第33話 災い転じて…

「はーい、皆さん、今日も練習お疲れ様でした!楽器を片付けながらでいいので、アタシの話を聞いて下さい」


 船木さんが練習後に動いてくれた。アタシは祈るような気持ちで、船木さんを見てた。上井くんの方を見たら、バリトンサックスを分解しながら、えっ?っていうような表情になってた。上井くんには事前には何も言わなかったんだね。


「えーっと、今日は合奏もあったし、ほぼ全員が部活に出てくれてますね。地域のイベントも近いし、近々毎日合奏漬けになると思います。だけど皆さん、この吹奏楽部をどう思ってますか?」


 船木さんがそう言うと、楽器を片付けながら聞いてた部員も、片付けの手を止めて船木さんを見た。


「こんな部活、嫌いじゃ、ホンマはすぐ辞めたいって人、いたら手を挙げてくれるかな?」


 静まり返った音楽室に、船木さんの声が響く。

 しばらく船木さんは音楽室を見渡していたけど、とてつもなく長い時間に感じた。

 そして…


「…手は挙がらないですね。じゃ、みんな、今の部活は好きですか?どう?」


 しばらく反応は無かったけど、山神のケイちゃんが、アタシは好きだよ、って言ったのを皮切りに、アタシも、アタシも、と続いて、時には2年男子からの俺も、って低い声も交じって、部員の殆どが今の部活が好きだ、って反応を示してくれた。


「はーい、ありがとう。実は上井部長は、今ちょっと体調が思わしくないので、アタシが代わりに喋ってますけど…。でもみんな、上井部長が体調が悪いからって、仮にこの先の行事や文化祭に出ずに、早目に引退しちゃったら、どう思う?」


 船木さんは意外な角度から上井くんについて話し始めた。

 この問い掛けには、主に2年生や1年生が反応して、えーっ?嫌だ、それは嫌です、今辞めるのは反対です、ダメです!って声が続々と上がり始めた。


「だよね?これまで吹奏楽部を、懸命に引っ張って来てくれた上井部長が、ラストステージを前にいなくなるのは、寂しいよね?悲しいよね?嫌だよね?」


 嫌です!って声が沢山音楽室に響いた。3年生はあまり声を上げてなかったけど、表情や態度で分かる。大半の3年生は船木さんの問いかけに頷いていた。船木さんは今、反上井くん勢力を黙らせようとしてるんだ…。


 ここで2年生の女子、トランペットの後藤さんが発言した。


「船木先輩、いいですか?あの、上井先輩は部活には来てらっしゃいますけど、確かに最近、元気が無いなって、アタシも思ってたんです。前は冗談言って笑わせてくれたり、ワザとボケたことを言ってその場を和ませてくれたりしたのに。体育祭だってプロレスみたいな実況して、学校中が凄い盛り上がって。本当に凄い先輩ですよ。だから最近は寂しかったんです。上井先輩に元気が無くて。体調が悪かったのは初めて聞きましたけど、もしかしたら上井先輩、何かあって精神的に追い詰められてたりとか、そんなこととかありませんか?体調が悪いことに精神的なものって関係ありますか?」


「後藤さん、貴重な発言、ありがとう。上井部長はね、ある意味孤独です…。色んなことをアチコチで言われたりしながら、それでもみんなの前では明るく振る舞って。でもたまに、キャリアが今の2年生と一緒なのに部長なのはどうなんだ?って意見も、アタシの耳には入ってきます。でもアタシは、部長が上井くんだからこそ、今年の吹奏楽部はこれまで楽しい雰囲気で練習出来たし、ここまで途中退部者を1人も出さずに来れたんだって思っています。だって、上井くん、みんなに優しいでしょ?楽しいでしょ?決して怒鳴ったりせず、根気強く教えてくれるでしょ?」


 ハイ、と言いながら、涙ぐんでる1年生、2年生もいた。


「あのね、今の1年生は知らないと思うけど、アタシ達の一つ上の、今年の春に卒業した先輩達って、5人しかいなかったの」


 1年生達は初めて聞く話だからか、えーって言って驚いてた。


「そして上井くんの前の部長さんって、とても厳しくてね。部活中に冗談なんか言おうもんなら、誰や、ふざけたこと言うとるもんは!って、すぐ怒鳴るような人だったの」


 音楽室内がザワザワしていた。それはアタシも分かってるけど、改めて聞いてたら、去年の今頃、北村先輩がアタシの髪の毛のことを突然弄り始めたのを思い出した。


「だからね、途中で辞めてった部員が多くて、実はアタシ達が1年の時、コンクールには出れなかったんです」


 3年生は頷いてたけど、2年生、1年生は又も飛び出た新事実に驚いてた。


「でも今年はしっかりとコンクールに出れたよね?コンクールに出れるのが55人っていう決まりがあるせいで、残念ながら出場出来なかった部員もいたぐらい、人数が充実してたよね?春に、今年の新一年生を正式に迎えてから一人も欠けることなく、こんな充実した吹奏楽部に成長したのは、アタシは、上井くんのお陰だと思ってます。ね、上井くん!」


