第56話 吹奏楽まつり・その4

「只今の曲は『A JUBILANT TRIBUTE』、演奏は大竹市立緒方中学校吹奏楽部の皆さまでした。では演奏後のインタビューを…竹吉先生、こちらへどうぞ」


「吹奏楽まつり」のアタシ達の出番が終わった。

 夏のコンクールと似ているようで、違うものだなって思ったのは、司会の方がいて、その司会は主催放送局のアナウンサーの方が務めてるの。


 そしてコンクールでは、最初に学校名と演奏曲、指揮者を紹介して終わるんだけど、このまつりは、演奏後に指揮者の先生か、部長さんにインタビューすることになっているみたいなの。


 だからかな、昨日の練習中に竹吉先生は上井くんに、


「上井、明日の本番後、喋る元気はあるか?」


 って聞いて、上井くんは何のことか分からずにとりあえず、


「多分、疲れ果てて何も喋れんと思います」


 と答えてたの。先生はその答えを聞いて、まあそうだよな、いいよいいよ、って上井くんに返してたんだけど。


 もし上井くんが


「喋る元気ならあります!」


 って答えてたら、演奏後のアナウンサーさんからのインタビューを、上井くんが受けてたかもしれないんだ…。


 アタシ達は楽器を撤収しながら、竹吉先生とアナウンサーさんのやり取りを聞いていた。


「さて竹吉先生、今のみんなの演奏は何点ですか?」


「うーん、50点かなぁ…」


「おやおや、だいぶ厳しい査定ですが」


「早く賞を獲れる学校になりたいですね」


「いや先生、私も袖で拝聴しておりましたが、みんな元気でいい演奏だったと思いますよ」


「いえいえ、練習の時に私がもっと鬼…いや、悪魔にならないといけません」


 楽器を片付けながら、アタシ達は先生が本気で話してるのか、冗談半分で話してるのかが分からなかった。

 上井くんは…


「先生は50点って言うとるけど、俺は100点満点だと思うよ!みんな、全力を出したもんね?」


 って呼び掛けてた。


 その上井くんの問い掛けに、早くも泣いてる女子がいたよ。

 …1年生と2年生かな。


「はい!アタシ、頑張りました!ね、2年のみんな、1年のみんなも頑張ったよね?」


 後藤さんが上井くんの問い掛けに正面から反応してる。

 次期副部長として、凄い張り切ってるのが分かるよ。


「とりあえず、先生がインタビューから戻ったら、正式な今後の指示を聞きます。俺と船木さん、石田、後藤の4名と竹吉先生は、ずっと会場に残ることになりますが、早く帰る皆さんも、3時頃まで他の学校の演奏を聴くことになっているので、それまでは別行動だとは言っても、一緒におれるんじゃないかなと思いますんで、4名の居残り組に用事がある方は、3時までにお願いしますね!」


 えっ、3時までは一緒に動けるの?

 アタシ、その上井くんの言葉はしっかり頭に焼き付けたよ。

 なんとか3時まで…それが無理なら、ちょっとでもいいから2人だけの時間を作りたい…。


「あ、先生、お疲れ様でした」


 竹吉先生が、インタビューを終えて舞台袖へと降りてきた。


「おー、みんなもお疲れさん!」


「先生、50点はないですよ、50点は」


 上井くんが先生に詰問してた。みんなのために…。


「わりぃ、わりぃ。みんなの気持ちは凄く伝わって来たし、いい演奏だったぞ。本当は80点って言いたかったんじゃが、あの場面で我が部員はよくやりました!80点の出来です…なんて、なかなか言えんのじゃ。分かってくれ、な?」


「うーん、でもせめて60点って言ってほしかったです。俺はみんなの頑張りに100点を上げた所ですから」


「そうじゃのぉ。じゃ、俺も心の100点を、みんなに差し上げるとしよう!」


 えー、先生、遅―い!とか、文句が出てたけど、でもみんなはいい顔してた。


「まあ話は控室で詳しくするけぇ、移動してくれ。次の学校の邪魔になってしまうからな」


 ハイ!


 みんなはとりあえず舞台袖に降ろした楽器を、控室へと運び始めた。打楽器は係員さんが手伝って、トラックへ直に運ぶみたい。


 今、上井くんに話し掛けられるかな?って思ったけど、上井くんは石田くんと話しながら歩いてた。

 新旧の部長同士で、何か伝えたいこととかあるんだろうね…。

 ここはアタシの出る幕ではない、かな。


「神戸さん!」


「あっ、瀬山さん」


「3時まで、チャンスがあるね。アタシ、何とかして上井くんを神戸さんと2人にするけぇ、待っとってね」


「えっ、うん…。でも上井くんもなんか部長の仕事で忙しそうじゃけぇ、無理せんでも…」


「コラ~!」


「え?」


 次は瀬山さんじゃない女の子の声が聞こえた。


「遠慮してる場合じゃないよ?」


「船木さん…」


「今日だけは成り行きでアタシが上井くんと組んどるけど、正パートナーは神戸さんなんじゃけぇ。セッちゃんが手伝ってくれるんなら、その話に乗っかりんさい。もう上井くんと吹奏楽を通じて関われる時間は、少ないんよ?」


「フナちゃん!ありがとう。そしてお疲れ様」


「ううん、アタシは何にもしとらんもん。シロフォンを叩いただけよ」


「そのシロフォンのテクが凄いけぇ、毎年文化祭でフナちゃんは騒がれとるんじゃん」


 セッちゃん、フナちゃんと呼び合ってるなんて、今の今まで知らなかったけど、船木さんと瀬山さんって、仲良しだったのかな?

