第63話 アフター文化祭の土曜日

 2日間開催された文化祭も無事に終わったよ。


 上井くんは1日目の吹奏楽部のステージで燃え尽きたとか言って、クラスの劇はセリフも覚えてないとか言ってたけど、ちゃんと夜に覚えたのか、しっかり2日目の3年1組の発表で、キッチリお爺さん役をこなしてた。

 頭は白髪にするために、ベビーパウダーをまぶしたらしい…っていうのは又聞きで、実は昨日は、朝以外は全然話せてないんだよね…。


 あと閉会式で大縄跳びをやったけど、アタシ達の3年1組は練習の時は40回も飛べたのに、本番では5回しか飛べなくて、残念な結果に終わっちゃったの。


 でも2日間、色々なことがあったけど、思い出に残る文化祭になったな…。


 一番印象に残ったのは、やっぱり吹奏楽部のステージ。本番後、上井くんが一瞬行方不明になった時は驚いたけど、泣いたのを悟られたくなくて顔を洗いに行ってたなんて…。


 今日、本当に最後の部活を迎えるけど、上井くん、大丈夫かな…。

 引退式で、竹吉先生は上井くんに色々喋らせるとか言ってたし、上井くんも今日は泣かないとか言ってたけど。


「おはよ、上井くん」


「おはよう、神戸さん」


 今朝もちゃんと信号機で待ち合わせたよ。昨日の朝の変な言い合いはもう解決済み♪


「昨日は眠れた?」


「うん、その前が寝とらんけぇね。昨日はたけし城も見ずに寝ちゃったよ」


「わ、そうすると8時前には寝てたの?」


「うん。でもいつかと違って、風呂は入ってから寝とるけぇ、安心してね!」


「安心って…。上井くん、今日も調子はいい?」


「調子?うん、疲れとる以外は調子いいよ!」


「それは調子がいいとは言わないんじゃ…」


「大丈夫、大丈夫。引退式も泣かずにしっかりと済ませるけぇね!」


「ホントかなぁ?上井くん、泣かずに最後、音楽室から出れる?」


「えっ、何その『上井は必ず泣く』っていう伏線は…」


「だって…。上井くん、照れ屋さんだけど、感激屋さんでもあるでしょ?アタシ、知ってるもん」


「えーっ、いつ神戸さんの前で感激して泣いたっけ?」


「だって…。一昨日…」


「あ、あれは演奏中の突発的な出来事だし…」


「…だとしても、アタシはそんな感激屋さんの上井くんが好きじゃけどね!」


「わっ、やられた~。また突然そんなこと言われると、瀬戸内海に沈んでしまうけぇ、心の準備させてよ~」


 ウフフッ、アタシ、本当にこんな何でもない会話を上井くんと交わせるのが幸せ。

 何て言うのかな、会話を重ねてきたから、お互いのリズムも分かって来たし、返しも最初の頃より、スムーズなんじゃないかな?って思うの。


「文化祭の吹奏楽部のステージ後は別にして、最近だと上井くんは、どんなことで泣いた?」


「うーん…笑わんとってよ?『8時だよ!全員集合』の最終回」


「アハハッ!上井くんらしい~」


「あーっ、笑ったなぁ」


「だって、ドラマとかの最終回かな?って思ったら、ドリフなんじゃもん」


「ドラマはあんまり見ないな…。なんか今、金妻とかいうのが流行っとるらしいけど」


「あれは…大人向きのドラマでしょ?多分」


「そうなんだ?見たことは無いけど、テーマ曲がヒットしとるじゃん」


「『恋に落ちて』でしょ?いいよね、あの歌」


「ピアノがメインだよね。多分男には難しい歌だと思うけど」


「じゃあ上井くんは今のヒット曲だと、どの曲が一番好きなの?」


「杉山清貴とオメガトライブの、『ガラスのPALM TREE』って曲。知ってる?」


「うん、分かるよ」


「俺、この曲大好きでね。なんでもうオメガは解散しちゃうのか、残念でならなくって」


「そうなんだ、解散しちゃうんだね」


