第50話 タッグ結成
上井くんと気まずくなった次の日、朝の信号機での待ち合わせはどうしようかな…と思ったけど、言い出したのはアタシだから、一応7時半より前に信号機に行ってみた。
「チカ、今日は本当の元気な声でただいま!って帰って来るのよ」
「うん…。頑張るね!」
「行ってらっしゃい!」
昨夜はお母さんの明るさに救われたアタシ。
だから何とか、上井くんと別れなきゃいけないのかな、という選択肢は無くなった。
でも上井くんの落ち込み様を見ていたら、アタシが与えた傷は大きいな、別れなくちゃダメなのかな…と思ったのも事実。
だけど、やっと付き合えてたった3ヶ月で、これまでずっとアタシのことを大切に思ってくれてた上井くんが、彼氏から単なるクラスメイトに戻るのは耐えられないよ!
…でも、7時半前に信号機に着いて待っていても、やっぱり上井くんは来ない。
(でもここは、学校に登校するには絶対通る場所だもん。もう少し待ってみる)
信号が赤と青と黄に、何回も変わる。
その内、段々登校してくる生徒が増えてきて、朝練に出る吹奏楽部員のみんなもやって来た。
「あれ?神戸先輩、おはようございます!上井先輩待ちですか?」
そう声を掛けてくれたのは、2年生のトランペットパートで、上井くんが船木さんの次の副部長として考えている、後藤由香ちゃんだった。
「おはよう。そう、上井くん待ちなんだけどね。寝坊したのかなー」
アタシはそう言って、その場をやり過ごそうとした。
「上井先輩が寝坊するなんて、珍しいですね。時間は守る先輩なのに…。しかも大切な彼女さんが待ってるのに」
「まあ、ちょっと昨日も、疲れが溜まってたみたいだったしね…」
「そうなんですか。先生の代わりに指揮して疲れたんですかね?じゃ、アタシはお先に失礼して、朝練に行きますね。上井先輩が早く来ますように!」
由香ちゃんは髪の毛もベリーショートで、体育会系の雰囲気がする女の子。
だから今までも部の活動では上井くんに、ちゃんと上下関係を弁えた上で彼女なりの意見を言ってたし、次々といなくなった今の2年生のトランペットの中で、ただ一人、北村先輩の厳しい教えに付いていけた子なんだ。
その後も、吹奏楽部員が次々と朝練に出ようとアタシの横を通っていく。
後輩は不思議そうに挨拶してくれるだけだったけど、山神のケイちゃんがやって来た時は流石にそのままでは済まなかった。
「チカちゃん、おはよう〜。昨日はごめんね…って、どしたん、上井くん待ち?」
「あっ、おはよう、ケイちゃん…」
ケイちゃんを見たら、アタシは不意に込み上げてくる気持ちを抑えられなかった。
そんなアタシの様子を察知してくれたケイちゃんが、一緒に学校へ行こうと、アタシの手を取った。
「…ケイちゃん?」
「まあまあ。歩きながら話そうよ」
「うん…」
手はすぐに離してくれたけど、アタシと歩きながらケイちゃんは言った。
「…昨日から朝に、上井くんと待ち合わせるようにしたんだったよね?」
「そうなの…。え?でもその事って、ケイちゃんに言ったっけ?」
「正式にはチカちゃんからも上井くんからも聞いとらんけどね。でも昨日の朝は、アタシはちょっと早目に音楽室に着いてたから分かったけど、2人揃って音楽室に現れたじゃん。それまではずっと別々だったのに。あ、一緒に登校することにしたのかな?って、すぐに勘付いたよ」
「さすが…ケイちゃんには敵わないよ」
ケイちゃんがまだ上井くんを恋愛対象として見ている、なんてアタシが勝手に思い込まなきゃ、今朝も普通に上井くんと一緒に登校出来たんだろうな…。
ケイちゃんはアタシと上井くんの関係なんて全部分かってて、その上で上井くんと異性の友達として接しようとしてくれてただけなのに。
昔からケイちゃんと仲良くしてるのに、なんでその事に気付かなかったんだろう。
「今朝は上井くんが来なかったのかな?それとも先に行ってるのかなぁ?」
「えっ…。多分、まだ来てないはず。アタシ、7時半より前からさっきの所で待ってたけど、上井くんは通らなかったから」
「7時半が2人で決めた待ち合わせ時間なんだね。でもチカちゃんがあの場所に現れる前に、上井くんは先に音楽室に行ってる可能性もあるよ?」
「えーっ、それは考えられないよ。だってね、朝待ち合わせようよ、ってアタシから話を持ち掛けた時、早起きするために目覚まし買わなきゃって言ってたくらいだもん」
「でも…上井くんは時間に厳しいでしょ。遅れることを嫌う性格じゃけぇ…色々含めて、もしかしたら、もしかするかも、だよ」
