第55話 吹奏楽まつり・その3

 広島市公会堂って初めて入ったけど、とても歴史の重みを感じる建物だったよ。

 戦後、原爆の被害から復興する中で、芸術文化の復興のシンボルとして建てられた…んだって。入口に書いてあったよ。


 控室に入って、しばらく打楽器のみんなとはお別れ。


 上井くんが一生懸命に会場入りまでの時間を使って、部員のテンションを高揚させてくれたからか、控室でもみんな凄くやる気が満ちていた。


「ラジオでアタシ達の演奏が流れたらどうしよう~」


「そりゃ録音して、永久保存でしょ?」


「カセットテープも良いもので録音しなくちゃね!」


 アチコチでそんな話題が飛び出してるわ。


 そこに竹吉先生が指揮者の衣装に着替えて入って来たけど、


「お?なんか控室は熱気ムンムンじゃのぉ。バスから降りる時、みんな半分寝ぼけとったんに」


「先生~。どこにおったんですか?先生も鬼ごっこに加われば楽しかったんに~」


 3年の女子から声が上がっていた。誰かハッキリとは分からなかったけど、もしかしたら反上井くんだった…あの子かな?


「鬼ごっこ?」


 先生はキョトンとしていた。


「上井、何か仕掛けたんか?」


「えっ、俺は…ノーコメントです。でも文化祭までに公開罰ゲームを受けます」


 控室内が笑いで溢れる。


「なんのこっちゃ分からんが、いい雰囲気だな。よし、本気でラジオ放送に流れるよう、頑張ろうぜ!」


 ハイ!


 …去年、上井くんが部長になってからの1年を、アタシは思い出していた。

 上井くんは途中入部で部長になったことをハンディに感じていて、とにかく部員と、特に後輩との関係を良いものにしようと最初は頑張っていた。

 同期に男子がいないから、悩みとかは竹吉先生に話していたのかな。アタシ達の前では、いつも明るく楽しい部長でいようと決めて、そう振る舞っていた。

 でもたまに隠し切れない時もあって、そんな時は練習中の態度で分かっちゃう。


 元気が無いんだよね。


 2年の3学期とかは、アタシやケイちゃんが上井くんをワザと弄って、元気出させようとしてた。

 その時アタシは、上井くんのことが他の男の子よりも気になる存在だった。

 だけど告白とかするようなレベルじゃないな、って思ってた。


 その頃、山神のケイちゃんはアタシよりも上井くんのことが好きになってて、だけど北村先輩の彼女っていう位置付けがしっかり確立されちゃってたから、北村先輩と別れて上井くんに告白したかったんだよ…って本音を後から聞いた時、その時だけは北村先輩の執念に感謝しちゃったけど。


 4月に1年生を迎える時も、アテにしてた新入生が他の部に行っちゃって、落ち込んでたなぁ…。

 でもアタシは上井くんと同じクラスになれて、それまで見たことのない、部活以外での上井くんを見ることが出来て、段々心が惹かれていった。


 決定打は林間学校だよね、やっぱり。


 松下のユンちゃんにスニーカーを貸して、上井くんは学校に戻るまで裸足だったなんて、こんな女の子を気遣う優しいことがさり気なくできる男の子なんていない!って思って、アタシは本気で上井くんを好きになった。


 運よく一週間後にひょんなことからカップルになれちゃったけど…。


 カップルになったらなったで色々あったけど、いつも上井くんはアタシのことを大切に思ってくれてる。なのにアタシが勝手に暴走して、上井くんが悲しむ、そんなことばっかりだった気がする。


 上井くん、今までごめんね、お疲れ様。

 あとは文化祭で、部活も引退だね。

 引退したら、部活抜きでゆっくりお話したり、一緒の高校に行くために、頑張ろうね…。


「神戸さん!」


 ん?アタシを苗字で呼ぶなんて、誰だろ?ケイちゃんではないよね…。


「何?あ、瀬山さん…」


 瀬山さんはバスクラリネット担当で、実はバリトンサックスの上井くんといつも演奏では隣同士の同期の女の子。

 今まであまり話したことは無いけど、爽やかな女の子なんだろうな、っていうのは、普段の振る舞いや表情からも分かる。


「今日、上井くんと話せた?」


「えっ?…いや、2人きりでは話せてないけど…」


「最初で最後の吹奏楽まつりの日に、それじゃ寂しいよね?アタシね、いつも上井くんの横でバスクラ吹いとるでしょ?じゃけぇね、この前の合奏で、今日は上井くんが先生の指示でみんなと別行動って知らされた時、物凄く落ち込んでたのを知ってるの」


「えっ、そうだったの…」


 今日、上井くん達4人が別行動になるっていうのは、数日前の合奏で知らされていたらしい。確かアタシは病院に行かなくちゃいけなくて、部活を休んだ日だわ…。


「神戸さん、このことって、全然上井くんから聞いてなかったんでしょ?」


「う、うん…」


「多分ね、上井くんも言い難かったんだと思うの。本音では、神戸さんと他の学校の演奏とか、最後に一緒に観たかったんじゃないかな…。夏のコンクールは北村先輩が来とったけぇ、上井くんは北村先輩のお世話みたいな感じで一緒に観れなかったでしょ?だから今日は一緒に観たかったはず。それが出来ないと分かって、凄く落ち込んどったんじゃと思うんよ」