 バリトンサックスを抱えて神妙な顔で船木さんの話を聞いていた上井くんが、突然船木さんから話を振られて、ビックリしてた。

 同時にみんなの視線も上井くんに集まるし、上井くんはどうしよう…って感じでとりあえず頭を下げていた。


「アタシや上井くん、そして3年生は、嫌でもあと1ヶ月ほどで引退することになります。その残りの1ヶ月の間に中間テストがあったりするから、正味このメンバーで部活が出来て、演奏を行えるのは、1ヶ月もありません。でもその1ヶ月すら、耐えられない、早く辞めて受験勉強に専念したいっていう3年生って、いますか?いたら手を挙げて下さい」


 音楽室内はシーンとなった。船木さんは切り口を変えて、反上井くん勢力の3年生を炙り出そうとしているみたいだった。

 勿論、こう聞かれて手を挙げる3年生はいない。


「…3年生、いないですか?噂ではすぐにでも辞めたいって言ってる3年生が何人かいるらしいと聞いたんですけど」


 船木さんは静かに、上井くんに文句を言って勝ち誇ってた3年生にプレッシャーを与えていた。


「いませんね?噂だけのようですね。ではみんなで一致団結して、これから先に行われる地域イベント、吹奏楽まつり、そしてトリの文化祭まで、元気に頑張れますよね?」


 みんなが揃って大きな声で、ハイ!と返事をした。


「みんなの気持ちを確認出来て良かったです。今はちょっと体調不良の上井くんも、きっとこれから体調が上向くでしょう。ね、上井くん!」


 再び船木さんにそう問い掛けられて、上井くんはウンウンと頷いていた。


「じゃあ、今日のアタシからの話は、これで終わります。残り1ヶ月、みんなで頑張ろうね!」


 再びハイ!という声が、音楽室内に溢れた。


 船木さんは上井くんの所へ行って、色々説明してた。今日アタシが堪忍袋の緒が切れたのは、実はね…っていう声が聞こえた。


(船木さん、ありがとう…)


 最後は、上井くんと船木さんが握手していた。

 その光景を見て、アタシは感激した。


 去年の北村部長と原田副部長には、あんな信頼関係はなかった。2人で話してる場面なんて、一度も見たことは無かった。


 それだけでも、上井くんっていう男の子の懐の広さが伝わって来るし、船木さんの本当に上井くんを支えなくちゃっていう気持ちが伝わって来る。


 船木さんは上井くんに一通り話をした後、アタシの方にも来てくれた。


「神戸さん、どうだった?これで多分、上井くんの悩みの半分は解消できたんじゃないかな~って思うんじゃけど」


「船木さん、いや、船木副部長!ありがとう…。もう、泣きそうよ、アタシ」


「おっと、泣くのは上井くんの胸でお願いね。とりあえず残り1ヶ月、何とかなるでしょ、これで」


「うん!」


「でもアタシも神戸さんに感謝しなきゃいけないんだ」


「えっ?なんで?」


「だって上井くんに非常ベルが鳴ってるのを教えてくれたわけじゃない?だからアタシもちょっと鬱陶しかった、反上井くん陣営に楔を打てたし。あのままだったら上井くんはきっと、精神的に持たなかったと思うんだ…」


「そうかもしれないね…」


「だから上井くんや吹奏楽部を救うキッカケを作ってくれたのは、神戸さんからアタシに発せられたSOSだよ」


「そ、そんな…大袈裟よ」


「まあでも、アタシもスッキリしたわ。言いたいことを言えて」


「それって、上井くんの行動も含めて?」


「勿論よ。前に言ったよね、アタシが部長候補だって言われて迷惑してたって話。そこに上井くんが現れて、部長になってくれたお陰で、アタシは変なプレッシャーから解放されたし、副部長くらいなら、まあ良いかと思ったし。実際、部長になってからの上井くんの頑張りは、本当に認めなくちゃいけないって思うよ。なのに裏でネチネチ文句ばっかりアタシに言ってくる、しょっちゅうサボる数名の3年女子には、途中からかなり頭に来てたの。だから、今日アタシは文句を言ってる3年女子も黙らせたかったのよね。じゃないと…スッキリ引退出来ないし、ね」


 そう、船木さんが言った通り、アタシ達は引退まで時間がない。そんな時に上井くん…部長に精神的ダメージを与えて喜んでるような人は、逆に退部してほしいと、アタシも思った。だから船木さんが途中でそれらしきことを言った時には、心の中で拍手喝采してたわ。


「船木さんのお陰で、アタシも悩みから解放されそう」


「エヘヘッ。まあお互いに残りの期間、頑張ろうね」


 本当に船木さんってサッパリした性格だわ。ありがとう、船木さん。


 …今夜、上井くんにまたお手紙書こうっと。


 少し悩みは解消できた?もう一つの悩みも一緒に解決していこうね、って


<次回へ続く>

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