第6章 2学期終盤

第53話 吹奏楽まつり・その1

 なんとか上井くんと仲直りして、毎朝一緒に登校するミニデートも復活出来て、吹奏楽部引退前に悩みを解消出来たよ!


 そして今日は昭和60年11月4日(月)の振り替え休日で、「中国吹奏楽まつり」の本番なの。


 夏のコンクールの時みたいに、朝の集合時間が早いんだ。

 5時半に学校集合なの。

 夏はその時間でも太陽が出てて明るかったけど、今はまだ真っ暗…。

 ほんの少しだけ東側の空が明るくなりつつあるような気はしたけど…。


 そして寒いんだよね~。

 夏のコンクールの時は、この時間でももう暑かったけど。

 制服の上にもう1枚、何か来てくればよかったぁ。


 流石に今日は、上井くんと信号機では待ち合わせるのは中止したけど、やっぱり上井くんは時間に厳しいから、アタシが学校に着いた時にはもう先に着いてて、先生や2年の男子達と話してた。


 実は残念なことに、バスの中で上井くんと並んで座れるかな?って思ってたんだけど、どうも無理みたい…。

 部長の上井くん、副部長の船木さん、そして2年生で上井くんが次期部長と副部長にと思ってる石田くんと後藤さんの4人は、別行動になるみたいなの…。


 要はバスの中では上井くん、船木さん、石田くん、後藤さんの4人が、行きのバスでは並んで座って、会場では表彰式まで残って、電車で夜遅くに帰って来るってこと。

 アタシ達は、全員表彰式まで残らずに、バスで早めに帰って来るってこと。


 表彰式って、夜9時半開始予定なんだって!


 だから竹吉先生は、そういう風に調整したみたいなんだけど…。


 上井くんは部長さんだから、表彰式まで残るのは仕方ないとしても、せめて行きのバスでは隣に座りたかったなぁ…。

 先生のイジワル!


 …でも今日決まったわけじゃないんだから、上井くんも事前に教えてくれてもいいのにな…。



「みんな、おはよう!」


 竹吉先生が声を出した。

 おはようございます、とみんな眠そうな声で返事をしていたよ。


「えー、集合時間が早いもんで、みんなも学校に集まってもらう時間をこんなに早くせんにゃあならんかったことは、申し訳なく思います。じゃけど、せっかくじゃけぇ今日1日、思い出に残る1日にしてほしいと思ってます」


 みんな眠いからか、反応が薄い。


「みんな、やっぱり眠いよのぉ。ま、バスの中で寝てってくれや。ワシも寝る!」


 ここでやっと少し笑いが起きた。


「あと、上井、船木、石田、後藤の4名は、緒方中代表として、夜の9時半頃から始まる最後の表彰式まで残ります。他のみんなは、昼3時頃の休憩時間のタイミングで、バスに乗って学校へ戻ります。一つ申し訳ないのは…今更隠しても、まあみんな知っとると思うけぇ、俺もあえて言うんじゃけど…」


 え?もしかしてアタシと上井くんのこと?それとも別のこと?


「神戸、上井と別行動にさせて悪かったな。またいつか上井から補償してもらってくれ」


 わー、やっぱりアタシと上井くんのことだった…。早朝から何言うの、先生ってば。


「先生、補償って俺が?」


 上井くんがそう返すと、みんな笑ってた。でもアタシは笑えなかったなぁ…。寂しいもん。


「チカちゃん!」


「あ、ケイちゃん、おはよう」


「おはよ!元気ないなぁ。眠いの?」


「それもあるけど…」


「あー、はいはい、上井くんと今日は別行動になっちゃったからだね?こればっかりはアタシも助けて上げられないよ。竹吉先生が決めたことじゃけぇ…」


「そうなんよね。だから余計に色々モヤモヤしちゃって。上井くんはきっと事前に教えられてたはずなのに、なんで今朝まで教えてくれなかったのかな、とか…」


「まっ、まあ、チカちゃんの気持ちも分かるけどさ。この前一つ高い壁を乗り越えたばっかりじゃん。今日1日別行動だからって、2人の仲がまた悪くなるなんてことは無いと思うよ。チカちゃんに事前に言うタイミングを逃しただけかもしれないし…前向きに、ね」


「そっ、そうよね…。あんな危機を乗り越えたんだもん…」


 アタシは約10日前に上井くんと言葉のニュアンスで衝突して、別れの危機に直面していた。

 でもケイちゃんが助けてくれて、上井くんと仲直り出来たんだ。

 恩人の言葉を信じなくちゃ。


「でも、せめて行きのバスでは一緒に座れてもいいのにね」


 あーん、今のアタシが一番辛い部分だよ、それ…。


「まぁ、アタシがチカちゃんの隣に座っちゃうから。上井くんの代わりにヨシヨシしてあげるから」


「うん…出来たらよろしくね」


 先生が一通り喋った後、上井くんが部長として喋り始めた。


「皆さん、おはようございます!えー、眠いですよね。でも会場までは眠ければ寝てていいと、先生が宣言してくれましたので、皆さん、ガッツリ寝て下さい。そして本番では、元気よく練習の成果を発揮して、是非ラジオの放送で流れるように頑張りましょう!」


