第37話 往復書簡

『Dear 上井くん


 文化祭まで1ヶ月になっちゃったね。

 上井くん、とりあえず反対勢力が静かになった今は、引退のことをとても気にしてるんじゃない?

 多分、上井くんは去年の3年生引退式と役員引継ぎ式しか見てないから、アッサリと終わるって思ってるんじゃないかな。


 でもね、アタシは、今年の引退式は、結構去年よりも盛り上がる…っていう言い方は変だけど、かなり違った形になると思ってるよ。


 なんでだと思う?


 それはね、ヒ・ミ・ツ!


 アタシ達が演奏出来るのも、残りは体育の日の地域イベント、吹奏楽まつり、文化祭の3つだね。

 いつも上井くん…いや、部長が言ってる通り、どんな演奏の場でも全力で頑張ろうね!


 それと…


 この前の朝、アタシと川野さんの会話、聞こえてた?


 上井くんって、お隣に川野さんが住んでるんだってね!

 知らなかったからビックリしたよ。

 川野さんは、家も隣だしクラスもずっと同じなのに、一回も噂になったことがないんよって自慢(?)してたけど、でもやっぱり、心配になっちゃう。


 上井くん、アタシのこと、どう思ってる?

 アタシは上井くんが一番だから、安心して。

 出来たら、上井くんの率直な思いを聞きたいな。

 このお手紙への返事でもいいから…。


 待ってるね!


 From チカコ』



 この手紙を上井くんの机の引き出しに入れて、体育の日の地域イベント演奏をこなした次の日に、上井くんから返事が来たの。



『Dear 神戸さん


 体育の日はお疲れ様!

 先生が地域イベントとしか言わんから、どんなイベントなのかなと思ってたら、まさか警察主催の防犯イベントとは!

 ビックリしなかった?

 体育館の中のアチコチにお巡りさんがおるし。

 でも県警音楽隊の後の演奏だなんて聞いとらんよねー。

 どう考えても県警音楽隊の方が上手いじゃん。

 ちょっと凹んだかなあ。

 でも全力で頑張ったつもりだよ。

 みんなも頑張ってくれてたし。


 引退はね、素直に言うと、コンクールの頃から考えてたよ。

 勘違いしないでね!

 反乱軍みたいに、早く辞めて高校受験に専念したいとかじゃないから。


 俺が引退を意識しだしたのは、俺の後の部長は?船木さんの後の副部長は?そんなことをコンクールの帰りのバスでみんなが寝てる時に、ふと思ったからなんだ。


 神戸さんには多分バレとると思うけど、俺の意中の後継部長は、石田。あと副部長は、後藤。

 まだ船木さんや先生には言ってないけど、この2人に後を継いでほしいと思ってるよ。


 でも、もう来月の今頃は、文化祭も終わって吹奏楽部から離れてるはずだけど、実感が湧かないよ。


 そうそう、実感が湧かないと言えば、川野さんのこと。

 確かに社宅では、部屋はお隣さんだし、クラスも1年の時からずっと同じだけど、本当に恋愛対象として見たことは無いよ。こんな書き方は川野さんに失礼極まりないけど…

 異性の同級生だとは思っとる。でも会話も、そんなにしたことないかなあ。2年の時、たまたまクラスの用事で川野さんと2人で話してた時に、隣に住んでるのに全く噂にならんのもおかしいよね〜とか話したことはあるけど、それだけかな?

 だから心配ご無用だよ。


 俺は、神戸さんのことが好きだから、安心して!


 いつか受験勉強が本格化する前に、何とか日を合わせて、2人で出かけたいな!

 何処か、受験に縁起がいい神社とかなら…ダメかな?

 防府天満宮は受験に良いらしいけど、ちょっと遠すぎるから、多分NGだよね。

 厳島神社もええけど、宮島は噂では、カップルで渡っちゃいけんって聞いたけど、ホンマかな?

 速谷神社は車の神様だし…。

 なんか出掛ける大義名分があれば良いんだけどね。

 神戸さん、いい神社、知らない?

 知ってたら教えてね!

