第23話 神様ヘルプ!

「ねぇねぇ上井くん、アタシとたまに話さない?」


 部活の昼休みに、ケイちゃんがサッサとお弁当を食べて、男子の輪にいた上井くんを呼び出していた。


「え?俺?この2年生君達じゃなくて?」


「そう、アタシの指名は上井くんよ」


 2年男子の後輩達は、先輩、浮気はいかんですよとか茶化していたけど、アタシはケイちゃんに任せるしかなかった。


「じゃ、どっか場所を変えなくちゃいけないかな?」


「図書室の前でも行こうか?」


「図書室の前?」


 ケイちゃん、あえてアタシと上井くんの思い出の地を持ち出してきたね。思い出の地って言っても、2回しかそこで話してないけど。


「先輩、二兎を追う者は一兎も…」


「新村、黙ってろっつーの!」


 ケイちゃんは上井くんを連れて、音楽室の階下へと降りて行った。


(ケイちゃん、お願いね…)


「さてさて、お昼休みにごめんね、上井くん」


「いや、それは大丈夫じゃけど…。一体、山神さんが俺に何の用?」


「あのさ、昨日じゃけど、上井くん、まるで魂が抜けきったように無気力じゃったよね」


「えっ?いや、そんなつもりはないけど…」


「アタシの目は節穴じゃないよ~。ズバリ聞くけど、チカちゃん…神戸さんと何かあったんでしょ?」


「…なんでそう思うの?」


「だって上井くんが廃人みたいじゃったけぇ」


「廃人って…。生きてるよ、俺は」


「じゃあ昨日の様子…今日の午前中もじゃけど、全然神戸さんと接触してないように思うんじゃけど、アタシの気のせい?何か話した?」


「えっ…。いや、うーん…」


「今更アタシに隠し事なんてしなくてもええじゃん。上井くんとは喜怒哀楽、色々あった仲じゃん」


「まあ、そうじゃね…。うん、山神さんには隠せないよね。正直言って、昨日から神戸さんとは話せてないよ」


「やっぱりね。それは、話せないのか、それとも話さないのか…どう?」


「突っ込みキツイなぁ。そうだな…。話せなくなった、が俺の中では正解かな…」


「やっぱり…というか、どしたん?まあ上井くんが照れ屋さんなのは知っとるけど、昨日、そして今朝もじゃけど、照れてるからとかじゃなくて、チカちゃんとの接触を敢えて避けとるように見えたんよ、アタシにはね」


「やっぱりそう見えるよね…。俺のダメな部分だなぁ…」


「まあまあ、アタシは上井くんを地獄に突き落とそうと思っとるわけじゃないけぇ、そんなに自分を責めずにさ、率直に2人の間で何が起きたのか教えてよ。やっぱり2人とも元気出してほしいし」


「ん?2人ともって…神戸さんも元気ないの?」


「うん。落ち込んでるよ。上井くんと話せないって」


「え?なんでだろ…素直に白状すると、神戸さんから言われたんよ。2人で帰るの、止めようって」


「ほうほう。で、上井くんは落ち込んじゃったんだね?」


「そりゃ、落ち込むよ。まだ片手で済むくらいの回数しか、2人で一緒に帰ったことがないのに、なんで?って。そんな早く一緒に帰るのは止めようなんて言われるってことは、俺と付き合ってみて、なーんだ上井ってこんなつまらない男だったんだ、って思われて、これはもう嫌われたんだ、あとは正式にフラれるのを待つしかないんだろうな、って思ってる。だから神戸さんが俺と話せなくて落ち込んでるって、変だなと思って。イキイキしてるんじゃないかと…」


「ちょっと待ってよ。上井くん、チカちゃんに嫌われて、この先フラれるって、そんなことまで考えてたの?」


「…うん。やっと思いが実って付き合い始めたばかりじゃけど、正直言って俺はどう女の子と付き合えばいいのか、経験不足で分からんのよね。中3コースとか読んで、やっぱり最初は一緒に帰るってのが一番いいと思ったし、俺の憧れでもあったんじゃけど…。これを封じられると…。神戸さんと2人で話せる場面って、夏休みってのもあるし、無いに等しいんよ。昼休みに話したのも、とても俺から声を掛けれんけぇ、2年の男子に呼び出し頼んじゃったし…。ってことは、やっぱり何日か一緒に帰ったり話をしてみて、上井って男はアタシのタイプじゃなかった、って判断されて、すぐ別れるのも早すぎだから、しばらく保留って形になってるんじゃないのかな、そう思ってる。だから、別れの言葉が聞きたくないから、顔も見れないし、ましてや話しなんか出来ない」