「……」


 そう言えば最近、朝に話す時も、何か言いたいような、だけどそれを言ったらまたアタシと衝突しそうだから黙ってるのかな…って思うような言葉のやり取りがあったわ。


「きっとね、上井くんが朝早く着いたのを逆手に取って、みんなで遊ぼう!みたいにはしゃいでたのは、神戸さんのことを思っての行動だと思うの」


「アタシを思って?」


「そう。どうしても今日は2人きりになれない。だからはしゃいで遊んでたら、神戸さんと接触するチャンスも生まれるんじゃないかなって思って、2年男子と遊び始めて、それが拡大していったと思うの」


「そ、そうかなぁ…」


「それらしい素振りはなかった?」


「うん…」


「そっかぁ。でもね、最後に写真を撮ったでしょ?上井くん、間違えてシャッターを押したとか言ってたけど、きっと神戸さんのことを写してたんだと思うよ」


「えーっ、そうかなぁ?」


「これはアタシの勘じゃけぇ、真実は上井くんに聞いてみてね?でも、この後も上井くんとは別行動なんでしょ?」


「うん、どうもそうみたい…。詳しくは分かんないけど」


「アタシ、なんとか何処かで、2人が話せる機会を作ってあげるよ」


「えっ、瀬山さん、そんなこと頼んでもいいの?」


「うん。上井くんはね、実はアタシ、同学年だけど、憧れてたんだ」


「ええっ、そうなの?」


 ビックリしちゃった。どうも1年生、2年生の女子に上井くんのことを慕ってる女子が多いのは分かって来たけど、同級生にもいたんだね。


「やっぱり隣にいるのもあってね…。アタシがバスクラ専門になったのって、3年生になってからでしょ?じゃけぇ、最初は戸惑いが多くてね。でも合奏の時とか、上井くんは優しくて。まだ瀬山さんはバスクラに慣れとらんじゃろ?吹けない所は無理して吹かんでもええよ、俺が2倍吹いちゃるけぇ、って。確かにバリサクとバスクラって、メロディーラインが重なる部分が多いんよね。だからね、同級生だし、上井くんよりも先に入部しとるアタシじゃけど、なんかとっても年上に見えて。勝手に憧れてたんだ」


「瀬山さん…」


「だから、神戸さんと付き合ってるって知った時は、ちょっと悲しかったけどね。でも上井くんが選んだのは神戸さんなんじゃけぇ、アタシは応援しようって思ってたの。体育祭の後だったっけ、上井くんが色々あって落ち込んだのって」


「う、うん…。上井くんに反発してた部員に掴まって…って言ってた」


「その頃とか、練習中も元気が無いし、隣で吹いてて悲しかったし、上井くんはこんなに頑張ってるのに、なんで心を折るようなことを言うの?って、思ったよ。そしたら船木さんも怒って、あの話し合い…というか、船木さんの説教?があったよね。アレで上井くんは蘇ったよね」


「瀬山さん、上井くんのことを本当に…」


「まあ、ね。ちょっと遅い初恋みたいなものだから。だからね、上井くんには神戸さんと仲良くしてほしいし。今日、少しだけでも力になれないかな、って思ったんだ」


「あ、ありがとう…」


「神戸さん、上井くんって本当にピュアな男の子だから、これからもずっと仲良く、大切にね!」


 サバサバしてると思ってた瀬山さんから、ほぼ初めて聞くような話を聞いて、アタシは色んな気持ちが入り混じっちゃった。

 上井くんはモテない、っていつも言ってるけど、どこがモテないのよ…。

 何人の女の子が、アタシと付き合ったお陰で、上井くんを諦めたのかな…。

 だからアタシはその女の子達の分も、ちゃんと上井くんとお付き合いしなくちゃいけない、そう思った。


「おーい、みんな、大体楽器は温まったか?一回音出してみてくれ。せーの!」


 竹吉先生がリードして、チューニングの時の音を吹かせた。


「んー、全体的に整っとらんかな?気持ち高めに調整してくれ。もう一回!」


 もう一回、チューニングの音をみんな一斉に吹いた。


「うん、さっきよりもいいな。後は個別に微修正してくれ。全員を機械で合わせとったら、本番の時間に間に合わんけぇの。それと、今までの練習を信じて、全力を尽くすこと。後悔だけはしないようにな!」


 ハイ!


 先生、さすがだわ。上井くんも上手いけど、先生らしいみんなの気持ちの乗せ方だなぁ。


「じゃ、係の人が呼びに来たら、舞台袖へ移動じゃ。リラックスしつつも、緊張を忘れないように!目指せ、ラジオ!じゃけぇの」


 ハイ!


 今はパート毎に集まってる状態。

 アタシはチラッと上井くんを見てみた。


 少し俯き加減で唇を噛み締めていて、緊張しているようにも見えたし、気合を入れているようにも見えた。


 もう話し掛けられないけど…


(頑張ろうね、上井くん)


 <次回へ続く>

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