第25話 あなたをもっと知りたくて
朝の5時半に出発したアタシ達の緒方中学校へ、バスは夜7時前に到着した。
コンクールの結果は会場を出発するまでは分からなくて、発表後に直接学校へ連絡があったみたい。
事務の職員さんが、アタシ達の乗ったバスが着いたら、教えに来てくれたの。
結果は銀賞。
でも初めてのA部門出場だし、頑張ったんだもん、立派な銀賞だと思うわ。
その会場からの帰りのバスでは、みんな疲れて大半が寝てたみたい。上井くんもウトウトしてて、途中で揺れで目が覚めたらしいけど、その時のアタシはグッスリ寝てたんだって。
上井くんに寝顔を見られたなんて、恥ずかしい〜!
まずはみんながバスから降りた後、先生から銀賞おめでとう、よく頑張った、って言葉を頂いてから、この先の予定を言われた。
体育祭、文化祭が例年通りあるけど、今年はそれに加えて、10月に地域イベント出演が1つ入ってること、そして去年は文化祭の日程と被って諦めた、『中国地方吹奏楽まつり』へ参加することが発表された。
みんなの反応は、『吹奏楽まつり』への参加を決めたって先生が言った時が、大きかったような気がする。
このイベントってね、優秀賞っていう、コンクールでいう金賞を取ると、ラジオで演奏が放送されるんだよ!
だからみんなも、コンクール銀賞だったから次の目標が出来て、盛り上がったみたい。去年も出たいって言ってたけど、文化祭と日程が被りすぎて、断念したんだよね。
先生はその後、上井くんに部長として一言、コンクールのまとめ的な一言はあるか?って聞いて、話をさせてた。
上井くんは少し喋ることを考えてから前へ出て、こう言った。
「皆さん、本当に1日お疲れさまでした!銀賞という結果でしたが、俺は金賞だと思ってます。皆さんも堂々と銀賞だったと、お家に帰ったらご家族に伝えて下さい」
みんなはハイ!という返事と共に、拍手をしている部員もいた。
(上井くん…。夏休み中は喋れなくてごめんね。でも頑張ったね!あともう少し、引退まで一緒に頑張ろうね)
そして楽器の片付けに入ったけど、アタシ達クラリネットは既にケースに片付けてあるから、楽器庫へ仕舞えばオシマイ。
打楽器とかが大変だから、男子も総出で手伝ってるけど。そこへ…
「チーカちゃん!」
「あ、ケイちゃん。今日はありがとう。お陰様で、上井くんと仲直り出来たよ」
「うんうん、これに懲りて、もうネガティブ上井くんを表に出すようなことはしないようにね!なーんて。アハハッ」
「うん。こんな出来事の積み重ねなのかな、男の子と付き合うって」
「まあ友達として気楽に遊ぶ、ってのとは違うもんね。少なくとも、恋人なんだから」
「恋人…」
アタシはその恋人という言葉に、何故かドキドキした。そっか、それだけお互いに勝手なことをしたら、信頼を失っちゃう。恋って、お互いを信頼し合うことなのかな。
「どしたん、チカちゃん。恋人って言葉の響きに驚いた?」
「え、どうして分かるの?」
「そりゃ、幼稚園からの友達ですから。でも砂場で遊んでた頃には、こんな日が来るなんて思わなかったよね…」
「ホントだね」
「それでね、チカちゃん。折り入ってお願いがあるの」
ケイちゃんは改まってアタシの顔を真正面から見て、そう言った。
「ど、どうしたの…。改まって。まさか、上井くんと別れろとか、そんなことじゃないよね?」
「近いかも…」
「ちょっと!ケイちゃん?」
「冗談よ!アタシが仲直りさせたカップルを、その日に引き裂く訳ないでしょ?」
「んもう、心臓に良くないよぉ。で、本当はなんなの?」
「んーっとね、この後、少しだけ上井くんを貸してほしいの」
「ん?貸す?上井くんを?な、なにそれ」
「実はアタシね、今日やっと北村先輩と正式に別れたの」
「えっ、それ本当?」
