第48話 シングルマッチ1本目
「ケイちゃん、今日の帰り、時間ある?」
「ん?あるけど…。何?」
「ちょっとケイちゃんと2人で話がしたくて…」
「話?うん…分かったよ。でも上井くんはいいの?」
「あ、最近はね…って、上井くんとのことも含めて話したいの」
「うん…?上井くんのこと?」
アタシは上井くん指揮の合奏が終わって、クラリネットを片付けてる時に、山神のケイちゃんに、一緒に帰りながら色々と話したい、って声を掛けた。
ケイちゃんはなんなんだろ?って、不思議そうな顔をしてた。ケイちゃんの中ではアタシと上井くんの会話を邪魔しちゃってごめんね〜、で終わったと思うけど、アタシはケイちゃんの本当の本音を聞き出したかったの。
…まだ上井くんのこと、好き?って。
クラリネットを楽器庫に仕舞うと、1年生の頃みたいにケイちゃんと一緒に下駄箱へと、並んで話しながら向かった。
「チカちゃんと1年の時は、こんな感じで部活後は帰ってたよね。なんか懐かしいな~」
「そうよね。最初の頃はやっとクラリネットが吹けるようになったね!ってケイちゃんと毎日喜んでたよね」
「その後、アタシが北村先輩と付き合うことになっちゃって、なんかチカちゃんと一緒に帰れなくなっちゃったんだよねぇ…」
「北村先輩のせいじゃったっけ?」
「うん。あの人、独占欲が強かったけぇね。男子は勿論、女子と一緒に帰ってても嫉妬するような、そんな性格だよ。最初から分かってたら、付き合ってほしいって言われても断れたのになぁ。その頃からやり直したいな、アタシの人生」
「人生やり直したいって、まだそんなの早い…」
「いや、チカちゃん。チカちゃんもそう思うことが出て来ると思うよ?どんなことが起きるか、人生分からないもん」
なんとなくケイちゃんの本音らしき言葉が漏れてきた。
靴に履き替えて外へ出ると、まだ音楽室の明かりは点いていたから、上井くんは2年のクラの2人相手に早くしろ~って言ってる頃かな…。
「ね、チカちゃん。あたしと話したいことって、なに?」
「あ、そうそう…。あのね…実は…」
ここでスムーズに、ケイちゃんみたいに直球で『まだ上井くんのこと、好き?』ってすぐに言えればいいんだけど、アタシも上井くんに似てきたのか照れ屋になっちゃって、素直にそう聞けなかった。
でもやっぱりケイちゃんは可愛い女の子だなぁ。首を傾げながら、なーに?なんて言われたら、男の子ならイチコロじゃないかな…。
「アタシに声掛けてくれた時、上井くんのことも含めて、とか言ってたじゃん?上井くんとの間で、また何かあったの?でも今日音楽室に向かってた時は、アタシが邪魔したのが悪かったな~って思うほど、仲良しだったし…」
ケイちゃんは本当に真っすぐな子。変に策を練ったりしないから、男子からモテるし、女子でもケイちゃんのことを悪く言う子はいない。その言葉を受けて、アタシは必死になって言葉を考えた。
「あっ、あのね…。ケイちゃんって、北村先輩とコンクールの日にやっと別れたでしょ?」
「うん。部活ではあんな偉そうにしてたくせに、アタシが別れたがってると察知したら、別人じゃないの?って思うほど逃げ回ってたからね…。トホホだよ」
「そうだったね…。でも別れて以来、ケイちゃんはフリーなんだよね?」
「まあ、一応ね」
「…好きな男の子とか、いないの?」
「え?アタシに?えーっ、そうだねぇ…」
ケイちゃんはゆっくり歩きながら考えてた。そして何か気が付いたようにふと立ち止まって…
「あ、もしかしたらチカちゃん、アタシが上井くんのことを好きなんじゃないか?って思ってる?そうでしょ?」
アタシが聞きたかったことを、逆にケイちゃんが聞いてきた。アタシも立ち止まって、少し慌てながら返した。
「いや、あの…。あのね…、実はね…」
「上井くんのことなら、好きだよ?」
「えっ…。ケイちゃん…」
ケイちゃんは、あっさりとそう言った。あまりにも飾り気なく言ったから、逆にビックリしちゃった。
「でも安心して、チカちゃんから彼女の座を奪ったりはしないから」
「…う、ん」
「でもね、いい機会じゃけぇ、アタシの今の気持ちとか、チカちゃんに話しておくよ」
「うん…」
ケイちゃんは何を語るんだろう…。アタシとケイちゃんは立ち止まったまま話を続けた。
「さっきも言ったけど、上井くんを好きってのは、チカちゃんから彼女の座を奪って…っていうような意味のものじゃないよ。今は異性の友達として、好きって意味」
