第24話 Lucky Chanceをもう一度

 アタシが上井くんと話せなくなって、もう1ヶ月が経とうとしている。

 そう、今は8月下旬、吹奏楽コンクールが目前に迫っているの。


 お盆までは午前中は個人練習、パート練習だったけど、お盆休み以降は朝からずっと合奏。


「チカちゃん、結局仲直りのキッカケは掴めないまま?時間薬とか言ったのはアタシじゃけど…」


 ケイちゃんが聞いてきた。


「うん…。昼休みとかに話し掛ければええんじゃろうけど、上井くん、ずっと男子の後輩とおるんよね。ガードというか壁というか、上井くんの懐に入り込めないの」


「難しいねぇ…。チカちゃんがアレコレ言われたりしなきゃ、あるいはそんなの気にしない!って性格なら、そのまま2人で帰れて仲良しのままだったのにね。まさか別れるって言葉、現実味を帯びてきたりする?」


「うん…。最初は上井くんがアタシから嫌われたと思い込んで、話さなくなったんだよね?今はむしろ、上井くんがアタシを嫌いになってるんじゃないか、って思うもん。だから、上井くんからアタシがフラれたりってことも…」


「そっ、そんなことは、無いと思う…よ?」


「じゃあ、なんでこんなに話せないの?アタシ、上井くんのことが好きよ。それは変わらない。なのに…」


 アタシの頭の中には、2人で帰るのを止めようと告げた時の、上井くんのなんで?という驚きの表情が焼き付いている。あの時、


「なーんてね!」


と冗談で済ませていれば、こんなに悩むようなことにはならなかったのに。


 今の上井くん、アタシをどう思ってるんだろう…。


「そうだね…。上井くん自身も、どうしたらいいのか分からなくなってる可能性があると思うよ」


「そうかな?」


「上井くんがアタシに言ったことで忘れられないのはね、やっぱり『どう付き合えばいいか分からない』って言葉。そのお付き合いの基本中の基本、一緒に帰るってのをチカちゃん…女の子から封じられたから、上井くんは身動き取れなくなっちゃって、結果的にチカちゃんに話し掛けようにもタイミングも掴めないし、もし話せたとしても何を話せばいいのか分かんない、そんな泥沼状態に陥ってると思うの」


「うーん…」


「だからね、アタシはここまで来たら、コンクールを仲直りの場にすればいいと思うんだ」


「コンクールの日に?」


「だって今年の会場、庄原じゃん。大竹から何時間掛かるやら、だよ。逆にその長い時間、バスで2人で並んで座れば…仲直り出来ないかな?」


「それは…アタシも嬉しいけど、そんな上手いこといくかなぁ?」


「上井くんがチカちゃんのことを、変わらずに好きなんだったら、断るわけないよ。うん、アタシが2年の男子にも根回しして、2人でバスに座れるようにしてあげるから。任せておいて!」


 ケイちゃんが頼もしく見えたよ。


 そのコンクールは2日後…。

 先生から既にプリントが配られていて、朝はなんと5時集合なの!

 そしてバスに乗って庄原に行くんだけど、ケイちゃんも言った通りで本当に広島県の西の端っこから北の端へ行くような感じで、遠いのよね。

 でもそんな遠距離を、上井くんと並んで座って行けたら…仲直り出来るかな。出来るよね?うん、頑張る!


 コンクール前日の練習は、本番を意識して体育館のステージでやったんだけど、体育館はとても暑くて、みんなバテバテ。

 汗かきな上井くんは辛いだろうな、と思ってたら…


 アタシがあげたミニタオルを使ってくれてるのが見えたの♪


 うん、大丈夫!アタシは上井くんと仲直り出来る!やり直せる!





 そしてコンクール当日。

 早朝から中学校に集まって、楽器を積んだ後に、バスにみんなして乗り込んだ。


「席は自由でーす。好きな位置に座りたければ早い者勝ち~」


 上井くんが声を掛けてた。

 その様子を見てアタシはちょっと不安になって、ケイちゃんに聞いたの。


「アタシ、上井くんと並んで座れるの?」


「大丈夫、大丈夫。今、チカちゃんの横、空いてるでしょ?」


「う、うん…」


 大体部員みんなが乗り込んだ後、最後に上井くんが運転士さんに今日はよろしくお願いします、と挨拶して、バスに乗って来たんだけど、2年男子の石田くんが、前の方の補助席に座ろうとしてた上井くんを引っ張って、後ろに連れてきた。


「お?な、なんだ、何かあるん?」


「まあまあ、ええから先輩はここに座りんさいや」


 石田くんはそう言って、アタシが座っている座席の通路側の席へと上井くんを押し込んだ。


 最初は上井くんは何が起きたか分かんなかったみたいだけど、窓側を見たらアタシが座っている。話さないわけにはいかない…。


「上井くん…。おはよ。そして、今までごめんね」


「あれっ?こっ、神戸さん?おっ、おはよう…。いや、お久しぶり?違う、何言ってんだ俺…」


 凄い上井くんが動揺してて、周りのみんなは笑ってた。ケイちゃんと2年の石田くんは、上手くいきましたね~って顔して、アタシ達を見てた。

 特に前の席に座る予定のケイちゃんは、アタシに親指を立ててくれた。


(あとは自分達で上手くやってね)


 そういう意味だとアタシは思った。


 竹吉先生が前の方でマイクを使って、バスガイドさんの代わりに案内を始めた。


「では今から出発しまーす。何せ遠いけぇのぉ、朝も早かったし、寝たい奴は遠慮せんと寝とってもええぞ。ただ部長は何かあった時のために起きとるように!部長の横に座ってる部員も連帯責任で起きとるように!神戸、分かったか?」


