第45話 モーニングムーン
次の日…10月22日からアタシと上井くんは、今まではお別れの場所だった信号機で、朝7時半に待ち合わせることにした。
「お姉ちゃん、部活のラストスパートに向けて、朝練も頑張るの?」
「うん、頑張るよ!」
母は今までよりも早く登校しようとするアタシを、不思議そうに見ていた。
でもアタシの考えてた事なんて筒抜けだったみたい。
「じゃ、上井くんによろしくね」
「うん!…って、お母さーん?」
「引っかかったわね~。上井くんと一緒に登校するんでしょ?爽やかでいいじゃない。頑張ってね!」
「んもう、お母さんってば!」
「行ってらっしゃい!気を付けてね!」
母には一生敵わないんじゃないかと思わされた。でも急がないと…
(言い出したアタシの方が遅かったら話にならないもんね)
小走りで信号機へと向かう。
信号機には…
(まだ上井くんは来てない、良かった…)
学校は腕時計が禁止だから、今何時何分なのかよく分からなかったけど、約束の7時半よりは早く着いたはず。
(上井くん、今頃どんなこと考えて歩いてるのかな?本当に目覚まし時計、買ったのかな?結婚の話とか、キスしそうになったこととか、何か考えたりしたのかな?)
しばらく待ってたら、遠くに黒い服の人影が見え、その人影は少し走り出してアタシに向かってきた。
(上井くんだよね、きっと♪)
ハッキリと上井くんだと分かったのは、アタシの視力が悪いせいで、かなり近くになってからだけど、でも遠くてもアタシは確信してた。
「神戸さーん!おはよう。待ったよね?」
「上井くん、おはよ!ううん、大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん。じゃ、行こっ!」
ここで手を繋いだり、腕を組もうとしないのも上井くんらしいところ。
逆にアタシとしては、ちょっとフラストレーションが溜まるけど…。
それはいつかお休みの日にデートした時まで、とっておこう。
「ねぇ、上井くん?」
「ん?なに?」
「昨日、アタシと別れた後、目覚まし時計は買ったの?」
「目覚まし時計ね!うん、買う意欲はあったんよ、ホンマに。でもさ、この信号機から我が家までの間に、時計屋ってものがなくってさ。結局買えんかった」
「アハハッ!なんか上井くんらしいな~」
「あとね、ついでに付け足すと、お金もなかった」
「もう、朝から笑わせないでよ~。でも上井くん、元気が戻って…良かった」
「…だよね。ここ最近、俺が元気がない事が多くて、神戸さんを心配させちゃってるよね。ごめんね」
「ううん、いいのよ?人間だもん。それに今はこの先、高校受験が待ち構えてるじゃない?アタシだって悩みの沼に落ちるかもしれんし」
「その時は…俺が助けて上げられたら、いいな」
「うん、助けてね、もしかしたら人生を共にするアタシのことを…」
そう言って上井くんを少し見上げるように見つめたら、照れて顔を背けちゃった。
照れ屋なのは一生ものなのかな?朝から結婚を匂わせるようなことを言うのは、刺激的だったかな?
「今日の部活でさ…」
「え?今日は何かあるの?」
「ううん、違うよ。竹吉先生だよ」
「あっ、先生ね…うん、な、なぁに?」
アタシは女の子っぽさを意識的にアピールしながら聞き返した。
「昨日、神戸さんと…」
「……」
「ずーっと信号機の所にいたこと、言われるかな」
アタシは、キスしそうになったことを言うのかな?って思って身構えてたけど、照れ屋の上井くんには今の表現が精一杯なんだね。うん、分かるよ…。
「大丈夫でしょ?合奏の場でそんなことには触れないと思うけどな、アタシは」
「そうかな?やっぱりちょっと心配でならなくてさぁ…色々と」
「フフッ、色々…あったよね、昨日は…」
「神戸さん、意味深に言うのは禁止!」
「だってぇ。じゃあ上井くんもアタシの前で照れるの禁止!」
アタシ達は顔を見合わせて笑った。
朝を上井くんと登校することでスタートを切れるっていうのは、アタシにはとても嬉しかった。
最初のこの日は、そのまま音楽室に行って、朝練に参加したよ。
『吹奏楽まつり』が2週間後に控えてるから、その大会で演奏する曲をメインに練習してるんだけど、既に何人か部員は来てた。
でもアタシと上井くんが同時に音楽室に来ても、同期生は「おはよう!」、後輩は「おはようございます」とだけしか言わなかったから、アタシと上井くんが2人でいるのも違和感なくなったのかな?
