第70話 こんな時期に…

「お母さーん!…これ」


「はいはいチカ、お帰り。どうしたの、ただいまも言わずにいきなり」


「あ、ごめんなさい、ただいま」


「珍しいわね、貴女がそんなに慌ててるなんて。で、これはなに?えーっと…」


「三者懇談…」


「わっ、遂に来たわね。お母さんの方が緊張するわ、娘と一緒に先生にお会いして話を聞くなんて」


「仕方ないよ。多分、先生も緊張するんじゃろうし、アタシだって…」


「そうよね。でもこれを経験しないと、次に進めないものね。日付はいつなの?」


「んっとね、12月16日月曜日で、お母さんは時間はいつでもいいって前に書いてたでしょ?だからか一番目になっちゃったよ」


「一番目?それだと何時なの?」


「多分、短縮授業になって、お昼の3時半から」


「はぁ、そうなのね。でも分かったよ。貴女なら、きっと先生から大丈夫って言われると信じてるから、お母さんは」


「…うん…」


「元気ないわね~。まさか…?」


「えっ、いや?な、何もないよ?手洗って、着替えて来るね!」


 お母さんは鋭い。

 アタシが元気が無いことをすぐ察知した。


 理由は…上井くんのことだけど、お母さんにすぐ当てられるのも悔しいの。


 学校は期末テスト週間に入って、本番の12月5日、6日、7日の前1週間は、部活禁止期間になっている。

 前の中間テストの時は、まだ吹奏楽部現役だったから、部活禁止期間は楽器を吹きたいよ~なんて上井くんと言ってたけど、引退したら何の意味もないね、ってこの前話したんだよね。


 アタシは期末テスト本番の3日間も、いつもと同じように朝信号で上井くんと待ち合わせて…っていうのをやろうかどうしようか、ちょっと迷いがあったの。

 それで明日から期末テスト本番になるっていう今朝、上井くんに聞いてみたの。




「上井くん、相談なんじゃけど…」


「相談?神戸さんから相談を持ち掛けられると、心臓に良くないよ~」


「ごめんごめん。ビックリした?」


「う、うん…。少し」


 上井くんは右手の親指と人差し指を使って、ほんの少し、ってポーズを見せてくれた。


「じゃけど、本当にほんの少しじゃけぇね。で、どんな相談?」


「あの…。あのね?期末の3日間は、朝の待ち合わせは止めない?」


「……え?…えっ?…うん…」


「…あの…前の日遅くまで勉強したり、色々と大変でしょ?3日間だけ、朝は別々に登校することにして、テストが終わった来週から、また7時半に信号で待ち合わせようよ」


「今日で終わって…来週の月曜日…から再開…ってこと?」


「ごめんね、勝手なこと言って」


 上井くんは少し考えてから、


「いや…。相談があるって言われた時から、多分そうなるかもなー、なんて思ってたよ!ハハッ……テスト、頑張ろうね…」


「…上井くん…」


 だけど今朝そんな話をしたからか、同じ班にいるのに、なんか上井くんは昨日までと違って殆どアタシに話し掛けてくれなかった。

 必要なことだけは話し掛けてくれたけど。


 昨日までは休み時間とかに肩を叩かれて、振り向いたら人差し指が頬に刺さるなんてことをやったりしてたのに…。

 今日は朝からずっと休み時間も元気が無くて、誰かと喋ろうともしてなかった。本橋くんが何か話し掛けてたけど、上の空みたいだったし…。


(3日間、一緒に行くのを止めようって言っただけで、上井くんはこんなに落ち込んじゃうの?)


