第67話 引退式・部長と副部長

「はい。誰かはもう忘れちゃったけど、部活中に女子はスカートの下にブルマだけじゃ寒いけぇ、ジャージを穿きたいって、上井くんに文句?を言ったらしいんです。それで流石にそんな話は俺はリード出来んから、船木さん、女子で話し合ってくれない?って頼まれたんですよ」


 船木さんが、そんなエピソードを先生に披露した。


「そうか、そんなことがあったとはなぁ…。俺は初めて聞いたけど、それはその頃まだ活発にいたと思う、上井部長路線に反対してた女子が、ワザと嫌がらせで仕掛けたんじゃないか?」


 アタシは何となくその出来事を覚えてた。

 誰が言い出したのかは分かんなかったけど、確かに1月の下旬だった。突然船木さんに、女子だけ集まって〜って呼ばれたのよね。

 で、スカートの下に何を穿くかについて話し合ったんだけど、何でこんな話を今頃?って思ったのを覚えてる。

 でもそれは上井くんへの嫌がらせじゃないかっていう先生の推測、当たってそうだなぁ…。


「アタシも先生の言う通りじゃないかな、って勘付いたんですよ。でも上井くんはなんとかしなきゃ…って困ってたので、とりあえず一旦は鎮めんといけん、って思って、女子だけ集めて会議を開いたんですよ。なんとか終わった後に、上井くんと話をして、初めて上井くん、苦しんでるな…って感じて…。だから上井くんが吹奏楽部をどうにかしたいとか思ってても、もしかしたら障壁が多すぎて動けないのかも、じゃあアタシがもっと上井くんの防波堤にならなくちゃ、って思ったんです」


「そうか。船木が上井の知らない所で、上井を支えてくれとったんじゃな」


「形的にはそうかも、ですね〜。上井くんに言いたいことがあったら、アタシが代わりに聞くから、って立場でいたので」


 上井くんと船木さんって、実は信頼し合ってた関係なんだね…。理想の部長と副部長かも。


 その上井くんは、2年の女子1人1人と細かく話をしてるから、もうすぐ終わりそうかと思いきやまだ終わらなさそう…。

 でも珍しくアーチの後半にいた1年生の女の子が、上井くんに励まされたら号泣しちゃって、ペアの女の子が必死に慰めてたよ。

 上井くん、何を言ったのかな?


 そしてやっと上井くんは、石田くんと後藤ちゃんの所に辿り着いた。


「上井先輩!あんまり後輩を泣かせないで下さいよぉ。来週からやりにくいじゃないですか」


 後藤ちゃんから握手を交わして、話し始めた。


「いや…。泣かそうと思って喋っとる訳じゃないんよ。一応みんなの弱点とかは把握しとるけぇ、最後にこれからはこういう練習したらいいよ、ってなことを言っとったんじゃけど」


「そうなんです?じゃ、じゃあ、アタシの弱点って、上井先輩はどんな所だと思いますか?」


 後藤ちゃんは、自信満々な表情…アタシには指摘されるような部分はないでしょ?みたいな感じで、上井くんに尋ねていた。


「そうやな、後藤はなぁ…。張り切りすぎる所かな」


「えっ、張り切り過ぎてます?」


「まあ、よく言えば元気な音なんじゃけど。トランペットや、トランペット以外の他の人の音を消しちゃう時があるんだよ。トランペットの前に座っとるホルンの音とかさ。もう少し全体のバランスを取るように意識すれば、綺麗なペットの和音が出来上がると思うし、全体的にも華やかな演奏が出来ると思うよ」


「せ、先輩…。目から鱗です。そっか…。アタシ、自分が引っ張ればみんなも付いてくるって思って強目に吹いてたんですけど…。分かりました。バランスに気を付けるようにしてみます!ありがとうございます!」


 上井くん、凄い…。後輩の特徴とか把握して、1人ずつアドバイスしてたんだ…。で後輩の女の子は、上井部長がアタシの音をそんなに聞いてくれてたんだ、って感じで、感激して泣いちゃう子が沢山、ってことだったのかも。


「上井先輩、俺は泣きませんので、なんでも強化すべきポイントを言ってください!」


 石田くんが最後にそう上井くんに告げた。音楽室に少し笑いが生まれてたよ。


「石田は…もう俺が指摘する技術的なことは何もないよ」


「え?」


「じゃけど…しいて言えば、新部長として、今までの石田は1人チューバで自分の練習だけに集中しとったけど、全体を見通せるようになってほしい、かな?」


「は、はい…。確かに部内全体を意識したことは無かったので…。これからは他のパートにも気を付けます」


「まあ石田は、同期の男子が4人おるけぇ、俺みたいに女難の相は出んじゃろ?」


「女難の相って…先輩、神戸先輩に怒られますよ?」


「え?なんで神戸さんの名前が出てくるんよ。俺の言う女難の相ってのはな…あれ?」


 上井くん、アタシが音楽室内にいたのに、今やっと気付いたんだ…。ま、それくらいに、後輩のみんなに熱心にアドバイスを送ってたってことよね?


