第66話 引退式・花道アーチ

「じゃあ、1年生と2年生!3年生の引退のアーチ、作ってくれるか?」


 アタシ達が黒板を前にキャーキャー言いながら、竹吉先生に何枚か写真を撮ってもらった後、いよいよ引退式最後のイベント、1年生と2年生が作ってくれるアーチを潜って音楽室から退場する…って時間がやって来た。


「去年と違って、人数が沢山おるけぇ、時間も掛かるかもしれんな。でも基本的に今後は校内で偶然出会ったりしない限り、3年生とはお別れじゃ。1年生、2年生は、名残惜しい先輩が通り掛かったら、抱き付けよ!」


 先生も冗談を交えつつも、少し寂しげにそう言った。


「あと一応慣例で、部長、副部長は最後にアーチを抜けるんじゃが、それしか決まりがない。じゃけぇ3年生は、早く帰りたかったら列の先に、のんびりしたけりゃ上井や船木の近くにおってくれ」


 はーい!


 今までのような緊張感のあるハイ!じゃなくて、リラックスしたハイ!が部員から返ってきて、竹吉先生も苦笑いしてたわ。


 アタシは記念写真の列が少しずつ崩れる時に、上井くんが手を繋いでくれてたことに感謝した。


「ありがとう、上井くん」


「え?な、なにが?」


「…手、繋いでくれて」


「あっ!ああ、あのね…」


 上井くんはあっという間に顔を真っ赤にさせて、、。

 引退まで、変わらなかったね、照れ屋さん♪


「なんかアチコチから押されるけぇ、神戸さん、大丈夫かなって思ったら、自然と…。嫌じゃなかった?」


「ううん、なんで?好きな男の子と手を繋げて…嬉しかった」


「……あ、ありがと」


 って喋ってたら、船木さんに呼ばれちゃった。


「上井くーん!神戸さーん!2人の世界に入るんは帰り道にして、今はアーチに来てくれる?」


「あぁっ、はい、すいませーん」


 みんな笑ってた。上井くんはこういう雰囲気を作りたかったんだよね?

 部長さんとしての苦しみをさっきは告白してたけど、それでもみんなの前では明るく楽しく振る舞って。


 だから前に船木さんも言ってたけど、今年は去年とは部活の雰囲気が全然違って、北村先輩時代のピリピリしたムードじゃなくて、上井くんのホンワカしたムードが、部活にも漂ってたんじゃないかな。

 上井くんは悩んでたって言ったけど、間違ってはなかったと、アタシは思うよ、上井くん。


 そんなことを上井くんの少し後ろを歩きつつ思ってたら、アーチの入口に着いた。


 既にアーチは出来上がったけど、どういう順番なのかは分からなかった。


「じゃ、ええか?始めるぞ」


 先生がそう言うと、一番初めは竹吉先生との握手からだった。

 先頭に並んでた同期の女の子から、順番に先生と握手して、一言貰ってる。

 アタシもしばらくの間は上井くんとは離れて…


「じゃ、上井くん。きっと後輩の子たちが別れを惜しんでくれると思うけぇ、ゆっくり歩いて来てね。アタシ、音楽室を出た所で待ってるから」


「そうかなぁ…。そんなに時間は変わらんと思うけど、ごめんね、待っとってね」


 まだ鈍感なんだから…。

 でもそんなところが上井くんらしいんだけどね!


 アタシは先に、クラリネットのみんなの所に合流して、一緒にアーチを潜ることにした。


「せっかくじゃけぇ、上井くんと並んで歩けりゃええのにね」


 中谷さんがそう言ってくれた。


「ううん、いいよ。今はアタシと上井くんの為の時間じゃないから。上井部長最後の花道…だから」


「えらい!チカちゃん、もうすっかり上井くんの奥さんじゃん。このまま結婚まで行っちゃえば?」


 ケイちゃんがアタシの背中をバシーンと叩いて、そう言った。


「痛いよ~、ケイちゃん!」


「アハハッ!さ、行こう」


 気付いたら、アタシがアーチを潜り始める順番になってた。

 先生が握手してくれて…


「神戸、お前は色々とあったよな。辛いこともあったと思うけど、上井と知り合えて、どうだ?」


「…アタシの…人生の…宝の1ページになりました」


 アタシは上井くんに泣くの?とか聞いといて、自分がもう泣いちゃった。


「これからはクラスで仲良くしてくれよ。一緒の高校にも行けるように、俺も応援するけぇの。今までお疲れさん」


「…ありがとうございました」


 アタシはもう泣かされちゃって、少しずつアーチを進んだけど、最初の方にいた2年の男子からは


「これからは先輩と上井先輩の伝令役が出来なくなります。残念です」


 って声を掛けてくれた。


 石田くんは最後にいるから、他の3人の男子の誰かが言ってくれたんだけど、アタシは誰か分からなくて、もう、ありがとう、ありがとう、しか言えなかった。


 そしてフルートの横田さん…。


「先輩!上井先輩と、絶対別れちゃダメですよ!別れたらアタシが許しません!」


 クラの藤田さん…。


「いつも帰りは片付けが遅くて、上井先輩を独占しちゃってスイマセンでした。これからはアタシ達の邪魔なく、2人で帰って下さいね」


 そして意外にも、1年生のホルンの福本さん…。


「上井先輩の彼女の神戸先輩は、アタシの目標でした。これからも頑張って下さい!」


 とにかく沢山の後輩の子から、声を掛けてもらえた。

 内容は上井くんとのこれから…が殆どだけど。

 でもそれだけ上井くんは後輩から慕われてて。

 そんな上井くんの彼女だったアタシは、みんなの思いを背負って、これからもちゃんと上井くんと付き合わなくちゃ…って思った。


 最後には、石田くんと後藤ちゃんが待ってた。


「先輩!俺、上井先輩と一緒によく帰っとったんですけど、ある日を境に話の内容が激変したのを覚えてますよ。あれは夏の暑い時でしたね〜。今思えば、あ、なるほど!なんですけどね。とにかくこれからも上井先輩と、明るく付き合って下さい。俺と…後藤の見本になって下さい」