「上井くん…。いつかアタシとの間で起きた、話せない事件の再現みたいよ?物凄く悪い方へ悪い方へ考えが飛んでる」


「でもさ、一緒に帰るのを断られたら…。何も出来ないよ。どこかで神戸さんと2人で、さあ話せと言われても、今の俺の心境だとこれまた何を話せばいいのか分かんない」


「まぁ、確かにね…。一回お互いが誤解して溝が出来ると、そこから溝を埋めて仲直りするまでって、物凄く大変だもん」


「山神さんは経験者として、分かる!って感じ?」


「あ、仲直りが大変ってことよ?本当ならね、アタシと仲直りしてくれた時みたいに、何も気にせずに気楽に『おはよう』とか『バイバイ』とか普通にチカちゃんに声を掛ければいいんだよ、って上井くんに言いたかったの。でも…上井くんは思った以上に、チカちゃんから心にダメージ受けちゃったんだね」


「うん…。昨日もどう家に帰ったのか、思い出せないんだ。やっぱり俺みたいな男は、女の子を好きになっちゃいけないんだろうね」


「いっ、いやいや、そんなことは決してないよ?だっ、だだだって、アタシ、北村先輩と早く別れて、上井くんのことが好きって、告白したかったって、春に白状したでしょ?」


「ああ、そんなこともあったよね…。まあとりあえず今は、山神さんは神戸さんの味方でいてあげてよ。俺は男じゃけぇ、1人でなんとか耐えるけど、神戸さんは女の子。もし俺の今回の態度で余計にあんな男!ってなったら、愚痴の聞き役になってあげて。そして出来れば別れるのは嫌じゃけど、別れたいんなら、その時は山神さんに立ち会ってほしい。じゃあ、午後の練習も始まるし…行くね」


「ちょっと、上井くん!」


「山神さんも早めに音楽室に上がりなよ。色々とありがとうね」


 ケイちゃんが呆然自失みたいな感じになったところへ、コッソリと下へ降りていたアタシが声を掛けた。


「ケイちゃん、ありがとう…」


「わわっ!ビックリしたぁ…。心臓が止まるかと思ったよ。いつから下にいたの?」


「…アタシが上井くんのことを嫌いになったとか、そんなところ…」


 勝手に涙が溢れてきた。ケイちゃんはアタシの頭を撫でてくれた。


「分かるよ、チカちゃんの思い。真意が上井くんに伝わってなくて、悔しいんだね。でも、チカちゃんも今回は、恋愛に不慣れな上井くんに、過剰な対応しちゃったのかもね」


「…そうだよね。でもね、上井くんが、アタシからフラれるのが怖いって言ってるのを聞いて、違う、違うよ!って飛び出したかったもん」


「そこは、いつかまた仲直りしたら気を付ければいいと思うよ。今回は上井くんのネガティブな部分を刺激しちゃったから、上井くんは全てを悪い方向へ考えちゃってる。その究極が、いつかフラれるんだ、だね」


「そんなこと、しないよ…。せっかく、やっとの思いで上井くんと両思いになれたのに」


「そうだよね。部活の後に上井くんを追い込んで…。うん、上井くんを大事にね。去年の北村先輩とのトラブルを思い出しなよ?上井くんはその時もチカちゃんのために動いてくれた…。今回だって、アタシと話してても、内容はネガティブじゃけど、決してチカちゃんのことを悪く言ったりしなかったんよ?自分が悪いんだ、って言って」


「上井くんは何も悪くないのに…」


「ね、上井くんは女の子には優しい王子様みたいな存在なんじゃけぇ、簡単に手放しちゃいけんよ」


「…うん」


「とりあえず今は、しばらく上井くんの気持ちが落ち着くのを待とう?そのうち、絶対に話し掛けられるようになるから。そしたらおはようでも何でもいいから、一言話し掛けてみようよ。ま、これはアタシがつい数ヶ月前に体験したことなんじゃけどね、アハハッ」


