第59話 文化祭本番その1

 今日は昭和60年11月7日木曜日。

 いよいよ中学生活最後の文化祭が始まったよ!


 今日は午前中に合唱コンクールがあって、午後から吹奏楽部のステージなの。


 いよいよ、アタシ達の代にとって、最後のステージ。


 昨日も部活の帰りは、上井くんと一緒に帰るようにして、頑張ろうね、って誓い合ったの。


「神戸さんも合唱の指揮、頑張ってね」


 上井くんは吹奏楽まつりから休む間もなく文化祭本番だから、疲れてるだろうな。

 なのにアタシのことを気遣ってくれる。

 こんな優しい彼氏、アタシは大事にしなくちゃ。


 午前中の合唱コンクールは、1年、2年、3年の順で開催されて、でも学年不問で全生徒が体育館で鑑賞することになってるの。

 1年生と2年生の合唱コンクールを観てたら、やっぱり吹奏楽部の子がピアノとか指揮者に駆り出されてたよ。


「以上で、2年生の合唱の部を終わります。10分間の休憩後、3年生の部を始めます。1番目の1組は、早目に準備するように、お願いします」


 合唱コンクールの司会は、教頭先生が務めてた。

 成績発表は最後に全学年一気にやるみたいで、1年の部、2年の部、3年の部に分かれて10分の休憩を挟んで実施してる。

 審査員は、PTAの役員の方とか、各学年の先生方とか、生徒会役員だって。


(あー、もうすぐアタシの出番だわ…。緊張するよ…)


 3年1組の合唱はアタシが指揮者に立候補して、約10日間練習してきたの。

 ついアタシは上井くんの声を聴いてしまいがちだったけど…、ちゃんと公平に指揮しなくちゃね。


 本番前に、アタシは緊張を和らげるために、ちょっと体育館の外へ出て、深呼吸を何回かしていたの。

 そこへ上井くんがトイレから戻って来たような感じで通り掛かって、声を掛けてくれた。


「神戸さん?大丈夫?」


「あ、上井くん…」


「緊張しとるん?」


「うん…。指揮するのなんて、初めてだもん。練習はしてきたけど、本番は…全然違うよね」


「そうだね。でも、俺だって緊張しとるよ」


「えっ?上井くんが?」


「うん。だってさ、1年から3年まで、全員がジーッと見とるんじゃもん。暗いけぇ、顔は分からんけど、やっぱり見られてるってのは緊張するよ」


「吹奏楽部の時も?」


「もちろん」


「本当に?上井くん、いつも部長さんとしてみんなを引っ張っとるけぇ、緊張しとる暇なんてないのかと思っとったよ」


「いや、演奏は個人個人の責任じゃん?間違ったらどうしようとか、知っとる顔がステージから見えたりしたら、緊張するよ」


「そうか…。そう言えば、そうよね」


「でも神戸さん、安心しなよ!今日は指揮するって言っても、見えるのはいつも見慣れとる俺らのクラスの男子と女子じゃろ?客席には背を向けとるし。いつも通りやればいいんよ。ね?」


「そ、そうよね!」


 上井くんの言葉に、元気付けられた。


(そっか、アタシが客席を向くことはない…。あ、最初と最後の礼の時だけは向くけど、それだけだもんね)


「上井くん、ありがとう…。勇気が出たよ」


「うん、良かった。頑張ってね!」


「うん、頑張る!」


 上井くんは先に体育館の中へ入っていった。

 アタシはもう一回深呼吸して、体育館へ戻った。




「では只今から、合唱コンクール、3年生の部を始めます。まずは3年1組のみんな、お願いします」


 教頭先生がそう言うと、学級代表の谷村くんが「はい!」と元気な返事をして、みんなで舞台に上がった。


 アタシは指揮者台の上に立って、みんなが整列するのを待ってる。川野さんは別行動で、ピアノの前でスタンバイしてる。


 みんな大体並んだかな?


 アタシは、大体OKになったら、教頭先生に指でOKのサインをするように言われてるの。他のクラスの指揮者さんもそうだと思うけど。

 みんな揃ったから、緊張しながら教頭先生の方を向いてOKのサインを送ったら、教頭先生が


「では3年生の部を始めます。最初は1組。ピアノは川野さん、指揮者は神戸さんです。ではどうぞ」


 アタシは一瞬だけ客席側を振り返って、気を付け!礼と挨拶をリードした。続けてみんなが、よろしくお願いしまーすと言いながら、礼をする。

 拍手があって、一段落すると、アタシはドキドキしながら、指揮台にあった指揮棒を持った。

 そして川野さんの方を見て、目と目で合図してから、みんなの方を向き、指揮棒を上げた。


(竹吉先生になった気分だわ)


 そして練習通りに棒を振り始めた…。




「ありがとうございました!」


 合唱の時間はあっという間!


