第54話 吹奏楽まつり・その2
「吹奏楽まつり」の会場、広島市公会堂へ向けて朝6時に緒方中学校を出発したバスは、振り替え休日の早朝ということもあって、凄くスムーズに走っている。
「チカちゃん、なんか考え事してるような雰囲気だね…」
ケイちゃんがアタシの表情を読み取って、そう言ってくれた。
「うっ、うん、少しね」
「良かったら、教えて?アタシ、何でも聞いてあげるよ?」
「あ…いや、バスから降りたら…ね」
「ん?どうして?…あぁ、そっか、そうだね、その方がいいね」
ケイちゃんはすぐアタシの内心を察してくれた。
上井くんのすぐ後ろに座れたのは良かったけど、アタシとケイちゃんが話したりしてたら、上井くんの耳に入っちゃう。
逆に今も、上井くんと船木さんがたまに交わす言葉が、聞こえてくるもん。
例えば…
「上井くんと並んで座るなんて、1年生の時のクラス以来じゃない?」
「え?1年の時、船木さんと同じ班になったりしとったっけ?」
「もー、男子ってすぐ忘れるんじゃけぇ。確か村山くんとアタシと上井くんが同じ班になったことがあるんよ、2学期に」
「そうかいね?わしゃあきっと、村山の気持ちを聞いとったけぇ、なるべく目立たんようにしとったんかもしれん」
「そうなん?って言うと、村山くんはもうその頃から、アタシのことを好きでいてくれとったとか?」
「え?船木さん、知らんかった?アイツ、1学期の江田島合宿前から、ずーっと船木さん、船木さん、って言いよったよ」
「そうなんじゃね。アタシはてっきり2年になってからかと思っとったけぇ」
こんな会話が聞こえてきた。
(上井くん、船木さんと割とフランクに喋るんだね)
船木さんは、上井くんの親友、村山くん…アタシの幼馴染みでもあるけど…と、確かに一時期付き合ってたのよね。
でもどっちが言ったのかは知らないけど、いきなり恋人同士っていうより、親友関係から再スタートしない?ってことになって、今は友達みたいな感じで話したりしてるのを、アタシも見たことがある。
(こんな会話なら気にならない?)
ケイちゃんが、口に出せないなら…って、メモを渡してくれた。
それにアタシは、まあこれなら…と大きく頷いてみせた。
ケイちゃんは指でOK!とサインをくれた。
(ケイちゃんが横にいてくれるだけで安心できるよ。ありがとう…)
バスは朝日を浴びながらその後も順調に走って、会場には7時半に着けばいいのに、なんと7時前に指定駐車場に着いちゃったの。
竹吉先生はマイクで、寝てる部員もいたから、
「改めてみんな、おはよう!みんな、起きてくれ」
と話し始めた。
アタシは結局バスの中では寝れなかったけど、1列目の役員メンバーも緊張してか、ずっと何か話を続けてて、寝てなかった。
でもケイちゃんは途中から寝ちゃったの。
疲れでも溜まってたのかな…。
もしかしたらアタシ達のことで、精神的に負担を掛けさせちゃってるのかもしれない。
もしそうなら、ごめんね、ケイちゃん。
「えーっと、7時半に集合だったんですが、道路が空いてたのと、運転手さんのテクニックのお陰で、30分以上も早く到着してしまいました。まずは楽器をトラックから降ろして、会場の楽器搬入口へ運んでくれるか?そしてしばらくの間、早朝の平和公園で散歩したり、平和を祈ったりして、本番に備えてくれ。7時半になったら、公会堂の入り口に来てくれよ!」
バスの中は再び気怠いムードになっていたけど、なんとかハーイという声が聞こえて、バスの後ろ側に座っている部員から降りていくことになった。
「あ…アタシ、寝てたよね?アハハッ、恥ずかしいー」
ケイちゃんが目を覚まして、アタシにそう言った。
「ううん、アタシも寝れなかったけど、目は瞑ってたよ。上井くん達は何かずっと話してて、時には4人で意見交換してたみたいだけど…」
「へぇ…。どんなこと話すんだろうね。でも、去年とは違うよね。去年は上井くんが部長になる、船木さんが副部長になるってのは、文化祭の次の日まで秘密だったじゃん?今年はもう公然と次期部長、次期副部長を明らかにしてるから…」
「うーん、先生と上井くんで話したりしたんじゃない?上井くんが、俺は突然指名されて焦ったから、次の部長、副部長は早目に決めて少しずつ慣れさせましょう、とか」
「それはチカちゃんが聞いたの?」
「いっ、いや…。部活の運営方法とかは、2人でいる時は聞かんようにしとるんよ。そんなこと聞いたら上井くんにストレスになるかな、って思って。だから、アタシの想像じゃけど」
「そっかー。チカちゃん、偉いね。いつもそうやって上井くんのことを考えてる。やっぱりアタシが上井くんの彼女じゃなくて良かったんだよ。チカちゃんじゃなきゃ」
「いや、そんな…。偶々タイミングが良かっただけで…」
「神の見えざる手だよ、きっと」
みんなが少しずつ降りていき、アタシとケイちゃんが降りる番になった。
チラッと上井くんを見たら、熱心に今日演奏する曲の譜面を見てた。
(わ…。真っ黒)
みんな譜面には、先生からの指摘とか、自分で気づいたこととかを書き込んでるんだけど、上井くんの譜面って、引退間際の今になって初めて見た気がする。