「お疲れ様、上井くん。アタシならさっきから外が寒いけぇ、先生と船木さんに許可もらって、音楽室にいたんよ」


「いや、女難の相ってのは、その…」


 上井くんは照れながら困ってた。分かってるよ、上井くんを悩ませた反対派の女の子達のことよね…。でもあえてアタシはこう言っちゃった。


「後でジックリと上井くんに聞きながら帰りますから、今は黙っておきまーす」


「こ、怖い…。石田と後藤よ、こんな所は見本にするなよ~」


 上井くんは上手いよね、こういう時のアドリブが…。だから音楽室はいつもホンワカしてたよ♪


「アハハッ!分かりました!じゃ、船木先輩も待っておられたので、元部長、元副部長のお2人で、最後に後輩のみんなへ一言お願いします。初めは、船木先輩から!お願いします!」


 後藤ちゃんが主導して、最後の締めに移ったわ。後輩達もアーチが終わって、席についてる。まず船木さんから…


「はい、えーっと、1年間副部長だった船木です。アタシは去年副部長になってから、この1年、物凄く早かったです」


 上井くんは神妙な顔で船木さんの言葉を聞いてる。


「でも…3年生は殆どもう帰っちゃったけど、1年生と2年生のみんな、どうでしたか?部活は楽しかったですか?」


 ポツポツと、はい、という声が上がっていたよ。


「そう?じゃあ良かったね、上井くん。実はアタシは最初、上井くんが吹奏楽部をどうしたいのかとか、あまり話すこともなかったんですよね。なので去年の部長さんと比べたら、正直初めの頃は、大丈夫かな、と思ってたんです」


 上井くんは少し下を向いて聞いていた。


「でも少しずつ上井くんと話すようになって、何となく上井くんの目指す部活の方向性も分かってきて…。じゃあアタシは側面支援しよう、って決めてからは、部活も軌道に乗ったと思います。さっき上井くんは、部長として自信なんか持ったことはなかった、って言いましたけど、アタシから見た上井くんは、いつも前向きで、部活を楽しく盛り上げようとしていて、頑張ってくれてる印象でした。そんな部長さんだから、アタシも支えようって思ったし、みんなも部活に来るのが嫌だなとか、あまり思ったことはなかったんじゃないかな、って思うんです」


 みんな頷いてたわ。良かった…。


「なんかアタシのことより、上井くんのことを話してますけど、副部長としての役割は、やっぱり部長を支えることだと思うんです。アタシは何処まで上井くんを支えて上げられたか分かりませんが、なんとかこうやって無事に2人とも安心して引退出来るようになったのも、上井くんのお陰だと思います。面と向かって言ったことはないけど…上井くん、1年間本当にお疲れ様!これで、アタシの言葉を終わります」


 ワーッと拍手が起こり、上井くんは船木さんに何度も頭を下げて、握手を求めてた。


 素敵な握手だな…。去年の北村先輩と原田先輩の関係とは、全然違うわ。


「船木先輩、素敵な言葉をありがとうございました!アタシもしっかりしなくちゃ、って思いを、改めて感じました。では最後に、上井先輩!泣かずに一言お願いします!」


「泣かずに喋るってば!」


 少し笑いも起きたけど、上井くんは少し上を向いて気持ちを落ち着かせてから、喋り始めた。もしかしたらこの時に備えて、さっきクラスでノートに色々と書いたり消したりしてたのかな。


「…はい、えっとですね…。あ、さっきまで部長だった、上井と申す者です」


 上井くんはどうしても一ネタ入れたがるんだから…。みんなクスクス笑ってるよ?


「まず1年前、俺にとっては青天の霹靂で、北村先輩という凄い先輩の次の部長になるように指名を受けたんですが、最初は俺なんかが部長になっていいのか?って悩むばかりで、とてもみんなを引っ張るような存在ではありませんでした…」


 えっ、上井くん…。


「さっきも言ったんですが、まず同期の目が怖かったんです。後から入って来たくせに部長になっていい気になってる、って思ってるだろうな、そんな、自分を否定する気持ちが大きかったです。なので先生も仰ってましたが、最初の頃は部長を降ろさせて下さい、って何度も相談してました」


 後輩のみんな、船木さん、先生が、真剣に耳を傾けてる。


「そんな自分を影に日向に励ましてくれたのは、竹吉先生、船木さん、同期の山神さん、その頃は彼女じゃなかった神戸さん、あと頼りになる男子の後輩諸君です」


 アタシの名前が出てきたよ…。話の中で自然に出て来たから、誰も何も言わなかったけど、上井くんは笑いを取ろうとしたのかな?その頃はまだ彼女じゃなかったアタシ、だなんて。


