第62話 これからのアタシ達

 文化祭の2日目の朝、7時半に待ち合わせ場所に現れた上井くんは、明らかに寝不足な顔をしてた。


「おはよ…?上井くん、どしたん、寝れんかったん?」


「おはよう、神戸さん。昨日はね、なんか身体がハイテンションになってて、疲れてるのに眠くならなくって…」


「気持ちがノリノリのままだったの?」


「きっとそうなんじゃろうね。それでもなんとか寝ようとして、部屋を真っ暗にしてみたり、親が持ってたお経のカセットテープ流したり、羊を1万匹数えたりしたんじゃけど、無理だった」


「羊が1万匹って…。何時間数えとったん?」


「…2時間ちょい?」


「ギネスに載りそう…。で、結局何がキッカケで眠れたの?」


「恥ずかしくて本当は言えんのじゃけど…」


「恥ずかしいの?えーっ、もしかしたらエッチな本とか…?」


「ち、違うよ。俺、そんな本持ってないし、持ってたとしても隠す場所がないよ。狭い社宅じゃけぇ」


「ふーん、一応信じて上げる」


「…信じとらんじゃろ」


 上井くんってば必死に持ってない、って言い張る。別に男の子なんだもん、持ってても…嬉しくはないけど、仕方ないとは思うけどね。


「もう、一応が付くけど、信じるって言うとるじゃろ?彼女を信じなさい?」


「なんかやっつけられてるよなぁ…」


「フフッ、やっつけてはいないよぉ。上井くんとこんな話が出来るのが嬉しいだけ」


「そう?仮に神戸さんと結婚したら、絶対毎日叱られるだろうな~」


「け、結婚…」


 逆にアタシがやっつけられちゃった。顔が真っ赤になって、上井くんのことを見れなくなったの。


「あれ?俺、地雷踏んだ?」


「んもう、上井くんってば…」


「だって25才の時に…」


「あ、あれね!そ、そうよね!お互いに相手がいなかったら、アタシ達結婚するんだもんね、ハハッ…」


 上井くんがあまりにも自然にサラッと25才での結婚の約束を持ち出してくるから、逆にアタシが驚いちゃった。

 その話をアタシが提案した時、上井くんが物凄く照れてたのに。


「神戸さんもハイテンションじゃね?合唱コンクールの優勝もあったしね」


「うっ、うん!それは…あるよ」


「でも、ちゃんと寝れたんじゃろ?」


「一応ね。上井くんみたいに、苦しむことなく…エッチなものにも頼らず…」


「じゃけぇ、そんなもんは持っとらんってば!でも何か引っ掛かるな、神戸さんの言葉」


「ええ?な、何か変なこと言った?」


「俺みたいにエッチなものには頼らず、って言ったよね?」


「え?う、うん…。それが何か?変だった?」


「頼らず…。頼らず…。…頼ることもあるん?」


「なっ…」


 アタシは今度は沸騰しそうなほど顔が真っ赤になった。


「そっ、そんなっ、女の子に何聞くの?上井くんってば!」


 アタシは…そんなに怒ったわけじゃないけど、怒ったふりをして、上井くんより先に早足で学校へと向かった。


「あ、神戸さん、ゴメン~。冗談だよ」


「知ーらない!」


 どうせ距離が離れても、クラスでまた顔を合わせるんじゃもん!別にええじゃろ!


 …でも上井くんが走って追い掛けて来るかと思ったけど、追い掛けて来ないのが気になって、途中で早足を止めて、上井くんの方を振り返ったら…。


 凄い落ち込んで、トボトボと歩いてた。


(ワッ、やっちゃったかな…)


