第29話 アタシの彼はアナウンサー?

 今日は9月24日(火)。

 本当は2日前の22日(日)に、中学校生活最後の体育祭の予定だったんだけど、雨で順延になっちゃって、今日が2日遅れの本番なの。


 実はアタシ、体育祭の次の日23日が秋分の日でお休みだし、塾もないから、上井くんと付き合って2ヶ月目にして初めてのデートに行きたいな♪って計画してたんだ。

 予定では体育祭のお昼休みに上井くんを呼び出して、出来たら一緒にお昼ご飯も食べて、その時に明日2人で何処か行かない?って、話を切り出すつもりだったの。


 だけど雨で予定が狂っちゃった。


 9月22日には雨の日曜だけど登校はさせられて、体育祭順延日の火曜日の授業を受けることになって、23日はそのままカレンダー通りでお休み。そして24日が体育祭の本番ってことになって…。


 22日のお昼休みは、いつもと同じ昼休みになったから、教室で各班毎でお弁当を食べることになって、アタシのプランは消滅。

 放課後もいつも通りになって、通常の部活があったから、諦めずに上井くんに話し掛けられる機会を窺ってたんだけど、この日はタイミングが合わなくて、お話出来なかったんだよね。


 残念ながらアタシの考えた初デートプランは挫折しちゃった。


 体育祭の代休は次の日、25日(水)になったんだけど…。


 そんな平日にデートしたいって上井くんに申し込んでも、上井くんの真面目な部分が出てきて、平日はヤバいんじゃない?って言いそうなのよね…。


「神戸さん、今日は体育祭本番じゃ言うのに、予行の時みたいな元気がないね?また上井くんと何かあったん?」


 いつもはこういうセリフは山神のケイちゃんから聞くことが多いけど、今日は船木さんが声を掛けてくれた。

 アタシはクラリネットと楽譜、船木さんは打楽器のスネアドラムと譜面台を数本、音楽室から運んでいるところだった。


「えっ、元気が無いように見えた?」


「うん。一目瞭然だよ?」


「えー、そんなに落ち込んでたのかな、アタシ」


「傍目にはね。実際は?どうなん?」


「うん…。船木さんが正解」


「やっぱりー」


「でも…船木さんから指摘されるのって、初めてよね。何か気になったの?アタシと上井くんのことで」


「うーんとね…。詳しく話すと長くなっちゃうけど、簡単に言えば村山くんからの伝言みたいなもの、を聞いたからかな」


「村山くんが?」


「そう。彼は上井くんと仲がいいじゃん?で、夏休みのコンクールの後くらいに広島市内に遊びに行ったんじゃって。そこで上井くんが、神戸さんとカップルになれたけど、上手くリードして上げられない、こんなんじゃすぐにフラれる…って悩みを村山くんに相談したんだって」


「リード…」


「そんな話を聞かされたけぇ、アタシも2学期になってから、神戸さんと上井くんの部活での様子を時々見てたのよ」


「そ、そうだったの?」


 ちょっと動揺してしまったわ、アタシ…。


「そうなの。そしたら、確かに上井くんから神戸さんに話し掛ける場面ってないなー、いつも神戸さんから気を使って話し掛けてるなー、そう思ったんだ」


「それは…確かにそうね。彼が照れ屋で、なかなかアタシに声を掛けるのが大変だっていうのを聞いてから…」


「でもさ、神戸さんも照れ屋さんだったでしょ?前に一緒に帰った時」


「ま、まあね。でも…上井くんはアタシ以上に照れ屋だから、頑張って話し掛けるようにしてるの」


「そっかー。で、最近元気が無いのは、上井くんに話し掛けることもなかなか出来てないから、かな?」


「船木さんの言う通りよ…。週に1回くらいしか話せないのって、寂しいよね」


 それだけじゃなくて、雨のせいでアタシの初デートプランがダメになったのもあるけどね…。


「もう吹奏楽部のテントに着いちゃったから、一旦はここで打ち切るけど、打開策、アタシも考えて上げるよ」


「本当?」


「うん。なんつーか、アタシの異性の親友みたいな村山くん経由の、上井くんの悩みじゃけぇ、副部長として部長には元気でいてもらわんといけんしね」


「ありがとう、船木さん」


「うん。お礼はロッテリアのハンバーガーね!なーんて」


 ケイちゃんとはちょっと切り口が違う、船木さんの声掛けで、少しアタシの心も落ち着いた。もしかしたらケイちゃんが見た、孤独な闇に包まれた上井くんは、船木さんが教えてくれた悩みについて1人で考えてた時なのかもな…。


「楽器の準備が出来たら、チューニングしに来て下さーい!」


 上井くんが指揮者の場所でそう声を張り上げてた。アタシもウジウジしてないで、前向きに頑張ろうっと!


 あ、お昼ご飯は結局平日開催になったことで来場する保護者が少ないってことから、教室で食べても、各自の家庭毎に自由に食べても良かったのが、全員教室で食べる、に変更されちゃったんだ。


 こんな変更も、アタシには迷惑だよぉ。


 上井くんを呼び出して、2人で何処かで食べるくらいはやりたかったんだから…。もう、雨が降ったせいでアタシの計画は全部ダメになっちゃったよ!


 でも午後の競技では、フォークダンスで辛うじてぎりぎり上井くんと踊れたよ!

 練習の時は上井くんまで回らなかったから、本番で踊れたのは嬉しかったな〜♪


 でも上井くんが照れちゃって、あまりしっかり手を握ってくれなかったな…。アタシからもっと攻めれば良かったかな…?