その後の練習は上井くんとは別行動になるけど、特にクラの同期や後輩に何か言われることもなかったし。ケイちゃんも普通におはようくらいしか言わなかったなぁ。
予鈴が鳴って朝練が終わった時も、アタシは最後に上井くんが全員教室へ戻ったのを確認して音楽室のドアを閉めるまで待った後、一緒に3年1組に戻ったの。
そして戻りながら会話したんだ。
「アタシ、もしかしたら上井くんと一緒に来たこととか、他の人に何か言われるかな…って、ちょっと覚悟してたんだ」
「覚悟?そんな強い警戒心を持ってたの?」
「うん…一応ね。でも、誰も何も言わなかったよね」
「そうだね。もう部内では…表立っては、何も言われんのじゃないかな?」
「そうだといいな。あとね、結構沢山のカップルがクラスとか同級生におるじゃん?」
「まあ、結構おるよね、有名カップルとか」
実はアタシと上井くんの3年1組の中だけでも、3組もカップルがいて、アタシ達を足したら4組になるんだよね。
「アタシと上井くんも、そういう…何て言えばいいかな…誰でも知ってる、公認カップル?みたいになれたらいいな、なんて思ってるの」
「こっ、公認カップル!」
上井くんの顔が一気に赤くなっちゃった。アタシが言ったこと、そんなに照れることだったのかな?
「そうなれば…。アタシの夏休みの失敗も取り返せるかな、なんて思ってるの」
「え?夏休みの失敗?」
「あの…上井くんがせっかく勇気を出して一緒に帰ろうって言ってくれたのに、アタシが一方的に中止しちゃったでしょ?アタシ、あのことがずっと失敗だったな…って、忘れられないの」
「その失敗は…。もう気にしなくてもいいよ」
「えっ、なんで?そのせいでせっかくの夏休み、アタシ、上井くんと話せなくなっちゃったじゃない?」
「もちろん、夏休みにカップルらしいことが出来なかったのは、残念だったけど。でも、話そうと思えば話せたのに、俺が変なネガティブに陥っちゃって話せなかったんじゃけぇ、俺のせいでもあるじゃん?そしてコンクールに行く時、バスの中でお互いの気持ちを確認したじゃん?じゃけぇ、失敗なんて思わずに、お互いの成長に必要なこと、お互いを知るために大事なことだったんよ。失敗だなんて思わんとってよ。ね?」
「……」
「どしたん?」
「もう…上井くんってば…。教室に入る前に言わないで、そんなこと」
アタシは感激してた。
こんな優しい言葉を掛けてくれるなんて。
アタシの一方通行で、上井くんを寂しい目に遭わせたのに。
上井くんはアタシにフラれるかもしれない、とまで悩んだって、ケイちゃんに打ち明けてたというのに。
「でも今さ、こうやって神戸さんと2人で話しながら歩けてるじゃん?これだけで俺は本当に幸せ者だよ!」
ダメだよ、これ以上優しい言葉を言われると、涙が…。
「ちょっと落ち着こうか?」
「え?」
「神戸さんが笑顔になるまで。渡り廊下で少しだけ…」
上井くんはアタシの変化に気付いていたみたい。そう言って上井くんは3年1組まであと少しという所で、渡り廊下へと向きを変えた。
「もうすぐ、せっ、先生、来ちゃうよ?」
「先生には…朝練でつい…って言えばいいよ。何か見失って探し物したとか。神戸さんには迷惑掛けない。部長の俺が全部悪いことにするけぇ、安心して」
「上井くん…」
本当に優しい男の子。
ここまで来ても、手を繋いだりはしてないけど、アタシの心はポカポカしてるよ。
「ここから見える風景も、たまには良いよね」
「う、うん。そうだね」
