第39話 母の勘

『Dear 上井くん


 土曜日はお疲れ様。

 突然1年生の女の子がお礼を言いたいって現れた時、ビックリしたんじゃない?

 アタシは途中までしか、その子と上井くんの会話を聞いてないけど、多分上井くんのことだから、上手に終わらせたんじゃないかなって思ってる。


 中間テストの勉強は進んでる?

 竹吉先生が、焦らすこというから、いい点取らなくちゃって、アタシ達も焦るよね。


 それでね、上井くんにお願いなんだけど…


 中間テストが終わるまで…要は今週一杯、手紙の交換は一旦ストップしない?

 部活は禁止期間だからその分の時間はあるけど、勉強もして手紙も書いて、となると、お互いに大変だと思うの。

 だから中間テストが終わるまではちょっとお手紙はお休みして、来週、中間テストが終わったら、再開させたい。

 夏休みの時みたいに、失敗はしないつもり。

 アタシは上井くんが大切だから…。


 来週、アタシからまた手紙書くからね。

 それまではお互いに、西廿日高校目指して頑張ろ?


 ではまたね。


 From チカ』



(こんな手紙で、上井くんは納得してくれるかな…)


 アタシは土曜日、似たような手紙を書いて上井くんに渡そうとしたんだけど、予定が上手くいかなくて、渡せなかった。


 まさか体育祭の時の実況のお礼に、って1年生の女の子が上井くんを尋ねて来るとは思わなかった。

 その子と上井くんの会話が終わるのを待ってたんだけど、なかなか終わりそうもなかったし、その時のアタシには今まで感じたことのないような気持ちが湧いてきたの。


 嫉妬心。


 今まで、上井くんが他の女の子と話してても、特になんとも思わなかったのに、何故かその1年生の子に対して、アタシは物凄い胸騒ぎを覚えたの。


 丁度松下のユンちゃんがいてくれて助かったけど、もしアタシが1人でいたら、どうなってただろう。


 そんな心理状態だったから、その日は手紙を渡すことを止めて、改めて日曜日に書き直したんだけど…。


 何度書き直してもアタシが満足いかなくて、ゴミ箱には凄い数のクシャクシャになった便箋が溜まっちゃった。


 そして、これで終わろう、これを渡そう、そう決めて、言葉に気を付けながら一通の手紙を書いたけど…。


 読み返したら、なんか文章が冷たい、上井くんに対して嫌味な感じになってる…。もう一回書き直そうかな…。


 土日は家にいる間、食事とお風呂の時以外は、こんな感じでずーっと部屋に籠って手紙を書いては直し、書いては直し、ってやってたから、母に心配されちゃった。


 日曜日の夕飯の時、


「チカ、全然部屋から出て来なかったけど、ずっと中間テストの勉強してたの?」


 って聞かれちゃって。


「…うっ、うん、勉強してた…」


「うーん、お母さんにはそうは見えないな」


「うん!アタシも!」


「僕も!」


 父は黙っていたけど、妹の久美子に、珍しく小3の弟の健太まで加わって、アタシの様子がいつもと違うって言われちゃった。


「アハハッ、みんなお姉ちゃんのこと、心配してるよ?チカ、中間テスト以外に悩みがあるんでしょ。となると、一つしかお母さんには思い付かないけどね」


「ね、お母さん!お姉ちゃんのもう1つの悩みって、ウワイクンのこと?」


 まだまだ純真無垢な久美子が、ストレートにそう言うから、アタシは苦笑いするしかなかった。


「ヤレヤレ、お姉ちゃんも男のことで悩むのねぇ。あー、アタシも来年中学に上がったら、男のことで悩むのかしら」


 久美子が場を仕切ってそんなませたことを言うから、お父さんまで笑いだして日曜日の夕飯は少しアタシにとって、心を癒す場になった。




 夕飯後、お風呂から上がって、湯上りにお水を飲んでいたら、改めてお母さんが話し掛けてきた。


「ねえ、チカ?」


「え?なに?」


「ご飯の時は久美子のせいで…というかお陰で、なんとなく貴女も元気が出たみたいだけど、上井くんとのことで本当に悩んでるの?」


「…うん、そうなの」


「お母さんに話せるようなこと?お母さんには秘密にしときたいこと?」


「…本当は黙っておきたいけど、聞いてほしいって気持ちもあるの」


「そう…。青春してるね、チカ」


「はいっ?」


 お母さんの予期せぬ一言に、アタシも思わず変な返事しちゃった。


「お母さんもね、チカくらいの年には、色々悩んだものよ」


「えっ、好きな男の子のこととかで?」


「もちろんよ。お母さんと友達の好きな男の子が一緒になってね、友達とケンカしたこともあるんだから」


「えーっ、お母さん、そんな経験してるの?」


「そうよ。お父さんに出会うまで、色々経験したわよ。だからチカを見てると、恋の悩み…上井くんとのことで悩んでるなんて、すぐに分かるわ」


「お母さんって、凄いね」


「まあ、親に言えないようなことで悩むのも、青春時代にしか出来ないことよ。だから大いに悩んでみなさい。そしてお母さんの昔の経験が参考になるなら、経験とか話してあげるから」


