第72話 束の間の…
土曜日、期末テストが終わった後に上井くんに電話して良かった…。
月曜日の今日、12月9日から朝の2人での登校が無事に復活したよ。
アタシが7時半ちょっと前に信号の場所に行ったら、上井くんはもう先に来てくれてたんだ。
「神戸さん、おはよう!」
上井くんの笑顔が見れた。本当に嬉しい…。
「おはよ、上井くん」
「あの…」
「ん?」
「ど、土曜日、電話、ありがとう。嬉しかったよ」
上井くんは必死になってその言葉を言ってくれた。相変わらず顔を真っ赤にしながら…。
「ううん、アタシも嬉しかった。上井くんと期末の3日間…いや、その前日からだから4日間?同じクラス、同じ班なのに話せない、こんな辛いことってないって思ったの」
「うん…」
「そんな気持ちのまま、昨日の日曜日とか過ごすのは、嫌!って思ってね、上井くんとお話したいって思って、つい土曜日、電話しちゃったの」
「そうだったの…元々は俺が変わってないから悪いんだよね?」
「い、いや、そんな風に思わないで?」
ダメ、上井くん…。自分をそんなに見下さないで…。
「上井くんは、悪くないの。アタシが変わってなかったの。一緒に登校しようって言い出したのはアタシなのに、期末テスト本番だからって突然前日になって、明日から3日間別々に登校しよう、だなんて、上井くんにはあまりに急な話だよね。アタシ、夏に上井くんとお付き合いを始めたばかりの時にも、上井くんが一生懸命になって一緒に帰ろうって誘ってくれたのに、アタシの我儘で止めちゃって、上井くんを傷付けてる。そんな経験してるんだもん、今回もアタシの勝手な我儘を突然提案されて、上井くんは心が揺れ動いちゃったよね?アタシがもっと上井くんの気持ちを考えて上げなくちゃいけないのに…。本当にごめんね」
本当は土曜日の電話で言いたかったアタシの気持ちを、一気に上井くんに話した。上井くんはしばらく考えてから、返してくれた。
「…いや、神戸さんがそんなに謝る必要はないよ?俺が、もっとドーンと構えてればいいだけの話なんじゃけぇ。それを神戸さんが謝る必要なんて、全然ないから、ホントに」
「でも上井くん、期末の前日から本番中、全然アタシと話してくれなかったでしょ?それは、アタシが上井くんを傷付けたせいで、それは事実だと思うの。これからは素直に言うね。上井くん、傷付いた…よね?」
上井くんは黙って下を向いて考え込んでから、絞り出すように答えてくれた。
「…うん。本当は…期末の3日間だけじゃなくて、その後もそのままずーっと、朝一緒に登校することは無くなるんじゃないか、この先もう二度と神戸さんと話せなくなるんじゃないか、その延長線上で……フラれてしまうかもしれない…。そこまで思っちゃったし、そうなっても仕方ないのかなって思った」
「う、上井くん…」
アタシは、ユンちゃんが想像した上井くんの心理状態が、殆ど当たってることに驚いた。同時に複雑な気持ちになった。
(付き合って4ヶ月経って、もうすぐ5ヶ月。アタシの些細な一言でそんなに傷付いちゃうなんて、上井くんには悪かったけど…。でも、そんなにアタシって上井くんには、信用されてないってことなの…?)
アタシを信用してくれているのなら、ちゃんと月曜日の朝から一緒に登校するって約束してるんだから、その言葉を信用してほしい。夏休みの時はまだアタシも成長してなかったから、しばらく一緒に帰るのを止めようなんて言って、上井くんと喋ることが出来なくなっちゃったけど…。
アタシは上井くんのことを信用してるから、重みのある言葉の時には、ちゃんと信じて受け止めてるのに。
まだまだアタシ達って、恋人ごっこしてるだけなのかな…。
でも今こんな複雑なアタシの心境を、上井くんにぶつけたとしても、上井くんはマイナスに捉えちゃう、絶対に。だから…
「ねぇ、上井くん?」
アタシは明るい表情を作って、話し掛けた。
「えっ…?」
「そんな暗い話、月曜の朝からしてたら、気持ちよく今週のスタートが切れないよ?アタシからフラれるなんて思わないでよ。期末3日間の出来事は、アタシ達がカップルとして、成長するためのテストだった、そう思って、前を向こうよ。言い出したアタシがこんなこと言ってるのもホントは変なんじゃけどね」
少し上井くんは表情が明るくなった…かな。
「…そうだよね。せっかく神戸さんっていう、俺にとっては勿体ないくらいの女の子と付き合えとるんじゃけぇ、2人でおる時は明るく過ごさんと…ね。吹奏楽部の後輩達に笑われちゃう。上井っていつまで経っても照れ屋でオクテじゃ、ゆうて」
良かった…。アタシだけが明るくしても意味がないもん。2人とも明るく過ごしたい…。
三者懇談って壁もあるけど、2学期の修了式の日はクリスマスイブだし。アタシ、土曜日の電話の後から、色々頑張ってるんだもん。
「そうよ!後輩達に卒業式で、2人揃って卒業したよ~って言わなくっちゃ。ね?」