 じゃ、またね。


 From ウワイ』



 中学校は体育の日の翌日から、二学期の中間テスト期間なの。来週の金曜日と土曜日の2日間なんだけど、先生方は志望校を決める最後のテストだ、って言って、アタシ達を鼓舞してる。

 だから部活も禁止で、いつも以上に部活で上井くんと話すってことが出来なくて、逆に手紙の交換でお互いの気持ちを確かめたりしてる…。


 でも、なんか、言葉にできないことも、手紙なら言えちゃう。というか、書けちゃうものなんだね。

 だから、アタシはアタシのことをどう思ってる?なんて書いちゃうし、上井くんもアタシのことを好きって書いてくれて…。


 きっと言葉では言い表せない分、手紙だから書けるんだろうなって思うの。


 この手紙、アタシの一生の宝物にしたいな。


 でも、中間テストの勉強もしなきゃいけないから、手紙を書くのも大変で…。


 上井くんへのお返事は、簡単なものにしちゃった。


『Dear 上井くん


 お返事ありがとう。

 嬉しかったよ!

 アタシも上井くんが好き❤

 安心してね!


 でもね、中間テストの期間中だから、ちょっと手紙の交換は、中間テストが終わるまで一旦停止させて…。

 でも心配しないでね。

 中間テストが終わったら、アタシから手紙の続き、書くからね。

 夏休みの失敗は繰り返さないから。

 だからお互いに西廿日高校に行けるよう、頑張って中間でいい成績取ろうね!


 From チカ』



 アタシは夏休みの最初に、上井くんと一緒に帰るのを、一旦中止して、周りが落ち着いたら再開しようって言ったつもりだったのに、上井くんには上手く伝わらなくて、上井くんをガックリと落ち込ませちゃって、一ヶ月話せなくなってアタシにフラれる…って思わせちゃった失敗がある。

 だから今回の往復手紙の一時中断の書き方は、慎重に書いたつもりなんだ。

 だけど、上井くんにちゃんと伝わらないと意味がない。

 どうかな、ちゃんと伝わるかな…。


 その手紙は、朝じゃなくて、土曜日の放課後に上井くんが帰った後に、上井くんの机の引き出しに入れておくようにしようと思った。

 朝だと、中間期間中はどっちが先に学校に来るか分からないから。


 だから放課後、上井くんが教室から先に出ていくまで、アタシはずっと本を読んで待ってたんだけど、そんなアタシに話し掛けてきたのが、松下のユンちゃんだった。

 ユンちゃんとも班替えで離れちゃって、あまり二学期になってからは話せてなかったんだよね。そのユンちゃんは2班に変わってたの。


「あれ?チカちゃん、まだ帰らんの?」


「あっ、うん。読みかけの本があってね。読み終わりたいな、なんて…」


「ホンマかなぁ。なんかアタシには違う理由な気がする」


 なんでアタシの友達って、勘の鋭い女子ばっかりなの?

 上井くんはカバンを持ってて、すぐにでも帰りそうなんだけど、同じ班のみんなと話してて、帰りそうで帰りそうもない。


「ま、まあ、いいじゃん」


「3班のみんなが帰れば、チカちゃんの予定が成り立つんじゃない?」


 アタシは多分顔を赤くしたと思う。ユンちゃんはズバズバと突っ込んでくるから、返事に困っちゃうわ。


 どうユンちゃんに返そうか迷っていたら、突然ちょっと幼い感じの女の子がやってきたの。

 そして、丁度廊下側にいた3班のみんなに、こう尋ねたの。


「失礼します!アタシ、1年3組の寺尾って言います!あの、ウワイ先輩はいらっしゃいますか?それとも、もう帰られましたか?」


 3班のみんなは驚いてたけど、離れた所にいたアタシ達も驚いた。

 上井くんがすぐ名乗りを上げるかと思ったけど、笹木さんが最初に応対してた。


「寺尾さん?うん、上井くんならまだ帰ってないけぇ、このクラスにおるけど、どんな用事かな?」


「実はですね、アタシ…」


<次回へ続く>

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