第42話 決心
アタシは山神のケイちゃんと一緒に、中間テストが終わって部活再開となった音楽室へと向かっていた。
その途中でケイちゃんが、上井くんが吹奏楽部の部長じゃなかったら、もっとアタシ達はスムーズに付き合えていたんじゃないか…って言い出したんだ。
アタシは上井くんが部長だとか、そんなことは関係なく、彼の優しさに触れて好きになったから、ケイちゃんがなんでそんなことを言い出したのか、気持ちを図りかねてた。
「まずはね、夏休み」
「そんな最初に遡るの?」
「うん。上井くんが部長だから、チカちゃんは2人で帰るのを途中で止めちゃった、アタシはそう思うの」
「えっ?なんで?」
「チカちゃん、アタシがなんで上井くんと帰るのを止めたの?って聞いたら、あまりに注目されて、アレコレ有ること無いこと言われるのに耐えられないから…みたいなことを言ったでしょ」
「うん…。よく覚えてるね、ケイちゃん」
「そ、そりゃあ…。2人ともアタシの大切な…同級生じゃもん」
少し言葉を選びながら、ケイちゃんはそう言った。
「そのね、注目されてアレコレ言われるのは、やっぱり上井くんが部長だからだよ。北村先輩と違って、上井くんはどう見ても優しくてホンワカした印象でしょ?部活で声を荒げることも殆どないし…。北村先輩と違って」
「うん…」
ケイちゃんは、やたらと北村先輩と違って、という言葉を強調していた。別れたとはいえ、今でも良くも悪くも精神的に影響が残ってるのかな。
「そんな後輩から親しみやすい部長に、夏休み前に彼女が出来た!っていうのは、イチ部員にしてみたら…やっぱりニュースだよ。アタシはそう思う」
「そうなのかな?」
「そうだってば。だから密かに上井部長に憧れてた1年や2年の女の子はガックリしちゃって、上井先輩と神戸先輩が付き合ってるってホントですか?って、アタシに聞きに来た子もいたしね」
そう言えば船木さんも、打楽器の2年の女子が失恋した…って言ってたな…。
「後輩の女の子の憧れ、優しくて楽しい上井部長に彼女が出来たってのは、そういう大きな意味を持つのよ。もし上井くんが部長じゃなかったら、後輩の女の子だって、そんなに上井くんに興味は持たないと思うのよね。部長だからみんなの前で話したり、個別に相談を受けたりすることも多いから、優しくて楽しい上井部長ってイメージが出来て、特に年下の女の子からは憧れの対象になるわけなのよ。野球部のエースがモテるのと同じ理論よ」
ケイちゃんなりの分析だった。言われてみると、確かにそうかもしれない。悩んでる後輩には、上井くんから声を掛けてたりするもん。それも優しい口調で…。
「だからみんなが、上井部長と神戸先輩が付き合いだして、いよいよ2人で帰りだしたってなったら、どんな風に帰るのか、興味を持つんよ。実際に現場を見てなくても、見た部員から話を聞いたりして。それで、外野がうるさくなっていって、上井くんがご両親の実家に帰省してチカちゃん1人だった時に、ああでもない、こうでもないっていう噂が、色々尾ひれが付いてピークになったんじゃないかな。チカちゃんは上井くんがいないから、そんなホントもウソもごちゃまぜになった、上井くんとの帰り道の出来事を一方的に聞かされて、そんなに色々言われるなら、もう一緒に帰るの、ヤダ!ってなったんだと、今更じゃけど、アタシは推測してるんだ」
「そうかもしれないね…。あの頃ってアタシも上井くんと一緒に帰って、色々お話し出来るのは楽しかったんだよ?でも上井くんが富山に行ってる間に、事実じゃないことも本当のように言われたり聞かれたり。それって、その時は単に部内に新しいカップルが出来たから、どうしても注目されてしまうんのかな…って思ってたけど、ケイちゃんに分析されて、やっと上井くんが部長だからってことや、部長じゃなかったらもっとスムーズに付き合えたんじゃないかっていう意味が分かったような…気がする」
