第32話 副部長、動く

『Dear 神戸さん


 手紙ありがとう。

 ごめんね、女の子、ましてや大事な彼女に心配掛けてしまって…

 彼氏落第だよね。


 うん、元気が出なくなっちゃってたのは事実。

 色んな原因が積み重なってしまって、心底疲れたっていうのが正直なところなんだ。


 一つは、親と進路について衝突したこと。

 体育祭の代休の日に、どの高校に行きたいんだ、って聞かれたから、西廿日高校って答えたんだ。

 約束したもんね。

 そしたら親が猛反対してね。

 そんな何の実績もない新設校はダメだ、廿日高校か大竹中央高校にしろって言いだして…。


 俺、学校の出来事とか親にはあんまり話さんし、親も元々富山の人間だから、広島のこの辺の高校って言うと、廿日高校に行くのが一番だと思い込んでるのか、思い込まされてるのか。

 大竹中央は近いけど、正直言って吹奏楽部があるのかないのか分からんから、廿日高校より行く気がしないし。

 そんなわけで、親と進路を巡って衝突したのが一つ目の原因なんだ。



 もう一つは…。


 書こうかどうしようか迷ったけど、やっぱり書くね。誰にも秘密だよ。

 俺が部長になった時、同期の一部の女子から反発されとるっていうのは、自分も実感したし、竹吉先生からも聞いてる。

 船木さんが、その反発組の防波堤になってくれてるのも、知らないふりをしてるけど、知ってる。

 だから船木さんには感謝してる。

 だけどこの前、体育祭の帰りに反発組の2人に捕まってね。


「他のスポーツ系の部活の3年はもう引退して高校受験に備えとるのに、なんでウチラは文化祭まで引退出来んの?」

 って、ああまたその話かよ、ってことを言い立てられてね。


 その日俺が声を潰してまともに喋れないのをいいことに、他にも、体育の日に変なイベントに何で出なきゃいけないんだ、祝日が潰れるとか、今年に限って吹奏楽まつりに出るのはなんでなのか?クラスの文化祭の準備が出来んし、連休がなくなるじゃんか、ってとにかく責められっぱなし。

 俺は必死に潰れた声で、また竹吉先生にそういう意見もありましたって言っとくから…、とだけ答えたんだけど、もう呆れると言うか怒りが充満して爆発しそうというか。


 そんなタイミングで親と進路を巡って衝突したもんで、何もかもやる気がなくなっちゃった。すべて放り出して逃げ出したくなっちゃった。


 何のために今まで頑張って来たんだろう…って。


 親って、子供の心配をしてくれるのはありがたいけど、行きたい高校にまで口出しする権利ってあるのかな?


 それに俺が、途中入部なのに部長になったのが気に入らないのは仕方ないし受け止めるけど、だからって先生が受けた依頼演奏や、去年出れなくて残念だった吹奏楽まつりに出れることになったことまで、俺が悪いの?連休に何かあるの?もう引退して受験勉強に専念したいなら、退部しろよ!引き止めないから。


 ごめん、書いてて思わず感情が入っちゃった(笑)


 俺が元気が無いように見えたのは、こんなことが原因で頭の中が一杯だったからなんだ…。ごめんね。


 神戸さんと西廿日高校に一緒に行こうって約束したのに…

 あと1ヶ月で引退なのに…


 もし俺が書いてる内容に、それは違うって神戸さんが感じる部分があったら、また教えてね。

 自分で書くのもアレだけど、なかなか気持ちが上向かない状態だから、もしよければまた手紙でもくれたら、嬉しいです。


 それはなんでか?


 神戸さんが俺のために書いてくれた、世界でたった1通しかない手紙だから!


 心配かけてごめんね。でもこのままじゃ終わらないから。頑張るからね!


 From 上井純一』



 上井くんから便箋3枚に渡って、今まで我慢してた気持ちをアタシに打ち明けてくれた手紙は、アタシが上井くんの机の引き出しにソッと手紙を入れてから2日後の朝に、同じようにアタシの机の引き出しに入れられてた。上井くん自身は、部活の朝練に行ったみたいで不在だったけど。


 アタシ、すぐにお手洗いに籠って、この手紙を読んだんだけど、アタシの中の色んな感情が溢れ出してきて、涙が止まらなかった。


(思った以上に上井くん、悩みの底に落ちてたんだね。ごめんね、アタシが上井くんを慰めて上げられなくて)


 進路問題は、今のアタシ達にはとてもデリケートな話。

 上井くんがどのようにご両親と話し合ったかは分からないけど、まあ大抵はお父さんよりお母さんと話すだろうね。

 そっか、上井くんのお母さんは新設校への進学は反対なんだ…。


 アタシの気持ちも沈んじゃった。


 確かにアタシと上井くんの間では、西廿日高校に一緒に行こうって話してるけど、アタシも親にはどの高校を目指してるのかは、まだ言ってない。

 ウチの親も、西廿日高校を目指してるって言ったら、反対するかなぁ…。


 そして反発組への、上井くんの悩みと怒り。

 上井くんが書いてくれた内容が本当なら、アタシだって何よ今更…って気持ちになる。


 これまでも3年生は文化祭で引退っていうのが、決まりだったじゃない。

 それに地域イベントや吹奏楽まつりまで引っ張り出して、休みが潰れるとかいって上井くんに文句を言うのは、筋違いだわ。

 アタシは引退前にみんなで演奏出来る機会が去年よりも増えて、嬉しかったのに。

 こんな言い掛かりを、上井くんの声が潰れてる日を狙って言うなんて。


 上井くんは2人の部員、としか書いてなかったけど、誰なの?