「……」
「アタシ、上井くんのことが好きだったって、春に一時期上井くんと話せなかった時に、チカちゃんに明かしたよね。覚えてる?」
「…うん、覚えてるよ」
「アタシは卒業式で上井くんに見られたくない現場を見られて、上井くんを傷付けちゃった。だから上井くんと話したくても、話せない。上井くんが傷付いちゃったから、話せる訳がない。アタシが悪かったんだよね、あの時は」
「……」
「でもね、チカちゃんには言わなかったけど、アタシの本音を言うね。上井くんのことは、それでもずっと好きだったの」
「えっ…」
「アタシが上井くんを彼氏候補として諦めたのは、チカちゃんと付き合ったからよ。だから…」
「けっ、ケイちゃん?それ、本当なの?」
「ん?本当だよ」
結構凄い話なのに、アッサリと話すケイちゃん…。
「だって、ケイちゃんが上井くんと仲直り?して、話せるようになった後は、アタシと上井くんが付き合えるようにって、ケイちゃんは色々とアタシにアドバイスしてくれたじゃない?」
「したよね〜」
「それって、どういう意味だったの?」
「アタシも分かんない。だけど多分ね、上井くんのことは好きだけど、付き合える可能性は低いだろうな、って思ってた。一度上井くんを傷付けた以上、この恋はアタシの片思いで、いつかは時間薬でこの思いも消えていくだろうな、そう思ってた」
「でもその頃はまだ北村先輩と続いて…」
「形式的にはね。あの人はアタシと別れたくないって逃げ回ってたけど、アタシの中では去年の秋に、チカちゃんの髪の毛事件の時点で、気持ちは醒めてたんよ。なんていうのか…それからは離婚届を書いてよ、って追い掛けるアタシから、それは書きたくない、って行方を明らかにしない亭主?そんな感じよね。アハハッ!」
離婚届に例えるなんて、ケイちゃんは進んでるなぁ…。
「じゃあ、ケイちゃんが上井くんのことを最初に好きになったのは…いつ?」
「それこそさ、チカちゃんの髪の毛事件の時がキッカケだよ」
「そっ、そうなんだ…」
アタシは絶句するしかなかった。
バレンタインの時には、本当に上井くんにチョコを上げたかったんだね。
アタシには冗談っぽく言ってたけど…。
しばらくお互いに無言だったけど、アタシがやっと言葉を口にすることが出来た。
「…あたしが上井くんのことを、初めはなかなか本音で好きって言えるレベルに達しない…とか言ってた頃、ケイちゃんはもしかしたら、苛々してた?」
「そりゃあ…もちろん。幸か不幸か、北村先輩が逃げ回っとって、正式にアタシがフリーになれんかったけぇ、上井くんに告白することが出来んかったけど、心の中では、チカちゃん、そんなモタモタしたこと言ってると、アタシが先に奪っちゃうよ!って心の中で思ってたのも事実だよ」
「…そ、そうだったの…」
アタシは隠れてたケイちゃんの本音を聞けて、良かったのかな…。聞かなかった方が良かったのかな…。
もしアタシが林間学校で上井くんへの思いが確実になってなかったら、どうなってたんだろう。
「ケイちゃん、アタシは林間学校の1週間後くらいに、上井くんに告白したい、って相談したでしょ?」
「覚えてるよー」
ケイちゃんは、これまで結構深い話をしたというのに、明るい声で答えてくれた。
「その時って、どんな気持ちだった?こんなこと聞くのはいけないかもしれないけど…」
「そうね…。あの日は、上井くんとチカちゃんが、何やら言い合いしながら部活にやって来たじゃない?それで、あ、これは何か起きたな…って思った。そしたらチカちゃんから正式に上井くんを好きになったから、上井くんの本音を引き出したい、ってアタシに言ってくれたよね?」
「う、うん…」
「アタシは…ここまで来たらもうダメだ、上井くんを諦めなきゃ、って思いと、でもほんの僅かでも可能性が残らないかな…って思いが交錯してたよ」
「……」
「だからアタシ、そんな気持ちを隠すために、なんか変なこと言って返したような覚えがあるの。でも動揺したのかな、アタシも。チカちゃんにどう返したか覚えてないんだ」
「あのね、ケイちゃんは、アタシの小6の時の話を持ち出してた」
「そっかぁ…。何言ってんだか、だね。で、ギリギリの可能性を信じてたんだけど、部活後の2人のやり取りを聞いてて、追い詰められた上井くんが、好きな子は同じクラスの…って言ったのを聞いた時に、アタシの片思いは正式にピリオドを打たれたんだ」
