第31話 ラブレター From チカコ

 中学生活最後の体育祭も終わって、学校の中もなんだか一段落ついた雰囲気。


 アタシも上井くんと付き合い始めたばかりの頃は、ブルマ姿を上井くんに見られるのは恥ずかしいとか言ってたけど、普段の体育の後や体育祭とかではそんなことイチイチ気にしてられなくて、いつしか平気でブルマ姿のままで上井くんに話し掛けてたな~。今では最初になんであんなに恥ずかしがったのやら?だけど。


 1つ大きな行事が終わったことで、3年生は少しずつ高校受験に向けて、意識の切り替えを求められてるような気がする。

 竹吉先生も、2学期は重要だからな~と、毎日のようにハッパを掛けて来るようになった。


 そんな中で練習が再開された吹奏楽部は、10月の体育の日に地域イベントへ出張演奏の依頼が入っているから、体育祭用にマーチの練習とかしてた雰囲気から一変して、文化祭の練習のような雰囲気になってきた。


 竹吉先生からも


「文化祭と同じようにこのイベントでは演奏してくれ」


 と言って、先生が選んだ曲の譜面が配られた。


「今は5曲配ったが、文化祭ではもう1曲追加するかもしれん。それと、この地域イベントの後は『まつり』もあるけぇ、みんな、気を抜かんとってくれよ」


 部員のみんなは殆どがハイ!と返事をしていたけど…。


 肝心の上井くんに元気が無いの。


 まだ体育祭で喉を酷使した影響が残ってるのかな、って思ったけど、サックスのメンバーや2年の男子と話してる様子を見てると、声は元に戻ってるみたい。


 こんな時はアタシが、元気ないよ?どしたん?って、声を掛けてあげるべきなんだろうけど…。


 なんか元気がないから、そのタイミングも難しくて…。


 クラスでも3班にいる上井くんを気にしてるんだけど、やっぱり元気が無い。

 いつもなら3班のみんな、特に笹木さんとはよく冗談交じりの会話をしてるんだけど、体育祭の後はクラスでも全然喋ってない。


 体育祭の後、代休を挟んでの授業再開初日には、クラスでも上井くんの実況が話題になってて、男子も女子も凄かったよーって上井くんに声掛けてたけど、その時も今考えれば、上井くんの「ありがとう」という返事には元気が無かった。

 その時にはまだ疲れが取れてないのかな?と思っただけなんだけど…。


 悩みが発生したのかな。


 もしかしてまたアタシ絡みの悩みかな。


 でも…今回はそんなに話せてない期間はないし…。体育祭の日も、最後に飴とメモを上げてるしね。そのメモだって、元気が出るように…って意識して書いたメモだもん。


 うーん、男の子って、分かんない。


「ね、神戸さん、上井くんとケンカでもしたん?」


「えっ?ケンカなんてしてないよ?」


「そう?じゃ違うんだ…。上井くんがさ、突然元気が無くなっちゃって、みんな心配してるの。吹奏楽部ではどう?」


 そう声を掛けてくれたのは、笹木さん。

 3班で上井くんと一緒で、いつもは上井くんの話に笹木さんが的確に突っ込みを入れて、漫才みたいに会話してる印象なんだけど、その笹木さんも上井くんが元気が無い、って心配して、アタシに聞いてきたわけ。


「部活でも元気がないんだよね…。アタシも、どう接したらいいか悩んでるの」


「そっかぁ…。彼女が悩んでるくらいじゃ、原因を探るのは難しそうね」


 上井くんの元気のなさはクラスでも部活でも同じで、更に部活後の下校時も元気が無いみたい。

 何もなければいつも途中まで笑い話とかしながら、2年の男子と一緒に帰ってるんだけど、今は2年男子に先に帰っていいよ、って言って、1人で音楽室の鍵を閉めて帰ってるみたいなの。


 どうしちゃったの、上井くん?