 もう終わっちゃったの?って感じ。


 とりあえず礼をして、次の2組に交代よ。


 アタシ、やっぱり緊張してて、凄い汗をかいてた。

 ちゃんと振れたかな、どうかな、って思ってたら、周りの女子がみんな、良かったよーって声を掛けてくれたから、一安心♪


 体育館では班別に座ってて、上井くんとは席が離れてるから、今は感想は聞けないけど、後から聞いてみよう…。


「神戸さん、なかなか指揮者っぷり、カッコ良かったぜ!」


 え?上井くん以外にアタシに声を掛けてくれる男子なんて、誰だろ?

 声のした方を見たら、真崎くんだった。真崎くんは6班だったね。


「あ、真崎くん…。ありがとね」


「神戸さん、指揮しながら、上井のことずっと見よったんじゃないん?」


「まっ、まさかぁ…」


「ま、男が見てもカッコいいってのは、誉め言葉じゃと思うてくれや。さすが吹奏楽部、さすが上井の彼女、じゃの!」


「真崎くん、言い過ぎだよ~。そんなこと言われると困っちゃう…」


「おう、わりぃな。あんまり気にせんとって。じゃ!」


 真崎くんも自分の席に座ったけど。


(なんでワザワザ声を掛けて来たのかな…)


 真崎くんは時々、アタシと上井くんが上手く付き合えてるか?って心配してくれるんだけど、なんで心配してくれるようになったんだったか、キッカケはアタシも覚えてない。

 でもいつも上井くんに、じゃなくて、アタシにどう?って聞いてくるのは、アタシの方が喋りやすいからかな。


 最近は上手く行ってると思うから、特に真崎くんに心配されるような必要はないんだけどな…。


 …そして3年生の4クラスの合唱も終わって、審査の時間になった。

 ちょっと時間が掛かるみたいで、休憩時間は30分だって。


 立ち上がって何処かへ行く生徒もいるし、そのまま座ってる生徒もいる。


 上井くんは…


 友達とお喋りしてたけど、友達は外へ行って、上井くんは1人でそのまま体育館に残っていた。


(今なら話せるチャンスかな)


 そう思って、上井くんに近付いて声を掛けた。


「ねぇ、上井くん?」


「えっ?あ、神戸さん!どしたん、外へ行かんかったん?」


「う、うん。上井くんが1人で残ってるのを見付けたけぇね、お話するチャンスじゃと思うて…」


「嬉しいな。俺の方が前じゃけぇ、後ろの神戸さんの方は、よう向けんのよ」


「だったら良かった、声掛けて。ね、アタシの指揮、どうじゃった?」


「うん。良かったよ!早く言って上げなくちゃ、って思ってた。流石だね!自宅でも鏡に向かって練習とかしよったんじゃない?」


「えっ…。なんで知っとるん?」


 アタシは部屋の姿見で、数回自分が指揮をするフリをして、姿勢とかをチェックしてたの。まさか上井くん…?


「あ、適当に言うたら当たっとった?」


 だって。


 一瞬でも上井くんがアタシの家に来て、アタシの部屋を覗いたとか思っちゃったアタシは、何考えてるんだろ。

 よく考えたらそんなこと上井くんがするわけないし、しても他の家族がすぐ見付けるじゃろうし。


 …大体、アタシの部屋は2階じゃない…。最近のアタシ、どうにかしてるわ。何を妄想してるのやら。


「ん?どうしたの?」


「あっ、ごめん、なんでもないよ」


「なんか様子が変じゃったけど」


「し、指揮して、ちょっと疲れちゃったのかもねアハ、アハハ…」


「疲れは…残るよね。月曜から忙しかったし。午後からのメインイベント、しっかりやろうね!疲れたら、座っとりんさい。少し目を瞑ってても効き目があるらしいよ?」


「うっ、うん。ありがとう。そして、ごめんね?」


「え、なんで?」


「アタシ、なんか変だったかもしれんけぇ…」


「うーん…。変とは思わんけど…。やっぱり疲れだよ。終わったーっていう解放感とかね。今は休んどけばええよ」


「そうするね。ありがとう、上井くん」


 アタシは自分の席に戻った。

 もっと上井くんとワイワイと喋りたかったのに、バイオリズムが悪いよ。

 何なんだろう、上井くんが言う通り、疲れてるのかな。

 それとも、ホルモンバランスかな。ちょっと前から月1のお客さんが来とるけぇ…。


 …それともあるいは他に何かあるのかな…?


<次回へ続く>

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