「ごめんね~、部活前にアタシの勝手なややこしい推測を聞かせちゃって」
「いや、ありがたいよ?ケイちゃんがいなかったら、アタシと上井くんは、とっくに別れてたかもしれないんだし…」
「そう?今も2人が続いてるのは、アタシのお陰かしら?でもまあ、もし2人があっという間に空中分解してたら、上井くんに片思いしてた子達は、2人の別れを喜んだかもしれないね」
「な、何だかセリフが不穏だよ、ケイちゃん…。でもさ、もし万一、アタシと上井くんが別れたりして、そのことが部内に知れ渡ったら、後輩の女の子って、すぐに上井くんに告白するものかなぁ?」
「うーん、後輩の子達みんなが一斉に上井くんに群がるかって言ったら、流石にそんな絵は想像出来んけどさ」
「だよね?」
「でも、フルートの横田ちゃんは、すぐ行動に移すだろうなぁ、きっと」
「……」
女の子と言っても、みんな性格が一緒な訳はないし、上井くんに片思いしてた後輩の女子がどれだけいるかも、アタシは知らない。
でも上井くんと付き合うことって、事前に想像していた以上に、神経を使わなくちゃいけないんだ、そんなことが分かって来た。
音楽室に着いたら、上井くんはもうバリトンサックスを出した上で、男子の後輩達と笑いながらお昼ご飯を食べていた。
「神戸さーん、山神さーん、待ってたよー。お昼、食べよう?」
クラの中谷さんがアタシとケイちゃんに声を掛けてくれた。
いつもの土曜日のお昼の光景が、繰り広げられていた。
ただいつもと違うのは、アタシの心境。
ケイちゃんに上井くんが部長じゃなかったら、もっとスムーズに付き合えるのにと言われて、その意味も少し分かったけど、じゃあこの先、アタシは上井くんとどう付き合えばいいんだろうっていう、根本的な悩みは解決されていない。
夏休みに上井くんはケイちゃんに、アタシとどう付き合えばいいのか分からない、って悩みを打ち明けたとは聞いたけど、それはアタシが2人で一緒に帰るのを、付き合い始めたばかりなのに勝手にアタシが止めたせい、それはもう十分すぎるほど理解したつもり。
今アタシがどう付き合えばいいのか分からなくなってるのは…。
上井くんが何を考えているのかが分からないから。だからどう接したら良いのか、分からなくなっちゃってる。
月曜日の朝には直接話してるし、以前のように手紙のやり取りをすればいいのかもしれないけど、形的にはアタシから一方的に止めた状態になってて、新たに何を書けばよいのか、分からなくなっているのも一因。
(アタシが返事を書くのを止めてるってことは…。夏に一緒に帰るのを止めた時と同じだわ。やっぱり月曜日の朝に、ちゃんと手紙の今後についても上井くんと話すべきだったな…)
テスト前の月曜日の朝、アタシが強制的に上井くんを渡り廊下へ連れ出して、その前の土曜日の出来事について問い質したんだけど、土曜日に上井くんを尋ねてきた1年生の女の子とは何もなかったのを聞けたのと、直接上井くんと話せたこと自体で満足しちゃって、手紙については言うまでもないかな、って気持ちになったのが、今になって響いてる。
(上井くんと大切なことを2人きりで話したい…)
そのためにどうすればいいんだろう。
付き合い始めた頃、周りのみんなは、上井くんは照れ屋じゃけぇ、アタシがリードせんにゃあいけんよ、って揃いも揃って、アタシの母までアドバイスしてくれた。
(アタシがリードしなくちゃ…)
よし、決めた!上井くん、アタシ、最後の賭けに出るからね。
<次回へ続く>
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