第60話 文化祭本番その2
午前中に行われた合唱コンクールでは、アタシ達3年1組が見事に学年優勝と総合優勝を勝ち取ったの!
嬉しかったよ~♪
いいムードで午前の部が終わって、いよいよ午後の部。
最初は自由時間なんだけど、吹奏楽部は3時からの本番に備えて2時に音楽室集合になってるの。
アタシは教室でお友達とお昼ご飯を食べた後、上井くんの姿を探したけど、見付からなかった。
2時までの間、各学年の展示とか、一緒に見れたらいいな、と思ったからなんだけど…。
事前には言ってなくて、今急に思いついたことだから、約束はしてなかったし、上井くんが教室にいなくても約束を破ったわけでもなんでもないのよね。
でも上井くんはいつの間に何処へ行っちゃったのかな?
「チカちゃん、上井くん探してる?」
と廊下をキョロキョロしながらウロウロしてたアタシに声を掛けてくれたのは、ケイちゃんだった。
「あっ、ケイちゃん!合唱コンクール、3組はケイちゃんがピアノだったんじゃね」
「うん、誰も弾けんっていうけぇ、仕方なく…ね。でも1組はチカちゃん効果?凄いメリハリあって上手かったね。優勝も納得だよ!」
「ううん、アタシの力なんて大したことないもん。みんなのお陰…」
「謙虚だねぇ。もっと、アタシが指揮したからよ!凄いでしょ!って威張ってもいいんだよ?」
「あっ、アタシはそんな性格じゃないし…」
「うんうん、上井くんに似てきた?なんてね。で、上井くんを探しとるんでしょ?」
「そうなの。お昼食べたらいつの間にかいなくなってて」
「今日、上井くんが少しでも長くいたい部屋って言えば、すぐ思い付かないかな?」
ケイちゃんは意味ありげにそう言った。
「うーん、そうね…もしかしたら…」
「アタシ、上井くんとさっきすれ違ったんよ。で、もう行くの?って聞いたら、少しでも早くからおりたいんだって。チカちゃんは?って聞いたら、まだお昼食べてたから、遠慮したって言ってたよ」
「そうなんだ、ありがとう!」
「うん。早く行ってあげなよ」
アタシは音楽室へと向かった。今朝、チグハグな問い掛けをして上井くんを困らせたお詫びもしたかったし。最後の演奏前に少しでも上井くんと思い出を共有したいと思ったし。
「上井くん!」
音楽室の扉を開けて、すぐそう呼び掛けたけど、誰もいない。
「あれ?上井くん…いないじゃん…。上井く~ん?」
音楽室内はみんなの楽器こそ、すぐに体育館へ運び出せるように朝練のままになっていたけど、人は誰もいなかった。
(ケイちゃん、上井くん、いないよ?)
しばらく音楽室内を見回していたら、ふと屋上に通じる階段が目に入った。
(もしかして、屋上にいる?)
アタシは更に階段を上がって、屋上へ行った。
「上井くん…?」
「えっ…。あれ?神戸さん…」
「やっと見付けた。…アタシを1人にしないで…」
上井くんは屋上でポツンと1人、海の方を眺めていた。風もなくて穏やかな晴れの日だから、気持ち良かった。
「…ごめんね。神戸さんはまだご飯食べとったし、そんな遠くへ行くわけじゃないし…」
「でも、今日は特別だもん。アタシ達、最後の演奏の日だもん。上井くんの気持ちに、少しでも寄り添いたいの…」
アタシは2人きりという状況も手伝って、少し大胆になっていた。
上井くんに近付くと、思わずギュッと上井くんに抱き付いちゃった。
「わっ、こ、神戸さん…」
でも上井くんは拒否したりしなかった。初めて上井くんの匂いを間近に感じた。やっぱり男の子って感じる体格、少し生えたヒゲ、どれもこれも愛しくなった。
「…今日で最後だね」
アタシは上井くんの胸に頬を埋め、そう呟いた。
「うん…。あっという間…」
「アタシも。でもね、上井くんが途中入部してなかったら、アタシの吹奏楽部人生は、もっとつまらなかったと思う」
「そ、そんなことないでしょ」
