第44話 未来予想図
2人で部活後に一緒に帰るなんて、いつ以来かな?
アタシがまだ上井くんのことをよく理解してなくて、軽い気持ちで今日で一旦、一緒に帰るのを中断させて、って言った、7月末に遡らなくちゃいけない。
暑い夏の日だったな…。
約3ヶ月ぶりなんだね。
あの頃に戻れるなら、ずっと一緒に帰ろうってやり直せるのにな。
とにかくアタシは、今日上井くんに言いたかったことを言わなくちゃいけない。
「あのね、上井くん…」
「ん?どしたん?」
今度は上井くんは、あまり警戒した雰囲気にはならなかった。
今の今まで、ずっと楽しい会話を続けてたし、今の呼び掛けも、あえて意識して、アタシなりに深刻にならないよう、女の子ってことを意識しながら、照れながら呼び掛けてみたから。
「一つ…。提案があるの」
「提案?」
「あのね…。朝、一緒に登校してみない?」
「朝?一緒に?朝かぁ…。うーん、なるほどね…」
それまでの雰囲気のせいか、割りとスムーズに上井くんはアタシの提案を聞いてくれた。
アタシは、もう一緒に帰ってもいいな、と思ってはいたけど、部活を引退した後のことを考えると、ちょっと二の足を踏んじゃってた。
クラスの帰りの学活が終わったら、そのまま2人で帰るってのもなんだか…。
でも朝なら、あまり他の人に見られることもなく、アタシ達だけでお話しながら登校出来るし、ちょっと早目に登校すれば学校に着いてからもお話出来る。
部活引退まではそのまま朝練に出ればいいし、部活引退後は教室で他のみんなが来るまで話せるし。
もちろん、朝一緒に登校するだけで満足してちゃいけない。
出来れば2学期中に、夏休み以来のお互いの夢、お休みの日のデートも実現させたいし、2人で勉強してお互いに苦手な部分を教え合ったりして、上井くんと一緒に西廿日高校に進学したい夢もあるし。
朝一緒に登校するのは、改めて上井くんとしっかり付き合いたいっていう、アタシなりのメッセージのつもり。
「どう?上井くん…」
「うーん、俺、朝が弱いけど、神戸さんと待ち合わせることになったら、ちゃんと起きれそうな気がするよ」
「ん?ということは…」
「うん!その提案に乗らせて頂きますっ!」
「ホント?わぁ、良かった~♪」
アタシは嬉しいと同時に、なんだか力が抜けるような感じになった。
なんだろう、知らないうちにアタシも緊張して、力が入ってたのかな?
「神戸さん、ありがとう」
「えっ、なんで?」
「俺がなかなか動けない…というより、照れて声を掛けたり出来なくて、本当にゴメンって、いつも思ってる。そんな俺を見捨てることなく、彼女でいてくれることが本当に嬉しくて。だから、ありがとうって思ったんよ」
上井くんが発した一言に、不意にアタシは感激しちゃって、思わず涙が溢れてきちゃった。
「あっ、ごめん。何か泣かすようなこと言っちゃったかな…」
上井くんはそう言うと、慌ててハンカチをズボンのポケットから出して、アタシに渡してくれた。
「…いいよ、自分のがあるけぇ。でも…ありがとう」
アタシが上井くんを好きな理由の一つは、こんな思いやりのある所。
林間学校で見た、ユンちゃんに靴を貸して自分は裸足で1日過ごしたことに繋がるの。
こういうことをさり気なく出来るのが、上井くんの優しい所なんだ。
他の男子だと、どこか計算めいたものを感じたりするけど、上井くんはそんなことなく、自然にそういう行動が出来る男の子。
きっと上井くんのご両親の子育てって、素晴らしいんだろうな。
アタシの嬉し泣きも収まったから、改めて朝一緒に登校することについて話したの。
「ねぇ、上井くん?いつから始める?」
「俺?俺なら明日からでもいいよ!」
「本当に?ウフッ、明日の朝、ホントに起きれる?」
「おっ、起きれるってば。彼女のためなら、目覚まし時計を今から3つ買いに行ってもええよ?」
「アハハッ、そこまでしなくていいよ。でも嬉しいな…。じゃあさ、この信号機で、7時半に待ち合わせ。どうかな?」
