第35話 合わない2人

「竹吉先生に、進路相談に乗ってもらってたの?」


「うん。だから遅くなっちゃって、こんな荷物になっとるんじゃけどね」


 と言って上井くんがパンパンに膨れたカバンを見せてくれた。


 10月5日の土曜日、放課後の部活になかなか来ないから、アタシは又何か上井くんに起きたんじゃないかって心配して、下駄箱まで靴の確認に行った。

 そこでまだ家に帰ってないことを確認した直後に、上井くんとバッタリ出会って…。

 今はアタシ達の3年1組の教室で適当な所に座って、久々に会話してるんだ。


「アタシ、何も知らなかったから、まだ上井くんは部活に来るのが怖いのかなとか、帰っちゃったのかなとか、色々考えて心配してたんだよ?」


「そっか、ごめん…。ごめんね。神戸さんと付き合ってから、楽しいことより、辛い、寂しい思いばっかりさせてる…。ちゃんとこういうことも事前に言わなくちゃ、ダメだよね。俺って本当にダメな奴だな…」


 とても申し訳なさそうに、上井くんがそう言う。


「上井くん…。そんなに自分を責めないで?アタシは…好きな男の子が悩んでる、苦しんでるのに、何もしてあげられない。そんなアタシだって悪いんだもん。でも、今朝引き出しに入れた手紙は…」


「読んだよ。ありがとう。ちゃんと返事を書くつもりだったけど、先に話すことになっちゃったね」


「アタシ、上井くんと一緒に西廿日高校に行きたくって、そのことばかり書いちゃってて…」


「うん、俺だって神戸さんと一緒に西廿日高校に行きたいよ。じゃけぇ、竹吉先生にアドバイスもらいに行ってたんだ」


「先生に相談してた進路についてって、西廿日高校についてだったの?結構具体的に相談したのかな?」


「うん。まあ相談しとる途中で、お前はホンマに神戸のことが好きなんやのぉ、なんて言われちゃったけど」


 上井くんは少し照れながら、そのエピソードを教えてくれた。


「えっ…。なんでアタシの名前が出てくるの?」


「そっ、それは…。先生が、なんで西廿日高校に行きたいって思ったんや?って聞いてくるけぇ、新設校なのと、神戸さんと約束したからです、って真正面から答えちゃったからで…」


 上井くんは顔を真っ赤にしてたけど、アタシも顔が熱い。きっと2人して、真っ赤な顔してるわ、今は。


「それで先生がそんなこと言ったんじゃね。でも恥ずかしいけど、先生にも認められてる、ってことだよね?アタシ達」


「クラスも部活も一緒じゃもん。前にさ、夏休みの最初の方だったかな、音楽室で話しとって、つい盛り上がっちゃって下校時間ギリギリになった時、職員室に鍵を返しに行ったら…」


「あっ、アタシも思い出した!確かアタシ達、かなり前からデキとるんじゃろ?って先生が攻めてきたんだよね?」


「そうそう。で先生に知られて。ここ最近の色々で、部活内やクラス内に知れ渡ったと思っといた方がいいのかもね」


「そうだね」


 部活内にアタシ達が付き合ってることが知られるのは、最初は怖かった。だけど今は逆に、安心出来ると言えるかもしれない。

 上井くんは気付いてないし、アタシや他の人達も言わないけど、後輩の女の子から凄いモテてるっぽいから…。

 だから、アタシ達が付き合ってることがオープンになるのは、上井くんに接近しようとする女の子から上井くんをガードすることになる、そう思うようになったんだ。


「おっとそうそう、先生が言うには、西廿日高校にはメリットとデメリットがある。そのメリットだけを、お母さんに言え、って」


「メリットとデメリット?」


「うん。まずはメリットじゃけど、これは吹奏楽部希望者だけじゃが…って前置きがあってね、新設校なのに吹奏楽部の楽器が凄い揃ってて、しかも新品ばっかりってことだって」


「わぁ、それは高校でも吹奏楽を続けたい生徒には、魅力的よね!」


「でしょ?でね、バリトンサックスなんて、フランスの一流メーカーの…なんだったかな…が製造したものを輸入してるんだって」


「輸入品?わぁ、凄すぎるね!」


「だよね?で、値段はヤマハの新品の2倍もするんだって」


「ねぇ上井くん、それホント?」


「本当だよ。竹吉先生が、西廿日高校の先生に聞いたらしいけぇ。なんでも西廿日高校の音楽の先生は専攻がサックスで、それこそフランス留学までしてたんだって」


「うわぁ…。アタシまでサックスいいなぁって思っちゃうよ。メリットは他にもあるの?」


「俺、そのヤマハなら2本買えるバリサクが印象的過ぎて、他のことは半分聞き流しちゃったけど、新設校だから、自分らが歴史を作っていく面白みがある、伝統校はもう色が染まってて、自由なことはやりにくいけど、新設校だと色々なことが自由に試せるはずじゃ、とも言ってくれたよ」