「せっかく今年、やっと『ふたりの夏物語』で大ヒットして、トップクラスになったのにね。神戸さんの好きな安全地帯は、『碧い瞳のエリス』だよね、今なら」


「そうそう!いいでしょ、あの曲!」


「曲ごとにイメージが違うもんね。熱視線とかは激しいし。今のはバラードだし。実力があるってことじゃろうね」


 好きな歌手の話してたら、あっという間に学校に着いちゃった。

 上井くんとなら、本当に何でも話せる。

 この関係、崩したくないな…。ずっと上井くんと一緒にいたい…。


 今はまだ正式に引退してないから吹奏楽部員ではあるけど、さすがに文化祭も終わったし、朝練には行けない。

 朝練の音が聞こえてくる音楽室を、上井くんは早くも懐かしそうに眺めてる。


「…上井くん、吹奏楽、好き?」


「そりゃあね。今は竹吉先生に感謝してるよ。俺を吹奏楽部に引っ張り込んで下さってありがとうございました、ってね」


「それなら良かった…」


「ん?どしたん、なんか心配だった?」


「だってね、吹奏楽部に途中で入ったのに、まだ慣れてない半年後に部長をやらされて、辛い思いも沢山したと思うの。それでも吹奏楽が好きって、上井くんが言ってくれるのって、アタシ、とっても嬉しくて」


「そ、そう?うーん、確かに不慣れなことばっかりじゃったし、部長になった直後は正直言って舐められとったし。特に同期にはね…」


「…そう、だったね」


「でも諦めちゃダメだ、って自分に言い聞かせてさ。先生にも相談したりして。先生は、後輩と仲良くしろ、って言ってくれたんよ。同期はお前が気楽に話せる女子だけでええじゃろ、全員と仲良うせんでも、って。逆に後輩との絆を築けば、後から後輩はお前を頼ってくれるようになるし、その姿を同期が見て、お前のことを見直すじゃろう、ってね」


「へぇ…」


 だから上井くんは2年生の3学期、その時の1年生と一生懸命コミュニケーションを図ってたんだね。

 その結果、後輩の女の子達の多くが上井くんに恋愛感情まで持っちゃったのは想定外じゃろうけど…って、これは上井くんは分かってないのよね、確か。


 3年1組に着いたら、一番乗りだったよ。

 これまでも朝練の前に一旦教室に寄ることもあって、その時も一番乗りではあったけど、今日からはこの先、音楽室へ…にはならない。このまま教室でみんなが来るのを待ちながら、2人でお話するんだ。


「うー、これまでと感覚が違うけぇ、変じゃね」


「確かにね。吹奏楽部の朝練の音が聞こえてると、早く音楽室に行かなくちゃ!って思うけど、もう行かなくていいんだもんね…」


「これに慣れるのには、相当時間がかかりそう…。神戸さんはどう?早く慣れそう?」


「そうね。こういう時、女ってね、切り替えが早いんだよ」


「へぇ。男女の違いがあるの?」


「そうそう。男の子って、結構それまでの出来事とか思い出を引っ張るらしいけど、女の子はキチッと切り替えちゃう子が多いんだって。あー、アタシにも当てはまる、って思ったよ」


「それは何かの本に出てたん?」


「うん…。なんだったかな…。女の子向けの本じゃけぇ、上井くんは基本的には見ない筈」


「基本的には…か。確かに。ウチに姉か妹がいたら、違うんじゃろうけどね」


「上井くんは1人っ子だったね」


「うん。じゃけぇ、神戸家が羨ましいよ。妹さんと弟くんがおるんじゃろ?そりゃあ夕飯なんかは賑やかになるよね」


「でも…。好きなテレビが見れなかったりするよ?後で食べようと思ってた好きなおかずが妹か弟に先に取られちゃうこともあるよ」


「そういうのが、逆に羨ましいんだ。俺は…」


 上井くんは遠い目をして、そう言った。何か思うことがあるのかな?