「…うーん」
ケイちゃんの方が勘が鋭いのは、よく分かってる。だけど、アタシより先にもう音楽室にいるなんて、考えられないよ。
「まあ、アタシと一緒に朝練に行ってみようよ」
「う、うん」
アタシはケイちゃんと一緒に、クラスには寄らずに、そのまま下駄箱から音楽室へ直行した。
すると…
「ほら、もしかしたでしょ」
「わ…ホントだ…」
アタシは絶句するしかなかった。
上井くんは既に音楽室で、バリトンサックスの練習をしていた。
アタシやケイちゃんが来たことには気付いていないみたい。もっとも、沢山の部員が音出ししていて、普通の声だと聞こえないってのもあるけど。
「どうする?今、声掛けたい?アタシ、手伝って上げるよ?どうも2人の様子がおかしいけぇ…」
「…ケイちゃんには全てお見通しなのかな」
「予想だけどね。多分、今2人の関係が微妙なのは、昨日の帰り道でのアタシとチカちゃんの話から始まってるっぽいから、そうなるとアタシにも責任があるしね」
「…ごめんね。ケイちゃんに気を遣わせちゃってる。アタシってホントに…何してるんだろ」
アタシは思わず俯いて答えた。
「ダメだよ、元気にならなきゃ。じゃあ、こうしようか。朝練の後、アタシがチカちゃんの代わりに、上井くんと話してみるよ」
「えっ?大丈夫?」
「うん。チカちゃんこそ、今度はアタシに嫉妬しないでね」
「あっ…」
やっぱりケイちゃんには敵わない。なんだかこんな会話してたら、上井くんはバリサクを吹くペースが微妙に変わったから、アタシ達が来たことに気付いたのかもしれない。でもアタシ達の方は向こうともしないけど…。
「多分、これも予想なんじゃけどね、2人は別れの危機を迎えとるじゃろ?」
「…なんで分かるの?」
「だって上井くんの行動を考えれば、一目瞭然だよ。昨日から朝一緒に登校することにしたのに、なんでもう今日はチカちゃんより早く音楽室に来てるの?チカちゃんと顔を合わせたくないからでしょ。ということは、上井くんはチカちゃんと別れたいのか、チカちゃんから別れを切り出されると思ってるのか…のどっちかでしょ」
「ケイちゃん、凄いよ…。その予想、かなり当たってるよ」
そう言ってアタシは、昨日の帰り道でケイちゃんと別れた後に起きた出来事を、説明した。
「うーん、売り言葉に買い言葉って感じね。でも…上井くんのネガティブな部分を刺激しちゃったのは、失敗だったね」
「うん…。アタシもすぐ反省したんじゃけどね、上井くんを責めるような物の言い方しちゃった…って」
「だからこそ、チカちゃんは上井くんに話しかけたい、仲直りしたいって思っとる。でもね、多分今の段階だと、上井くんはチカちゃんが声を掛けても、無視する危険がある。アタシの経験で、簡単に予想が付くよ」
「それって、春先の…?」
「ハハッ、バレちゃうか。だからね、チカちゃんに代わって、アタシが朝練の後に上井くんを掴まえて、話をしてみるから。アタシに任せといて」
「そうだね…。その方が今はいいのかもね」
「確認じゃけど、チカちゃんは上井くんと別れる意思は無いんだよね?」
「うん。だって、色々な人に助けてもらって、やっと付き合えるようになったんだもん。今別れたら、罰が当たるよ」
「そうそう、その心が大切よ」
と、ケイちゃんが言ってくれた時、朝の予鈴が鳴った。上井くんは、みんな楽器を片付けて、って言ってる。
「じゃ、チカちゃんは、クラスに戻りんさい。アタシが上井くんを掴まえて話しして、その結果を…チカちゃんは2時間目は何?」
「えっとね…。あ、社会。公民よ」
「あー、なんか因縁を感じるね。アタシは…英語だったかな?1時間目が終わったら、1組に報告に行くから。ね?」
「うん…。ごめんね、本当に」
「いいの。アタシがチカちゃんにマイナス…嫉妬させるような行動をしたのが原因かもしれないもん。でも、解決したら、もう嫉妬しないでね?」
「も、もちろん…」
そう会話している内に、みんなどんどん楽器を片付けて、各クラスに戻っていく。
「ほら、チカちゃんも早く教室に行きな?」
「ごめんね、ケイちゃん」
アタシは1人で3年1組へと向かった。
(ケイちゃん…。いや、きっと大丈夫。アタシよりも恋愛経験値が豊富なケイちゃんに、今は託すしかないわ。お願い、まだアタシ、上井くんと別れたくない…)
<次回へ続く>
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