 アタシは上井くんにゴメンねっていう気持ちと同時に、たったそれだけでそんなに落ち込むなんて…っていう少し苛ついた気持ちが沸いてしまった。


(上井くんには変わらないでほしいとは言ったけど、そんなネガティブさは変わってほしいよ…)


 部活があれば、ケイちゃんに上井くんの心理を想像してもらえるんだけど、引退式を終えた後は滅多に顔を合わせなくなっちゃったから、仮にケイちゃんの3組を訪ねて相談しても、今更何言ってんの?まだそんなイザコザやってんの?自分達で解決しなよ、って言われそう…。


 そんな、ちょっと迷っていたこの日、お昼ご飯を食べた後、アタシは松下のユンちゃんに廊下に引っ張り出された。


「ね、チカちゃん。単刀直入に聞くよ?上井くんと何があったん?」


「なっ、何も…」


「…無いわけ、ないよね?なんで今日は全然喋らないのよ」


「お互い、きっ、期末テストが明日からじゃけぇ、きっ、緊張、してるからかも…」


「期末テストが明日からだ!って緊張するなんてのは、中1で初めて定期テストを受ける子達くらいのものよ。休み時間とか明らかに上井くんは不自然だし、チカちゃんは寂しそうだし。今朝、上井くんを怒らすようなこと、言ったんじゃないん?」


「そっ、そんなことは言ってない…」


「じゃあ、何?どうして2人は不自然なの?みんな気を使って何も言わないけど、気にしてるよ?」


 ケイちゃんとユンちゃんは違うな…と思いながら、アタシは今朝上井くんに話した、期末の3日間は一緒に登校するのを中止するってことを、ユンちゃんに告げた。


「…3日間、中止ねぇ…。なるほどねぇ…」


 ユンちゃんは腕組みして考え始めた。

 アタシはユンちゃんがそうしている間も、上井くんのことが気になって教室を覗いたけど、自分の席で本を読んでた。


「…多分、上井くんはね、チカちゃんからフラれる日がいつ来てもおかしくない、って思ってる」


 突然のユンちゃんのセリフに、アタシはビックリした。


「アタシが、上井くんを、フルの?」


「上井くんの心理を読んでみたのよ」


 実はユンちゃんは占いに凝っていて、タロットカードを使った占いを結構的中させてるのよね。唯一当たらなかったのは、林間学校の後、上井くんはチカちゃんとじゃなくって、あたしと付き合うことになる…って予想だったって言って、自分のことは当たらないのよね~なんて笑いながら言ってたな…。


「心理?」


「そう。上井くんは照れ屋でしょ?今も変わらず。それでチカちゃんが苛々する回数が増えてる…」


「……」


 否定出来ないアタシがいた。


「上井くんは表には出さないけど、吹奏楽部の部長じゃなくなった自分は何の魅力もないって思ってる可能性があるわ」


「え?何それ…。そんなことないよ」


「って思いたいよね?でも上井くんの深層心理には、チカちゃんに負けてる、いつかフラれるかもしれない、そんな怯えが横たわってるのが見えてくるんだ」


「……アタシ、上井くんと別れるなんて、嫌だもん。ましてやフッたりなんて…」


「しないと思いたいよね。でも些細なことで人間なんてすぐ変わっちゃう。今朝起きた時、上井くんとこんな不穏な1日になるなんて思ってなかったでしょ?」


「そりゃあ…」


「期末の3日間くらいなら、朝一緒に行かなくても、今の上井くんならOKしてくれる!って、気楽に考えてたよね?」


「…よく分かるね、アタシの心まで」


「当たり前よ。上井くんの心を読むより簡単だわ。でも上井くんは、チカちゃんから交際に関して何かを止めるって言われると、凄い怯えちゃう…。夏休み、付き合い始めた頃に失敗したって言ってたじゃん?」


「う、うん。一緒に帰るのをしばらく止めようって言っちゃったけど…」


「その結果、1ヶ月も話せなかったんでしょ?」


「そうだけど…」


「分かる?それだけ上井くんは…アタシはこんな言い方したくないけど、自分に自信がないのよ。たまに出てくるネガティブな部分は、そんな上井くんの性格の一部なんだよ。今はチカちゃんっていう彼女がいることに感謝してるけど、同時に常に怯えてもいるの。ちょっとしたことでネガティブになっちゃうのは、もう中学生だもん、治らないと思うし」


