第30話 上井節

「いよいよチーム対抗全学年リレーも大詰めを迎えております。3年女子が3年男子にバトンを渡した瞬間、それは最終決戦突入を意味します!アクシデントで遅れていた白組も懸命の走りで、3位が見えてきました。そして男子にバトンが渡っていきます!1位は黄組のまま、2位と3位は接戦ですが、僅かに青組がリード、大健闘の4位の白組も展開次第ではまだまだ分かりません!」


 グランドはリレーを応援する生徒の歓声と、それを盛り上げる上井くんの喋りで、とても平日の昼間で観覧する保護者も少ない体育祭とは思えない盛り上がり方を見せていた。


(上井くん、喉、大丈夫かな…。この後にバリサク吹けるのかな…)


 アタシは心配が先に立つようになってきた。


「あーっと!グランドには魔物がいる!1位の黄組に悪魔が忍び込んだか、選手が転倒してしまいました!すかさず立ち上がるが、青組と赤組がその隙間に1位争奪戦へと名乗りを上げた状況です!」


 黄組の男子が転んだ瞬間、黄組…1年から3年までの4組の集団から、悲鳴が聞こえた。

 逆に白組…3組の集団からは、ここで抜かせ!と声援が増してきた。


「さあ、ゴールテープが張られました。このテープに最初に飛び込むのは赤組か、青組か、はたまたまだ悪魔が舌なめずりして順位を弄んでいるのか?」


 赤は1組だから、当然アタシも応援に力が入る。吹奏楽部のテント内も、歓声やら悲鳴やら、凄い状況になって来た。


「最終コーナーを回り、ラストスパートです!もうどっちのチームにも1位になってほしい、そんな状況であります!さあ勝負の行方はどうなるのか、勝利の女神はどちらに微笑むのかーっ」


 アタシ達の3年1組からは、野球部の真崎くんがラストスパートに出場している。2組は名前は分からないけど、いかにも陸上部って感じの男子が走ってる。


 上井くん、ごめんね、今だけは真崎くんを応援させて!


「さあ最後まで赤と青のデッドヒートが続きます。決着はどちらに軍配が上がるのでしょうか!」


 ゴール付近にいる判定委員も、物凄く緊張してるように見えたわ。2人が一生懸命に走って走って…


「さあ、ゴールテープを先に切ったのは…」


 一瞬、グランドが静寂に包まれた。

 判定委員は、赤組1位、青組2位って判定したわ!


「1位赤組、2位青組の判定であります!また白組、黄組も3位争いの結果、抜きつ抜かれつの好勝負でしたが、最後は白組が3位、黄組が4位となりました。皆さん、1年生から3年生まで、全力でグランドを駆け抜けた選手の皆さんに、盛大な拍手をお願いします!」


 グランド内は拍手に包まれて、一段落した後に選手が各クラスへと戻っていく。

 赤組の1年~3年は、キャーッと言って大歓声だった。真崎くん、同じ3年1組の女子からも、2年、1年の女子からもキャーキャー言われて、凄い嬉しそう…。


 上井くんはと言うと、マイクのスイッチを切って、何事も無かったかのように放送席から立ちあがり、すぐに吹奏楽部のテントに走って来た。


「おーっ、上井先輩!陰の功労者、凱旋じゃないですか!お疲れ様でした!」


 2年男子の石田くんが戻って来た上井くんを見付けて、大きな声でそう言った。他の部員も、センパイ凄ーい!とか、よう喋ったね!と、拍手で出迎えていた。


「いやいや、古舘伊知郎のモノマネしただけじゃけぇ…」


 って上井くんは枯れ気味の声で照れてたけど、アタシは素直に上井くん、凄いな…って思って見てた。


 竹吉先生も


「上井!お前を超える実況は誰も真似出来んけぇ、卒業した後も体育祭の時、リレーの実況しに来いや」


 なんて言ってる。


 肝心の上井くんは、リレーで誰が喋ったか名前も明かさずにそのまま吹奏楽部のテントに来たから、各クラスのテントにいる1年生、2年生なんかは、そう言えばさっき喋った人、誰?みたいな感じになってザワザワしてた。もちろん、リレーの余韻も残ってるんだけどね。