「うん、いいよ。大体俺の社宅からここまで15分ほどじゃけぇ、逆算して…。7時15分までに家を出るとすると6時半に起きればいいね。それなら何とかなるよ。夏場は6時半に起きとったし」
「夏場は?えっ、というと最近は遅かったの?」
「…恥ずかしながら…俺の部屋、東向きなんよね。じゃけぇ、夏は5時頃に一度、嫌でも目が覚めとったんよ。でも今は朝が遅くて…」
「そうなんだ?今からの季節、大丈夫かな~?」
「じゃけぇ、目覚まし時計をこのまま買いに行って…」
「フフッ、上井くんなら大丈夫!アタシ、上井くんが時間に厳しいってのを知ってるから。だってどんな場面でも遅刻したことって一度もないでしょ?」
「…うん、まあそうじゃけど…よく知っとるねぇ」
「だって…。アタシの好きな男の子だもん」
アタシは周りが既に暗いせいもあってか、つい大胆なことを言っちゃった。
でも周りが暗くても、上井くんが照れて顔を真っ赤にしてるのは、よく分かったよ。
「…あの…神戸さん…」
「え?」
「月並みじゃけど、ありがとう。俺も神戸さんが好きじゃけぇね」
「…もう、上井くんってば…」
信号機の前でお互いに照れ合って、何分経過したやら。
ふと車のクラクションが鳴って、アタシと上井くんはビックリして車の方を見た。
竹吉先生が帰ろうとして赤信号待ちをしていた。
「おーい、俺は帰るけど、2人は明日の朝までここにおるんか?」
「まっ、まさか!先生、驚かさないで下さいよ」
「いや、結構前に上井は鍵を置いて帰ったはずなのに、なんでまだ信号の所におるんじゃ?と思うたら、ああ、そういうことか、ってな」
「先生、秘密にしといて下さいよ!」
「うーん、それは分からん」
「ちょっと、先生!」
「じゃあな、これからも仲良くな。また明日~」
信号が変わったので、先生は車の窓を閉め、出発していった。
「先生ったら、楽しんどるよね?」
上井くんがそう言った。
「…うん、アタシ達が照れるのを喜んでるよね」
「もしかしたら、俺と神戸さんの2人を見て、先生の青春時代を思い出したりしてるのかも?」
「えー、そうかな?だって先生は2人目のお子さんが生まれたばかりでしょ?素敵なご家庭で充実しておられるんじゃないかな?」
「お子さん…赤ちゃんかぁ。俺、昔から赤ちゃんが大好きでね。昔よく、隣の家の赤ちゃんと勝手に遊んでたよ。俺が何かしたらニコッと笑ってくれるのが可愛くてね〜。子供のころは、親に弟か妹が欲しいって、どれだけ無茶なお願いしたやら。アハハッ」
「うん、上井くんって家庭を大事にする旦那さんになりそうだね。アタシ…」
そこまで言って、アタシは思わず飛んだ発言をしそうになったのでストップさせたけど…
「神戸さん、どしたん?アタシ…で止まっちゃったけど」
上井くんは気付いてないみたいで良かった。
多分アタシは無意識に、上井くんと結婚して赤ちゃんを産んで…って将来を、漠然と想像しちゃってた。いくらなんでも、まだそこまでは早いわ…。だからちょっと控え目に…。
「あ、あのね、アタシがいつか結婚する旦那さんも、上井くんみたいな男の人ならいいな、って思って」
「…け、結婚…」
控え目に言ったつもりでも、上井くんは頭から湯気を出さんばかりに真っ赤になってた。
「こここっ、神戸さんって、結婚とか、もう考えたりしてるの?」
言い方、失敗しちゃったかな…。でもアタシの素直な気持ちを言うチャンスかもしれない。
「女の子なら…この年くらいになれば、するかしないかは別として、将来の道として、結婚についてそろそろ一度は考えると思うよ?アタシは…結婚したいか、したくないか、で言うと、結婚したい方に入るかな。上井くんは?どう?男の子として」
「おっ、俺?結婚は…詳しく考えたことはないけど…しないって選択肢はない…かなぁ。いつかはしたいよ?」
上井くんの本音を引き出せて、アタシは満足してた。
いつかは結婚したい、その言葉だけで今のアタシには十分なの。
「あの…上井くん?」
「え?」
「あの…ね。このままアタシ達、ずっと付き合っていくか、あるいは…万が一ってこともあるかもしれない。だけどね、あの…あのさ…」
