第51話 連係プレー

「あれ?神戸さん、上井くんと一緒じゃないの?」


 クラスに戻ったら、同じ班の川野さん、吉岡さんから聞かれちゃった。もうすっかり、アタシと上井くんは、クラスでは公認カップルみたいなものなのかな。


「うん…。ちょっとね」


「ちょっと…って、まさか…じゃないよね?」


「ううん、違う、違う。山神さんが上井くんに話があるって掴まえとったけぇ、先に来ただけ」


 アタシは必死にそう言って、その場を凌いだ。でもアタシの表情が暗かったのかな。


「そうなの?確かに神戸さん、山神さんとずっと話し込んでたね。何かあったん?」


 川野さんが更に聞いてきた。


「ま、まあちょっとね。でも本当に、大したことじゃないけぇ…」


「本当に?何かあったら、相談に乗るけぇ、何でも言ってね?合唱コンクールではペアで仕事せんにゃならんしね」


 川野さんがなんだか大人に見えちゃった。


「うん。大丈夫よ、ありがとう」


 本鈴が鳴り、朝のホームルームの時間になった。上井くんはまだ戻ってこない。ケイちゃんと話し込んでるのかな…。

 そう考えてたら、竹吉先生が入って来た。


「はい、みんなおはようさん…まーた上井が来とらんのぉ…ん?じゃけど神戸はおるんか。何しとるんかのぉ、上井は。神戸、何か分かるか?」


 先生は当たり前のようにアタシに聞いてくる。


「先生、上井くんなら朝練の後、音楽室で3組の山神さんに掴まっちゃってます…」


 アタシはそんな、援護射撃になってるのかどうか分からないようなことを言って、上井くんをフォローした…つもり。


「山神に?…なんや、上井もモテモテやのぉ。…神戸、気を付けとけや」


「あっ、はい…」


 教室内に笑いが起こった。先生も何かを察知したような表情のように見えたけど、今は深くは聞かれなかった。


 ホームルームが終わって、1時間目の授業が始まる直前に、上井くんは戻って来た。

 だけどアタシの方はやっぱり向いてくれなかった。

 笹木さんが、上井くん、彼女を放り出して何してんのーって弄ってるのが聞こえたけど、上井くんは、いや~ちょっとね、としか答えてない。


(ケイちゃん、どんな話したんだろ…)


 1時間目は数学だったけど、全然頭に入ってこなかった。早く1時間目が終わって、ケイちゃんが上井くんとどんな話をしたのか、教えてほしくて堪らなかった。

 こんなに授業が早く終わってほしいと思ったのは初めてかも。


 その無限とも思えた1時間目がやっと終わって、アタシは廊下の方を見た。すぐケイちゃんが来てくれて、手招きしてくれた。


(ケイちゃん、ありがとう…)


 アタシは小走りで廊下に出た。


「チカちゃん、待ったよね?」


「うん。1時間目がこんなに長く感じたのは初めてよ」


「ハハッ、それくらい、アタシと上井くんの話がどうなったか、気になったんだね。じゃ、手っ取り早く結論から言うよ」


「結論から…うん」


「いい?覚悟してね?」


「かっ、覚悟はしてる…」


 えっ、でもそんな言い方だと、悪い想像しちゃうよぉ。


「まず結論は…」


「うん…」


「上井くんはチカちゃんのことが好きだって」


「…えっ…?」


「別れたくないって」


「ほ、本当に?」


「本当よ。上井くんの本音だよ。別れるのは嫌だって。あー、もし別れたらアタシが彼女の座を奪おうと思ったのになー、なんてね」


「け、ケイちゃん…」


 アタシはこれが腰が抜けるってことなの?って感じで、その場にへたり込んじゃった。


「おっとチカちゃん、男子がいたら危ないよ、見えちゃうよ」


「だ、大丈夫…。今日は午後から体育あるし、ブルマ穿いてるから…」


「いや、そんな問題じゃないってば」


「うん…。でも、力が抜けちゃったみたい」


 ケイちゃんはアタシのスカートの乱れを直してくれた。確かにスカートの中にブルマを穿いてると言っても、女の子としてみっともない体勢なのは良くないよね。なんとか立ち上がったよ。


