気合の入ってるいい場面を見せるチャンスじゃん。アタシはずっとブルマでもいいくらいだよ!」


 なんて返されちゃった…。


 アタシと上井くん、それぞれ複雑な気持ちで向き合うことになったクラスマッチ、どうなるのかな?


 <次回へ続く>

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