第52話 シングルマッチ決着戦
こんなに午前中の授業が長く感じた日は初めてだったよ。
3時間目と4時間目が、男子は技術、女子は家庭科の2時間連続授業だったから、何とかアタシの気持ちも持ち堪えられたけど。
とは言っても今日の家庭科は、アタシの苦手な裁縫だったから、悪戦苦闘しちゃって…。
でもそれが却って良かったのかな?家庭科じゃなくて別の授業が一つずつだったら、もっと長ーく感じたかもしれないから。
そしてお昼休み。
班毎にお弁当を食べるんだけど、その後の本休憩で上井くんとちゃんとお話したいな。
上井くんの3班は、いつも笹木さんと上井くんの漫才みたいな喋りをメインにして盛り上がってるんだけど、やっぱり今日はちょっと上井くんがまだ元気なくて、笹木さんに一方的に弄られてる。
(早く上井くんと直接話したいよ~)
そんなソワソワした気持ちが態度に出てたのか、吉岡さんに何かお昼に急ぐ用事でもあるの?って聞かれちゃった。
いや、まぁ…って答えたら、深くは聞かんけどね、って返されちゃった。なんとなくみんな感じてるのかな…?アタシと上井くんの現状…。
そしてお弁当を食べ終わって、遂に上井くんに話し掛けてもいいタイミングがやって来た…はず!
上井くんもアタシの方は見ていないけど、なんとなく落ち着きがないのが分かる。
…上井くんに声掛けるだけなのに、こんなに緊張したのはいつ以来だろう?
でもアタシが打破しなくちゃ!
「上井くん!」
アタシは3班の方へ行って、上井くんの肩を叩いて、呼び掛けた。上井くんはやっとアタシの方を振り向いてくれた。
「あ、神戸さん…」
「ね、ちょっとお話、いい?」
「う、うん」
アタシと上井くんは、いつも話す時の場所、渡り廊下へと出た。クラスのみんなが、元気でーとか、お達者でーとか言って、アタシ達をからかってたよ。
渡り廊下は風が吹くとちょっと寒いけど、晴れたお昼だから気持ち良かった。
「ね、上井くん…あの…」
「うん…」
「ごめんね」
アタシは頭を下げた。
「あっ、そ、そんなことしなくても…」
「いいの。アタシの気持ちが、こうしないと落ち着かないから」
「じゃ、じゃあ俺も…ごめん」
上井くんまで頭を下げた。
お互いに頭を下げて向かい合ってる、なんか変な状態になっちゃった。
上井くんが頭を上げてよ、って言うから頭を上げたら、上井くんはまだ頭を下げてたから、アタシは上井くんこそ頭を上げてよ、って言ったの。
それでやっとお互いに顔を見合わせたんだけど…。
その瞬間、上井くんが思わず噴き出して、笑い始めた。
アタシも釣られて笑っちゃった。
「神戸さん…ごめんね」
上井くんは泣き笑いみたいな顔でそう言ってくれた。
「アタシこそ…上井くん…」
「俺、山神さんに怒られたよ」
「え?ケイちゃん、上井くんに怒ったの?」
「うん。なんでやっと付き合えたチカちゃん…神戸さんと別れるとか何とか、そんな話になってるの?って」
「ケイちゃん、そんな風に話したんだ…」
「えっ?神戸さんは聞いてないの?なんか1時間目と2時間目の間に、2人で話しとったじゃろ?絶対俺のことだよな…って思って。でも、とても神戸さんの方を見れなかったんじゃけど…」
「そ、そうだね…。上井くんのことを話してたんだけど、ケイちゃんはアタシには、上井くんの警戒心を解すように話した、って言ってたよ?」
「警戒心?まっ、まあ、クラスに戻ろうとしたら階段の下でいきなり上井くん!って声掛けられて腕掴まれたけぇ、凄いビックリして、心拍数が一気に上がったけど」
「…なんかケイちゃん、アタシに教えてくれた感じとは違う方法で、上井くんと話したんだね?」
「神戸さんにはどういう風に言ったの?」
「いや…、そんな激しい感じで上井くんに話し掛けたなんて、全然言わなかったよ?だから、ちょっとビックリしてる」
「俺は逆の意味でビックリしたよ。山神さんにこんな激しい一面があるなんて、ってね。最初は、山神さんが神戸さんの代わりに、別れを告げに来たのか…って思ったら違っとったけぇ、ホッとしたんよ。神戸さんのこと、どう思ってるの?って聞かれて…。でも俺がもう神戸さんにフラれそうなんだ、って言ったら、ちょっとおとなしくなってくれたけど」