「うん。何故か庄原までアタシ達の応援に来てたでしょ?だからこの機会を逃しちゃいけないって思って、北村先輩を掴まえて、ちゃんとケジメを付けたい、って言ったの」
「そんな裏話があったんだね…。全然知らなくて。ケイちゃんこそ、頑張ったね」
「頑張ったよ〜。寿命が縮んだよ〜」
「ウフフ、でもこれで、北村先輩の束縛からは解放されたね。誰を好きになっても、お付き合いしても大丈夫…あ、上井くんはダメよ」
「分かってるよ~。それを踏まえての、上井くんを貸して?ってお願いなの。北村先輩との関係では、上井くんにも迷惑掛けたし、ちゃんと別れたって報告したいんだ」
「うーん、そっかぁ。内容が内容だけに、アタシも一緒に…ってのも、ケイちゃんが嫌だよね」
「まっ、まあね。出来れば1vs1にしてもらえたら…」
「うん、分かったよ。ちゃんと上井くん、返してね」
「チカちゃんごめんね、大切な彼氏を奪っちゃって」
「もう、奪うだなんてケイちゃんは大袈裟すぎるよ。本当にアタシから上井くんを奪わないでね?何か色々あるんでしょ?北村先輩のこと以外にも、その他にも…。後でちゃんと上井くんを返してくれればいいからね」
アタシは、ケイちゃんと上井くんの関係も大事な関係だと思ってる。
ケイちゃんがいなかったら、上井くんは吹奏楽部に入ったはいいものの、すぐ辞めてたかもしれない。
去年アタシが北村先輩から揶揄された時も、上井くんがケイちゃんに、アタシのケアを頼んだって聞くし。
それに、中2の時にどこかでタイミングが合致してたら、2人はカップルになってたかもしれない訳で…。
でも何より今日、アタシと上井くんを仲直りさせてくれたし!
だからケイちゃん、思いの丈を上井くんにぶつけて、そしてアタシに返してね…。
「ただいま〜」
「あらお姉ちゃん、お帰りなさい。早かったんじゃない?」
お母さんが出迎えてくれた。
「えー、もう8時近いよ?」
「だって庄原で結果を聞いてから帰るって聞いてたから、もっと遅くなるかもって思ってたのよ。それで肝心の結果は?」
「銀賞〜。シルバーよ」
「そっかぁ、もう少しゴールドには足らなかったんだね」
「でもみんな頑張ったしね、上井くんとも仲直りしたし、今日はいい日になったよ」
「上井くんと仲直り?ははぁーん、だから最近チカは元気なかったのね?」
「えっ?言ってなかったっけ?」
「はい、お母さんは初めて聞いたわよ」
「あちゃ、余計なこと言わなきゃ良かったー」
「何々、上井くんとケンカしてたの?チカが悪いの?上井くんが悪いの?」
「も、もう終わったから、いいじゃん!アタシ、お風呂入るね!」
「良いけど、ちゃんと後で教えてね!」
こんなに娘の恋愛に興味津々な母親っているのかな、他に。
アタシはとにかく疲れたから、着替えを持って浴室に直行した。
体を洗って、頭も洗って、ゆっくりとお風呂に浸かると、今日1日の出来事がサーッと流れる。
(とにかく上井くんと話せて、良かった…)
夏休みも残り少ないけど、アタシは明日から全部塾で埋まってるんだよね…。
塾さえなければ、上井くんと遅い夏休みの、初めてのデートとか行きたかったな。
「お母さーん、お風呂上がったよ。アイス食べたい。お母さん?」
母の返事がないな、と思ったら、誰かと電話で話していた。
「あら、上井くん?まあ、いつも千賀子からお話は聞いてますよ。これからも仲良くしてやって下さいね。そうそう千賀子はね、今お風呂に入ってて…」
母の電話の相手は、どうも上井くんのようだった。母が上井くんに掛ける訳ないから、上井くんから掛かってきたんだわ、きっと。
「お母さん!電話、上井くんからなの?アタシ、お風呂上がったよ!」
「あ、丁度タイミングよくお風呂から上がったみたいです。千賀子に変わりましょうか?…はい、じゃ、変わりますね。チカ!上井くんよ」