アタシはこの先のセリフを言っていいものかどうか、口籠ってしまった。
「どうしたの?その先の言葉、聞かせてよ?」
そうなるよね。よし、思い切って…。
「あのね、10年後、お互いに25才になった時に、このまま付き合っていたらもちろんだけど、万一のことがあって別々になってたとしても…」
「……」
上井くんはアタシが何を言うのか、固唾を飲んで見つめている。
「あっ、あのねっ、お互いにね、決まった相手がもし、もしいなかったら、その…結婚、したい。上井くんと」
「……」
上井くんは真剣な眼差しでアタシを見つめ、同時にどんな返事をしようか考えているようだった。
「ごめんね、女のアタシからこんなこと言って。でもね、さっきの上井くんの話で、上井くんが赤ちゃんと遊んでる姿とか想像したりね、それをアタシが見守ってる光景がね、自然と浮かんできたの。それで…」
「いやっ、神戸さんの将来を縛ることは出来ないよ」
「えっ?」
え…上井くん?想像してない第一声が帰ってきちゃったけど…
「だけど、神戸さんの未来の予想図に俺がいるのは、めっちゃ嬉しいよ!」
「上井くん…」
「その…25才って、順調にこのまま人生を歩んでいったら、就職してるはずだよね。だからお互いどうなってるかは、全然想像もつかない…じゃん?」
「まっ、まあね…」
「でも、何してるのやら想像もつかない未来の予想図に、俺なんかを候補に入れてくれて、ありがとう!本当に嬉しいよ」
「よ、良かった…」
「え、なんで?」
「だって上井くんは最初、アタシの将来を縛れないとか言うから…一瞬、不安になっちゃったじゃない」
「あっ、その言葉は…。あまり深い意味に捉えないでね。テレビドラマの見すぎでカッコ付けただけかもしれんけぇ」
「フフッ、そうなの?でも、その言葉は言葉で、確かにそうだよね。アタシも、上井くんの10年後を縛ることは出来ないもん」
「……」
「一番いいのは、ずっとこのまま…」
アタシは上井くんを見上げた。いつもはそんな時に照れて目を逸らす上井くんが、今回は目を逸らさずにアタシの目をしっかりと見てくれた。
(キャッ、この雰囲気、この流れ…。もしかして…初めての…)
上井くんが少しアタシ寄りに身体を近付けた。アタシの心臓は爆発しそうなほど、鼓動を速めている。
そして…
「まだそこにおったんか?もういい加減、帰らんと、親御さんが心配するぞ!」
「え?竹吉先生…」
アタシと上井くんの声が重なった。
「先生…。先生こそ、なんで2度目の登場なんです?」
上井くんが聞いてくれた。
「俺か?俺は職員室に財布を忘れてよ~。取りに戻って来たんよ。ガソリン入れようとしたら何処探しても財布がないけぇ、あちゃあ、職員ロッカーに忘れた!と思って戻ったら、財布は無事に見付けたけど、お前達も見付けてしもうてな。流石にもうそろそろ帰った方がええぞ?」
「は…はい…。分かりました」
信号が青に変わって、先生の車は数回クラクションを鳴らして先生の家の方へと走り出していった。
アタシと上井くんは見つめ合うと、お互い笑い出した。
「アハハッ、なーんか、アタシ達っていざって言う時、タイミングが合わないね!」
「いやー、今のは不意を突かれ過ぎた…ね」
「あの…まだ、早い、ってこと、かな」
「そっ、そうかもね」
具体的にキスっていう単語は使わなかったけど、あのまま竹吉先生の横槍が無かったら、アタシは上井くんと初めてのキスを交わしていたと思う。
「じゃあ、いつの日か満を持して…かな」
「う、うん。その日まで、頑張ろうね」
そう言って信号機でアタシと上井くんは明日の朝からの一緒の登校を再度確認して、別れた。
(上井くん、キスって言葉は使わなかったけど、絶対にそのつもりだったよね?明日の朝、聞いてみようかな…。でも、朝から聞けるかな…)
久々の上井くんとの帰り道は、心がポカポカした帰り道になった。
アタシ達…ずっとこの先も…きっと…。
<次回へ続く>
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