第27話 彼氏の気持ちを推理せよ
実はアタシ、2学期に入ったら、部活後に上井くんと2人で一緒に帰るのを再開させてもいいな、って思ってたんだけど…。
最初にアタシが中止を言い出したから、アタシから再開しようって言うのも自分勝手すぎるような気がして、なかなか上井くんに切り出せない。
上井くんから言ってもらうように仕向けるのもいいんだけど、彼もプライドがあるだろうから、そんなことは切り出せないのかもしれない。
夏休み中に上井くんがケイちゃんに打ち明けたっていう、
『どう付き合ったらいいか分からない』
って言葉が、アタシにも逆に現実味を帯びて襲い掛かって来た。
クラスの班が別々になったから、移動教室の時とかに話し掛けようとしてるんだけど、いつも上井くんは1人ってわけじゃなくて友達と集団でいる時もあるから、話すのも一苦労。
どうすればいいのかな…。
「最近のチカちゃん、暗いよ?何を悩みよるんね?」
部活の時、ケイちゃんが話し掛けてくれた。
「せっかくコンクールの日に上井くんと仲直りしたのに、なんで毎日ため息ばっかり吐いてるの?」
「あのね…。壁にぶち当たった感じなの」
「壁?なんの?」
「上井くんと話せないんだ」
「また話せなくなったの?気にせずに教室でも部活の時でも、話し掛ければいいじゃん!」
「でもね、クラスでは同じ班だったのが、班替えで別々の班になっちゃってね。違う班になったのに、わざわざ上井くんのいる所へ話しに行くってのも…。移動教室の時も、上井くんが1人で移動してたらいいんだけど、そんなの滅多にないし」
「うーん、チカちゃんは世間体を気にするタイプだねぇ」
「世間体?」
「うん。だってクラスでも、上井くんとチカちゃんが付き合ってるのは、知られとるんでしょ?」
「どうだろう…。先生がそれらしいこと言ったりするけぇ、知ってる人もおると思うけどね。付き合い始めてすぐに夏休みに入ったけぇ、知らない人も多いかもしれん」
「そうか。夏休みに入る直前だったもんね…。いやいや、だからってそんなの気にしなくていいんだよ。普通に話し掛けるのが難しければ、何か本を貸してあげるとか、レコードを貸してあげるとか、押しかけ女房すればいいんだよ」
「なるほどね…」
「せっかく同じクラスにおるっていう、アタシには逆立ちしても敵わない利点があるんだもん。チカちゃん、頑張って!」
「そうね、アタシの考えすぎかもね」
「そうそう。そうしないと、また上井くんはネガティブループにハマってっちゃうよ~」
「それは嫌…。あんな思い、もうしたくないもん」
アタシはせっかくの夏休み中、上井くんと話せなかった一ヶ月を思い出した。
「でしょ?だから、誰の目が気になるとか言わずに、どうでもいい話で構わないから、とにかく話し掛けること!上井くんが照れ屋なのは知ってるでしょ?だからチカちゃんが動かなきゃ」
「うん、アタシから動いてみる。今のアタシは、ちょっと上井くんとお話し出来るだけでも嬉しいから」
早速次の日…。
9月は体育祭のお陰で、体育の授業が男女一緒なの。男女だけじゃなくて、1組と2組もだけどね。
