第68話 班替え
昭和60年11月9日に吹奏楽部を引退したアタシと上井くんは、もう部活で話せるようにはならなくなったから、クラスでの接点を大切にしなくちゃいけなくなった。
でも引退後の週明け月曜日、1時間目の学活を使って、先生が予告していた班替えをすることになったんだけど、なんとクジ引きで上井くんと一緒の班になったんだよ!
朝、一緒に登校する時も、同じ班になれたらいいね、って言ってたけど、方法を決める時に竹吉先生が多数決を取ったら、班長立候補よりもクジ引きが多くて…。
方法がクジ引きに決まった時点で、実は同じ班になるのは無理…って諦めてたんだ。
クジ引きになってもいいように…って、予め先生が用意していたクジは、1班から順番に引いていくことになって、5班のアタシより先にクジを引いた3班の上井くんは、2班を引いていた。ちなみに笹木さんは、引き続き3班になってた。
だけどその前も後も、なかなか2班を引く女子が出なかったんだよね。
だからもしかしたら…と思ってアタシの番の時にクジを引いたら、「2班」って書いてあってね、メチャクチャ驚いたの!
「わっ!」
アタシは思わず声に出ちゃって…。
もうアタシ達のことはクラス中に知られてるから、女子のみんなは良かったね~って言ってくれたよ。
上井くんには周りの男子が、何か仕組んだんじゃろ~とか冷やかしの言葉を浴びせてたけど、上井くんもそんな攻めに慣れてないから、照れるばっかり。
「じゃ、全員、新しい班は決まったな?では1班から順に…。たまには変えてみるか。いつも1班は窓側の前よりじゃが、今回の1班は後ろの廊下側、2班は後ろの真ん中、3班は後ろの窓側。4~6班は、廊下側から順に、1~3班の前側に付いてくれ。じゃ、席替えと班替え、スタート!」
教室中に嬌声が湧く中、アタシの場所は今の5班の位置と変わらないことになったから、そのまま動かずにいたら、上井くんが3班の方からやって来た。
その時は言葉は交わさなかったけど、上井くんの視線に合わせて、良かったね、って軽くウインクしてみたの。
上井くんってばそれだけで又も照れちゃって、顔を赤くしてたよ。
席は、上井くんと隣になれれば良かったけど、何となくの成り行きで、アタシの席の右斜め下に上井くんが座ることになった。
「みんな、一応席の位置は決まったな?じゃあ、新しい班の班長を選んでくれるか?この班で2学期一杯過ごすけぇの、期末もあるしクラスマッチもある。何となく将来に向けて不安なこの時期を引っ張ってくれる、リーダーシップが取れるヤツを選んでくれや」
先生はちょっと大袈裟にそう言った。
そんなアタシと上井くんが奇跡的に同じ班になった2班のメンバーは、女子には林間学校の班以来で一緒になった、松下のユンちゃんもいたの。
「チカちゃん、林間学校を思い出すね~」
「ユンちゃんと同じ班だとそうだよね」
「上井くんと続いてるようで、何よりよ、アタシは」
「まっ、まぁ…。ユンちゃんにも1年の女の子騒ぎの時、迷惑掛けちゃったもんね」
「まぁ、今思えばいい経験でしょ?上井くんはなんとも思ってなかった、ってのがポイントだったね」
「そうだね~、アハハッ…」
他の女子には吹奏楽部でホルンだった堀田さんもいて、よろしくね、って声を掛けてくれた。そして元テニス部の秋元さんがいた。秋元さんは凄くスポーツ女子って感じで、テニス部は夏に引退してるんだけど、ずっと髪の毛はショートカットのまま。一緒の班になれたから、思い切って聞いてみたよ。
「秋元さんは髪の毛、伸ばさんの?」
「アタシ?アタシはね…。すっかり短い方が馴染んじゃってね。アタシのロングヘアなんて、想像付かんでしょ?」
「まっ、まあ…。ショートカットを見慣れとるけぇね」
「でしょ?じゃけぇ、今も月に一回は美容院に行って切ってもろうとるんよ」
「へぇ…。そうなんだ」
「ところで神戸さん、上井くんと同じ班になれて、良かったね?偶然?」
「そ、そりゃあもちろん。アタシ、班替えの方法がクジ引きに決まった時点で、一緒の班にはなれない…って思ってたから」
「そうなのね。でも確率は1/6だし。それが当たったんじゃけぇ、きっと運が良かったんよ。日頃の行い?」
「どうだか…ね。アハハッ」
秋元さんとは少ししか話したことが無かったから、色々話が出来て良かったよ。吹奏楽部に当てはめると、新副部長の後藤ちゃんみたいな感じかな?
