第34話 WANTED

『 Dear 上井くん


 今日…というより、この手紙を読んでもらえるのがいつになるか分からないけど、10月4日(金)の部活後に、船木さんが上井くんの言いたかったことを代わりに一気に喋ってくれたのは、どうだった?


 実はアタシが、上井くんが書いてくれた悩みの内、部活の反上井くんグループに関することを、船木さんに相談したの。


 そしたら船木さんも流石に許せない!って怒って、練習後に船木さんが部を引き締めるよ、って言って、あんな展開になったんだ。


 上井くんには事前には何も言わなかったみたいだったから、上井くんもびっくりしたでしょ?


 でも、船木さんが話が終わった後、上井くんの元へ駆け寄って話をしてるのは遠目で見てたんだ。


 最後に握手してたよね。


 部長と副部長のこれまで見えなかった絆が見えたようて、感激したよ、アタシ。


 去年の北村先輩と原田先輩は、全然部長と副部長の連携なんてなかったしね。


 本当に雰囲気が楽しい吹奏楽部になったのは、上井くんのお陰だと思うよ♪


 あと部活も残り一ヶ月、一緒に頑張ろうね❤


 そしてもう一つの上井くんの悩み…。


 実はアタシ、今日(10/4)の夜に、お母さんに初めて行きたい高校がある、って言ったんだ。


 もちろん西廿日高校だよ。


 そしたら、新設校に入れるチャンスなんて滅多にないから、頑張ってみなさい、って応援してくれちゃってね。


 上井くんのお母さんと正反対になっちゃった〜(泣)


 ところで上井くんはアタシのことを、ご両親には言ってある?


 ウチはご存知かもしれないけど、既に上井くんが夕飯の時のネタになるくらい…ゴメンネ。


 でも上井くん、あまり学校のことを家では話さない、って言ってたよね。


 まだアタシのことは、ご両親は知らないままかな?


 でもアタシと付き合ってて、彼女が新設の西廿日高校に行きたいって言ってるから、上井くんも一緒に目指すことにしたとか言ったら、上井くんのご両親、特にお母様は、何を言い出してるの!ってなるかなぁ…逆効果かなぁ…。


 でもアタシは、上井くんと一緒に西廿日高校に行けるのを願って、受験勉強頑張るよ。


 早く上井くんのお母様が、西廿日高校進学を認めて下さいますように♪


 From チカコ 』



 ふぅ…。

 単に、何か悩み事があるの?って尋ねた前の手紙よりも、書くのが大変だったよ。


 上井くんの返事にあった2つの悩み事のうち、1つは船木さんのイザという時の行動力で、何とかなったと思うの。

 船木さんは上井くんに反発してる一部の3年生を、黙らせるような話の進め方をしたから、後は引退まで上井くんも悩まずに部長として頑張れると思うんだ。


 でも進路問題は、上井くんのお母様の考えもあるから、そう簡単に解決しないよね、きっと。

 アタシが介入…は良くないから、先生にお勧めポイントがないか聞いてみようかな?


 そんなことを思いながら、次の日、10月5日の土曜の朝、早目に登校して、まだ上井くんが来てないのも確認してから、上井くんの机の引き出しに、手紙を入れたの。

 前とは違う封筒にしたんだ。

 上井くんの気持ちを少しでも明るくしてあげたくて。


 アタシはそのまま朝練に行ったけど、しばらくしたら上井くんも朝練に出て来た。

 確かに来週の体育の日が、地域イベント本番だから、朝練も出席してる部員は多いけど…。


 上井くん、教室に寄ってから音楽室に来たのかな?

 直接音楽室に来たのかな?

 カバンも持ってたから、教室には寄らず直接音楽室に来た可能性が高いな…。

 まだ手紙は見てなさそう。


 今更だけど、自分で書いておきながら、上井くんがどんな反応するか、凄い心配なんだ…。

 読み方によっては、アタシが上井くんの家庭の問題に口出ししてるようなものだから。


 上井くんと一緒の高校に行けたら、それはもう嬉しいし、ずっと付き合っていけるって思うし、行く行くは…なんてことも思ったりもしちゃう。


 でも上井くんがお母様と衝突して、家族で話し合ってアタシと違う高校を選ばなくちゃいけなくなったら…。


 寂しい。


 嫌だよ!


 朝練してる上井くんの横顔を見てたら、不思議とそんな気持ちが湧いてきた。


(上井くんとずっと一緒にいたい…)


 そんなアタシの様子が変に見えたのか、朝練に来てた川野さんが声を掛けてくれた。


「神戸さん、朝からなんか体調悪そうじゃけど、大丈夫?」


「あ、ごめんね。体調は…いいよ。ちょっと別のことで…」


「上井くんのこと?」


 すぐバレちゃう。アタシの悩みイコール上井くんのことって、身近な同期生には知れ渡ってるのかな。


「…うん、まあね」


「どしたん?昨日船木さんが、本調子じゃない上井くんの代わりに、部内を引き締めてくれたじゃん?上井くんってもしかしたら、前からも感じとったんじゃけど、ウチラの同期のほんの一部が上井くんをよく思ってないよね。途中入部なのに部長になったとか言って。アタシもその人らには、ロクに練習にも出て来ずに文句ばっかり言うとるけぇ、頭に来とったんよ。だから昨日の船木さんはさすが副部長、カッコよかったな、って思ってるけど。でも、それ以外のことで、悩みがあるの?」


「実はね、上井くんには2つの悩みがあって、それで最近元気なかったんだ」


「2つ?確かに最近の上井くんはクラスでも部活でも極端に口数減って、元気が急に無くなったな…とは思ってたんだよね。一つはやっぱり、昨日船木さんが締めた人達のこと?」