 石田くんはそう言って、握手してくれた。


「そうなんだね…。これからも頑張るよ。後藤ちゃんと仲良くね」


 そして続けて後藤ちゃん…。

 顔を見たら、もう後藤ちゃんの方が先に泣いてた。アタシももう、涙は枯れたと思ってたけど、また涙が…。


「神戸先輩!アタシの憧れでした!上井先輩からお聞きだと思いますが、アタシ、上井先輩のお陰で石田くんと付き合うことが出来ました。でも部活ではちゃんと石田くんを立てて、先輩方に安心して頂けるようにもっともっと練習を重ねて、来年はコンクールで金賞を取りたいと思います!」


 泣きながらだけど、後藤ちゃんは力強くそうアタシに言ってくれた。


「うん…うん…。後藤ちゃんの言葉、上井くんにも言ってあげてね。喜ぶよ、きっと」


「はい!分かりました!」


 アタシは新部長、新副部長と挨拶を交わせたので、これでアーチは終わり。

 このままカバンを持って、他の子と同じように帰っても良いんだけど、上井くんと約束したから、上井くんがアーチを潜り抜けるのを、屋上へ続く階段に座って待つことにしたの。


 でも上井くんを見たら、まだ入口付近で1年生と話してる。船木さんは結構サバサバと先に歩いてるのに。


 …よく見たら、上井くんは必ず1人1人と握手して、多分みんなに応じた言葉を掛けているんだわ。

 だから1年生の女の子とか、しばらく上井くんの話を聞いた後に泣き始めちゃって、上井くんがまた慰めるって展開が続いてる。


(上井くんらしいけど…いつになるのやら、かな?)


 アタシはアーチからなかなか出れそうもない上井くんを眺めながら、そう思った。


 1年生の女の子をみんな泣かせた後、やっと2年女子と話し始めたけど、船木さんはとっくにアーチを潜り終わって、竹吉先生と談笑してた。


(アタシも先生と船木さんと、一緒に待ちたいな)


 正直、ちょっと外は寒いのもあって、中に入りたかったってのもあるの。


「先生…、船木さん…」


「ん?あぁ、神戸か。旦那は人気者じゃけぇ、まだまだ掛かりそうじゃな」


「そうそう、神戸さんも中で待てば?外は寒いじゃろ?なんか、最後にアタシと上井くんが、みんなに一言言って終わりになるらしいんじゃけど…って、これも先生の提案なんじゃけどね。去年はそんなの無かったけぇ」


「去年はなぁ…。北村がこういう華やかな雰囲気を嫌っとったからな…。黒板のデコレーションなんか見たら、消せ!って引退の日でも怒っとったかもしれん。アーチが精々じゃった。じゃけぇ、アーチを潜ったら、とっとと音楽室から出て行ったじゃろ。余韻も何もなく」


「まあ…頑なな先輩でしたよね」


 船木さんもあまり好印象はないのかな?そんな船木さんから…


「そうだ神戸さん、最後に、上井くんとアタシが喋った後、何か喋る?」


 なんて言われたよ。いや、それだけは…


「いっ、いいよ、そんなの…。アタシは外が寒いけぇ、上井くんを中で待たせてもらっとるだけじゃもん。後輩のみんなには、アーチを潜りながら話ししたから、いいよぉ」


「そう?何となくさ、上井くんに告白したいけど神戸さんという彼女がおるから告白は出来ない、だけど今日は最後だから思いきって!って女の子が出てくるかもよ?そんな女の子に、上井くんはアタシのものよって、アピールするとか」


「ハハッ!船木よ、お前もそんなこと、言うようになったんか」


 先生が笑いながらも少し驚きつつ、そう言った。


「うーん、アタシも変わりましたよ。確かに上井くんのことは1年の時から知っとったし、途中で入部してくれて嬉しかったけど、そんなに気楽に話せる程の関係じゃなかったんですよね。最初の頃は山神さんの方がよっぽど上井くんに気軽に話し掛けてて、そんなことしてたら北村先輩に嫉妬されるよ?なんて思ってましたよ〜」


「ほぉ。一歩引いとった、そんな感じか?」


「副部長になるまでは、ですね」


「そうか。お互いに部長、副部長になって、時々話すようになって…」


「そうですね。それまでは単なる知り合いレベルだったし」


「船木が上井と打ち解けたのは、どの辺りじゃ?」


「1月の終わり頃…かな?」


「ほぉ。何かキッカケがあったんか?」


「はい。実は…」


 船木さんが、上井くんと話せるようになったキッカケって、何だろう?

 逆にそれまでは船木さんも、お手並み拝見みたいに上井くんを見てたってことよね…。


 <次回へ続く>

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