「…ケイちゃん、そんな思いさせてたんだね、ごめんね」
「なんで謝るの?チカちゃんが勝って、アタシは負けた、それだけだよ。…って言うのはアタシの強がりだけどね、ハハッ」
ケイちゃんはちょっとだけ寂しそうな表情を見せた。
「あの時、上井くんはアタシに何も言わせず、言いたいことをパーッと言って、逃げるように走って行っちゃったから、アタシは、えっ?この後、どうすればいいの?って混乱しちゃって。でもケイちゃんがアタシの背中を押してくれたじゃない?」
「思い出すね…。うん、上井くん、言いっ放しで逃げちゃダメじゃん!って思ったけぇ、チカちゃんに上井くんを追いかけな、って後押ししたんだよ」
「でもケイちゃんの思いを考えると…やっぱりゴメンね」
「だーかーらー、謝らないで!ってば。そんなに謝られると、上井くんの彼女の座を譲ってくれるのかな?なんて思っちゃうよ」
「えっ、それはちょっと…」
「でしょ?確かに、もう上井くんを諦めなくちゃいけなくなったのは残念だったけど、でもせっかくの同期の縁は生きてると思って、これからは異性の友人として付き合わせてもらおう、チカちゃんと上井くんが上手くいくように応援しよう、って思い直したんよ、アタシは」
「そうなんだね。ケイちゃん…ありがとう」
アタシは少し泣きそうな気持ちになった。
「こちらこそ、だよ。上井くんが北村先輩みたいな性格じゃったら、アタシはチカちゃんに上井くんと付き合うようには進めんかった。でも上井くんとチカちゃんなら、お似合いだよ。アタシの分も、上井くんと仲良くしてね」
アタシはケイちゃんの本音を聞いて、涙が溢れそうになった。
「チカちゃん、泣かないの!アタシは今、上井くんと普通に喋れるから、それでいいんだよ。チカちゃんは…」
ケイちゃんがそこまで喋ったところに、上井くんが音楽室の鍵を閉め、自宅に帰ろうと歩いてやって来た。
「あ、あれ?どしたん、2人してこんな所で」
上井くんはビックリした様子で、アタシとケイちゃんを交互に見ていた。
「まさか、仲良しの2人がケンカした訳じゃ…」
「ないって、そんなこと!ハハッ」
ケイちゃんが笑いながら言ってくれた。アタシは泣きそうな状態だったのを誤魔化すのに精一杯。
「でも、2人が音楽室を出てから、かなり経ってない?何か深刻な話でも…」
「上井くんも心配性だね〜。幼稚園から一緒のアタシとチカちゃんだよ?」
「でも、こんな暗くなっとるのに、ずっとここで話とったんじゃろ?やっぱり気になるよ。何について話しとったん?」
上井くん、本当に心配してる…。アタシも落ち着いてきたから誤魔化そうと思って、話に加わった。
「上井くん、心配することはないよ。アタシ、ケイちゃんに社会で分からん問題を聞いてただけじゃもん」
「しゃ、社会?ホンマに?」
アタシはケイちゃんの方を見てみた。ケイちゃんは苦笑いしながら…
「うん。チカちゃん、あたしより何でも得意そうに見えて、社会が苦手なんだって。地理や歴史ならともかく、公民は苦手らしいよ。じゃけぇ、この前の中間テストで間違った所をちょっと、ね」
「…こんな所で…?」
上井くんは不思議そうな顔してた。ちょっと無理があったかな…。
「じゃ、じゃあアタシは、上井くんも来たことだし、チカちゃんを上井くんに託して、先に帰るからね!バイバイ!」
「あっ、山神さん…」
アタシを置いて、ケイちゃんはサッと小走り気味に帰っちゃった。
その場にアタシと上井くんが取り残されて、お互いに顔を見合わせちゃった。
「神戸さん、あの…」
「ごめんね、ビックリしたよね?」
「そりゃあ、もちろん…。でも、ホンマに社会の公民の分からない所を山神さんに教えてもらっとったん?公民なら俺、得意分野じゃけぇ、教えてあげれるよ?でも、どうも俺の勘だと違うような…」
「上井くん、ごめん!本当はね…上井くんのことをケイちゃんと話してたの」
アタシはもう隠すのは無理だと思って、白状することにしたよ…。
「はいっ?俺のこと?な、なんだろう…。正直に教えてくれたのは良かったけど、逆に不安だな…」
「あのね…」
アタシはなんでケイちゃんと話してたかを、上井くんには言えない…と思ってたけど、全部言おうと思った。隠し事は良くないもんね…彼氏なんだもの。
<次回へ続く>
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