第46話 トライアングル
「昼休みに神戸さんから呼び出されるなんて、珍しいね?何か午前中にあったん?」
アタシは上井くんを呼び出す時の定番、渡り廊下へと、昼御飯を食べ終わった上井くんを誘い、アタシの考えを話そうとした。
「うん、実はね…。アタシ、合唱コンクールの指揮者に立候補しようかなって思ってるの」
「指揮者?立候補?えっ、マジで?」
「う、うん…」
「凄いじゃん!でも、どうして?」
アタシの本音を言うと、上井くんはまた照れるから、ちょっと隠して…
「アタシ、クラスでも部活でも、ただいるだけの存在になってるような気がしてね…」
「そ、そんなこと、ないよ!ただいるだけの存在の女の子を、俺は…好き…になったんじゃないし…」
上井くんは頭を掻きながら、そう言ってくれた。
その優しさが…アタシも好きだよ。
「ありがとう。でもね、文化祭でもクラスの劇は裏方に回ったし…。文化祭は吹奏楽部のステージがメインだとは思ってるんだけど、合唱コンクールで指揮してみて、クラスのみんなの歌声をまとめてみたいな、そう思ったんだ」
今のアタシのセリフに、上井くんが歌う姿を正面から見られる、っていうのも付け足したかったな。でもそんなこと言ったらまた照れちゃうから、止めておいた。
「それってなかなか思い付かないことだと思うな。少なくとも、俺は考え付かなかったよ」
「どうかな、アタシ。立候補してみてもいい?」
「いいも悪いもないよ。頑張れー!って応援してるから。神戸さんが決めたことは、俺は何でも応援するよ」
「本当に?心強いな、ありがとね」
「俺だって、神戸さんから沢山の元気をもらってきたんじゃけぇ、指揮者立候補を応援することが、恩返しみたいなものかな」
「え、そう?」
アタシは上井くんと付き合ってから、寂しい思い、辛い思いばかりさせてるような気がしたから、上井くんの言葉にはちょっと恥ずかしくなっちゃった。
「うん。もし他にも立候補者がいたら、神戸さんの応援演説してあげるから」
「応援演説って、そんな…。でも、嬉しい。ありがとう、上井くん」
そのままアタシ達は渡り廊下で何でもない話を続けた。
話せば話すほど、上井くんってアタシのことを大切に思ってくれてるんだな、ってのが伝わって来る。
だからアタシも上井くんを大切にしなくちゃいけない…。
そしてその日の放課後。
帰りのホームルームの時間になった。
竹吉先生が来られて、最初に明日以降の予定とか説明してくれた後、いよいよ合唱コンクールの話に移った。
「あと、今朝話しとった合唱コンクールのことじゃけど、指揮者をまだ決めとらんかったよな。どうや、立候補しようっていう意欲のある若者はおるか?」
先生は教室を見渡した。アタシの鼓動がドキドキと加速していく。上井くんがなんとなくアタシの方を気にしてる。
「…おらんか?おらんかったら指名…」
「ハイ!」
アタシは今まで経験したことのない緊張状態で、手を挙げた。
その瞬間、クラス中がおぉーっとどよめいていた。
「おっ、神戸!立候補してくれるか?」
「は、はいっ!アタシでよければ、やりたいと思います!」
「ありがとう!俺が誰かを強制指名する前に立候補してくれて。みんな、神戸に拍手してくれ」
一斉にクラスのみんなが拍手してくれて、感激しちゃった。もちろん上井くんも…。
「じゃ、丁度5班で並んで座っとる2人が、合唱コンクールの役を引き受けてくれたって感じやな。これで形も整ったし、音楽の授業の時とか、川野にピアノ弾いてもらって、神戸に指揮をしてもらって、練習すればええな」
「先生、それってウチのクラスだけの特権?」
谷村くんが聞いていた。
「いや、授業は公平にやらんといかんけぇのぉ、他のクラスも、ピアノと指揮者を決めとるはずじゃけぇ、そいつらに任せる形になる」
「えーっ、せっかく音楽の先生が担任なのに、メリットねーじゃんか」
「谷村、まあ落ち着け。授業と本番は違う…とだけ言っておく」
なにそれーって、みんながザワザワしだしたから、先生はこれで帰りのホームルームは終わり!と言って教室から出て行った。
「ねぇねぇ上井くん、彼女が指揮者って、どんな感じ?」
わ、3班では早速上井くんが笹木さんから質問攻めに遭ってる…。
「い、いやぁ…。歌っとる間は指揮者を見んにゃあならんじゃろ?じゃけぇ、嬉しいような照れるような恥ずかしいような…」
「ほーっ、彼氏としての素直な気持ちじゃねぇ。でも事前に神戸さんが立候補するのは、聞いとったん?」
「まあ、一応ね…」
「ヒューッ!いいなぁ、上井くんと神戸さんは…。理想のカップルだわ、アタシの」
「いや、俺がオクテじゃけぇ…。神戸さんには迷惑掛けとると思うよ」