「ありがと、ケイちゃん」


「応援してるから」


 そう言って、アタシ達は音楽室に戻った。






 その日の部活後、アタシとケイちゃんは、隠れるようにして上井くんの動きを確認してた。


「センパーイ、今日もすいませーん」


「やっぱり罰金制度を導入しなくちゃいけんなぁ…。なかなか俺が帰れんじゃん!」


 上井くんは見ている限り普通だった。


 そしてクラリネットの2年女子の2人。

 いつも最後まで片付けに手間取って、上井くんを待たせてるんだよね。

 でも船木さんが上井くんのいない間、鍵閉めの代打を務めた時は、普通の速さで片付けてた。

 本当は早く片付けられるのに、ワザといつも最後まで残ってるってことは、もしかしたらあの子たちも上井くんのことが…?


「じゃ、お先に失礼しまーす!」


「はーい、気を付けてね。また明日」


 上井くんはそう言い、音楽室の鍵を閉め、自分の荷物を持つと、職員室へ向かった。


 その間アタシとケイちゃんは、下駄箱にいると目立つから、下駄箱近くのトイレに隠れた。


 しばらくして上井くんが失礼しましたーって言いながら職員室から出てきた音がして、下駄箱に向かい、靴を履き替える音も聞こえた。


「フゥーッ…」


 上井くんが凄く深いため息をついた。そして一呼吸置くと、カバンを持って少し俯きながら1人で歩き始めた。

 アタシ達はトイレから出ると、無言のままで素早く靴を履き替え、遥か後方から上井くんの後を追った。

 上井くんは特に目立つようなことは何もせず、淡々と歩き、アタシとの別れ場所だった信号機のある交差点も立ち止まることなく、そのまま道を曲がると、真っすぐ社宅のある方へと歩いて行った。


 アタシとケイちゃんは信号機の所で立ち止まった。


「特に変わったことはなかったね」


 アタシにはそう見えた。


「うん…。でもちょっと寂しそうに見えたよ」


 ケイちゃんはそう見えたみたい。


「下駄箱で聞こえたため息、あのため息に、今日一日の上井くんの思いが込められてるのかな?ってアタシは思ったけど」


「…そうか、そうよね。あんな深いため息、部員の前じゃ決して吐かないよね…」


「あと背中。男の人って、背中で語るとか言うけど、なんか今日の上井くんにはその言葉がハマるような気がしたの」


「ケイちゃん、寂しそうって言ったよね。そのこと?」


「まあね。ちょっと俯きながら、何か考えてるような感じで1人で歩いてると、あんな風に見えるんだ、って思ったよ。大人っぽいって言ったら変かもしれないけど、愁いを帯びた雰囲気っていうか…」


「アタシ、ケイちゃんからもっと恋愛について教えてもらわなくちゃいけないね。お昼に、上井くんがどう付き合えばいいか分からない、ってケイちゃんに言ったのが聞こえた時、アタシ、正直言って胸が痛かったもん」


「そんな、アタシだって今は北村先輩と別れたいのに別れられない、彷徨い人状態よ?」


「でも、男の子の気持ちとかは、分かるでしょ?」


「ま、まあ、多分…」


「アタシの弟はまだ小3じゃけぇ、とても参考にならんのよね…」


「アハハッ、そりゃそうだわ。でもチカちゃん、すぐには無理でも、上井くんはフラれそうだけど別れたくはないって、それは強調してたから、きっとまだ大丈夫。今回はお互いがお互いをまだよく分かってなかったから起きたこと。じゃけぇ、時間薬に頼ろ?」


「時間薬?」


「うん。時が経てば、少しずつ心も落ち着いてくるから、上井くんの頑なな態度が軟化する時まで待つの」


「それまで…お話は出来ない?」


「お話しできる間柄に戻るために、待つの。我慢して。ね?」


「アタシ、見極められるかな、そんなタイミング…」


「大丈夫、アタシが付いてるから」


「ケイちゃん…。ありがとう。助けてね、アタシと上井くんの関係を」


「ま、まあ、任せて…」


 少しケイちゃんの表情が曇った気がした。

 そうだ、ケイちゃんも上井くんとはタイミングが合わずに、上手くいかなかったんだよね。


 でも…今のアタシにはケイちゃんの力が必要。ごめんね、ケイちゃん。


<次回へ続く>

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