「確かにそうだよね」


「それと制服も、男子はブレザーなんだって。毎日ネクタイ締めて通学するんだよ。これって新鮮じゃない?」


「へぇ~、男子はブレザーなのね。女子がセーラー服ってのは知ってたけど」


「神戸さんもセーラー服、着たい?」


「着たい、着たい!」


「うん、似合うじゃろうね…」


「良かった…」


「え?どしたん?」


「上井くんがどこに行ってしまったんだろうって不安になってたの。でも、進路のために竹吉先生に相談に乗ってもらってたんだね」


「ごめん、事前に言うタイミングが無くて」


「ううん、今はもう大丈夫!そしたら、あの大荷物の中身は…」


「うん、西廿日高校関係の資料とかだよ。これまでの生徒募集のパンフレットとか、学校案内とか、他の中学校からも含めて、西廿日高校に進学した生徒の体験談とか」


「わっ、アタシも見たいなぁ」


「だよね。でも、本当は生徒に貸しちゃいけない、校外に出せないマル秘の進路指導用資料なんだって。だから月曜の朝には先生に返さなくちゃいけないんだ。だからさ…あの、さ、明日の日曜日って…神戸さん…、もし…、もし空いてたら…」


 えっ、上井くん…。


 アタシは運命を呪った。


 せっかく上井くんが勇気を出して、明日の日曜日に、2人で西廿日高校の資料を見ない?って、デートに誘ってくれるところだったのに。


「…ゴメン、ごめんね上井くん。明日はね、実は従姉妹の結婚式があって、それに出なきゃいけなくって…」


「あっ、そっ、そうなんだね、それじゃ、無理だよね、ゴメン」


 明るそうに答えてくれたけど、絶対に上井くんにまた心理的ダメージを負わせちゃってる、アタシは。

 なんでこんなにタイミングが合わないんだろう…。


「じゃ、じゃあそろそろ部活に行こうか。先生も体育の日の地域イベント向けの合奏をやるって言っとったけぇ…」


「うん…」


 アタシは上井くんに対する申し訳なさで悲しくなっていた。

 だから音楽室に向かう時も、なんとなく喋りにくくて、無言のままだった。


「あ、上井先輩!神戸先輩も一緒で…何してたんです?」


 上井くんが次の部長に、と考えている2年の石田くんが声を掛けてくれた。


「悪かったね~、遅くなって。ちょっとした用事がちょっとで終わらなくて。神戸さんは偶々下で一緒になっただけなんよ」


「ホンマですか?実はもう…先生が…」


 アタシと上井くんは指揮台の方を見た。


「!!!」


「やけに長い『ちょっとした用事』になってしもうたのぉ、上井。まあ俺にもちょっと責任はあるから、今回は見逃しちゃる。早う、合奏の準備をするように!」


「はい、すいません!」


 上井くんは慌ててバリトンサックスの準備をしていた。

 アタシはクラリネットは組み立てていたから、すぐに合奏の準備に取り掛かれたけど。


 横にいたケイちゃんが、小さな声で


「上井くん、見付けられて良かったね」


「うん…。ありがと」


「ちゃんとパンツの色は教えたん?」


「まっ、また、ケイちゃんってば!」


「冗談よ。アタシだって上井くんにパンツの色なんて、教えたくないよ!」


 ケイちゃんなりにアタシの気持ちを解してくれてたんだね、ありがとう。


 上井くんのバリトンサックスも準備出来て、まずは一通り当日演奏する5曲を通してみようってことになった。


「起立!礼!」


 上井くんの声が響く。


「よーし、始めるか。じゃ、最初は5曲、何が起きても通すけぇの。1曲目、『ワシントンポスト』から行くぞ」


 こうして土曜日の部活は始まった。


 部活が始まるまでに、朝からずっと上井くんのことばかり考えてたから、なんだか頭の中がちょっと変かも…。


 でも明日、せっかく上井くんが勇気を出してデートに誘おうとしてくれたのに、結婚式と被るなんて。


 夏休みの終わり頃にも、上井くんが頑張って、空いてる日はない?って聞いてくれたのに、その時も塾のせいで合わなかったし。


 なんでアタシ達って、こんなに日程が合わないんだろうな。


 このことがアタシの中に暗い影を落としてたし、それは上井くんにも…。


<次回へ続く>

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