 でも、ケイちゃんが言ってくれたのは、本当なのかな。

 本当なら、何で上井くんはまだアタシと目を合わせてくれないのかな。


「10分しかないから、手短に言うよ?まず音楽室を閉めて教室に戻ろうとしてた上井くんを、アタシが階段の下で待ち伏せて掴まえたの」


「うん」


「でね、今朝もチカちゃんに言った、アタシなりに考えた話と、チカちゃんから聞いて補充した部分をまとめて、上井くんを問い詰めたの」


「とっ、問い詰めたの?」


「うん。だって…上井くん、何かを察知して、アタシとも目を合わせようとしなかったから」


「ケイちゃんも、警戒されたの?」


「うーん…。やっぱりね、上井くんはネガティブな部分にスイッチが入ると、その相手というか、関係者にも心を閉ざしちゃうんだ。アタシは春先に体験して分かってるけど」


「ケイちゃんは関係者?あ、昨日2人でいる所を見られてるもんね」


「でしょ?だから上井くんにしてみたら、最初はアタシがチカちゃんの代わりに別れを告げに来た、と思ったみたい」


「そんな…」


「チカちゃん、もう結論は言ったでしょ?だから安心して聞いてもらっていいんだよ?」


「でもやっぱりドキドキする…」


「そうよね、ごめんごめん。あ、早くしなくちゃ。でね、アタシが上井くんを掴まえたのは…って説明することから始めたの。だから朝のホームルームには間に合わなくなっちゃったよ」


「うん、上井くんもおらんかった」


「でしょ?まず上井くんの警戒を解かなくちゃいけないからさ。アタシはね、なんで上井くんをアタシが掴まえたか、って話して警戒心を解した後に、すぐストレートに聞いたのよ」


「ストレート、って言うと…?」


「チカちゃんのこと、好き?って」


「わ…」


 アタシは顔が真っ赤に火照るのを感じた。


「上井くんはビックリしてたけど、少し俯きながら、好きだ、って答えてくれたよ」


「ほ、本当なんだね…」


「結論で言った通りにね。で、続けて、好きなら別れたいとは思ってないよね?って聞いたの」


「う、うん」


「そしたら、もちろん…って答えてくれた。ということは、別れたくないってことよね」


「そ、そうだよね」


「このー、上井くんの気持ちを独り占めしちゃって!少しはアタシに…っていうのは冗談だけど」


「ケイちゃん、安心はしたけど、今はその冗談はキツイよぉ」


「ごめんごめん。時間もないから、この後どうすればいいか、言うよ?チカちゃんは、昼休みに上井くんに話し掛けてみて」


「えっ、昼休み?それまで待たなきゃいけないの?」


「上井くんが言うにはね、神戸さんが別れたくないって思ってくれててよかったけど、話とかするのはちょっと自分の気持ちが落ち着くまで時間が欲しい…んだって」


「そうなのね…」


「で、アタシが適当に、昼休みぐらいなら大丈夫?って聞いたら、それぐらいなら多分…って言ったから」


「うん、分かったよ。ケイちゃん、ありがとう。ごめんね、アタシ達のボタンの掛け違いのせいで嫌な目に遭わせて」


「ホントだよー!なんてね。仲直りしたら、今度は絶対に迂闊なことを言ったりしちゃダメだよ。上井くんに限らず、男の子って意外とデリケートだからさ」


「そ、そうね。気を付ける」


「じゃ!2時間目のチャイムが鳴ってるから、戻るね」


「うん、ありがと、ケイちゃん!」


 ケイちゃんは3組へと走って戻っていった。

 アタシは、上井くんがまだアタシの方を向いてくれない意味が、なんとなく分かった。


(まだ気持ちが落ち着いてないのね)


 自分の席に座って、右斜め前の上井くんを眺めると、なんとなく今、アタシとケイちゃんが廊下で話ししてたのに気付いて、ケイちゃんに掴まって話した本音が、アタシに伝えられたのかな…っていう、さっきよりは少し明るそうな表情に見えた。


(昼休みかぁ…。長いよ~)


 だけど、お昼にちゃんと仲直り出来たら、改めて上井くんとしっかりとお付き合いしたいな。


 アタシが…嫉妬したりするからダメなんだよね。


 上井くんは優しいから、話し掛けられたらそれが誰であろうとちゃんと向き合って話そうとする。そんなことで彼女のアタシがイチイチ動揺してたら、キリがないもの。


 でもそれだけ、上井くんを取られたくないって気持ちが強くなってるってことなんだな…きっと。


 早くお昼になってほしいよ~。


<次回へ続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る