アタシは慌ててお母さんから受話器を奪うと、電話機ごとできるだけ遠くに引っ張って、上井くんに話しかけた。
「も、もしもし?上井くん?」
『あ、神戸さん?良かった〜、神戸さんと話せて』
「ごめんね、アタシがお風呂に入ってたから、母が出ちゃって。緊張したでしょ」
『な、なんというか、元気なお母さんだね。初めて話す俺に、沢山話しかけてくれて…。ね、俺のことって、神戸家の中で結構ネタになってるの?』
「ま、まあ、ね。アタシが、今日あったこととかを話すから…。アタシだけじゃなくて、ウチの家族みんながそうなんじゃけどね」
『へぇ~っ、やっぱり姉弟がいると楽しそうじゃね。俺は一人っ子じゃけぇ、今日の出来事とか、そんなに家では話さんし』
「そうなん?でも男の子だけならそうかもね」
『ところであの、肝心のね、電話した件なんじゃけどね』
「ウンウン、どんなこと?」
『山神さんとの話。無事に終わったよって報告だよ』
「無事に終わったの?良かった…」
『どしたん?シミジミと』
「だってね、ケイちゃんが上井くんに告白したらどうしようって思ってたの」
『こっ、こ、こ、告白っ?』
「うん。ケイちゃん、今日やっと北村先輩と別れて、フリーになれたって言ってなかった?」
『言ってた』
「だからね、もしかしたら北村先輩とは別れたから、アタシと付き合って!なんて、ケイちゃんが言いやしないか、不安だったの」
『えー、そんなこと考えもしてなかったなぁ、俺は。とにかくそんな騒動は起きとらんけぇ、安心して』
「他に、どんなお話をしたの?」
『まあ北村先輩と別れた話と、なんて言えば良いのかな…神戸さんと絶対別れちゃダメ、ってこと』
「そうなんだ…」
アタシはそれくらいなら、ケイちゃんがワザワザ上井くんを貸して、なんて言うまでもないレベルの話のような気がしたけど…。
でも上井くんを信じよう。
せっかく仲直りして、それに、話し合いが終わったよって電話を掛けてくれるくらいなんだもん。きっと上井くんのことだからアタシの家の電話番号を回すまで、凄い緊張して、色んなシミュレーションをしたと思うんだ。誰が出たらこう言おう、とか。
『あ、あのさ、神戸さん』
「ん?なーに?」
アタシは女の子らしく答えてみた。きっと電話の向こうでは、照れてるだろうな、上井くん。
『あのさ…。いや、やめとくかな、うーん…、あの…』
「どうしたの?」
『あっ、あの!神戸さん、残りの夏休み、空いてる日ってないかな?なんて思って。あ、無理に空けろとかは言わないよ』
あー、やっぱり!空いてる日があったら、初めて2人で何処かに行かない?って続くよね、きっと。
「あの…ごめんね…。実は明日からずっと塾なの」
『そ、それじゃ仕方ないね、ごめんね、変なこと無理に聞いて』
ゴメンねは、アタシの方だよ。
照れ屋の上井くんが勇気を振り絞って、空いてる日はない?って聞いてくれたのに。もし空いてたら、きっと初めてのデートをしようって、考えてくれてたと思うんだ。あーん、塾の予定、キャンセルしたい!
…アタシがふと不安になったのは、塾があるからってデートの誘いをお断りしたことが、上井くんのネガティブポイントに触れてないかな?ってこと。
もし触れてたら…いや、そんなことはないって信じよう。彼氏を信じなくてどうするの?
最後はお互いにお休み、って言って電話を切ったの。
そしたらアタシの電話を、後ろで久美子がこっそり聞いてたのよ!
「久美子~!何してんのよ!」
「お姉ちゃん、ウワイクンと仲良しなんだね!おやすみ、バイバイ、だって」
「コラーッ、久美子!」
<次回へ続く>
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