 2人で早朝の教室で話してたら、クラスメイトが少しずつ登校してきた。

 みんながみんな、


「あれ?もう2人で登校しとるん?部活は?」


 って聞いてくるの。


「今日の午後、引退式があるけぇ、まだ部員ではあるけど、もう隠居の身だよ」


 上井くんは判を押したようにそう答えてた。

 同じ吹奏楽部の女子が来たら、上井くん、引退式で泣くじゃろ~って突っ込まれてたよ。

 その度に上井くんは、絶対今日は泣かん!って言ってたけど…。アタシは絶対泣く、に1票!


 そして土曜日の朝のホームルームの時間になって、竹吉先生が来られた。


「みんな、おはよう!文化祭、お疲れじゃったな。最後の縄跳びは悔しかったのぉ。練習の時の回数を採用してくれりゃあ、ダントツで1位じゃったんにな」


 みんなザワザワしてた。やっぱり縄跳びは悔しかったみたい…。


「文化祭が終わって、後はイベント的な行事は、来月のクラスマッチくらいか。どんどんと進路決定のタイムリミットが迫って来とる。みんな、もうある程度進学先の希望は固めたか?」


 アタシは西廿日高校…。上井くんも、最近は高校について話してないけど、西廿日高校のはず。お母さんのこと、説得できたのかな…。


「それで、文化祭の余韻に浸る間もなく色んな配り物があるけぇ、前から回してくれ。一番重要なのは、三者懇談の案内じゃ」


 えーっ、とみんなが声を上げた。もうそんな案内が配られるんだ…。


「まあ、来週直ぐにやるってプリントじゃないけぇ、慌てるなや。まずは日程のご案内。保護者の方に見せて、来週中に都合のいい日を書いて、俺に提出してくれるか?その上で俺の方で日程を調整して、改めて案内を出すからな」


 笹木さんは早速上井くんに、神戸さんと一緒の高校にするん?とか突っ込んでたよ。上井くんは、いや~、成績がどうかな…とか濁してたけど、一番の障壁はお母さまよね…。


「今配ったプリントは、また今日、家に帰ってからジックリと読んでくれるか?それともう一つ。今の班になって2ヶ月経ったじゃろ?文化祭も終わって区切りもええけぇ、そろそろ班替えでもするか?どうや、みんな」


 先生がそう言ったら、なんとなく落ち込み気味だったクラスの中が、歓声に満ち溢れた。

 勿論、アタシも。


(上井くんと一緒の班になりたいな…)


「前はクジ引きにしたけど、今度はどうやって決める?林間学校の時みたいに、班長立候補制にするか?公平にクジ引きにするか?ま、今は時間がないけぇ、週明けの月曜の学活の時間にやろうと思うとるけど、みんなどんな方法で決めりゃあええか、考えておいてくれや。じゃ、今日一日、頑張ってくれよ」


 竹吉先生はそれだけ話したら、もう1時間目の予鈴が鳴ったから、慌てて職員室に戻られたけど…。

 教室内は騒めいたままだったよ。


(班長は立候補制にして、上井くんに立候補してほしいな…)


 アタシはそう思わずにいられなかった。

 だから午後に部活の引退式があるなんて、すっかり授業中は忘れちゃったよ。


 でも4時間目が終わって、みんなは下校する中、吹奏楽部のみんなは


「いよいよね」


「引退かぁ…。実感ないよ」


 って口々に言い始めてた。

 それでアタシも今日の現実に引き戻されたけど…。


 上井くんの方を見たら、真剣に何か考えてて、気軽に声を掛けられる雰囲気じゃなかった。

 その姿は、いつもの楽しい上井くんじゃなくて、部長として吹奏楽部をまとめるために色々考えている時の上井くんだった。


(挨拶とか、何を話そうかとか、考えてるのかな…)


 一緒に音楽室に行けるのかな、アタシ。


<次回へ続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る