第69話 変わりたい、変われない

 文化祭の後の班替えで、偶然アタシは上井くんと同じ班になれて、吹奏楽部を引退した後も上井くんと話しやすい状況に恵まれたの。


 まあ相変わらず上井くんは、みんながいる前ではなかなかアタシに話し掛けてくれないけど、2人きりの時は、色々と話してくれる。

 朝一緒に登校するのも続けてるから、その時が一番上井くんのことを近くに感じられるよ。


 そうそう、一度上井くんに聞きたかったのよね…。


「ね、上井くん?」


「ん?」


「あの…ね。高校のことなんじゃけど…」


「あ、ああ…。進路だよね」


「うん。上井くんのお母さん、西廿日高校への進学、納得して下さったかな?って思って…」


「…まだ、なんだ」


 上井くんは顔を曇らせて、そう言った。


「そう、なんだね…」


 アタシも返す言葉が見付からなくて、しばらく沈黙の状態になっちゃった。


「んー…なんかね、俺の行きたい高校について話すのが、タブーみたいになっちゃってる。嫌だよね、そんな家。じゃけぇ、クラスのみんなは嫌がっとるけどさ、竹吉先生と親との三者懇談。俺はこれに賭けとるんよ」


「賭ける?」


「そう。三者懇談用の進路希望調査が配られたじゃろ?でもそれを親に見せるのは、三者懇談当日。じゃけぇ、俺は第一志望校を西廿日高校と書いて、先生に提出して、三者懇談当日に竹吉先生から、上井は西廿日高校を希望してます、ここは新設校ですがいい高校ですよ、みたいなことを言ってもらって、母を納得させたいんよ」


「ふーん…。先生の手を借りる、って感じ?」


「そう。ちょっと男としては卑怯かもしれんけど…」


「…でも、上井くんがそう決めたんなら…。その方法で、上井くんのお母さんが西廿日高校を許可?してくれるんなら…」


「やっぱり神戸さんと一緒の高校に行きたいじゃん」


 上井くんは冬の青空を仰ぎ見ながら、そう呟いた。


「神戸さんが、こんな俺のやり方を面倒な奴だ、って思われたら仕方ないけど」


「いや、そんなことは思わんよ?アタシだって上井くんと一緒の高校に行きたいもん」


「そう?助かるよ…。彼女に見離されたらオシマイじゃけぇね、ハハッ…」


 上井くんは自虐的に少し笑ったけど、表情は暗いままだった。


(高校の話なんか、持ち出さなきゃ良かったかな…)


 そのまま学校に着いたら、珍しくアタシ達よりも早く登校してるクラスメイトがいて、ビックリした。


「あ、おはよー、神戸さんに上井くん」


 それは笹木さんだった。上井くんがアタシより先に声を掛けた。


「どしたん、笹木さん、早いじゃん」


「わ、そんな韻を踏んで言うなんて、さすがやね~、上井くんは。吉野家の三拍子みたいね」


「はい?韻を踏む?吉野家?なんのこっちゃ?まったくそんなことは意識しとらんかったけど…」


「ホンマに?特に意識せず、韻を踏むような文章が出てくるなんて、ますます上井くんの頭を借りたくなってきたわ」


「笹木さん、もしかして早く来て、期末テスト対策?」


 上井くんと笹木さんの会話に、アタシが割って入ったような感じになった。上井くんは訳が分からんといった様子になってた。


「そう…。もうすぐ期末じゃろ?アタシ、中間で失敗したけぇね、期末でも失敗したら、志望校のランクを落とさんにゃあいけんようになるんよ」


「そっかあ。笹木さんも志望校を大体決めとるんじゃね。それはどこか、聞いてもいい?」


「うん。別に秘密でも何でもないけぇ…。西廿日高校よ」


「えっ!」


 アタシと上井くんは、思わず顔を見合わせた。


「えー、何々、2人して固まっちゃって。西廿日高校って、意外に思った?」


「いやっ…。あのね、実はアタシと上井くんも西廿日高校に行きたいね、って話してたから」


「ホンマに?わ、これは頼もしいわ!2人の頭を借りたら、何とかアタシも西廿日レベルの頭脳になれるよね?」


「いや、俺もまだ受かるレベルかどうか怪しいけどさ…。神戸さんは間違いないと思うけどね。模試の判定とかはどうなん?」


「この前受けた模試ではね、Cだったんよ…。ちょっとショック」


「うーん、せめてBは欲しいよね。実は俺もじゃけど」


「でしょ?じゃけぇ、もうそろそろ本気にならんといけん!って思ってさ。アタシって意外と夜に弱くて、朝は割と強いけぇ、それなら早く学校に行って、まだ静かな内に問題集とか解いてみようって思ったの」


 笹木さん、凄い頑張ってるんだ…。でも西廿日高校を第一志望にしたのはなんでだろう?