お陰で、感激してつい涙が溢れたけど、すぐに落ち着けたよ。
「もう大丈夫?じゃ、クラスに戻ろうか」
「うん!」
アタシと上井くんは、3年1組に戻った。
やっぱり竹吉先生が先に来ていて、朝のホームルームが始まっていた。
「お、吹奏楽部コンビ、やっとお出ましか。どしたんや、何か起きたか?」
「はい、すいません、先生。俺の楽譜が1枚なくなって、何処を探しても見付からんのです。ちゃんとファイルに挟んでおいたのに。それを探してたら、神戸さんも心配して残ってくれて…」
上井くん、必死に言い訳してくれてる。アタシのせいよね。ごめんね…。
「ふーん、で、その譜面は見付かったんか?」
「はい、ありました!」
「ほぉ、良かったのぉ」
クラスのみんなまで、何故か良かった良かったと拍手してくれている。
「譜面がないと大変じゃもんな。渡り廊下まで探しに行って良かったな」
「へ?せっ、先生…」
わっ、先生には全てお見通しなの…?上井くん、マズイって顔になってる…。
「まあ、一緒に探してくれる彼女がおって良かったのぉ。まあ今後は譜面を無くさんように気を付けること。お前、あと3週間は部長なんじゃけぇな?」
「はっ、はいぃ…。以後気を付けます…」
ヒューヒューとかみんなに言われてたけど、上井くんは特に3班のみんなに突っ込まれてた。中でも笹木さんが突っ込み激しいような気がしたよ…。
「じゃ続きじゃけど、合唱コンクールの練習をそろそろ本格的に始めんといけんのじゃ。歌はもう決まっとるけど、ピアノと指揮者を決めんといかんのじゃけど…。ピアノはどうしても弾ける人が限られてくるけぇ、俺の指名になってしまうけど、川野、ピアノ頼めるか?」
今朝のホームルームでは、文化祭の合唱コンクールについて話してたんだね、やっと理解出来たわ。
「えっ、アタシですか?…うーん、はい、分かりました」
川野さんは半分驚きつつ、半分は仕方ない、みたいな感じで答えてた。
「悪いな、川野。でも一応全員に聞いとくが、いや、川野にピアノをやらすわけにはいかん、俺がやる!ってヤツ、おるか?」
教室内に笑いが起きた。ピアノを弾くって言ったら、大抵は女の子なのに、俺が…なんて言い方するんじゃもん。
「先生、ピアノを弾く子は、俺が弾く!なんて言わんじゃろ」
クラスのリーダー、谷村くんがそう言った。
「あ、そうか。まあええじゃないか。他にピアノ立候補者は…おらんな?じゃ、川野!悪いがピアノ頼むな。吹奏楽部の練習もあるけど」
「はい、まあ半分覚悟はしてたので、大丈夫です」
「頼もしいのぉ。みんな、川野に拍手してやってくれ」
みんな拍手して、川野さんは立って頭を下げてた。
「後は指揮者なんじゃが…。今はもう時間がないけぇ、今日の帰りのホームルームの時に改めて聞くことにする。指揮者やってみたいって思ったら、帰りのホームルームで立候補してくれ。じゃ、これで朝のホームルームは終わり。1時間目の準備してくれよ」
先生はそう言って教室から出ていこうとしたけど、その前に思い出したように…
「あ、上井。部活の始まりの時は遅刻するなよ」
もう先生ってば!上井くん、また笹木さんに弄られてるじゃない…。
でも合唱コンクールの指揮者…。他に立候補者がいなかったら、やってみようかなぁ。
そしたら指揮しながら、上井くんの顔も見れるし♪
昼休みに上井くんに相談してみようっと。
<次回へ続く>
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