 上井くんは今は何事も無かったかのようにバリトンサックスを準備して、席に座って楽譜を準備していた。

 それでも周りの2年生は、去年よりも凄かったですと言ってたし、女子も同期の吉岡さんなんか、上井くん、凄すぎたよ実況!って、褒め称えてた。

 その時はいつもの上井くんに戻ってて、いや~ちょっと大袈裟に喋っただけで…とシャガレ声で言いながら、照れて頭を掻いてたけど。


 そして閉会式。


 総合優勝は赤組になった。2位は2組の青組、3位は3組の白組、4位は4組の黄組と、上井くんが言ってた通り、クラス順と体育祭の順位が同じになっちゃった。最後のリレーの点数は、黄組には総合3位になれるほどではなかったのね。


 でも…


 この光景を見られるのは、今年が最後なんだね…。


 そう思ったら、少し感傷的な気分になっちゃった。


 閉会式の演奏も無事に終わって、体育祭も終わり、吹奏楽部は片付けに入る。


「えー、楽器を音楽室に運んだら、砂のあるグランドで演奏したので、楽器にダメージがあると思います。なので、楽器の手入れをしてから、解散ということになりますので、よろしくお願いします」


 上井くんが部長としてそう喋ったけど、リレーで実況したダメージで、声がもうガラガラになってた。


「先輩、実況で喋りすぎたけぇ、今日はもう喋らんでもええよ!」


 石田くんがそう言って笑わせてた。船木さんも、


「上井くん、もし喋るのキツかったら、後はアタシが指示出すけぇ、無理せんといてね」


 と声を掛けてた。


「ありがとう~。もしかしたら喉が燃え尽きとるかもしれんけぇ、今日は皆さんのご好意に甘えさせてもろうてもええ?」


 とガラガラ声で上井くんが言うから、竹吉先生が


「お前、今日はもう喋らんでええから、帰ったらレモン水でうがいせーよ?」


「はい~」


 上井くんがやっとこさ返事をして、それを受けて船木さんが


「じゃあこの後は、アタシが指示出しまーす。まあこの前の予行演習と同じじゃけど、打楽器の搬入をしたいので、男子の皆さんのお助け、待ってます。それと上井くん…いや、部長が指示した通り、楽器も傷んどると思うんで、音楽室では各楽器のメンテをして下さい。特に赤組のみんなはクラスに戻って優勝の喜びを味わいたいじゃろうけど、グッと堪えて下さいね。では片付け開始~」


 船木さん、流石だわ。やっぱり上井くんが途中入部しなかったら船木さんが部長候補だったっていうのは、単なる噂じゃなくて、一つ上の先輩達からそう期待されてたんだろうな。


 上井くんはバリトンサックスを椅子に置いてから船木さんに、お礼を言いに行ってた。


「じゃけぇ、上井くんは今日はそういう挨拶とか御礼とかも言わなくてええんよ。気持ちだけでええから。ね?神戸さんに後で飴でももらいんさい。飴は喉に良いから」


 上井くんが凄い恐縮してる。うん、今日は上井くんとは喋れないと思うけど、後でアタシの持ってる飴、上げよう…。


 その後、音楽室ではみんな疲れ切った様子で、制服にも着替えずに体操服のままで各楽器のケアをしていた。

 ホルンみたいな複雑な楽器はメンテナンスが大変そう…。

 1年生の女の子が、2人の先輩にメンテナンスの方法を詳しく聞いて、メモしてた。


 そうだ、アタシは上井くんに飴上げようっと…。それにメモを書いてくっ付けて。

 音楽室の隅っこでバリトンサックスを拭いてる上井くんの元へ、アタシも着替えてなかったから、体操服姿のままで近付いた。


「上井くん、お疲れ様!」


「あ、神戸さん、ありが…」


「ダーメ!副部長の指示で上井くんは喋っちゃダメなんじゃけぇ」


「でも…」


「はい、これ!帰り道で舐めて、少しでも喉をいたわってね」


「ん?飴…」


「船木さんが言ってたでしょ?アタシからの飴よ」


「ごめ…」


「じゃけぇ、もう喋らんでええから。喉が回復したら、今日の話、色々としようね!」


 アタシはそう言って、元の場所に戻ってクラリネットのメンテナンスを始めた。


 …ああ言ったけど、やっぱり上井くんの様子が気になる。チラッと上井くんの方を見たら、アタシが書いたメモを読んで、なんとなく感傷的になってるように見えた。

 実はそうなるように、ちょっと意識したけどね。



『Dear 上井くん


 今日は部長の仕事と実況の仕事、本当にお疲れ様💛

 今夜はゆっくり寝てね。

 中学校の体育祭はもうこれで最後だけど、

 来年は一緒の高校で、一緒に体育祭、頑張ろうね!


 From チカコ』


<次回へ続く>

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