「うん」


「じゃあまだもう一つあるんだね。彼女としては心配だよね。今も朝練で頑張っとるけど…。なかなかこれは他の人には解決できない…というか、どうにもならない悩み?」


「そうなの。アタシもどうしようもなくて」


「そっか。でもさ、そんな時なら、逆に上井くんに元気出しなよ、って励まして上げれば?神戸さんが一緒に悩んで一緒に沈んでったら、共倒れになっちゃうよ」


「うん…。そうよね。何とか上井くんにはいつものような元気さを取り戻してほしいもん」


「そうそう!毎日が体育祭の実況みたいな…」


「それはちょっと五月蠅いけど…」


 そう言って、川野さんはアタシの心を慰めてくれた。流石パートリーダー、クラスでも5班の班長なだけあるわ。


 でもその日は、2つの悩みの内、1つは船木さんのお陰でスッキリしたからか、上井くんは昨日までよりも元気は回復してきたような感じだったよ。

 クラスでも笹木さんとの掛け合い漫才が少し復活してきてて、3班も元気になってたし。

 上井くんに元気が無かったら、3班も元気が無かったから、本当に上井くんって影響力があるんだな…って思った。



 そしてその日の部活。

 いつもならほぼ一番に来ている上井くんが、既に何人か部員が集まりだしているのに、なかなか来ないの。


 みんなは個人練習をしてたけど、アタシは放課後は何よりも部活を優先する上井くんが、一体どこへ行ったのやら、心配で…。


 結局また不安な顔してたんだろうね、今度はケイちゃんに掴まった。


「おチカさん!お元気が無いですわよ?」


「あ、ケイちゃん。そ、そう?元気ない顔してた?」


「うん。アタシの目は誤魔化せないって前に言ったじゃーん。きっと上井くん絡みでしょ?違う?」


「ケイちゃんには敵わないね。その通り…だよ」


「上井くん…あ、まだ来てないんだ?」


「そうなの。いつも一番目を争うように音楽室に来るのに…」


「うーん、どうしたんだろうね?昨日、上井くんの悩みの種は少し刈り取れたはずじゃけど…。っていうか、チカちゃん、上井くんとちゃんと付き合えてる?」


「え?なんで?」


「だってさ、クラスでの様子はアタシは分かんないけど、部活じゃ全然2人は話さない…。夏休みの再現みたいになってるじゃん。体育祭以降。ま、もしかしたら昨日フナちゃんが締めた連中のせいもあるのかもしれんけどさ」


 ケイちゃんも反上井くん勢力には怒ってたんだね。こんな言葉遣いするなんて…。


「アタシなりに頑張ってるつもり。最近は上井くんが元気がなかったけぇ、手紙書いたりしとったけど」


「おぉ、交換日記ならぬ交換手紙?始めたんだ?」


「いや、まだ一往復しかしてないんじゃけどね」


「なんだ、もう随分続いてるのかと思っちゃった。でも手紙で連絡取り合ってるんだね。その手紙にさ、上井くん、好き、とか書いてあげてる?」


「えーっ?そ、そんなこと、書けないよ…」


「チカちゃん、手紙なんて本人同士しか読まんのじゃけぇ、遠慮せんでええんよ?大胆に攻めなきゃ」


「でっ、でも…。どんな風に?」


「アタシは今、お風呂から上がったばっかりよ、とか」


「ちょっとそれは…」


「もう、そんなとこで遠慮してどうすんの?上井くんが読んだら鼻血でも出すようなこと書いちゃいなよ」


「鼻血ってまた…じゃあケイちゃんだったら、どんなこと書くの?」


「え?アタシなら?そうだね~。今日は風呂上がりにピンクのパンツを選んだよとか」


「なっ…。アタシ、上井くんにパンツの色なんて教えたくないよぉ〜」


 突然、何を言い出すんだか、ケイちゃんってば。


「よしよし、純情じゃねぇ、チカちゃんは。ま、アタシの言うことなんて聞き流してもいいけど、とりあえずまだ部活に来てないのは気になるね。どこ行っちゃったんだろうね。下駄箱は確認した?」


「あ…見てない」


「じゃ、見てきなよ。合奏はまだじゃけぇ」


 アタシはクラリネットを置いて、急いで下駄箱へ行ってみた。


(…ある…)


 上井くんの靴が入ってたから、まだ帰ってないってことよね…。


 えー、なんで学校の中で行方不明になるの?


 上井くん…。


「あれ?神戸さん…。どしたん?」


「え?あ!上井くん!どしたん?じゃないよ、何処に行ってたの?部活も放り出して…」


 下駄箱から校内に上がった辺りで、何やら重たそうなカバンを持った上井くんに出会った。

 ホッとしたのもあるけど、色んな感情が一気に押し寄せてきて、思わず涙が溢れた。


「ちょ、ちょっと…。神戸さん、一旦教室に行こうか?」


「…うん」


 アタシは上井くんと数日ぶりに喋った。でも久々の会話がこんな形だなんて…。


 とりあえず3年1組に戻って、お互い適当な椅子に座った。


「落ち着いた?」


「もう、落ち着いた?じゃないよ!上井くん…。アタシがどれだけ心配したか…」


「あっ、ああ…。ゴメン、ごめんね」


 上井くんは本当に申し訳なさそうに言った。


「いつも先を争って部活に来るのに、今日は全然来ないんだもん。もしかしてまだ昨日の件とか、色々引き摺ってるのかなって…」


「…俺って、彼女に心配ばっかり掛けとる。ダメな男じゃなぁ…。本当にゴメン」


「ダメなんかじゃないよ…うん。でも、今は何してたの?」


「今はね、何とか神戸さんを安心させて、ウチの頑固な母親を説得するために…」


<次回へ続く>

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