「上井くん、元気ないよね。クラスでもそうなの?」


 今度は部活の時、ケイちゃんが尋ねてきた。今も上井くんは、バリトンサックスを出してはいたけど、ずーっと譜面台に置いた楽譜を眺めてる。


「うん…」


「チカちゃんに心当たりは?」


「…全然思い当たらないの。でもアタシが悪いのかな」


「いやいや、何も思い当たることが無いなら、自分を責めちゃダメだよ。別の何かが原因で、彼女にも相談できないようなことが起きたのかもしれないよ?でも突然だよね。体育祭では裏のヒーローみたいに実況頑張ってたし、盛り上がってカッコよかったじゃん?チカちゃんもそう思ったんじゃない?」


「うん。カッコ良かったよ?だから声がもう潰れちゃって、まともに喋れないのに、アタシには何か喋ろうとするから、喋らないでいいよ、って飴玉とメモを上げたの」


「メモ?」


「うん。今日は頑張ったね、とか、声が治ったらまたお話しようね、とか」


「いや~、上井くんがそのメモを見て、感激はすると思うけど、元気が無くなるとは思えないよね。うーん、何なんだろうね」


 2人してしばらく考えてから、ケイちゃんが言った。


「ね、上井くんと交換日記とかしてる?」


「交換日記?いや、してない…っていうか、考えもしなかったよ…」


「出来たらさ、喋るのが難しいんなら、交換日記みたいな方法で上井くんに接触してみたらどう?」


「そっかぁ…。そうだね…。それ、いいかも。ちょっと考えてみるね。いい案、ありがとう、ケイちゃん」


「いやいや、どういたしまして。相談料は、上井くんに上げたのと同じ飴玉ね」


「そっ、相談料がいるの?」


「冗談よ。頑張ってね!」


 ケイちゃんもきっと複雑な思いを抱えてるだろうけど…ごめんね、いつも。


 その日の夜、アタシは早速上井くん宛に交換日記をしようよって、使ってなかったノートを引っ張り出して書き始めたんだけど…。


(う~ん…。どうもこのノートじゃ、男の子は嫌がりそうよね…)


 そのノートは、いかにも女の子向けのノートで、表紙と裏表紙は大きなイチゴ柄、中身も罫線は引いてあるけど、薄いピンクの細かなイチゴ柄だらけ…。


(これはダメだわ。上井くんに渡す時も、返される時も、物凄く照れそうだし。今の上井くんだったら、逆効果かもしれない)


 アタシは別のノートを探したけど、どれもこれも自分が使う前提で買ったノートだから、どこかしらに女子用の文房具って雰囲気が漂ってる。

 無機質な大学ノートとかあれば良かったけど…。

 お父さんなら持ってそうだけど、何に使うんだ?って聞かれそうで、上井くんとの交換日記に使うとは、とても言えない…。


(あっ!手紙はダメかな?)


 ノートは1冊を使い切るまで時間が掛かるけど、手紙ならある意味一方通行だから、アタシは女の子向けのレターセットを使ったとしても、上井くんから返事がくるとして、その時は上井くんは何を使ってもらってもいいし。極端なことを言えばチラシの裏でもアタシは構わない。


(うん、手紙にしようっと)


 アタシは早速レターセットを取り出して、便箋に上井くん宛の手紙を書き始めた。




『Dear 上井くん


 最近、何かあった?

 元気が無くって、心配してます。

 本当は話し掛ければいいんだけど、

 なかなかタイミングが難しくってね。

 もしアタシに話せる悩みなら、何でも聞くからね。

 アタシに話せないような悩みでも、アタシは上井くんの味方だからね。

 上井くんに元気が無いと、アタシまで元気が出なくなっちゃうよ。

 もしよかったら、どんな形でもいいから、お返事下さい。

 待ってるね。


 From チカコ』



 ふぅ…。考えながら書くから、時間が掛かっちゃった。


 これを封筒に入れて、明日の朝、早めに学校に行って、上井くんの机の引き出しに入れておこうっと。


 …お返事が来ますように!


<次回へ続く>

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