 この「吹奏楽まつり」って、主催が放送局なの。夏のコンクールでの金賞に相当する賞に入賞すると、来月ラジオ特番で放送される、今日の「吹奏楽まつり・中学校の部」8校の1つに選ばれるんだ。

 だから本番1週間前になってからは、上井くんは目指せラジオの電波!って、みんなを鼓舞してた。


 アタシも一緒に登校する時、上井くんが物凄くこの「吹奏楽まつり」に対して情熱を持ってるな…って感じたよ。

 1年前は学校の文化祭と被っちゃって、泣く泣く出場断念したから、その分も、って思いもあるんだろうね。


 上井くんの挨拶の後、先生がバスに乗るように指示を出してた。


「悪いが、一番前の列は上井達4人用に空けて、2列目から座ってくれ」


 そこへケイちゃんがササッとやって来て、


「チカちゃん、2列目に座ろ?」


 と誘ってくれた。


「うっ、うん。そうだね」


 バスの席は自由席で早い者勝ちだから、早く乗り込めば2列目をゲット出来る。

 そうすればせめて上井くんを近くに感じることは出来るよね。

 流石ケイちゃん、アタシの思い付かないようなことを、パッと提案してくれる。

 凄い女子だよ、やっぱり…。


 ということでアタシはケイちゃんに連れられて、バスに早目に乗り込んで、なんとか2列目に座ることが出来た。


「良かった、良かった、ふぅ…」


「ケイちゃん、ありがとう。とても思い付かなかったわ、この方法」


「アタシも突然思い付いたの。先生が上井くん達のために1列目は空けろって言わなかったら、思い付かなかったよ」


「でも…話せないだろうけど、近くに上井くんがいるってことだけで喜ばなくちゃね」


「そんなこと言わずに、話し掛けなよ」


「えーっ、他の3人に悪いよ…」


「他の3人って…船木さんに、石田くんと後藤ちゃんでしょ?みんなチカちゃんと上井くんが付き合ってるのを知ってる面子じゃん。気にしたら、負けだよ」


 負け?うーん、アタシにはそこまでの言葉は連想出来なかったよ。こんなところは上井くんに似てきたのかな。


 大体みんなバスに乗って、最後に表彰式まで残る4人が乗って来たけど、誰と誰が並んで座るか、今になって揉めてる。


「そしたら行きのバスは、先輩同士、2年生同士で座りませんか?」


 そう言ってるのは後藤さん。ん?何かあるのかな?


「そう?上井くんの立場もあるけぇ、男子同士、女子同士がええんじゃない?」


 ある意味正論を言ってくれてるのは船木さん。


「俺は…誰とでもいいよ?」


 これは上井くん。これも部長としては正論だよね…。


「俺も別に誰とでもいいですよ」


 これは石田くん。

 一体どう座るの?アタシはやっぱり、男子同士で座ってくれないかな、って思っちゃう。

 だけど…


「船木先輩、同じ学年同士で座らせて下さい。石田くんに色々確認や相談したいこともあるし…」


 後藤さんがかなり強く、そう直訴してた。船木さんもその迫力に圧倒されたのか、


「そっ、そう?まあ、次期部長と副部長で話しておきたいこともあるじゃろうね。それならそうしようか。じゃ、アタシは上井くんの横に座るよ」


 って答えてた。


「船木先輩、ありがとうございます!」


 そこで船木さんが、クルッと振り返ってアタシの方を見て、


「ごめんね、神戸さん。大事な上井くんの横に座ることになっちゃったよ。でも安心して?上井くんは取らないから」


「いっ、いや…。大丈夫よ。気にせず、話して」


 でも上井くんは照れてるのか、アタシの方を振り返ってはくれなかった。


(上井くん…一言でも話したかったな)


 その一方で、反対側の2年生コンビは、後藤さんが色々と石田くんに話し掛けてた。

 内容までは分からなかったけど、きっと後藤ちゃんのことだから、アタシ達が引退した後のことについて話してるんじゃないかな…。


(なんか石田くん、尻に敷かれてるお父さんみたい…)


「じゃ、出発するぞ。バスに乗ってない部員、おるか?」


「えーっと、多分大丈夫です。俺、さっき人数をカウントしてたので…」


 上井くんがそう言った。いつの間にか人数を確認してたなんて、あまり口に出すことじゃないけど、上井くんも部長としての仕事の一端を石田くんに示してるのかもしれない。


 そんな感じで、アタシ達の最後のコンテスト出演のために、バスは朝6時に緒方中学校を出発した。


(今日、上井くんと話せる時間ってあるのかな…)


 <次回へ続く>

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