「笹木さん、西廿日を第一志望にしたんは、バレーの関係?」


「うーん…。ま、ゼロじゃないけど、一番でもない」


「そうなん?なんじゃろう…」


「い、今言って、もし落ちたら恥ずかしいけぇ、合格したら、2人に教えて上げるよ!3人揃って受かるのが一番いいよね!」


 一番の理由ははぐらかされちゃったけど、きっと何か強い理由があるはず…。

 だって笹木さんはこの春、千葉から転校してきたんだもん、広島の高校とか、笹木さんには悪いけど、そんなにどこがどういうランクとかは、まだあまり知らない筈。


 アタシは勉強してる笹木さんの邪魔になっちゃいけないと思って、カバンを机に置いたら、上井くんを渡り廊下へと誘ってみた。上井くんも乗ってくれた。


「11月も下旬になると、やっぱり寒いね~」


「うん、そうだね」


 渡り廊下は屋根はあるけど吹き曝しだから、この時期はかなり寒いのが悩み…。


「体操服もさ、気温によってジャージを着ていいとか、してほしいよね。あと数日、12月になるまでは短パンで我慢しなくちゃいけんけぇ、寒いんよね、体育が。体が温まった頃に授業が終わるし」


 珍しく上井くんは、体育の話をしだした。まあこの時期まで半袖に短パンってのも、ちょっとどうかと思うけどね…。


「それは女子もよ。ブルマはスカートの下に穿くのはいいけど、体操服には相応しくないもん。特にこんな時期、血管が浮き出て見えるのよね、女の子って。それがアタシは嫌だな」


「んー、やっぱり女子の体操服って、女子には不人気なんじゃね」


「不人気というか…。周りもみんな昔からブルマじゃけぇ、そんなもんだと思ってるけど、よく考えたら恥ずかしいよ?」


 アタシは上井くんと付き合い始めた頃、体育の時間にブルマ姿を見られるのが恥ずかしく感じて、松下のユンちゃんに相談したら、そんなこと気にしても無駄って怒られたことがあった。それはそうなんだけど…。


「でも男子の短パンも、恥ずかしいんだよ…」


「え?そうなん?」


 男子の短パンは、絶対女子のブルマよりもいいって思ってたから、上井くんがそんなことを言うのは新鮮な気がした。


「男子の短パンは羨ましいけど…。恥ずかしいの?」


「だって真っ白じゃろ?じゃけぇ…下のパンツが透け透けなんよ…。あと体育座りしたら裾に余裕があるけぇ、見えちゃいけんモノがたまに見えたりするし…」


「はぁ…確かに…そう言えばそうかもね」


 上井くんに言われて、確かに男子の短パンもそう言えば?っていうことがあった!って思い出したわ。それは上井くんの短パンではなかったけど。そっかぁ、要は男子も女子も体操服には不満があるのね。


「じゃけぇ、そんな意味も含めて、早くジャージになってほしいんよね。寒いのと体育は苦手じゃけど、体操服だけは早く12月になってほしいよ」


「フフッ、なんか、言い方が上井くんらしくて、変わらないなぁって思っちゃった」


「えっ、そんな風に思った?何か…ダメじゃった?」


「言い方が悪かったね、ごめんね。部活を引退しても、上井くんは上井くんのままだな、ってこと」


「そう…」


 あれ?アタシの言い方が更に悪かったのかな、上井くんは考えこんじゃったよ…。


「…部活を引退した以上、本当は変わっていかなきゃいけないって、自分では思っとるんよ。いつまでも中学3年11月で止まってちゃいけないし、成長しなくちゃいけんのじゃけど…」


 ちょっと、上井くんってば…。アタシはそんなに深く考え込ませるようなニュアンスで変わらないね、って言った訳じゃないんだよ?上井くんのホンワカした雰囲気、話してると癒される感覚、そんなのが変わらないから、アタシは安心してるって意味だったのに…。


「ねぇ、上井くん?アタシ、そんなに上井くんを悩まそうと思って、変わらないね、って言った訳じゃないよ?上井くんのいい所が変わらないのは、アタシは安心してるんだよ」


「そう?でも…」


「朝からごめん。アタシの言い方が悪かった。上井くん、変えたい部分があるなら、アタシも一緒に変わるようにする。成長しなきゃいけないって思ってるのはアタシだって同じ。だからね、1人で悩まないで。上井くんの悩みは、アタシも共有したい。アタシ達、一緒に成長していこうよ。ね?」


「…ありがとう。ダメだね、俺って。なんでこう、彼女を不安にさせたり、心配させたりしてしまうんじゃろう」


「ダメじゃないよぉ。そんな…上井くんの表面だけじゃない、内面の苦しみも一緒に考えて上げられてこその、彼女だよ。アタシは、上井くんにとって、そんな存在でいたい。ダメ?」


「いやっ、とんでもない!感謝してる。本当に。…この時期になって進学希望校が母と揉めてて決まってないってのが、一番落ち着かん原因、俺が不安定な原因なんじゃろうね…」


「じゃっ、じゃあさ、上井くんもさっき言ってた方法でさ、先生を交えての三者懇談で先生から西廿日高校を進めてもらうように、先生に事前に根回ししちゃえば?」


「根回し?」


「うん。あんまりいい言葉じゃないけど…」


「うん…。でも先生も、俺と神戸さんが同じ高校に行けるようにしてやる!って言ってくれてたもんね。相談してみようかな…」


「一度やってみる価値はあると思うよ!アタシ、応援してるから。ね?」


「うん、ありがとう」


 最後はやっと笑顔を見せてくれたけど、上井くんは物凄いナーバスになってるってことに気付かされた。

 家庭が原因なのかな…。

 アタシの家みたいに、なんでもかんでも話すような環境じゃないって言ってたもんね。

 でも、だからこそ支えて上げたいな。

 頑張ってね、上井くん。


<次回へ続く>

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