 ふと疑問に感じたので、歩きながら聞いてみた。


「船木さんと瀬山さんって、昔からのお友達?」


「うん、そうだよ」


 同時に2人から答えが返って来た。同時に喋ったことに、2人はまた笑ってた。


「アタシ達はね、小学校の時、6年間ずっと同じクラスじゃったんよ。ね、セッちゃん」


「そうそう。何故か中学では別のクラスが続いとったんじゃけどね。最後の3年生でやっと2組で一緒になったけど」


「アタシ全然知らなかったよ~。ごめんね」


「いや、神戸さんが謝るような話じゃないよ。それより神戸さんは、3時までの間に、上井くんと少しでも一緒に過ごす時間を作りんさい。ね?自力で大変そうな時は、アタシやフナちゃんがセッティングしちゃげるから」


「うっ、うん…」


 そんな展開に驚きつつ控室に戻ったら、先生が今後の予定を話し始めていた。


「えーっと、プログラムを見てくれ。大体の出演時間が書いてあるじゃろ?今日の14時50分の学校が終わったら、30分の休憩と書いてあるよな。ここまで、全員おる予定じゃ。そしてこの休憩時間中に、今日居残りの4名以外の部員はバスに乗って帰ることになる。残る4名に用事がある時は…特に神戸、早目に声を掛けとくようにな」


 みんなの視線がアタシに集中するよ…。

 んもう先生ってば、クラスでも部活でもアタシと上井くんのことを弄るんじゃけぇ!


「じゃとりあえず楽器を片付けて、トラックに載せてくれ。その後は3時まで一応自由行動じゃ。まあ出来るだけ他校の演奏を観るようにしてほしいけどな。但し、3時に…というか、14時50分の学校の出番が終わったら、ロビーに集合ってことを忘れんように!」


 ハイ!


 演奏が終わった解放感に満ちた顔をしてるのは、3年生が多いかな?

 でも1年生、2年生は、何故か女子を中心に寂しそうな顔をしてる。

 アタシは2年生のクラリネットの藤田さんに聞いてみた。


「ね、藤田さん」


「わ、なんですか、先輩?」


「なんか、2年とか1年のみんな、特に女子なんじゃけど、寂しそうに見えるよ。何かあったん?」


「えっ…。あ、アタシの場合は…もう3年の先輩方と一緒に演奏出来るのは、文化祭しかないんじゃ…って思って、ちょっと寂しかったんですけど。他の子も同じかどうかは、知りません」


「そうなのね。ありがと、教えてくれて」


 一方で男子の方は、2年男子がさっさと楽器を片付けて、元気に遊んでる。

 上井くんはその様子を眺めて、なんとなく感慨に浸ってるみたい。


 ……今、上井くんに話し掛けても大丈夫かな…?


「ね、上井くん…」


「え…。あ、神戸さん」


 その瞬間、瀬山さんと船木さんがアタシ達の方を見て、良かったね、とばかりに指でOKサインを送ってくれた。


「今、お話出来る?」


「…うん、多分しばらく大丈夫だよ」


「良かった、話し掛けて」


「ありがとう。また気を遣わせちゃったね」


「ううん。今日は完全に上井くんとは話せないって覚悟してたから、今こうして話せただけでも嬉しいの」


「そう?さっき先生も言ってたけど、3時までは俺ら居残り組も自由になったけぇね。もうトラックに楽器は載せた?」


「アタシはクラリネットじゃけぇ、手で持って帰るよ」


「そうじゃった…。まだ覚えとらんのかい!って、怒られそうだね」


「フフッ、良かった、上井くんと話せて」


「…俺も」


「ね、平和公園、一緒に歩かない?」


「…うん。いいよ」


 控室は後の学校のために明け渡さなくちゃいけないから、いつまでもいられないんだよね。

 それもあって、部員は楽器を片付けると、どんどん控室から出て、他の学校の演奏を聴くために会場内に入った部員もいるし、早目にお弁当を食べてる部員もいる。


 アタシは思わぬ場面で上井くんと平和公園でデート出来ることになって、嬉しかったよ!

 本当はこういう演奏会のついでとかじゃなくて、駅で待ち合わせる所から始めたいんだけどね。


 空を見上げたら、雲一つない晴天。


「天気がいいね!」


「ホントじゃね。こんなに晴れるなんて、年に何回あるんじゃろうね」


「じゃあ今度数えてみて?」


「えっ?数えるの?じゃ、じゃあ、今日が1日目として…来年の11月3日まで記録しておかなくちゃ…」


「アハハッ、上井くんってば、真面目なんじゃけぇ」


「だって…。彼女に命令されたからには…」


「…アタシ、上井くんの彼女なんだね」


「え?違うの?」


「ううん、その通り!」


 平和公園を散策しながら、こんな何気ない会話を交わせるだけで、本当に嬉しい。


 上井くん、これからもよろしくね!


 <次回へ続く>

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