第41話 ラストスパート

 10月19日の土曜日、2日間行われた中間テストも終わって、体育の日の地域イベント以来の部活が再開になった。

 体育系の部活だったクラスメイトは、みんな既に引退してるから、特に部活禁止期間も関係なくて、テストが3時間目に終わったら解放感でだろうけど、アチコチでお喋りし始めた。


 でも文化系のアタシ達、吹奏楽部は、文化祭まで部活を頑張らなくちゃいけない。


「神戸さん、部活再開で嬉しいんじゃない?」


 横に座ってる川野さんが聞いてきた。


「え?なんで?」


「上井くんとまたお話したりできるから」


「えっ?あっ、まあね…」


 部活禁止期間中は、月曜日の朝に無理やり上井くんを掴まえてお話して、アタシの悩みを解決したけど、それだけしか上井くんとの接点がなかった。アタシも中間テスト期間中ということで、上井くんに手紙を書いたり、話し掛けたりといったことはしなかった。

 でも何故か顔が赤くなってたみたいで…。


「神戸さんも照れ屋さんだよね。上井くんといい勝負だわ。アタシ、先に行ってるけど、神戸さんは上井くんと一緒にゆっくり来れば?どうせ部活は午後からじゃけぇ」


「うっ、うん…」


 こうやって周りがアタシと上井くんのことを気に掛けてくれるのはありがたい反面、変なプレッシャーにも襲われる。


(これからどうお付き合いすればいいんだろう?)


 夏休みの部活中、アタシの未熟さで上井くんを傷付けちゃって、せっかくの夏休みなのに1ヶ月話せなかったことがある。

 その時に上井くんの本音を山神のケイちゃんが聞き出してくれたんだけど、その中に


(どう付き合えばいいのか分からない)


 という言葉があったことを、ケイちゃんは教えてくれた。


 今、アタシが見事にその言葉が実感として伝わってきている。


 中間テスト前はお手紙の交換をして、言葉では言えないような気持ちをお互いに書いたりしていた。

 じゃあその手紙の交換を再開させればいいんじゃないかな…とも思うし、実際最初はそう思っていたけど、1週間の間が空いたら、それこそ何を書けばいいのやら迷ってしまう。


(アタシは夏休みに、上井くんにこんな悩みを背負わせちゃったんだね…)


 タイムマシンがあれば、上井くんに2人で帰るのを止めよう、って言った日に戻って、そんなこと言わないようにするのに。

 そうしたらアタシと上井くんの関係だって、もっと違ったものになったはず、って思う。


「あ、やっぱりまだ教室におった」


「え?誰?」


 山神のケイちゃんだった。


「ケイちゃん、どしたん?」


「どしたん?は、アタシが言うセリフよ。上井くんはもう音楽室に来とるのに、肝心の彼女が来ないじゃん。一緒に来ればええのに。じゃけぇ、チカちゃんを連れに来たんよ」


「うん…そうだよね」


 確かに教室を見渡したら、上井くんはもういなかった。

 先に部活に行ったんだね。部長だし、部活再開したらやっぱりすぐに音楽室に行くよね…。でも、アタシに声掛けてくれてもいいのにな。


「また何か悩んどるん?」


 ケイちゃんは空いてたアタシの前の席に反対向きに座って、アタシの顔をジッと見つめて言った。


「素直に言うね。悩んでるよ…」


「やっぱりかぁ。悩む乙女の顔しとるもん」


「え、そんな顔してる?」


「アタシには分かるよ。で、上井くんとどう付き合えばいいのか分かんない、そんな悩みでしょ?」


「ケイちゃん、なんでそこまで分かるの…?」


「だって中間テストが終わった後に何を悩むかって言ったら、テストの出来が悪かった…くらいでしょ?普通なら…。チカちゃんはそんな心配は要らんから、それじゃ何に悩むかって言ったら、上井くんのことしかないじゃん」


