第57話 祭りのあと

「吹奏楽まつり」の翌日、11月5日火曜日からは、学校は完全に文化祭モードに突入したよ。


 文化祭の本番は7日木曜日と、8日金曜日なんだけど、アタシ達吹奏楽部の出番は7日の木曜日。文化祭の1日目の午後なの。

 合唱コンクールは7日の午前中で、3年生がメインの劇は、8日の金曜日。

 その合間を縫って、1年生や2年生の展示を観に行ったりするんだけど、今年は閉会式で生徒会主催の大縄跳び大会をするんだって!

 盛り上がりそうだけど、どうなるやら…。


 肝心の昨日の「吹奏楽まつり」は、夜9時半に結果が発表されるってことで、5日の朝練で発表する、ってことになったの。

 広島市内のど真ん中で夜9時半に発表じゃけぇ、きっと残った4人と先生が帰って来たのはかなり遅いと思うんだけど…。


 流石に今日は上井くんも早く起きるのは難しいんじゃないかな?って思って、7時半に信号機に来れなくても仕方ないと思いつつ、今朝どうするかを昨日決めてなかったから、一応7時半に信号機へ行ってみたら…。


「上井くん!おはよう!疲れとるじゃろ?大丈夫?」


 上井くんはアタシが着くより前に、信号機でアタシを待っていてくれた。


「神戸さん、おはよう。約束じゃもん、守らんとね」


「上井くん…」


 アタシは感激しちゃって、ちょっとウルッと来ちゃった。でも明らかに眠そうな上井くんの体が心配…。


「じゃ、朝練行こうか」


「うっ、うん。本当に大丈夫?」


「うん…。若いけぇね」


 アタシは上井くんの横に並んで歩き始めたけど、心配で冗談もちゃんと耳に入らなかった。

 やっぱり疲労の色は隠せてなかった。


「臭いじゃろ?」


「え?」


 上井くん、何を言い出すの?


「昨夜遅すぎたけぇ、風呂に入っとらんけぇね…」


 なんだ、そんなことで気にしなくてもいいのに。


「大丈夫だよ。少なくともアタシは」


「そう?神戸さんが味方でいてくれれば、助かるよ!今夜はちゃんと風呂に入るけぇね」


「アハハッ、そうしてね。でも、そんなに昨日は遅くなったの?」


「うん。詳しくは先生が喋ると思うけど、俺が家に着いたのは11時半過ぎじゃったよ。終電の2本前くらいかな?」


「11時半?えーっ、もう日付が変わる頃?」


「そう。朝は4時半に起きてからずーっと…でしょ?じゃけぇ、着替えるだけ着替えたら、精魂尽き果てて布団に倒れ込んだよ。あ、パンツは替えたから!」


「パ、パンツはともかく…。本当にお疲れ様…」


 でも、結果が良ければ少しは報われるよね?


「上井くん、肝心の結果は…先生から喋られるまで、秘密?」


「いや、別に秘密でも何でもないよ。今朝の新聞にも少し出とるしね。ウチの学校の結果は、努力賞だったよ」


「努力賞?…初めて聞くね」


「だよね。まあ、他の学校の発表を聞いてたら、努力賞はイコール参加賞、ってことみたい」


「えー、そうなんだ…。残念、みんなで頑張ったのにね」


「本番前に遊び過ぎたかな~、なんてね」


「でも…。みんなで遊んだけぇ、それはそれで団結出来て良かったんじゃない?」


「うん。俺も予想以上の展開じゃったけど、最後に3年の女子もみんな鬼ごっこに加わってくれて、それは嬉しかったよ」


 上井くんは頬を赤らめて、嬉しそうにポツリとそう言った。


(部長になって1年間、人間関係で苦しんだもんね。最後に上井くんの頑張りが実って良かったね)


 アタシまで嬉しくなったよ。でも…


「努力賞って、なんか悔しいね」


「だよね…。で、努力賞の一つ上は何賞かっていうと、来月ラジオで放送される8校に与えられる賞になっちゃうんよ。名前はどっかのテレビ局長賞とか、なんとか新聞社長賞とか吹奏楽連盟長賞とか広島市長賞とかって、バラバラじゃけどね」


「へぇ…。初耳なことが一杯だったんだね」


「うん。コンクールに当てはめると、金賞で中国大会に進める学校とそれ以外、って感じだよね」


「そうなんだね、銀賞に相当する賞があればいいのにね」


「そう思うよ。こんなこと言ったら一生懸命練習して出場したその学校に対して失礼じゃけど…。みんなが帰った後に、先生含めて5人で観てた時、ハッキリ言ってお話にならないような低レベルの学校もあってさ。そことウチが同じ努力賞?と思った…。ごめんね、毒を吐いちゃった」