で、体育祭の競技の練習をするんだけど、体育の授業の後に教室に戻る時、運よく上井くんが1人で水を飲んでるところに遭遇したから、その場で掴まえてお話することが出来たよ。
前はアタシ、体操服のブルマ姿を上井くんに見られたくないとか言ってたけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないし。ユンちゃんも言ってたけど、上井くんはアタシのブルマ姿なんてこれまで何回も見てるんだし。今更気にしてもどうにもならないよね。
「上井くーん!」
「あれ、神戸さん!1人?元気いいね!話すのは…ちょっと久しぶりじゃね、ごめんね」
「ううん、なかなかタイミングがね、お互いに難しいよね…。さっきもフォークダンスの練習、あと少しで上井くんってとこで終わっちゃったしね」
「やっぱり分かった?俺も、神戸さんまであと何人…って数えとったけぇ、終わった時はもう1曲やらんかなぁって思ったけど、残念ながら…じゃったよ」
「ウフフッ。上井くんもそう思ってくれたんだ♪」
「だって…ね」
こんな会話だけでもアタシは嬉しい。きっと上井くんも嬉しいって思ってくれてるはず。
「ところでさ、上井くんってどんな本が好き?」
水を飲み終わった上井くんと並んで歩きながら、考えておいた話のネタで会話したよ。
「本?突然やね。そうだなぁ…今は、西村京太郎の推理小説かな」
「へぇ?推理小説読むんだね、上井くんって」
「あんまりそうは見えない?」
「ううん、そう見えないと言うんじゃなくて、意外な組み合わせな気がして」
「西村京太郎のって、鉄道ミステリーなんよ。じゃけぇ、読み始めたってのが大きいかな」
「あ、そうじゃね、そう言えば。特急ナントカ号殺人事件とか」
「そうそう。そのアリバイが、悲しいかな俺にはすぐ分かっちゃうんだ。あぁ、あの列車ならこういうアリバイ工作できるよね、って」
「凄いじゃん!将来、西村京太郎を追い抜いちゃえば?」
「いやいや、そんなの、とてもじゃないけど無理だよ…。でもオリジナルの鉄道トリックは一杯考えとるんよ。そういう神戸さんはどんな本を読むん?」
「アタシ?アタシも実は推理小説、結構読むんよ」
「へーっ、俺は西村京太郎しか読まんけど、他の作家さんも一杯おるもんね。誰のを読んでるの?」
「赤川次郎とかかな?」
「あ、聞いたことあるよ。三毛猫ホームズだっけ?」
「そうそう!わぁ、本の話で上井くんと共通点見付けられた!嬉しいな」
「ホンマに?じゃ、真面目に答えて良かった~」
「ん?不真面目な答えもあるの?上井く~ん、もしかして…?女のアタシには見せられない本?」
アタシも会話が楽しくて、つい上井くんに突っ込んじゃった。でもまさか、エッチな本…じゃないよね?
「いやいや、笑われるかと思って言わんかっただけじゃけぇね?ちゃんとした本屋さんで売っとる本じゃけぇ、大丈夫。読んどる女の人もおると思うよ」
「何それ~。余計気になる~」
「笑わんとってよ?…週刊ゴングと週刊プロレスと鉄道ジャーナル…」
なーんだ。ホッとした反面、なんか残念!と思うアタシは、悪い女?