「俺は元々、途中入部だし、部長になるような器じゃない、って思ってたので、指名された時は本当に驚きました。だから覚えとる人はおるかな…。俺、最初に挨拶しろって先生に言われた時、変なこと言った記憶があるんですよね」


 アタシはケイちゃんと一緒に、上井くんを応援しようね、なんて言ってたなぁ…。1年経つんじゃね。


「そして、自分が動かなくちゃダメなんだ、ってあることをキッカケに気付かされて…。受け身じゃなくて、攻めの姿勢で部長として頑張ろうと思ったんです。とにかく俺は経験年数は少なかったですけど、前の北村部長時代を踏襲するんじゃなくて、先輩とか後輩とか、堅苦しい上下関係は無くしたい、もっと気軽に上級生も下級生も喋りやすい部活にしたいんだ、と決意しました。その為には俺が率先して明るくなくちゃいけない、って思って、無理矢理オヤジギャグだとかダジャレだとか繰り出すようにしたんですが、その被害に遭った部員のみんなには、この場を借りて謝罪します、スイマセンでした」


 明るくしようとしたのに、ダジャレの被害に遭った皆さんって…。上井くんらしいというか…。


「あまり長々と話しても時間の無駄ですので、そろそろ締めますね。俺は半年後…4ヶ月後か、この学校を巣立ちますが、吹奏楽部で経験したことは忘れません。これからもみんなのことを応援しています。コンクール、来年こそゴールド金賞を狙って頑張るんだよ!まつりも来年こそラジオで流れるように頑張るんだよ!じゃ、俺のみんなへの言葉、終わります。じゃあね!」


 上井くんの締めの言葉に、ホンワカしていた空気が一転して、みんな泣き始めた。

 上井くんは自分が泣くんじゃなくて、後輩のみんなを泣かせようとしたのかな?

 アーチでみんなが泣いたのは予想外だったみたいだし…。


 竹吉先生もちょっと感動してた様子…。

 だけど最後にこう言った。


「船木、上井、ありがとう。1年間ありがとう。1年前、お前らに部長と副部長を任せて良かったよ。じゃあ、神戸も一緒に、これで音楽室から…さよなら、だな。お疲れ様!」


 アタシも上井くんの言葉に感動してたけど、よく考えたらアタシも3年生なのよね…。

 上井くんと船木さんが、置いていたカバンを持って、音楽室から出ようとしたから、アタシも慌てて追い掛けた。でも…


「上井先輩!船木先輩!神戸先輩!ありがとうございました!」


 後藤ちゃんがそう叫び、他の後輩の子達も次々とありがとうございました!って叫んでくれてる。

 上井くんと船木さんは、前を向いたまま、手を上げて応えてた。


 上井くんは後藤ちゃんに言った通りに泣かなかったけど、歩きながら涙を堪えてるのは分かった。


「上井くん、お疲れ様。アタシなんかが副部長で大変じゃったでしょ?でも、いい引退できたね」


 船木さんも少し泣きながら、上井くんにそう話し掛けてた。


「いや、俺こそ。船木さんが副部長で構えとってくれとったから、何とか持ち堪えることが出来たんよ。ありがとうね、ホンマに」


 船木さんはそこで少し後ろにいたアタシに向かって、


「神戸さん、上井くんをしっかり掴まえとってね。お返しするけぇね」


「あ…うん」


「…最後はこの3人になったね。入部した時には想像も付かなかった終わり方、だったかな」


 船木さんがしんみりとそう言った。


「…俺は竹吉先生に粘られて、結局いい道を歩ませてもらえたよ」


「そうよね。先生の勧誘から逃げとる、1年の時の上井くんが目に浮かぶよ」


「そっか、1年の時、上井くんと船木さんは同じクラスじゃったんよね?」


「そう。しかも、竹吉先生が担任で。ね、上井くん?」


「不思議な縁だよね…」


 その内下駄箱に着いたら、船木さんは、アタシは先に行くね!上井くんと神戸さんは、ゆっくりと帰りんさい、じゃあね~と言って、先に帰って行った。


「船木さんらしいや」


「そう?」


「サバサバしてるように見えるけど、実は空気を読んでるって感じで」


「上井くんの船木さん評は、そんな感じなんだね」


「そうやね。じゃけぇ、俺みたいなヤツが部長でも、何とかやれたんだ…。船木さんの陰の力のおかげだよ」


「…うん。あのね、上井くん…」


「ん?」


 アタシは、上井くんの手を握った。


「あっ…」


「さっきのお返し。途中までだけど、手、繋いで帰ろう?」


「う、うん…。ありがとう、神戸さん」


 アタシは、とても満ち足りた気持ちで、吹奏楽部を引退出来た。上井くんとはこれからも…きっと…


<次回へ続く>

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