男子は上井くんの他に、上井くんがよく話してる本橋くん、そしてこれまた林間学校を思い出す、山本くんが同じ班になったよ。
山本くんはやっぱり上井くんを弄ってた。
「上井~、クジに何か仕込んだろ~」
上井くんも山本くんなら喋りやすいのか、
「仕込むなら、2学期早々の班替えの時のクジにも仕込むって。何もしてないよ~」
って言ってた。本橋くんは
「上井くんはそんな小細工出来る性格じゃないよね」
って、助け船なのかどうか分からない援護射撃をしてた。
そんな感じでまずは女子同士、男子同士で話してたんだけど、班長を決めなくちゃいけないんだよね。
でも女子はアタシも含めて全員、せーの!で、
「上井くん!」
事前に話し合った訳でもないのに、4人とも同じ名前を言ったから思わず笑っちゃったわ。
本橋くんや山本くんも、それがいいって同意してくれたよ。肝心の上井くんは、
「3回連続だよ~、班長…。さすがに今回は、ヤマさんやってよ」
って言ってたけど、上井くんは本気なのかな?アタシは、みんなに推されたら上井くんは引き受ける性格ってのを知ってるけど…。
「え?俺か?無理無理!俺は班長を助ける側が、性に合っとるけぇの」
「じゃ、じゃあ…。モッくん、ダメ?」
「僕に班長なんか出来る訳無いよ。上井くんしかおらんでしょ」
結局1vs6で、上井くんが新2班の班長に決定したよ~。
竹吉先生が黒板に、決まった班長の名前を書いてたので、秋元さんが上井くんの機先を制するように、
「先生!2班の班長は上井くんです!」
って報告してた。
「2班は上井か…。上井、お前やっと吹奏楽部の部長から降りたのになぁ。まあクラスの班長なら吹奏楽部の部長ほど悩むことは無いけぇ、もう1回頑張れや」
竹吉先生にそう言われると、上井くんも陥落して、班長を引き受けてたよ。
「各班の班長も決まったな。班内で自己紹介とかする必要、あるか?もう大丈夫だよな?じゃあ2学期末まで、この班で、このメンバーで仲良く過ごしてくれよ!」
月曜の1時間目はこうやって班決めで終わったの。2時間目からは授業が始まるけど、その前に…。
「ね、上井くん、ちょっとだけ、いい?」
アタシは上井くんの学ランの裾を引っ張った。
「あっ、うん。いつもの所?」
「うん。すぐ終わるから…」
アタシは何事もないようなフリをして、渡り廊下へと上井くんを連れ出した。
今日はちょっと曇ってるから、寒い気がする。
「何?神戸さん」
「あの…ね」
「うん…」
「一緒の班になれて、嬉しかった」
アタシは自分でも頬が赤らむのが分かっちゃった。
「そ、それは俺も、だよ」
上井くんも顔を赤くして、少し俯いた。
「こんな偶然って、あるんだね!アタシ、2班ってクジを当てた時、ビックリして声が出ちゃったもん」
「ああ、俺が先に2班クジを引いてたもんね」
「じゃけぇ、周りから色々言われたじゃろ?上井くん、嫌じゃなかった?」
「全然?まあ、答えるのは大変じゃったけど、吹奏楽部で問い詰められとる訳じゃないけぇね」
「アハハッ、まだ上井くんには、良くも悪くも部長時代の出来事が蘇るんじゃね?」
「だって…先週の今日って、まつりのあった日だよ?夜遅くまで残った割に報われんかった、あの日…」
「報われたじゃん」
「え?何が?」
「石田くんと後藤ちゃんの、恋のキューピッドになったんでしょ?後藤ちゃんがアタシにまで感謝してくれるくらいだもん」
「あ、ああ…。でも、後輩の恋を応援する前に、自分の恋をしっかりしろ!ってね」
「フフッ、大丈夫よ。上井くんが良い意味で変わらなければ…」
「意味深じゃなぁ」
「ごめん、そんな深い意味で言った訳じゃないの。いつまでも今のままの上井くんでいてね、そんな意味よ」
「まあ俺は、根本的には変わりようがないと思うよ。もう15歳じゃけぇね。これからも照れ屋で恥ずかしがり屋で…神戸さんを苛々させちゃうかもしれんけど」
「照れ屋さんなのは十分にもう分かってるから。ね、上井くん」
と言ってアタシは、上井くんの頬を指で突いた。
「わっ…。そ、そういうのが、照れるんよ…」
ホントだ、一回引いたのに、また顔が赤くなってる。
「でも上井くん、引退式で記念写真撮ってる時、さり気なくアタシと手を繋いでくれたじゃない?…すっごい嬉しかったんだよ」
「そっ、そう?いや、改めて言われると、照れるよ~」
冬も近付いて寒いのに、上井くんは汗をかかんばかりに照れていた。
(付き合って4ヶ月?なのにまだホッペをつついただけでこんなに照れるんだもん…。上井くん、可愛いよ♪でもこんなんじゃ、ファーストキスは遠くなったかな…)
アタシは上井くんが変わらないでほしいと思いつつ、変わってほしいとも思って、照れてる様子を少しだけ複雑な気持ちで見つめていた。
<次回へ続く>
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