 そして体育祭もいよいよ最後のプログラム!

 上井くん、緊張しながら放送席に着いて、先生方と話してる。

 今まで何種目か喋ってたけど、それはそんなに変わった実況じゃなくて、アタシもアレ?って思ったんだけど…。




「さて、この体育祭もいよいよこの競技を以て終わりとなります!2日遅れたことが各チームにどんな影響を与えるのか?それとも何の影響もないのか?決戦の火ぶたは間もなく切られようとしております!まずは各チーム、1年生女子からのスタートです!」


 ワーッとグランドが湧いた。体育祭も最後の競技、4チーム対抗全学年リレーを迎えたから。

 そしてその競技の実況をするのは、上井くん♪

 やっぱり最後のために力を温存してたのね。

 お昼も話せなかったから、今日喋ることについて直接応援することは出来なかったけど…頑張ってね!もう、出だしから盛り上がってるよ!


『位置に付いて…ヨーイ!』


「さあ、ピストルの音と共にリレーがスタートしました。1年生女子は初めての体育祭ですが、この大舞台、体育祭のエンディングを飾るリレーに各クラスから4名の女子が選抜されております。まだまだ横一線でしょうか?つい半年前まではランドセルを担いでいた少女達、今は1本のバトンを手に持ち、頭にはキリッとハチマキを締めて頑張っております。このリレーが始まる前の時点での総合点による順位は、1位赤組、2位青組、3位白組、4位黄組です。しかしこれではいつもの1組から4組までの順番と変わりがありません。白組、黄組による下克上なるか、赤組、青組による逆転阻止はあるのか?」


 吹奏楽部のみんなは閉会式に備えて、テントに徐々に集まって楽器の準備をしていた。上井くんは放送委員だけど、それ以外にも色んな係があるから、役割を持ってる部員は、ちょっと遅れて集まることになってた。


 それよりも上井くんが去年以上に熱の籠った喋りでリレーを盛り上げていることに、1年生部員は上井部長が実況されてるんですか?ってビックリしてて、2年生部員はリレーより上井くんの喋りを聞き逃さないようにしてた。3年生は一見クールに見えたけど、本音ではどう思ってるのかな?ケイちゃんや船木さんは充てられた係の仕事があるのか、まだ吹奏楽部のテントに来てなかったから、どんな感じで聞いてるのか感想は聞けなかった。

 確かに上井くんは自分でも言ってたけど、予行演習の時は最後のリレーでも淡々と、


「只今の所、赤組1位、白組2位、黄組3位、4位は青組です。青組の皆さん、頑張って下さい」


 って、定型文のような喋りをしてた。本番になって突然スポーツ中継みたいに喋り始めたから、1年生は特にビックリだろうね。


 竹吉先生も指揮者の位置に立って、リレーの様子を眺めていたけど、上井くんの実況が面白いからか、


「アイツはよくあれだけ喋れるのぉ…」


 って感心してたよ。


「さあ、1年女子から1年男子へとバトンが渡される場面…おーっと、先頭に立とうとしていた白組のバトンが落下!バトントスが上手くいかなかったかー?これは順位に変動が起きそうです。でもバトンが落ちたからと言って、白組の皆さん、1年生の女子、男子を責めちゃいけません。赤、青、黄もこの先バトンを落とすかもしれません!ニュートンが見付けた引力がこの地球にある以上、物が落ちるのは避けられないことであります!白組の1年生の女の子、初めての体育祭でよく頑張りました!皆さん、彼女に拍手を送ってあげて下さい!」


 グランドからは自然と拍手が沸き起こっていた。アタシはバトントスに失敗した白組の1年生の女の子を実況の立場から慰めている上井くんに、心の優しさを感じた。


「さて1年男子も初めてのリレーですが、現在の所、1位は黄組、2位は赤組、3位は青組、ちょっと離れて4位は白組という順番です。1年生男子の次に控えしは2年生女子!彼らが小学5年生の時は、気軽にお姉ちゃんとか、ナントカちゃんと呼べた存在が、中学に入ったことで先輩と呼ばねばならない、この中学高校独自のルールに、きっと戸惑ったことでしょう。さあ4位の白組、懸命に後れを挽回しようと驚異的な走りを見せております!2年生女子がこの流れを受けて、そのままの順位をキープするのか、はたまた一寸先はハプニングなのか?誰にも行方は分かりません!」


「ねぇ、神戸さん!上井くんって、いつもあんな風に喋るの?」


 そう興味津々に聞いてきたのは、同じ3年女子のクラリネット、中谷さん。


「えーっ、まさか!いつもは普通に喋るよ?」


「でも、そのままアナウンサーになれるような喋りじゃない?凄いね、上井くんって」


「アタシもビックリしてるのよ…」


 って答えたけど、内心、アタシの彼って凄いでしょ?って自慢したくてたまらなかった。

 去年も実況風の喋りをしてたけど、誰が喋ってるのか、あまり知られてなかったみたいなの。先生方には大絶賛だったけど。

 だから今年は、上井くんの存在感が去年以上に増してる、ってことよね。


「おーっと、2年女子の順位に変動が起きました!3位の青組が2位の赤組を抜いてきたーっ!抜かれた赤組女子、抜き返さんばかりに懸命に走りますが、バトンはそろそろ2年生男子へと渡るところであります。女の戦いで順位が入れ替わった、さて男の戦いでさらに順位は変わるのでしょうか?」


 頑張れ、上井くん!リレーも半分まで来たよ!


<次回へ続く>

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