 上井くんは一度スイッチが入ると、とことん落ち込んじゃう。

 アタシ、そんなに怒ってないのに。

 こんなやり取りもお楽しみの一つ、程度だったのに。

 上井くんってば…本当に照れ屋さんで真面目なんだね。手が掛かるんじゃけぇ、本当に…。


 仕方ないから上井くんがアタシの所に来るまで待ってた。


「あれ、神戸さん、怒ったんじゃないん?」


「あっ、あの…。怒ったけど…怒ってない」


「へ?」


 アタシもちょっとやり過ぎた。うーん、やっぱり月一のお客さんが来てるせいなのかな…。リズムがいつもと違うよ…。

 保健の授業で女の子と男の子の違いを勉強して、女の子は月に1回大変な時があるって男子も習ってるけど、今アタシがその時期だなんて、いくら彼氏でもやっぱり言えない。


「アタシもやり過ぎちゃったね、ごめんね」


「いや、俺が悪いんだよ。調子に乗って…その…」


「ううん…アタシが悪いの。上井くんが追い掛けてくれるって思いこんで突き放したりして…」


「いや、やっぱり俺が…」


「違うよ、アタシが…」


 そんな無限にも続くようなやり取りをしてると…


「はい!ケンカ両成敗!文化祭2日目の朝からケンカしない!」


 突然登場したのは、ケイちゃんだった。


「わっ、ケイちゃん!おはよ…」


「え、山神さん…見とったん?」


「うん、まあね。もう2人は、これから吹奏楽部では話せなくなるんじゃけぇ、もっと仲良くせんといかんでしょ?何がキッカケか知らんけど、朝から嫌な雰囲気作ると、その日1日引き摺っちゃうよ?」


 そう言うとケイちゃんは、アタシと上井くんの右手を取って、強引に握手させてくれた。


「あ、あの…山神さん…」


「どう?チカちゃんの手、温かい?チカちゃん、上井くんの手、大きい?ね、これからも仲良くしてね。仲良くせんかったら、アタシがすぐに介入するけぇね!」


 ケイちゃんはそう明るく言ってくれて、その後はほんの少しの距離だけど、3人で楽しく登校出来た。


 下駄箱に着いたら、ケイちゃんは…


「悪いけど上井くん、チカちゃん貸して!」


 って言い出した。アタシもビックリしたから、上井くんもビックリしたと思うけど…。


「うっ、うん。山神さんには逆らえんけぇ、言われるとおりにするけど…」


「よしよし。ま、すぐに返すけぇ、安心してクラスで待っとってね」


「うん…?」


 上井くんは先に教室へと上がっていった。

 アタシはキツネに摘まれたような気分。でもケイちゃんはすぐに聞いてきた。


「ふぅ、上井くんがおったら女同士の会話が出来んけぇね」


「女同士の会話?」


「そう。チカちゃん、さっき上井くんと言い合いになったんは、なんで?」


「え?そ、それは…」


 とても上井くんが、アタシもエッチなことを考えたりするのか、みたいなことを聞いたから、とは言えなかった。言えない代わりに顔がまた赤くなっちゃった。


「アタシにも言えない?言いにくい?」


「…言いにくい、かなぁ…」


「うーん…。もしかして、他人から見たらどうでもいいことかな。例えば、上井くんがチカちゃんのスカートを捲ったとか」


「うっ、上井くんはそんなことはしないもん!」


「分かってる、分かってるよ。例え話だよ~。それくらい、アタシだって分かってるよ。でも他人からしたら、そんなレベルの話で言い合いしてたんじゃないの?って意味だよ」


「……当たってるかも。ケイちゃんの指摘」


「アハッ、やっぱり?ま、チカちゃんが言いたくないんなら詳しくは聞かないけど…。くれぐれもこれから上井くんとは、ケンカするほど仲がいい、っていう程度の衝突にしといてね?じゃあ、またね~」


「う、うん…。またね」


「…って、言い忘れた。これを言うために上井くんを先に教室に行かせたんじゃった」


「え?」


「チカちゃん、もしかしたら月1の…あの日?」


「…な、なんで分かるの?」


「そりゃアタシだって女だもん。男子には…上井くんには気付かない部分でも、アタシには分かるよ。ケンカ?の原因がどうでもいい些細なことから、ってのも、一因かな。でも上井くんには…もうアタシからは何も言わんから。安心して?」


「う、うん…」


「じゃ、ホントにまたね〜」


 ケイちゃんはいつもアタシと上井くんの現状について、核心を突くようなことを言うのよね。

 今の去り際の一言も、ズバリアタシの今を当てられたんだけど、何か深い意味があるような気がしちゃう。


 …そっか、上井くんと言い合いになったりしても、この先、部活の時間にケイちゃんに話を聞いてもらうってことは出来ないんだ。


 そう考えたら、ケイちゃんが去り際に言った言葉の意味が分かって来る。

 上井くんにはもう何も言わない…これから先は、何かあっても自分達で解決するんだよ?

 そんな意味だよね、ケイちゃん…。


「ふぅ…」


 アタシは深呼吸してから、教室へと向かった。

 もちろん上井くんに、ごめんね、って言うために。


<次回へ続く>

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