第36話 向こう三軒両隣
『Dear 神戸さん
昨日(10月6日)は、残念だったね。
西廿日高校の資料を、出来たら2人で一緒に見たかったよ~。
そしたら初めてのデート(今さらだけど!)になったのにね。
資料は自分が読んでても、凄く魅力的だったよ!
やっぱり新しいって、いいね!
半年後、一緒にこの高校へ通えますように…って、とりあえずご先祖様にお願いしといたよ。
さて…俺はどんな悩みを抱えてても、人前では分からないように振る舞うように気を付けてるつもりなんだ。
だけど体育祭当日の帰り、バカみたいにリレーで絶叫して、俺の声が悪化してマトモに喋れないのをいいことに、俺への陰口が表に出てきたことと、次の日の代休に進路を巡って母親とケンカしたことで、物凄く落ち込んじゃって。
その気を付けてることが守れなくて、悔しかった。
船木さんから聞いたよ!
神戸さんが船木さんに相談して、船木さんが流石にこんな時期に!って怒って、あの引き締めの話になったんだってね。
だから船木さんにも、神戸さんにも感謝してるからね。
神戸さんのお家は、みんな明るくて仲良しなんだろうな~。きっとサザエさん一家みたいな感じじゃない?
だから俺のこととかも、ネタにしてくれてるんだよね?
ウチは…神戸さんのことを、親には言ってないんだ。ごめんね。
彼女が出来た、って親に言うことも出来ない情けなさ。
神戸さんは西廿日高校に行きたいって話をした時も、俺と一緒に…とかは言わずに、行きたい高校がある、って話したの?
だとしたら、子供の夢を応援してくれる、素敵なお母さんだね!
コンクールの後に電話した時に、お母さんが最初に出られたからお話しすることになって、チョー緊張したけど、元気で明るいお母さんだなって思ったよ。
1ヶ月後は、文化祭だね!
これで引退なのか…って思いが、そろそろ頭の中を巡って来るよ。
やっぱりまだまだ吹奏楽やりたいし、バリサク吹きたい!
西廿日高校に行って、高級バリサクを吹きたいよ。
なんとかウチの親を納得させるから、待っててね。
From ウワイ』
月曜日の朝に登校したら、アタシの机の引き出しに、上井くんからの手紙が入っていた。まだ誰もいない教室で、アタシは一気に上井くんからの手紙を読んだ。
アタシは今週の体育の日にある、地域イベントでの演奏に頭が行ってたけど、上井くんはもう文化祭まで考えてる。
ということは、その直前の吹奏楽まつりも含めて、今後の予定を考えてるんだろうな。
だから引退とかいう言葉が前からよく出て来るんだね。
引退か…。
今まで2回、3年生を送る会兼役員交代式を経験したけど、正直言ってそんなに特別な感情は湧かなかった。
特に去年は、アタシの苦手な北村先輩がやっと引退するってことで、逆にホッとしてたかも。
だけど今度はアタシ達が見送られる側に立つんだ…。
上井くんは去年の様子しか見てないから、多分アッサリしたものだと思ってるんだろうな。
この前から、1ヶ月後には引退、って言葉を、上井くんと話す時や、手紙の中でよく触れてるから。
3年生を前に並ばせて、一言言って石田くんに引き継ぐ、そういう流れを考えてるんじゃないかと、3ヶ月付き合ってきたアタシは想像してる。
でも今年は色んな人間関係を抜きにしても、20人以上も3年生がいるから、絶対に去年みたいなアッサリした引退式にはならないと思うの。去年はたった5人しか3年生がいなかったから。
あと1年生、2年生は、実は上井くんのファンだとか、上井くんのことが好きだったっていう女の子が沢山隠れてそうだから…。
もし今まで通りに、3年生は最後に後輩の作るアーチを抜けて音楽室を出て行く、っていうセレモニーを行うとしたら、慣例で部長が最後に歩くから、上井くん、モミクチャにされたりして…。
色々想像してたら、朝練に行くには遅くなっちゃった。
もうみんなが教室に続々とやって来てたわ。
上井くんも朝練を終えて教室に来たから、口パクで「おはよー」って合図したの。
でも上井くんはまだそんなアタシを見て、同じく口パクで返してくれたけど、照れて顔が真っ赤になるんだよ。
そろそろ、慣れてほしいんだけどな。
同じ班の川野さんは、朝練に出てたらしくて、
「神戸さん、珍しく朝練に来んかったね。寝坊でもしちゃった?」
って聞いてきた。
「うん…。昨夜なかなか眠れなくってね」
ちょっとアタシは嘘を吐いちゃった。昨日は従姉妹の結婚式に出たから、疲れて早々と寝てたのよね…。ごめんね、川野さん。そして会話が聞こえてると思う上井くん。