「でもさ、青春しとるじゃん?たまに2人が話しとるのを見かけるとさ、なんだろう、もう3ヶ月ぐらい経つよね?なのに初々しいんだよね…。そんなとこに憧れるのよ、アタシは」
笹木さんは上井くん相手に、色々と語っていた。アタシ達、初々しく見えるんだ…。
それが良いのかどうか分かんないけど、少なくともいつもベタベタしとるとか言われるよりは…いいよね。
「じゃ、俺、部活に行かんにゃならんけぇ…」
「うん、行ってらっしゃーい。ほら、1人でじゃなくて、ちゃんと神戸さんと一緒に行かなきゃ」
「えっ、あっ、その…」
笹木さんはアタシの方へと上井くんを押しだすようにして、バイバイと手を振っていた。
「ハハッ、笹木さんに振り回されちゃったよ」
「そうだね。でも今日は、いつもより少し笹木さんの喋りに、感情入ってなかった?」
「そう?」
「だって、アタシと上井くんの2人は理想のカップルだとか、初々しくて憧れるとか…」
「そう言えば、確かにそうだね。いつもはそんなこと言わんよなぁ…。恋愛モードになってたのかも。笹木さんも彼氏が欲しいって思ってるのかな?」
「それは女の子なら、みんな大なり小なり思ってるよ、きっと。男子だって、彼女が欲しいって思うんじゃない?」
「まっ、まあね」
「ねえ、上井くんの初恋って、いつ?」
「えっ!?」
「アタシと付き合う前に、好きだった女の子とか、いない?」
上井くんは凄い動揺してた。上井くんが山神のケイちゃんを好きだったのは知ってるけど、アタシはそれを上井くんから直接聞いたことはないし。ケイちゃんの前にも好きな女の子とかいたんじゃないかなぁ…って、なんか好奇心が湧いちゃったから聞いてみたけど、上井くんの動揺はなかなか落ち着かなかった。
「うっ、うーん…」
多分、上井くんにアタシの知らない初恋の女の子はいた。でも言うべきか黙っとくべきか、迷ってるような気がした。
「ごめん、上井くん。無理に答えなくていいよ。昔のことを思い出させて、アタシとの仲が変になったら嫌じゃもん」
「そう?…良かったぁ…」
「凄い汗!ごめんね、上井くん」
アタシが不意に変なこと聞いたから、元来汗かきの上井くんは、いつも以上に汗をかいていた。まるで夏みたいに。
だからアタシはハンカチをポケットから取り出して、上井くんの顔の汗を拭こうとした。そこへ…
「よっ!お2人さん!変わらず仲良しでいいねっ!」
と、後ろから大きな声で呼び掛けられた。誰?と、アタシと上井くんが一緒に振り向くと、そこにはケイちゃんがいた。
「け、ケイちゃん…。まさか、ずっと後ろにいたの?」
「うん。2人を追い抜くわけにもいかんけぇ、ゆっくりと会話を盗聴しながら、後を付けてたよ」
「んもう、ケイちゃんってば…」
「でもさ、もう上井くんもチカちゃんも、アタシとかに付き合うことの悩みとか、相談しなくなったじゃない?それだけ2人は成長したんだなと思うと、アタシは嬉しいやら寂しいやら」
「ちょっ、山神さん、なんで寂しいんよ?」
上井くんが突っ込んでくれた。
「だってー。いつも2人でおるしー。遊んでくれないしー。上井くんはアタシと話してくれんしー」
「ケイちゃん、そんな子供みたいな…」
「フフッ、冗談よ。なんだかね、あと少しで引退するっていうタイミングで、上井くんは最後にいい思い出を吹奏楽部で作れて、良かったな…って思って。何せ上井くんの後見人を自負してたアタシですから」
「そうやね。山神さんが途中入部で悩んでた俺に救いの手を差し伸べてくれたけぇ、吹奏楽部を辞めずに済んだんじゃもんね」
「そうよ!アタシは救いの女神なのよ!」
そんな会話をしているケイちゃんと上井くんを見てたら、何故か不安な気持ちになっちゃった。
なんなんだろ、この気持ち。
1年の女の子に嫉妬したのとはまた違う、変な気持ち…。
上井くんが遠くへ行ってしまうような錯覚…。
「ん?チカちゃん、どうかした?黙っちゃって…」
「え?あっ、あぁ…。上井くんとケイちゃんが会話するのって久しぶりじゃない?じゃけぇ、なんか不思議な気持ちで…ね」
「確かにそうよね。コンクールの時以来だっけ?」
「いや、俺は体育祭の予行演習で会話した覚えがあるよ?」
「あっ、そうだわ。アタシがわざとチカちゃんを音楽室に置き去りにして、上井くんと無理やり会話するように仕向けたことがあったね!」
「2人とも、よく覚えとるね…」
アタシはさっき感じた変な気持ちが拭い切れないままだったから、そうとしか言えなかった。
(ケイちゃんは、もしかしたら今でもまだ、上井くんのことが好きなの?)
ふと感じた不安な気持ちの正体は、きっとこれだわ。ケイちゃんは今でも上井くんに片思いし続けてるんだ、きっと。
<次回へ続く>
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