第61話 文化祭本番その3

 体育館の舞台って、こんなに狭かったっけ?

 吹奏楽部の全部員が集まると、こんなギュウギュウ詰めになるんだね。


 去年は3年生が5人だったけど、今年はその3年生に入れ替わるように入った1年生が13人いるから、単純に計算しても8人多いし。

 そう言えばコンクールだって、全部員は出れないからって、一部のパートはオーディションしたなぁ…


 でもこの体育館も今年度…アタシ達の代が卒業したら取り壊されて、建て替えられるんだって。


 色んな思い出が詰まった建物だから、寂しいな。


 フロアには生徒のみんなも集まって、アタシ達もスタンバイOKになって、最初の挨拶はなんと校長先生がして下さるんだって。


「えー、皆さん、こんにちは。文化祭、楽しんでますか?この体育館で実施するのは今年が最後となりますね。その最後に相応しく、ここ数年でメキメキと実力を上げてきた我が校の吹奏楽部の演奏会です。素敵な音楽に触れて、皆さんの思い出となりますように」


 校長先生のお言葉だけで、一部の3年生がもう泣いてた。上井くんは…耐えてる。

 次は竹吉先生がマイクを渡されて、話し始めた。


「えー、皆さんこんにちは、吹奏楽部です。我々の今年1年の活動の集大成を、皆さんに披露したいと思っております。是非今からのひと時、音楽を楽しんで聴いてみて下さい。では、皆さんには体育祭でご存知の『ワシントンポスト』というマーチから始めます」


 先生は割と普通に話して、吹奏楽部のステージが始まった。


 去年は4曲だけだったけど、今年は6曲用意して、約30分のステージに仕上げてくれたんだ。

 あっという間にワシントンポストも終わって、拍手が起きた。


「ありがとうございました。さて2曲目は、夏のコンクールで演奏した『波の見える風景』という曲です。ちょっと難しい曲ですが、聴いてみて下さい」


(コンクールは…会場に行くバスの中で、上井くんと仲直りしたよね…)


 コンクールは色々と思い出すな…。行きはそれまでアタシの早合点のせいで上井くんと話せてなかったのを埋めるように、ずーっと話してたような気がする。

 帰りは疲れて、お互い交互に寝ちゃったんだよね。だからアタシは上井くんの寝顔を初めて見たし、アタシも上井くんに初めて寝顔を見られちゃった。


 そして最初に演奏した「ワシントンポスト」だって、体育祭では必ず演奏してたから、体育祭の思い出が蘇るよ!

 特に今年は…上井くんの絶叫アナウンス、その後の部内トラブル、更にその後にアタシが初めて嫉妬心を抱いた、1年生の女の子と上井くんとの接近…。


 ちょっと感傷的になりながら、波の見える風景もあっという間に終わって…


「えー、3曲目と4曲目は続けていきます。3曲目は『ブルータンゴ』。ラテンの心地好いリズムの曲です。4曲目は『ネバーエンディングストーリー』。映画を見た人もいるかな?見た人は、名場面を思い出しながら聴いて下さい」


「ブルータンゴ」は上井くんが苦手って言ってたよね。どう苦手なのかはアタシは聞かなかったけど、今日は大丈夫かな?

「ネバーエンディングストーリー」は、映画のテーマ曲。アタシは映画は観たことないんだけど、観た人は面白かったって言ってる。でももう上映してないみたい…。

 この2曲は短めだから、すぐ終わっちゃった。


「5曲目は、今年結婚した松田聖子の『ボーイの季節』です。歌いたくなったら、その場で歌ってもいいですよ。では…」


 少し笑いが起きてたよ。この曲がヒットしてた頃…林間学校の準備をしてたのを思い出すわ。

 もし林間学校がなかったら?

 上井くんと同じ班じゃなかったら?

 林間学校でユンちゃんの靴が流されなかったら?

 アタシは上井くんと付き合っていたのかな、どうなのかな…。


「はい、ありがとうございました。では、早くも吹奏楽部のステージ、最後の曲になります。つい3日前、この曲でコンテストに挑んで来たんですが、あと一歩で入賞には届きませんでした。でも部員達が珍しく、この曲は是非やりたい!と、僕に何度も何度も直談判して、それで演奏することになった曲です。『A JUBILANT TRIBUTE』という曲です。聴いて下さい」


 最後の曲…。先生の指揮を見逃さないように…。


 …そして5分後、大拍手と共に、吹奏楽部のステージは終わった。


(終わった…)


 竹吉先生は深々と頭を下げて、拍手もそれまでよりも大きく聞こえた。本当はこんな演奏会の最後では、部員も立ち上がるんだけど、舞台が狭すぎるから立たなくていい、って事前に先生から言われてたの。