「分かるよ~。日曜の夜って、寂しいよね。アタシもたまに、明日は月曜日かぁって、憂鬱になるもん。神戸さんの場合、上井くんっていう最終手段があるんじゃけぇ、寝れない時に電話でもしたら?」
「えーっ、そんなこと、出来ないよ。上井くんは寝てるかもしれないし、もし上井くんが起きてても、お父さんやお母さんが寝てらっしゃったら、電話の音で起こしちゃうし…」
「神戸さんって、健気じゃね。じゃけぇ、上井くんが惹かれたんじゃろうね」
川野さんは穏やかにそう言ってくれた。
「で、でも…。上井くんとお付き合いする前は、アタシ、クラスでも部活でも結構上井くんに対して遠慮なんかしとらんかったよ?バシバシ突っ込んでたかも。上井くんにしてみたら、やかましいな、この女は!みたいに思ってたんじゃないかなぁ」
「でもさ、人生も中学3年くらいになると、どんな人間なのかって、顔で分かって来ない?上井くんはどう見ても優しそうな顔だよね。神戸さんは何かの瞬間に、上井くんのアンテナに引っ掛かったんだと思うし、神戸さんのアンテナにも、上井くんが引っ掛かる何かがあった。上井くんを弄ってても、きっとその時の神戸さんの顔は、上井くんと話すことで楽しそうだったり、嬉しそうだったり、癒やされてたり、そんな表情だったんじゃないかな~って思うのよ。だからこの子と話してると楽しいな、みたいな瞬間がお互いにあったのかもね」
「そ、そうかなぁ…」
なんだか、川野さんに照れさせられてるわ、アタシ。川野さんの言うアンテナがあったとしたら、最初は去年の秋、北村先輩に髪の毛のことを弄られた直後に、上井くんに泣いてる所を見られちゃったことかな。でもその時は上井くんは、ケイちゃんのことが好きなはずだったから、違うかな~。
「きっとそうよ。隣に住んでるアタシが保証してあげる」
ん?川野さんってば、何気なく凄い発言しなかった?
「えっ、川野さんって、上井くんの家の隣に住んでるの?」
「あれ?知らんかった?クラス名簿の住所、見てみてよ。途中まで一緒で、最後の部屋番号だけ違っとるけぇ」
「そうなんだぁ!初めて知ったわ!」
「ホンマに知らんかったんじゃね?上井くんもこのことは神戸さんには特に言ってないってことじゃね」
「うん…。でも、なんで?」
「えー、それはお互いのお父さんのクジ引きのせいじゃない?それか、人事課とかのせいかもね。アタシ達、社宅だからさ。何号室になるかなんて決め方までは父親しか知らんもん」
「そっかー。でも、隣に住んでたら、何かと意識したりしない?同級生で異性で…」
「ぜーんぜん!こんなこと言ったら笑われそうじゃけどね。アタシは意識したことないし、多分上井くんもアタシを意識したことないと思うよ」
「そうなの?でも隣なのに…」
「部屋は隣でも、階段の入口は別じゃけぇ、そのせいもあるかもね。同じ入口の階段で部屋もお隣だったら、もう少し意識したかもだけど。アタシは302号室で、上井くんは303号室だから」
「ふーん、そういうのもあるのかな」
「意識どころかさ、上井くんとは1年生、2年生、3年生と、ずーっと同じクラスなんよ、アタシ」
「そこまで…。逆に運命的に思えちゃうわ」
「でもさ、これまでアタシと上井くんの噂なんか、火のない所に煙は立たぬの逆で、煙のケの字もないでしょ?だから逆に不思議なの。上井くんと冗談言い合っとった時、噂ぐらい立ってもええのにね、なんて言ってたよ」
「…確かにね…」
「こらこら、今カノの神戸さんがそんなこと言うたらいかんでしょ」
「でも、上井くんのお家での話し声とか、聞こえたりしない?」
「やっぱり彼女としては気になる?」
「ま、まあ…」
「これがね、全然聞こえないの。話し声もテレビの音も。きっと分厚いコンクリートで遮断されとるんだわ。でも、アタシのピアノの音ぐらいは上井くんには聞こえてるかもしれない…かな」
「へぇ、そうなんだね…」
「もし何か聞こえてたら、何を話してるか、知りたかった?」
「そ、そんなこと…」
「素直に言っちゃいなよ~」
「…うん、知りたい!」
「うんうん、それが本当の彼女としての気持ちだと思うよ。何してるのかな、何話してるんだろう、お家では…ってのがね」
川野さんとそんな話をしていたら、竹吉先生がやって来て、朝のホームルームが始まった。
(今日は朝から驚くような話を聞いちゃった…。上井くん、川野さんとは何もないんだよね?でも隣に住んでるのは、ビックリしたな…。クラス名簿でイチイチ誰と誰が近所だとか、そこまで見ないし…。またお返事の形で、上井くんにお手紙書いて聞いてみようかなぁ)
<次回へ続く>
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