「ホンマじゃね。そこで熱々な現場を見せてやる!くらいの気持ちで、これから先も頑張らなくちゃね」
「うん、うん!じゃあ上井くんに聞きたいことがあるの」
「ん?なんじゃろ。何でも聞いてみて?」
上井くんが明るくなってきたからこそ聞きたかったのは…
「土曜日、アタシと電話してた時、上井くんは一体どんな格好してたの?」
「へぇっ?か、格好?俺の?」
「うん、電話じゃけぇ分からないのに、やたらと上井くんは変な格好しとるって連発しとったけぇ…。どんな格好じゃったんかなぁ、って」
「ひゃあ、そんなことまで覚えてたん?」
「も、もちろんよ。万一、アタシに言えないような格好だったとしても、アタシは気にしないから、言ってみて?」
「うーん…。笑わんとってね?」
「うん!」
「…上半身は学校の制服…学ランのまま、下半身はGパン穿いてた…」
「なーんだ、それくらいで変な格好とか言わないでよ〜」
アタシこそ変な期待しすぎたせいで、上井くんの答えを聞いてなーんだ、って思っちゃった。
「えっと、神戸さんは俺がどんな格好しとると思うたん?」
「え?アタシの想像?」
「うん。それこそ、俺は笑わんけぇ、言ってみてよ」
あちゃ、アタシの想像に突っ込みが入ったわ…。こんな想像してたなんて言って、軽蔑されたりしないかな…。
「じゃ、じゃあ、上井くんが正直に教えてくれたけぇ、アタシの想像も言うね?…お風呂上がりで、下着姿だった…」
「まっさかぁ!昼から風呂は入らんよ~。神戸さん、脳内で俺の下着姿を想像しとったん?」
「…ご、ごめんね…。でも、あまりに変な格好って上井くんが言うけぇ…」
「神戸さんの前でそんな格好になるのは、それこそ10年早いよ!」
「でも、想像しちゃったんだもん…」
アタシの方が照れて、顔が熱くなっちゃった。
でも色々と話せたから、やっぱり良かった…。
色んな話をしたせいで歩くのがゆっくりになって、教室に入るのは遅くなったけど、先に来ているのはこの前と同じ笹木さんだけだった。
「笹木さん、おはよう!」
上井くんから声を掛けてた。
「上井くんに神戸さん、おはよーっ。今朝も外は寒いけど、2人はホットなのね」
「い、いや~、照れるなぁ…」
「アタシも流石に中学ではもう無理じゃけど、高校行ったら上井くんみたいな彼がほしいよ」
「俺みたいな?いや、それは止めといた方がええよ」
「へ?なんで?」
「すぐ彼女の言葉に拗ねるけぇ」
そのセリフにはついアタシも笑っちゃった。
「神戸さん、笑ってるけど、思い当たることがあるん?」
「ハハッ、ヒミツ~」
「あ、神戸さん、上手いこと交わすね」
上井くんはそう表現してくれた。
「そっかー。でも2人も長いよね?林間学校の時からでしょ?」
うーん、厳密には林間学校の後からじゃけどね。ま、いっか。
「確かにそうやね。夏、秋、そして冬になったけど…。色んな意味で春を迎えることが目標だよ!」
「ふむふむ…。それはやっぱり、2人とも西廿日高校に受かることだよね?」
「もちろんそれもあるし。ま、他にも…ね?」
上井くんは意味深にアタシを見た。
「え?う、うん…」
なんだろ。これまで2度失敗した、ファーストキスとか含んでるのかな、上井くんは…。
「いや、やっぱり2人っていい組み合わせだよね…。ウチのクラスにはもう2組カップルがおるけどさ、上井くんと神戸さんが、一番いい組み合わせじゃと思うし、長く続くような気がするよ」
「そっ、そう?まぁ、神戸さんに嫌われないように頑張るよ」
「アタシが上井くんを嫌う訳、ないじゃん」
「あーっ、アタシの質問が悪かったわ!2人の親密さを見せつけられるだけだった…。気持ちを切り替えて勉強するね!」
笹木さんはそう言ったけど、最後のセリフは、アタシは少し確信犯的に言ったセリフだった。
上井くんに対してもだし、そしてアタシ自身にも言い聞かせるつもりで…。
「その勉強中、ごめん。笹木さん、期末の手応えはどうだったん?」
上井くんが聞いていた。
「えっ、期末?うーん、返って来んと分からんけど…。中間よりは頑張れた自信はあるよ」
「おぉ、じゃあ良かったね」
「目指せ、西廿日!じゃけぇね。もし3人とも無事に受かったら、2人の仲を邪魔するかもしれんけど、一緒に登下校しようよ。なんか駅から遠いらしいけぇ…」
「うん。笹木さんが一緒なら、アタシも安心だよ」
「あの、神戸さん、それって何か意味がある…?」
上井くんってば…。
「なーんにもないよ!上井くんに襲われる心配がないな、ってことだけ」
「俺にそんな度胸がないのは知っとるじゃろ?」
「どうだろうね?笹木さん、どう思う?」
「ノーコメント…アハハッ!」
結局笹木さんを巻き込んで、みんなが来るまで3人で話しちゃった。
受験なんか無しで、いつまでもこんな感じで、みんな仲良く過ごしたいな…
<次回へ続く>
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