第40話 ジェラシーを微笑みに変えて

 10月14日、月曜日の朝。中間テストまであと3日。アタシはいつもより少し早めに学校に着いた。

 まだ誰も3年1組にはいなかった。


 時計を見たら、7時40分だった。


(この時間でも、まだ誰も来てないんだね)


 アタシが上井くんの机に手紙を入れるために早目に登校する時は、7時30分には着くように頑張ってたけど、みんなそんなに早くないのかな。

 でも今日は、手紙のために早く来たんじゃなくて…。


 上井くんが登校して来たら掴まえて、土曜日のことを確認するつもりなの。


 アタシがあんな気持ちになったのは初めてだったけど、ユンちゃんやお母さんの意見を聞いてたら、1年の女の子に対する嫉妬だって言われて、それだけアタシは上井くんを取られたくないって思ってるはず、とも言われた。


 勿論、上井くんのことは好き。

 だけどその気持ちが、取られたくない!っていう風に変わるものなのかな。

 初めてのことだから、アタシ自身よく分からないんだけど…。


 その内少しずつ生徒の声が聞こえてきて、1組にもクラスメイトが集まり始めた。


「あれ?神戸さん、1人?」


 登校してきてそう声を掛けてくれたのは、意外にも男子の真崎くんだった。野球部だった真崎くんは夏の大会で引退して、かなり髪の毛が伸びてきていた。


「あ、真崎くん、おはよう。そうなの、早く着いちゃって1人なの」


「上井は?一緒じゃないん?」


「う、うん。朝一緒に登校してる訳じゃないから…」


「そっか。確かに一緒に帰るカップルはおっても、一緒に登校するカップルは聞いたことないのぉ。じゃあ、上井待ちってとこか?」


「そんなところ…」


「上井もいつ来るやら、やね。早う来りゃええのに」


「心配してくれてありがとう」


 真崎くんと会話していたら、続々と同級生が登校してきたから、会話も自然に終わったけど、上井くん以外の男子とこんなに会話したのって、林間学校での松田くんと山本くんくらいかな。


 それでもアタシと上井くんが付き合ってるのを真崎くんにまで知られてるってことは、もうほぼクラス全員が知ってると思っても過言じゃないよね…。

 変な行動は出来ないわ。気を付けなくちゃ。


 肝心のアタシの待ち人は、8時頃に教室に入って来た。

 アタシはすぐ立ち上がって上井くんの横へ行き、上井くんの学ランの袖を引っ張った。


「おぉっ?誰?…神戸さんか、ビックリした…。おはよう」


「おはよ、上井くん。ね、久しぶりにちょっとお話したいんじゃけど、時間、いい?」


「う、うん、先生が来るまでなら…」


 朝の喧騒の中、アタシは上井くんを、隣の校舎と繋がってる渡り廊下へと連れて行った。


「何々、ここまで来ないとダメな話?」


 なんとなく上井くんは不安そうな顔をしている。


「…うん。他の人には聞かれたくないの…」


 そうアタシが少し元気なく言ったら、上井くんは更に表情が変わって、思い詰めるようにこう言った。


「もし…他に好きな人が出来たとか、別れたいとかそんな話なら、思い切り俺のこと、フッてくれていいから、手短に頼むね…」


 上井くんはアタシにフラれると思ったみたい。だから逆に緊張してたアタシの方が、リラックスしちゃった。


「そんな…何を言い出すの?」


「へ?」


「こんな時期に上井くんと別れるなんて、考えてないよ」


「でも、教室じゃなくて渡り廊下まで連れて来られて、他の人に聞かれたくないような話って言ったら、別れ話しか思い付かんし…」


「ごめんね、アタシが大袈裟に言っちゃったかな。別れ話なんかじゃないよ?」


「本当に?」


「うん、本当に」


「はぁ…、良かった…。俺、偉そうなこと言ったけど、やっぱり別れたくなかったし、フラれるなんてミジメだし。ホッとした…けど、一体何の話なの?」


 やっと上井くんの表情が、いつもの表情に戻った。


「あのね…。土曜日の話」


「土曜日?この前の?」


「うん。まだ覚えてるでしょ?」


「ま、まあ大体は…。あっ、もしかしたら、1年3組の女の子のこと?」


「すぐ分かったね。アタシの聞きたいこと」


 上井くんは意外とアッサリとしていた。アタシの心配も無用だったかな…。


「土曜日のことで、わざわざここまで連れて来られるような話って言うと、1年3組の女の子のことかな?って。逆にそれしかないじゃろ」


「うん…。アタシ、ユンちゃんと一緒に、途中まで上井くんとその子の会話聞いてたの。知ってた?」


「…知ってた」


「じゃ、アタシとユンちゃんが途中で帰ったのも、気付いてた?」


「…気付いてた」


「えっ、何よ、アタシ達の動きもチェックしてたんじゃない…」


「そんな怒んないでよ。もう帰った生徒の方が多かったけぇ、3班のみんなの話に付き合っとったら、神戸さんもまだ帰っとらんのじゃ、もしかしたら俺に何かあるんかなって思ったんよ?ただそれだけなのに」