「…うん…ねぇ、お母さん?」


「ん?話す気になったの?」


「う、うん…。あのね、アタシ、上井くんがアタシの知らない女の子と会話してるのを見ちゃったの。そしたら、今まで感じたことのない気持ちになったの」


「そうなんだ…。もしかして、嫉妬したのかな?」


「そうなのかな、お母さん。やっぱりこういうのを嫉妬って言うの?」


「そうよ。チカは、その何とも言えないモヤモヤした気持ちが湧いてきたんでしょ?それも、上井くんに対してじゃなくて、チカの知らない女の子に対して、でしょ?」


「…うん」


「ということはね、それだけチカの中で、上井くんに対する思いが高まってるってことよ。他の誰にも取られたくない、って気持ちが芽生えてるのね」


「えっ、でも…。いつもは上井くんが他の女の子と話してても、殆ど気にならないんだよ?」


「その、気にならない女の子っていうのは、チカの友達だったり、吹奏楽部の後輩だったり、同じクラスだったり、チカが知ってる子達でしょ」


「うん」


「チカは、そういう既に知ってる女の子達には、上井くんを取られないって自信を、いつの間にか持ってるのよ。無意識の内にね」


「うーん…」


「逆に、今話してくれた、チカが嫉妬した女の子って、どんな子なの?」


「あのね、1年生の子」


「1年生なの?てっきり同学年の女の子かと思ったわ。それで、なんで学年が違うのに上井くんと接点があるの?」


「あの…お母さん、体育祭は見に来てくれたよね?」


「なんとかね。平日になっちゃったけど、チカの中学最後の体育祭だもの。でもその体育祭が関係してくるの?」


「そうなの。その体育祭で、上井くんが放送委員してたんだけど、分かった?」


「すぐ分かったわよ。女の子が殆ど放送を担当してたけど、たまに男の子が放送担当してるな、って思ったら上井くんの声だったから。去年も確か上井くんは放送委員してたわよね?今年も何競技か喋ってたけど、最後のリレーは凄かったわね。スポーツ中継の実況みたいで、絶叫して盛り上げてたじゃない?上井くんはアナウンサーになればいいよ。素質があると思うよ、お母さんは」


 お母さんはよく覚えてるなぁ…。上井くんのことだから?


「実はね、そのリレーの実況も関係してくるんだけど…」


「え?なんで?まだお母さんには見えてこないよ」


「あの…上井くんがね、最後のリレーで喋った時、最初は1年生の女の子達から始まったでしょ?」


「そうだったね」


「そのリレーで、女子から男子にバトンを渡す時、白組の女の子がバトンを落としちゃったのね」


「あ、覚えてるわよ。みんな、あーあ、って雰囲気になった時に、細かくは覚えてないけど、上井くんが上手いこと喋って、その白組の女の子を褒めてあげてたわよね。自然と拍手も起きてたような覚えがあるわよ。でもその事が何か関係するの?…ん?…もしかしたら…」


「お母さん、何か気が付いた…?」


「お母さんの勘だけど。上井くんと話してたのは、その転んじゃった1年生の女の子なんじゃない?そこをチカが偶々見ちゃったんでしょ?どう?」


 細かく言うとシチュエーションは異なるけど、大筋は合ってる。お母さん、流石だわ。


「大体お母さんの想像通り…」


「ふーん、なるほどね~。それで元気が無くて部屋に籠ってたのかな?」


「い、いや、それだけじゃないけど」


「まあ大体の原因は分かったわ。そうね、お母さんがさっきも言ったけど、チカはその年下の女の子に嫉妬しちゃってるのね。ということは、今までに見たことがない女の子だから、どんな性格なのか分かんない。1年生で年下だけど、チカがどう接したらいい相手なのか分かんない。その女の子は、上井くんから探しに行くわけないと思うから、女の子の方から上井くんを探してきたんだと思うわ。だからチカは本能的に、上井くんを取られるかもしれないって危機感を持ったんじゃないかな。どう?」


「お母さん、大体当たってる。凄い…」


「大体当たってた?だてに年取ってないわよ、お母さんも」


「お母さん、アタシ、こんな気持ちになったの、初めてなの。明日からどうすればいいかな…?」


「何の心配をしてるの?今まで通りに上井くんとお付き合いすればいいだけじゃない」


「え?」


 アタシは拍子抜けした。


「だって…」


「明日、上井くんに聞いてみればいいんじゃない?アタシの知らない女の子と話してるのを見たけど、誰だったの?何かあったの?って。くれぐれもチカが嫉妬したことは隠して、だよ」


 うーん、そんな簡単に聞けるレベルじゃないのよ、お母さん…。

 でもお母さんがここまで娘の彼氏に詳しかったり、色々アドバイスをくれたりするのは、お母さんも上井くんを気に入ってるからよね、きっと。こんなお母さんって、他にいるのかな。


「うん…。頑張って明日の朝、上井くんに聞いてみる」


「そうそう!お話するのが何より一番だからね。頑張るのよ」


「分かったよ、お母さん」


 アタシは部屋に戻ると、何度も書き直した手紙を、そのまま捨てちゃった。


(明日の朝、上井くんに直接聞いてみよう。話すのが一番だって、お母さんも言ってたもんね)


 明日の朝、上手くいきますように!


<次回へ続く>

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