「ううん、アタシは…。昨日はね、上井くんに…酷いこと言っちゃったけど…別れたいなんて全然思ってなかったから」
「本当に?」
「うん。多分ケイちゃんからも聞いたと思うけど…本人がそう言ってるんだもん、信じてよ」
「本人か、なるほどね」
「アタシが、上井くんに寂しい思いをさせちゃって、上井くんの…その、本音…気持ちに気付かず…」
なんとかネガティブな部分っていう言葉を使わないようにして、上井くんと昨日のことを話そうとするけど、結構難しいんだよね…。
「優しいね、神戸さん」
「えっ?アタシが?」
「うん。ストレートに言ってくれていいよ、俺がネガティブな性格しとるって」
「いっ、いやっ、あのね…」
「自分でも分かってるから。普段はさ、楽しくて明るいことが好きじゃけぇ、部活とかクラスでもそういう話をするようにしとるけど、一度ショックな出来事に遭遇すると、引き摺っちゃうんだよね。で、自分のそういう部分が嫌で、治したいと思っとるんじゃけど、昨日は…ごめん、ダメだった」
「…上井くん」
「場所が悪かったかもね!暗い夜道で、電灯が一つだけしかないような場所じゃったけぇ。勝手に俺がネガティブな性格を表に出して暴走しちゃって…。そして神戸さんを傷付けて、あんなセリフを言わせちゃった。根本的に俺が悪いんだ」
「上井くん、そんなに自分を責めないで…。アタシだって、上井くんは大切な彼氏なのに、ケンカを吹っかけるようなことを言っちゃったんだから」
「いやいや、俺が悪いんだよ。神戸さんが待って、って言ってるのに、勝手に先に帰るし…」
「違うよ、アタシが悪いの。アタシがケイちゃんに…嫉妬なんかするから…」
「え?嫉妬?何それ?」
上井くんは初めて聞いたように、目を大きく見開いてアタシを見た。
「あ…。そこまではケイちゃんは言ってないんだね。ハハッ…」
アタシが先走っちゃった…。
「うん…。よぉ分からんけど、神戸さんが、山神さんに嫉妬したん?」
「はっ、恥ずかしいけど、そうなんだ」
アタシは本当に恥ずかしくて、俯いちゃった。
「どうして?山神さんが俺に告白するとでも思ったの?まさか~。まあ、昨日も音楽室に向かっとる時に神戸さんからそんなようなことを言われて焦ったけど…。確かに、山神さんを好きだった時もあるよ。でもそれは2年の時の話で、今は何とも思ってない…って言うと、山神さんに失礼な言い方になっちゃうのかな。きっぱりと言うとね、俺が今好きなのは…ね、あの…その…えーっと…」
「アタシは、上井くんのことが…好きだよ」
上井くんは照れ屋さんの本領発揮みたいになって、真っ赤な顔になってた。頭から湯気が上がってるみたいだよ。
「あっ、ありがとう…。いやぁ…神戸さんに先にきっぱり言わせちゃった…ね」
上井くんは頭を掻きながら、真っ赤な顔でそう言ってくれた。
「フフッ、そうみたいね?じゃあさ、上井くんも…言ってくれる?」
「よし、頑張って…俺が好きなのは、あのね、こ、こっ、神戸さん…」
「ありがとう…!」
アタシは手紙じゃなく、直接上井くんから言葉で好きって聞いたのは初めてだと思うから、今の一瞬を大事に覚えておかなくちゃ、って思った。
「はぁ、やっと言えた!」
アタシは上井くんと再び顔を見合わせて、今度は笑うんじゃなくて、微笑んだ。上井くんは汗だくになってたけど。
「上井くんと…仲直り出来て…嬉しい」
本当にそう思った。もし今このタイミングで、話が拗れて本当に別れることになったら、吹奏楽部の引退だってもう少し先に待ってるのに、円満に引退出来なくなっちゃうし、引退した後、同じクラスでどう上井くんに接すればいいのか全然分かんないし。
「俺も…。意地張っても無意味だよね。一つ学習したよ。神戸さん、これからも付き合ってくれる?」
「もちろん!よろしくね、上井くん」
「良かった…。じゃ、仲直りの印に」
上井くんは右手を差し出した。握手しようってことかな?だからアタシも右手を差し出して、しっかり上井くんと握手した。
(この手、絶対に外れませんように…)
<次回へ続く>
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