「…アタシのせいで怯えるなんて…アタシはどうすれば良かったのかな?」


 少し半泣きになりながら、アタシはユンちゃんに聞いた。


「…期末の本番3日間は別々に登校しようなんて言わず、ずっと一緒に登校しとけば何も起きなかった。チカちゃんは上井くんのネガティブスイッチを押しちゃったんだなぁ」


「そ、そんな…」


「チカちゃん、慢心がなかった?」


「慢心?」


「うん。上井くんと4ヶ月?付き合って、多少こんなこと言っても大丈夫だろうっていう…驕りじゃないけど…ちょっと見下した…これも良くない言い方じゃね、んーと…」


「ううん、何となく分かって来た。要は初めの頃と違って、少し信頼関係も出来てきたから、少しはアタシの我儘も受け入れてくれるって言う思い込み?みたいなもの?」


「おぉ、さすがね、チカちゃん。それよ、それ。なんでそれだけ分かってて、上井くんの微妙な部分を刺激しちゃったのよ」


「…だって…」


 アタシは、どうすればいいのだろう。お互いに期末テスト本番は集中して、テスト後にまた色々話そうね、っていう意味だったのに。アタシの真意は上井くんには伝わってなかった。まだそこまでお互い、信頼し合ってなかったってことなの?


「言葉が足らなかったね」


「足らない?」


「そう。そこも、慢心の一つよ。上井くんにこれだけ言えば、2倍3倍に解釈してくれるっていう思い込み」


「…そうなのかな。でも上井くんは笑いながら、そう言われると思ってた!なんて言ってくれたんだよ?」


「だーかーらー、そこが慢心なの。上井くんの心を掴めてなかったね、チカちゃんは」


「……」


「上井くんにしてみたら、その3日間ってのは3日で終わらず、来週も続くんじゃないか、この先もずーっと…って怯えが隠れてる」


「…もしかしたらアタシって、夏休みの時と同じ失敗をしたの?」


「やっと気付いた?」


「…だって…」


「人間、成長して変わって来る部分もあるよ。今は一番そんな時期かもしれんけどさ。だけどアタシが変わったから彼氏も変わったってのは、それはさすがに無理があると思うわ」


「…アタシ、これからどうすればいいの?」


 もう恥も外聞も捨てて、アタシはユンちゃんにこれからどうすればいいか聞いてみた。


「色々選択肢はあるよね。まず今の上井くんは、この先もずっと一緒に登校できなくなって、いずれチカちゃんからフラれる、っていうネガティブな感情に支配されてるから、そこからチカちゃんの言葉で救い出さなくちゃいけないわ」


「む、難しそう…」


「難しくなんかないよ。今日の帰りに下駄箱ででも上井くんを待ち伏せてさ、今朝はゴメンね、明日からも一緒に登校しよう、って言えばいいの。ただそれだけ」


「…そうなの?」


「うん。キーポイントは2つよ。ゴメンね、ってチカちゃんが謝ること。そして、明日からも一緒に登校しよう、ってシッカリ言うこと」


「わ、分かったよ。ありがとう、ユンちゃん」


「ふー、占い料は出世払いでよろしくね!」


 昼休み、アタシはユンちゃんにそうアドバイスを受けて、アタシの頑なな部分を壊して、上井くんと明日からも一緒に登校しようね、って言うつもりで、早目に終わりのホームルーム後に下駄箱に行ったのに…。


 もう上井くんの靴が無かった。


(ウソ…。いつの間にアタシより早く帰ったの?なんで?昼休みのユンちゃんとの会話を聞かれたのかな…。えーっ、明日から期末本番なのに…)


 逆にアタシがフラれたような気持ちになって、帰宅したの。

 だからお母さんに変だね?ってすぐ気付かれちゃったんだ。

 着替えるって言って部屋に入ったけど、1人になったら涙が溢れてきた。


(アタシは何回、同じ失敗を繰り返してるんだろう…)


 明日からの期末テスト、一気に自信がなくなっちゃった。

 それは上井くんもだよね、きっと。

 どんな気持ちで先に家に帰ったのかな。

 今何してるのかな。


 …上井くん、アタシは後悔してるよ。ゴメンね、いつも上井くんはアタシのことを心配してくれるのに、アタシは上井くんのことを心配したことなんて、殆ど無い…。


 ユンちゃん、仲直り出来んかったよ。アタシ、どうしよう…。


<次回へ続く>

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