 再びアタシ達の周りで笑いが起きた。


「えー、俺、寝たかったのにぃ」


「上井くん、久々に喋るネタはそれ?」


「うん…。寝たいとネタ、おっ、神戸さん、上手いじゃん!」


「いっ、いや、偶々よ」


 そしてバスは動き始め、しばらくは沈黙が続いたけど…


「…ごめんね、神戸さん」


「えっ?」


「俺が悪かったよ、この1ヶ月。全然話せなくて。嫌な思いしたじゃろ?こんな奴と付き合うんじゃなかった、って思ったじゃろ?」


「そっ、そんな…。そんなこと、全然ないよ?アタシの方こそ悪かったって思ってるから」


「なんで?一方的に話せないような状況を作りだしたのは俺じゃもん。俺が悪い」


「いや、些細な噂話を聞きたくないってだけで上井くんの気持ちも考えずに、一緒に帰るのを止めようって言ったアタシが悪い」


「いや、俺が…」


「違うよ、アタシが…」


ふとケイちゃんが前の席からアタシ達の方へと振り向いて…


「あーっ、もう!はい、ケンカ両成敗で、2人で握手して終わり!」


 ケイちゃんは、痺れを切らしたようにアタシ達の方を向いて、握手しろと言ってきた。


「え、こんな公共の場で?」


「何言ってんの上井くん。ちゃんと気持ちを表さなきゃ」


「アタシも…ちょっと握手までは恥ずかしい…」


「何言ってんのチカちゃん。堂々と上井くんの手を握れるチャンスよ!」


 アタシはケイちゃんの言い方に思わず噴き出した。


「じゃあ…上井くん…いい?」


「もちろん…」


 お互い右手を握り合った。

 上井くんの手、初めて触れたかもしれない。

 アタシより当然大きくて、だけど柔らかくて、アタシのことを包んでくれそうな手。

 上井くんと初めての握手、絶対に忘れない。


 そして握手した瞬間、周りから良かったね!とか、センパイやるぅ!とか、色んな声が飛んできた。


「ほら、みんなこんなに2人の復活を喜んでるよ。もうお互いにすれ違ったりしないように、ね」


 ケイちゃんには頭が上がらないわ。アタシ達の周りの席をよく見ると、2年生の後輩も含めて、どちらかと言えば上井くんやアタシが話しやすくて親しくしてる部員で固められてた。きっとこれも、ケイちゃんや2年の男子のみんなのお陰なんだね。


 みんな、ありがとう。


 バスは庄原までは長いので、途中のサービスエリアで1回休憩を取ったの。その時、バスの外へ降りたケイちゃんに聞いてみたよ。


「ね、ケイちゃん。アタシと上井くんが並んで座る以上に、なんか凄く盛り上げてくれて…」


「あぁ、あれはね、殆どは2年男子達の悪ノリだよ、アハハッ」


「そうなの?」


「昨日アタシが、こういう事情で上井くんと神戸さんを並べて座らせたいって相談したら、いいですね~って食い付いてくれて、段取りとか盛り上げ役とか、どんどん引き受けてくれたの」


「それで石田くんが、最初に上井くんを引っ張って来るって役割だったんだ?」


「そう」


「でも上井くんが来る前に、アタシの横に誰か座っちゃったら計画失敗しない?」


「その点も彼らは上手くやってくれてたよ。見てなかった?1年の女子がチカちゃんの横に座ろうとした時、永野くんがそこちょっと座れないんよ、ごめんね、って別の席へ案内してたの」


「あーっ、あれはもう作戦の一つだったってことなのね!完敗だわ」


「でしょ?これで逆に2人は別れられなくなったね」


「う、うん…。ありがと」


「チカちゃん、泣くとこじゃないよ!」


「だって、みんながそんなに協力してくれるなんて…」


 そこへ缶コーヒーを持った上井くんが通り掛かった。


「山神さん、色々ありがとうね」


「本当よ、もう…なんてね。仲良くしてね、2人とも」


 そう言い残し、ケイちゃんはアタシ達を置いて、先にバスに乗り込んだ。


「あーっ、神戸さんの缶コーヒー買うの、忘れた!」


「えー、アタシのこと、もう忘れたの?」


「いや、その…。買ってくる!」


 上井くんは走り出したので、

「冗談よ、いいよ、買わなくても」

 って呼び掛けたけど、上井くんはこういう時、必ず言ったことを守ろうとする。

 缶コーヒーを1本追加で買うと、全力でアタシの元へと走って来た。


「はぁ、はぁ…。これでいい?」


「…うん。上井くんが買ってくれたものなら、何でも嬉しい」


 アタシも柄にもないことを言って照れていたら、竹吉先生がお前ら2人置いてくぞーとバスから叫んだので、また慌ててアタシ達はバスに乗り込んだ。


「はぁ…本番前にこんなに疲れちゃ、いかんよね…」


「もう、上井くんったら…」


 でも今度は周りから何も言われなかった。

 というより、2年の男子達はすっかり眠り込んでいた。朝から頑張ってくれたからかな。ケイちゃんも疲れたのか、起きてたみたいだけど、こんなやり取り程度じゃ突っ込まなかった。


 バスは先生が人数を確認してから、運転士さんにお願いしますと声を掛け、再び庄原へ向かって走り出した。


(もう、上井くんのこと、絶対に離さんもん!)


 ちょっと疲れたのか、目を瞑っていた上井くんの横顔を見て、アタシはそう思った。


<次回へ続く>

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