 別の先生が、これからの予定を説明してた。先に客席の生徒が退場し、クラスに戻ること。その後、吹奏楽部は撤収作業に入ること。

 そして今日はどの部活も活動休止、ホームルーム終了後、速やかに帰宅するように、とのことだったわ。


 アタシ達はみんなが椅子を持ってクラスに帰っていくのをステージ上から眺めてた。

 でも一部の女の子は、泣くのを堪えられなくて、すすり泣き始めてた。


 そしてフロアの生徒が全員体育館から出たので、アタシ達の撤収の時間になった。竹吉先生が話し始めた。


「はい、お疲れ様でした!お前ら、最高じゃ!いい演奏だったなぁ。とりあえず今日は、各自の楽器を片付けたら、帰ってもいいぞ。まあ、クラスの予定とかは各自で確認しておくようにな。ちなみに、今日と明日は吹奏楽部も含めて、どの部活も活動なし。これは学校の決まりじゃけぇ、守るようにな。そして、明後日の土曜日。午後から役員交代式と、3年生の引退式をやります。3年生は土曜日はサボるなよ。最後じゃけぇの」


 ちょっと笑いが漏れた。


「じゃ、楽器を片付ける前に、部長の上井から一言…。あれ?上井はどこ行った?」


 みんな、え?っていう顔で、いつも上井くんがいる辺りに視線を集中させてたけど、バリサクだけ椅子に置かれていて、上井くんの姿はなかった。上井くん、いつの間にどこへ行ったのよ…。


「まったく、最後までお騒がせな奴じゃのぉ…って、戻って来たか。上井!一言頼む!」


 みんなが大注目してる中を上井くんが1人で体育館に戻って来たから、凄く戸惑ってたよ。


「ええっ?すいません、俺がこのタイミングで喋るなんて思いもせんかったんで…」


 部員のみんなは笑ってたけど…


「まあ明後日には、お前のこれまでを全て喋ってもらうけぇ、今から用意しとってくれよ。今日は簡単に頼むぞ」


「明後日、何を俺に喋らせるんですか!まあ、ともかく…」


 上井くんは先生に手招きされて指揮者台に上がったけど、よく見たら顔は濡れてて、目は真っ赤だった。


(あっ…。上井くん、きっと最後に泣いちゃって、慌てて顔を洗いに行ったんだ…)


「えっと、手短にということなんですけど、とにかく、とにかくお疲れ様でした!4日の月曜日に吹奏楽まつりがあって、その3日後が文化祭の本番というハードな日程でしたね。でも俺は、思い出に残るものになりました。みんなと平和公園で鬼ごっこしたことは、一生忘れません」


 上井くん…。


「あと隠してもしょうがないので自白しますが、俺、A JUBILANT TRIBUTEのラスト6小節で、ブワーッと涙が溢れてしまって、永遠にこの時よ止まってくれ、なんて思いました。でも時間は止まってくれませんでした。なのでさっき、泣いた顔をみんなに見られるのが、恥ずかしくて…顔を…洗いに…ちょっと…」


 上井くんは感極まっちゃって、話が途切れ途切れになっちゃった。さっきは笑ってたけど、もらい泣きしてる部員も結構いるよ。アタシもその1人…。


「あの…明後日、ちゃんと、泣かずに、挨拶、します。あと2日、部長として頑張ります。部活は休みじゃけど。では!楽器撤収して下さい!」


 はい!




 ………………




「上井くん、本当にお疲れ様」


「ううん、神戸さんだって」


 アタシ達はここ数日、朝も帰りも一緒に歩いてる。下駄箱と信号機の間を。


「明日も文化祭あるけど、もう燃え尽きちゃったなぁ…」


「だろうね、上井くんは」


「明日、クラスで劇をやるなんてとても思えないよ」


「でも終盤の重要ポイントに出て来るお爺ちゃんなんじゃけぇ、しっかり演じてよ?アタシはそんな上井くんに照明をガンガン当てるけぇ」


「そんな~、眩しいよ~」


「セリフ、覚えた?」


「いや~、今夜覚える」


「無理でしょ?」


「いやっ、為せば成る、為さねば成らぬ…えーっと続きが分かんないや」


「ハハッ、上井くんらしいよ。そんなところも好きよ、上井くん」


「わっ、またぁ…。そんな奇襲攻撃されたら撃沈するけぇ、ダメだって」


「いいの。アタシが言いたいから言ってるだけじゃもん。好きよ、上井くん」


「やめて~、照れる~」


 いつまでも上井くんとこんな時間を送りたかったな…。


<次回へ続く>

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