「アハハッ、それなら別にいいじゃん!」
「あっ、最初に笑ったじゃろ」
「いいじゃん、なんだ、ちゃんとした本じゃないの、っていう意味の笑いだから」
「うーん…ホンマに?」
「ホンマよ?」
そんな会話をしながら教室に戻ったら、他の子達も次々と戻ってきたから、会話はそこで終わったけど、久しぶりに上井くんと笑い合える話が出来て、嬉しかったな。今日の収穫は、上井くんが西村京太郎の推理小説を読んでるってことを知れたことかな。
…でも本当は毎日上井くんと話したいな。
こんな、何日かに1回、授業の合間にほんの数分だけじゃ、物足りない。
まだまだ上井くんのことを知りたいし、アタシのことも知ってほしいし。アタシ達、彼氏と彼女なんだよ?2人でゆっくり過ごせる時間って、作れないかな…。
体操服から制服に着替えながら、遠目で上井くんを見つめて、そう思った。
「それはもう、初デートしかないんじゃないん?」
その日の部活で、ケイちゃんに相談したら、そう言われた。
「デートかぁ。そうよね。…実はコンクールの後にね、上井くんに空いてる日はある?って聞かれたの。残念ながらコンクールの後は全部昼間は塾に行くことになっちゃってて、空いてる日が無くってね。そう答えたら、残念そうにそれじゃ仕方ないね…って言われたんだ。その時の声が忘れられないの」
「うわ〜、残念無念過ぎだって、それ。上井くんから誘われるなんて、この先あるかどうか分かんないよ?チカちゃん、塾は1日だけサボっても良かったんじゃない?得意科目の日とか。今更じゃけど」
「そうよね…。アタシも今更じゃけど、1日くらい空ければ良かったなって、後悔してる」
「後悔先に立たず!じゃ、仕切り直しで、この先の日程でデートするってなったら、体育祭が22日の日曜でしょ。次の日の23日の秋分の日とか、誘ってみたら?」
「えっ、アタシから?」
「うん。だって上井くんはさ、傍から見てたら元気そうにしとるけど、アタシにはチカちゃんと上手く付き合えてないっていう葛藤を抱えてるように見えるもん」
「ケイちゃん、それ、本当に?」
「うん。アタシの目って凄いのよ~。北村先輩との別れ方だけは狂ったけど」
「上井くんのどんなところを見てそう感じるの?」
「聞きたい?」
「うん、聞きたい」
「上井くんは極力みんながおる前じゃ、明るく振る舞うようにしとるけど…練習中に時々見せる思いつめたような孤独な表情。1人で歩いとる時のふとした仕草」
「…それは上井くんが疲れてるとかじゃなくて?」
「うん、アタシには、思うようにチカちゃんと付き合えてないことへの苛立ちみたいに感じたんだ」
「練習中の孤独な表情はアタシも気を付けてみるけど、1人で歩いてる時って?帰り道のこと?」
「そう。いつも2年男子と一緒ってわけじゃないじゃん?アタシ、クラスの用事があって遅くなった時、たまたま前の方を上井くんが1人で帰ってたことがあったの。話し掛けようかな…って思ったんじゃけどね、なんか他人を寄せ付けないって雰囲気があってさ。俯き気味で、道端の石ころを蹴っ飛ばしたり、そうかと思えばしばらく空を仰いで立ち止まって、ため息吐いたり…」
「…なんか、上井くんらしくない…」
「でしょ?何か悩んでる人の行動パターンでしょ?上井くんが今悩むことって言ったら、部活もあるかもしれんけど、チカちゃんとの付き合い方がやっぱり一番思い付くんよね。それで、アタシは上井くんは心理的にチカちゃんとの付き合い方に葛藤を抱えてるんじゃないかな、って思ったの」
「…でも、今日は体育の後、ほんの数分だけど楽しく話せたよ?」
「それは…チカちゃんのブルマ姿にメロメロだったんじゃない?日焼けした太腿とか…」
「なっ、なんで突然そんな話になるの…」
ケイちゃんってば、最近の発言は謎めいてるわ。真面目に話してたと思ったら、突然そんなこと言うし。アタシは顔が真っ赤になっちゃった。
「まあ今のは冗談じゃけど、アタシがそんな上井くんの姿を見たのはちょっと前のことじゃけぇ、その後、心理的に変化があったんかもしれんし、あるいは単純にチカちゃんが体育の後に話し掛けてくれて嬉しかったから、ってのもあるかもしれんし」
「うーん…。なんにしても、アタシが何かアクション起こさないとダメみたいね」
「そうそう。上井くんは元々はウブで照れ屋な性格なんじゃけぇ、チカちゃんがリードしてあげなきゃ」
色々ケイちゃんからアドバイスをもらってから、個人練習に励む上井くんの方を見たけど、見た目にはいつもと変わらないように感じた。
でももしアタシが悩みの元なら、本末転倒だものね。
ゴメンね、上井くん。何かアタシなりに考えてみるからね…。
<次回へ続く>
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