「フフッ、上井くんでもそんなこと思うことがあるんだね」


「まあ、時には…。それと実はあと一つ、神戸さんに言いたい話があるんじゃけど…もう学校に着いちゃうなぁ、残念!」


「えーっ、何々?」


「帰りのお楽しみに取っておこう、うん」


「もしもーし、上井くーん?」


 そんな感じで登校してきたら、後ろに吹奏楽部員がいたみたいで、下駄箱で遂に掴まっちゃった。


「神戸さん、ごめーん!上井くんとのラブラブなトーク、聞いちゃった」


 そう話し掛けてきたのは、同じ班でもあるサックスの吉岡さんとクラの川野さん。


「2人で話すと、そんな感じなんですね」


 そう冷静に話し掛けてきたのは、2年のフルートの若菜さん。

 アタシは上井くんと一緒になって、照れて顔が赤くなっちゃった。


「あー、皆さん、おはようございます。昨日はお疲れ様でした。今のは見なかったことにして下さい」


 上井くんが無理に冷静な表情を作って、そんなことを言って誤魔化してた。


「ハハッ、ええじゃん!なんかさ、色々大変だった上井くんっていう旦那さんを、神戸さんっていう奥さんが支えてるって感じがしたよ?」


「クラスでもそろそろ班替えすると思うけぇ、一緒の班になりゃあええのにね。そうなれば引退後もクラスで喋りやすいじゃん」


 吉岡さんや川野さんが明るくそう言ってくれた。


 アタシはその言葉にも感激して、又もウルウルしちゃった。何だろう、引退が近くなって、涙腺が弱くなってるのかな。


「じゃ、先に音楽室に行っとるね!」


 吉岡さん達はアタシ達を気遣ってくれて、先に行った。2年の若菜さんも、先輩待ってーと言いながら、先に行ってくれた。


「上井くん…。嬉しいね」


「うん…不思議だね」


「ん?不思議?」


「俺と神戸さんを、みんなが見守ってくれてる感じがして。特に俺が照れ屋でオクテなもんじゃけぇ、ちゃんと神戸さんをリードしてるの?みたいな、何て言うんだろう、保護者が周囲に沢山、って感じ?」


「ほっ、保護者~?」


 ちょっと涙腺が緩んでたアタシは、上井くんの突飛な発想につい噴き出しちゃった。


「そんな、笑わんでもええじゃん」


「でっ、でも、友達や後輩が保護者って…上井くんの発想が面白くて…」


「そう、かな。だからさ、保護者のみんなには、俺が一人前になるのを見守ってもらわないとね、なーんてね」


「一人前っていうと?」


「あの…その…。神戸さんの彼氏として…」


「そうじゃね~。もう少し修行が必要かも?なーんてね」


「あ~、まだ半人前か…」


「冗談よ、上井くん」


 そんな会話をしながら音楽室に入ると、雰囲気が重たかった。みんな揃ってはいたけど…。


(えっ、何この空気…)


 一瞬にしてアタシと上井くんは押し黙って、自分の場所に座った。


 竹吉先生もすぐに来られて、昨日の話を始めた。


「みんな、おはよう。昨日はお疲れじゃったな。結果は、もう聞いとる部員もおるかもしれんが、努力賞じゃった。つまり、参加賞ってことじゃ」


 みんな結果に納得がいってないみたい。悔しそうな感じがアチコチから伝わって来る。


「確かにラジオで流れる8校の演奏は、同じ中学生の演奏とは思えんほど、上手かった。な、上井、船木」


「あ、はい…」


「でも広島県以外の中学校も来ていた中で、3時頃までおったみんなも、いい刺激を受けたんじゃないかと思う。今回は残念じゃったが、来年はリベンジ出来るように、石田、後藤、頑張ろうぜ」


「…はい」


「なんだみんな、元気がないぞ?残るビッグイベント、文化祭の演奏が明後日に迫っとるけぇの、昨日演奏した曲に5曲追加して演奏することになるんじゃけぇ、明るくパワー漲る演奏にしようぜ。なっ、上井!」


「えっ?あっ、はい、はいっ!」


「なんや、お前まで落ち込んどると、みんな元気が無くなるぞ」


「いやっ、その…。眠いんです」


 上井くんのその一言で、重たい空気だった音楽室が、少し軽くなったような気がしたよ?


「眠い?心配するな、俺も眠いぞ!じゃけぇ昨日の居残り組じゃった上井、船木、石田、後藤は、今日の授業で寝れそうな授業があったら、寝とけ」


 何それ先生~って笑い声が起きて、音楽室の雰囲気が明るくなった。


「もし怒られたら、俺が後で謝っといてやるけぇ、その先生に。ただその場だけはなんとかしてくれ」


「先生、『その場』を凌ぐのが大変なんですけど…」


 船木さんが言った。船木さんも眠たそうね…。


「まあ、大体の先生は分かってくれるじゃろ。この後、週初めで職員会議があるけぇ、そこで言うといてやるけぇ。吹奏楽部は昨日の夜遅くまで大会に参加しとったけぇ、居眠りしとっても許して下さい、ってな」


「先生!それ、絶対にお願いしますよ!」


 石田くんが叫んでた。同時にみんなも釣られて、そうだそうだ、とか言ってた。


「ま、出来るだけ頑張るけぇの。とは言っても、みんなもそれなりに頑張れよ?クラスでの文化祭の準備もあるじゃろうしな」


 そんな感じで、みんな楽器は出してたけど、ほぼ昨日の報告で朝練は終わったの。そのまま流れ解散になって、みんな自分のクラスに向かった。

 上井くんは例によって最後までいなきゃいけないから、みんなが音楽室を出て行くのを待ってたけど、待ってる間も欠伸が止まらなかったよ。


 アタシは上井くんが心配だから最後まで待ってたの。で、一緒に3年1組へ向かったんだけど…。


「朝練の緊張が抜けると、睡魔が襲ってくるよ~」


「そうね。途中で帰ったアタシも疲れてるもん。ましてやその後、ずーっと最後まで上井くんや船木さんは会場にいたんでしょ?疲れてて眠くて、当然よ」


「こんなんで明後日、ちゃんと最後の演奏に臨めるかな…」


 上井くんは文化祭の色々なメニューの中で、やっぱり吹奏楽部のステージを一番に考えている。

 自分のクラスの合唱コンクールや、舞台での劇もあるけど。

 アタシは合唱コンクールの指揮者、クラスの劇の裏方を頑張らなきゃいけない。


(お互い、色々と背負ってるよね。文化祭が終わって部活を引退したら…一度、ゆっくり何処かへお出かけしたいね)


 欠伸が止まらない上井くんの横で、アタシはちょっとその様子を、悟られないようにクスクスと笑いながら、一緒に教室へ向かった。


<次回へ続く>

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