「ご、ごめん…。強く言い過ぎたね、アタシ。あのね、実はアタシが聞きたいのはね、1年3組の女の子との会話は、どんな風に終わったのかな?ってこと」


「あぁ、なるほどね。途中で帰ったら、分かんないよね」


「うん。じゃけぇ、アタシ土日は不安じゃったんよ?1年の子に上井くんを取られたらどうしよう、って」


「どうして?そんな心配なんてせんでもええのに。まさかその1年3組の女の子が、俺に告白でもすると思った?」


「…うん」


「神戸さんっていう俺にはもったいない素敵な彼女がおるのに、他の女子に気が移るわけないじゃん。その子としばらく会話はしたけどさ、別に告白みたいなことは何もなかったし、最後はありがとうございました!って元気に言って、帰ってったよ。そう、神戸さんと松下さんが帰ってから…5分後ぐらいかなぁ?」


「ホントに?」


「本当だよ。3班のみんなに聞いてみてよ。俺は嘘をついてないって分かるから」


「…良かった…」


 アタシは長いトンネルから出たみたいに、急に気持ちが軽くなった。2日間も悩んで損しちゃったような気分になったけど、でも、解決したから…。


「あ、そうそう、事後報告になっちゃうけど、もし他の人が見てたら疑われたり、浮気しとったじゃろとか言われる危険があるから言っとくね」


「えっ…。逆に、なに?」


 再びアタシを困惑させるようなことを上井くんが言うかと思ったら…


「土曜日、その1年の女の子と話し終わって、3班のみんなに冷やかされてから、じゃ帰ろうかってなったんよね」


「冷やかされたの?」


「まあ…。みんな俺が神戸さんと付き合っとるのは知っとるけぇ、浮気はいけんよとか、年下に手を出しちゃ犯罪だとか」


「キャハハッ!それは冷やかしじゃなくて、冗談みたいなもんだね。良かった」


「本題はその次なんじゃけど…。その日、帰ろうとしたらもう神戸さんは先に帰っとったじゃろ?」


「あっ、うん。途中でね」


「じゃけぇ笹木さんが、彼女に先に帰られた哀れな男が悲しまんように…とか冗談言ってくれて、2人で一緒に帰ったんよ」


「ああ、そうなんだ。でも笹木さんなら心配要らないよ。ちゃんと教えてくれてありがとう」


「うん。やっぱり神戸さんには言っとかんとね。笹木さんにも、ちゃんと神戸さんに、月曜日に言っといてよ~って釘を刺されとるし」


「ハハッ、笹木さんも慎重じゃね~」


「それでさ、せっかく久々に話せたけぇ、合わせて聞くけど」


 瞬間的にアタシは身構えた。きっと土曜日に残ってた理由を聞かれると思ったから。でも…どう答えよう…。


「土曜日に松下さんと一緒に残っとったんは、俺のことを待ってくれとったん?それとも別の用事?」


「あ、あのね、最近お手紙のやり取りはしてたけど、直接こうやってお話とか出来てなかったじゃない?忙しくて」


「まあ、確かに」


「だっ、だからね、土曜日だし、たまに上井くんと直接お話しながら帰れたらな、って思って…」


「本当に?わ、嬉しい…けどゴメンね、になっちゃったね。予期せぬ事態が起きたけぇ…」


「そう、だよね」


「でも、また一緒に帰ってもいい…って思ってくれただけでも、俺は嬉しいよ」


「う、うん…」


「だけど、神戸さんの気持ちが大切じゃけぇ、今日も…とまでは言わんから。気が向いた時、タイミングがいい時でもいいから、たまに…一緒に帰ろう?」


「うん。分かったよ。ゴメンね、朝から…」


「ううん、久しぶりに神戸さんと話せてさ、嬉しかった。手紙もいいけど、話せる方がやっぱり嬉しいもんね」


「アタシも。じゃあ…そろそろ教室に戻らないと、周りがうるさいよね」


「そうだね。先生が先に来とったらシャレにならんし」


 ハプニング的な場面もあったけど、上井くんと話せて良かった。

 お手紙のやり取りの中断は言えなかったけど…。

 中間テスト期間中だもん、しばらくアタシからの返事が止まっても大丈夫よね、きっと…。


<次回へ続く>

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