 アタシはその日の部活で、船木さんに相談してみた。


「船木さん、練習前に少しお話してもいい?」


「あれ?神戸さんからって、珍しいね。うん、いいよ。何々?」


 アタシと船木さんは、音楽室の外へ出た。この時期になると、少し涼しく感じる。


「実はね、最近上井くんが元気なくて…」


「やっぱり神戸さんもそう思う?アタシも思ってたのよ。何が起きたんだろうって。部活でも、結構よく喋ったりしてたのに、体育祭の後、必要最低限のことしか言わなくなっちゃって、アタシも戸惑ってたの」


「船木さんも気付いてたんだね」


「そりゃあ、上井くんに何かあったらサポートしなくちゃいけないしね。ひょっとしたら今がそんなタイミングなのかもしれんけど」


「それでね、実はアタシ、上井くんと話すのは難しそうだから、手紙を書いたんだ」


「あ、それはいいかもね。交換日記みたいな感じ?交換手紙?文通?」


「ま、まだ1往復しただけじゃけぇ、どうなるかは分からんけどね。そのお返事で、上井くんがなんで元気がないのか、ちょっと理由は分かったの」


「え、ホンマに?上井くん、何か大きい悩みでも抱えとるん?」


「うーん…。アタシからどこまで話していいのか分かんないけど、簡単に言うと2つの悩みが起きてて、元気が出ないみたいなんだ」


「2つ!この時期に2つも悩みがあったら…ちょっと辛いね」


「1つはアタシにもどうしようもしてあげられない、お家での悩みなんだけど、もう1つはね…」


「うん、もう1つは?」


「言いにくいんじゃけど…部活で…」


「もしかして、上井くんの反対勢力?」


「そ、そうなの。船木さん、よく分かったね」


「まあね…。残念なことに反対勢力数名の内、1人は打楽器におるけぇ」


「えっ、そうなの?」


 アタシはそういう存在がいることだけは知ってたけど、具体的には誰がそうなのかとか、何も知らなかったから、打楽器の3年生と聞いて、あっ、もしかしたらあの人かも…って予想が付いちゃった。


「そうなのよ。でね、体育祭の後に、上井くんがまともに喋れないから、この機会に遂に直接文句言ってやった、みたいな会話が聞こえたんよ。詳しくは聞こえんかったけど」


「そうなんだ…」


 アタシは悲しかった。上井くんは確かに経験不足で部長になったかもしれないけど、その分熱心に頑張って練習に励んで、後輩との関係も良くして、いつも自分を殺して頑張ってたじゃない。


「溜まってた鬱憤をぶつけてやったわ、だって。アタシ、よっぽど会話に乱入して、上井くんの苦労を知らないからそんな好き勝手言えるんだよ!って言ってやりたかったけど。もしかしたら、それと被るかもね。上井くん、手紙にはどう書いてた?」


「あのね…。今更文化祭まで3年が引退出来ないのはおかしいとか言い出すし、今年だけ地域イベントや吹奏楽まつりに出るせいで休みが潰れるし、クラスの文化祭の出し物の準備に参加出来ないのをどうしてくれるんだ、って詰め寄られたって書いてあったの」


「はぁぁ?ちょっとそれは酷すぎるなぁ…。これまでアタシは、そんな文句を聞きながら、まぁまぁ…って宥めてたけど、上井くんの声が潰れた日を狙ってそんな上井くんにはどうにも出来ない言い掛かり付けるなんて、やりすぎだわ。アタシも頭にきたよ。今日の部活の後で、アタシがみんなをちょっと締めるよ」


「えっ?船木さん、大丈夫?」


「落ち込んじゃって精神的に参ってる上井くんには、今はそんな役は出来ないよ。声は戻ってても。こんな時こそアタシの出番よ。いつも先生とアタシ達の間の橋渡しとか、後輩の世話とか面倒なことを上井くんにやってもらっとったんじゃけぇ、恩返しせんとね。任しといて!神戸さんの彼氏に元気を取り戻させるから」


 船木さんはそう言うと、ウィンクしながら音楽室に戻った。


(船木さん…。頼もしいけど、大丈夫かな…)


 そして上井くんは…


 今日も1人で黙々とバリトンサックスの練習をしていた。


(上井くん…。応援してるからね)


<次回へ続く>

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