「そんなこと、あるもん。アタシが北村先輩に髪の毛のことをからかわれた時、上井くんはいつの間にかアタシを助けてくれた。部長になって大変な時でも、いつもアタシやケイちゃんの突っ込みに面白く返してくれた。3年になって同じクラスになれて、部活以外の上井くんを知った。とっても優しくて、さり気なくて、でも恥ずかしがり屋さんで。アタシ、上井くんを好きになって良かったよ。お付き合い出来て嬉しいよ」
「…俺も」
「部活は終わるけど、これからも仲良くしようね。一緒に西廿日高校、行こうね」
「うん…」
そこでアタシが上井くんを少し下から見上げるような感じで見つめたら、上井くんも目を逸らさずに見つめ返してくれた。そしてアタシの両肩に手を置いて…
「神戸さん…」
「上井くん…」
「…いい?」
「…うん」
アタシはそっと目を閉じた。
あとは上井くんの唇を待つだけ…
って時に、竹吉先生のアナウンスが入った。
『全校の吹奏楽部の諸君、音楽室に集まって下さい。繰り返します。全校の吹奏楽部の諸君、音楽室に集まって下さい。準備を始めます』
アタシも上井くんもパッと目を開けた。しばらく見つめ合うと、どちらからともなく、笑い合っちゃった。
「アタシ達、いよいよって時に、先生に妨害される運命なのね…」
「ホンマじゃよね。前は信号機…今日は屋上…。あー、せっかくいい雰囲気だったんに!」
「残念だったね…。だけど、今はまだ早いってことかな…?」
「まだ早いのかぁ…。いつ神様は…許してくれるんだー」
上井くん、それは2人で歩く時、自然と手を繋げるレベルになった時かもね?
「じゃあ、他の部員も来ちゃうけぇ、降りよっか」
「うん。しかたないもんね」
アタシ達は音楽室へ降りた。幸い、まだ誰も来てなかったけど、アタシ達が音楽室に入って1分ほどしたら石田くんと後藤さんがやって来た。
「あぁ、これは先輩方、お2人でいる所を邪魔してしまって失礼しました」
と石田くんが言うから、アタシ達はつい笑っちゃった。
「石田、何をそんなかしこまったこと言ってんだよ。逆に俺達こそ先に来てて、邪魔がおった…って思うたんじゃないんか?」
そう言うと石田くんじゃなくて後藤ちゃんが、
「先輩、実は少し思いました…なんてね」
「うん、後藤は素直でよろしい!…なんてな」
そうこうしてる内に、どんどんと部員が集まって来て、雰囲気はガラッと変わっていった。
竹吉先生も到着されて、早速楽器を体育館へ運ぶように指示を出していた。
「おい、上井!」
「えっ、はい?」
「こんな時に言う言葉じゃないが、お前、1年間よく部長職を務めあげてくれたな。ありがとう」
「先生…」
思わぬ言葉に上井くんはもちろん、アタシもビックリした。
「今から最後の演奏じゃ。思いの丈をバリサクにぶつけて吹いてくれよ」
先生はそう言って、上井くんの肩をポンポンと叩いた。
上井くんの目が微かに潤んでたけど、上井くんは元気よく、部員に指示を出していた。
「2年男子~。打楽器手伝ってくれ!」
「はい!」
これまでの経験も活きて、スムーズに打楽器やそれ以外の楽器も運搬できていた。
上井くんは自分のバリサクのケースを抱えたまま、細かく指示を出して、最後の1人が音楽室を出たら忘れ物がないか確認して、音楽室のドアを閉め、鍵を掛けて、
「さ、行こう?神戸さん」
ずっと待ってたアタシに声を掛けてくれた。その瞬間は、上井くんがとってもカッコよかった。
「うん!頑張ろうね!」
アタシは2年半、上井くんは1年半、だけど部長として1年間、それぞれ頑張りに頑張って来た吹奏楽部。
今日の演奏を最後に、サヨナラしなくちゃいけない。
上井くんの後ろを歩いていると、上井くんの背中がとても大きく見えた。
(上井くん…すっかり吹奏楽部に欠かせない存在になったね。頑張ったね。みんなをまとめてくれてありがとう。最後の演奏、頑張ろうね!)
<次回へ続く>
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