「バレバレだね、アタシの考えてること」


「そりゃあ、幼稚園からの付き合いですから」


 ケイちゃんはニコッと微笑んでくれた。ケイちゃんの笑顔は、どんなものにも勝るわ。


「…あのさ、上井くんとは手紙のやり取りしてたのね」


「うんうん、手紙の交換を続けたんじゃね」


「でも中間テスト期間に入ったら、勉強しなきゃいけないし、形としてはアタシが上井くんからの手紙をもらって、返事を書いてないまま終わっちゃってるの」


「ふーん…。なんだか、夏休みの一緒に帰るのを止めた時に似てない?」


「えっ、やっぱり似てる?」


「似てるよー。チカちゃんが一方的に手紙を止めてるところが」


「それを言われると…。まあ確かにそうなんじゃけどね。本当は、中間テストの期間中は手紙の交換を一旦止めて、テストが終わったらまた再開させない?っていう返事を書いてたのよ」


「書いてた?というと、書いてたけど上井くんには渡せなかったの?」


「…そうなの。渡そうとしたのは先週の土曜日なんじゃけど、ちょっとしたハプニングがあってね」


「手紙を渡せなくなるほどのハプニングって、一体何なの?」


「細かく話すと長くなっちゃうけど…。簡単に言うとね、アタシが見知らぬ1年の女の子に嫉妬した、ということになるんだ」


「なっ、なにそれ?嫉妬?チカちゃんが?ちょっとアタシにはすぐには分からない話しなんじゃけど…」


 アタシは先週の土曜日の放課後に起きたことを、結局ケイちゃんに長々と話した。


「ふーん、そういうことなのね。その1年3組の寺尾さんって女の子、さすが陸上部って感じだね」


「え?ケイちゃんはそう思う?」


「うん。実況で助けてくれた恩人に一言お礼を言いたいけど、恩人は誰か分からないから色々な人に聞いて調べて、その結果3年1組の上井くんだと判明した訳でしょ。土曜日の放課後だから上井くんはもう帰ってるかもしれないけど、とりあえず3年1組までやって来たと。そんなこと、1年生なのになかなか出来ないよ?それをやっちゃう根性というか執念というか…。それがさすが陸上部?体育系?ガッツが凄いな、って思ったんよ」


「そういう意味ね。まあ確かに…。実況で助けてくれたから直接本人に会ってお礼を言わなくちゃっていうのは、凄いよね」


「でもチカちゃんは、その子と上井くんが会話してるのを見て、嫉妬したんでしょ?」


「…恥ずかしいけどね。初めてそんな気持ちになったよ、上井くんを取られちゃうって」


「じゃけど、アタシが上井くんと2人で話してても、別にそんなことは思わんでしょ?」


「うん。そんな心配してないよ?」


「フッフッフ…。実は陰では…」


「ちょっと、ケイちゃん?」


「ハハッ、チカちゃんは真面目だね、やっぱり。アタシがそんな大胆なこと、出来る訳無いじゃん。…仮にアタシが何か仕掛けても、上井くんはさ…」


 何故かケイちゃんはここで間を開けてから言った。


「…チカちゃんのことが好きなんだから。心配せんでもええんよ」


 アタシはケイちゃんの妙な間が気になった。もしかしたらケイちゃんの心の奥には、まだ上井くんの存在があるのかもしれない…。


「とりあえずさ、部活に行こうよ。まつりまで2週間、文化祭まで3週間、ラストスパートかけなきゃ!」


「そうだね」


 アタシはカバンを持って席を立った。ケイちゃんも同時に席を立った。


「…上井くんが部長じゃなかったら、もっとスムーズに2人は付き合えたのかな?」


 歩きながら、ケイちゃんがそんなことを言った。


「え?なんで?」


「上井くんが部長だから、チカちゃんは上井くんのことを好きになった?」


「いや?アタシが上井くんのことを気にし出したのは…去年の髪の毛騒動からで…本気になったのは林間学校で…」


「部長だから、じゃないよね。ごめんね、ちょっと確認したかったんだ」


「うん。上井くんが部長じゃなくても、多分…好きになってたと思うよ?」


「そっか。じゃあ尚更、上井くんが部長じゃなかったら、もっとスムーズに2人は付き合えてた、アタシはそう思うな」


「どうして?」


「まずはね…」


 ケイちゃんは、アタシと上井くんの交際を、どんな思いで見てたの?


<次回へ続く>

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