ほんの一瞬だったけど、もはや何が書いてあるのか、一瞬では分からないくらい、色々なことが書き込まれていた。
多分、先生が指摘したことは全部書いてあるんだろうけど、それ以外にも「目指せラジオ」とか、「プレッシャーに負けるな、自分に勝て!」っていう言葉は確認出来たの。
(上井くん…練習しながら、自分自身とも戦ってたのかな…)
アタシは先にバスを降りたけど、アタシの譜面は上井君ほど何も書いてないから、恥ずかしくなっちゃった。
「ね、ケイちゃん」
「ん?どーしたの?」
「ケイちゃんは譜面に、何か書き込んだりしてる?」
「譜面に?んー、アタシはあまり書き込まないよ。だって本番後に回収されるじゃん?次に使う時があるとしたら、その時に譜面を見た遥か年下の後輩が、先輩って何書いとるんじゃろ?って不思議に思うと思ってね」
「あ、そうよね。確かに回収されるよね…」
「どしたん、今になって?」
「…あのね、さっきバスを降りる時に上井くんを見たら、熱心にバリサクの譜面を確認してたのよ。その譜面が、もう何を書いてあるのか分かんないほど真っ黒でね。ふとみんなはどうなんだろうって思って」
「上井くんは何もかも書き込んどるんかなぁ」
「一瞬じゃけぇしっかりとは話から買ったけど、プレッシャーに負けるな!って書いてあったのが見えたよ」
「ふーん…。上井くんは、みんなの前ではなるべく明るく楽しい部長として振る舞ってるけど、内心はかなり辛いのかもね…」
「…そう、だね」
その上井くんは、バスの中で一瞬見た真剣な表情から一転、バスから降りたら2年の男子と平和公園の中を走り回ってる。
それに2年と1年の女子が加わって、いつの間にか鬼ごっこになっていってた。
「なんか楽しそうなことしてるよ?アタシ達も乱入しようよ!」
「えっ…」
アタシが迷う間もなく、ケイちゃんはアタシの腕を引っ張って、鬼ごっこの輪に入っていった。
そして、今までどちらかというと上井くんを批判してた同期女子も、その輪に入っていってた。
「よっしゃ、沢山の人が来てくれたけぇ、今から鬼になった人は、ロングトーン2倍の刑ね!」
「何それ、上井くーん」
誰が言ったか分からないけど、上井くんは最後の最後でやっと同期の女子みんなと分かり合えたのが嬉しかったのか、とても楽しそうだった。
でもさすが上井くんらしいな、って思ったのは、それまで鬼になってた2年の女子が、一生懸命他の部員にタッチしようとしてる所にワザと近付いて、「あ!上井センパイじゃ!」と言わせて、タッチを受けに行った場面。
「あーっ、ロングトーン2倍とか言うんじゃなかったーっ!」
とか叫んでたけど…上井くん、優しいね♪
「先輩、アタシちゃんとロングトーンの長さ、図りますよ~」
アタシも〜って、次々と後輩から弄られてる。上井くんも何となく嬉しそうだなぁ。
「そんな風に俺に近付いてくると…」
って、不意に上井くんはダッシュして次の鬼を探すフリをする。
アタシとケイちゃんもその輪で走りながら、
「ああいうことは、北村先輩には出来ない、上井くんならではの魅力だね!」
「そうだよね」
「だから1年、2年の女子は、上井くんに憧れるんだよ」
その内、あっという間に時間が過ぎて、集合時間が近付いた。
結局鬼は上井くんのままで終わっちゃった。
「あれ?鬼は…俺のまま?」
ハーイ!センパイのままでーす!って、一斉に後輩の女子が叫んで、同期の女子も上井くん、何してんの〜?とか言って、みんな笑ってる。
「あーっ、ロングトーンって辛いんよねぇ。余計なこと言わんにゃあ良かったぁ」
…でも上井くんが目指してた部活像って、今の瞬間なんじゃないかな。
みんな笑って楽しそうな顔してる。
そんな部活を作るために、自分は道化師になる、って言葉を、アタシは上井くんと付き合い始める前に、誰かから聞いたことがあるのを思い出していた。
(今日は会話してないけど…上井くん、1年掛かってやっと理想の部活を作れたんじゃないかな?良かったね!)
「はーい、じゃ、鬼は俺のままということで、いつか罰ゲームを皆さんの前で公開で受けることにしまーす。…石田に最後、鬼をやらせようと思っとったんに~」
「えっ、先輩、なんで俺なんですか!」
「ん?ヒ・ミ・ツ!」
みんなまた爆笑してた。
「じゃ、これは本当に先生にも秘密なんですが、俺、カメラを持って来てます。みんなで1枚撮りましょう!太陽の反対側、噴水の前に集まって~」
全員、キャーキャー言いながら前は誰がいいとか、男子は後ろ!とか叫んでた。
「上井くん、思い出作りしてるみたいだね」
ケイちゃんも集合写真の場所に集まりながら、アタシにそう話し掛けてきた。
「そうかもね…。文化祭だと、こんな余裕はないけぇね」
その内…
「あっ、今1枚撮ってしもうた!」
とか、上井くんがホントかどうか分かんないことを言って、女子は学年問わずエーッと叫んでた。
「じゃ、改めてもう1枚!撮りますよー!みんな、いい顔下さーい!では、3、2、1、ゼロ!」
上井くん、その写真、アタシにもくれるかな?
<次回へ続く>
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